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めぐの怪我
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「雪村さん、あの。よければ相席してもいいですか?」
社員食堂で環奈とランチを食べていると、トレイを手にした男性社員が近づいて来た。
あれからというもの、めぐはしょっちゅうこんなふうに職場で声をかけられる。
「ごめんなさーい。雪村さんと私、内緒の恋バナしてるんでーす。男子禁制なんで」
環奈が明るく笑って男性をあしらう。
しばらくするとまた別の男性に声をかけられ、「雪村さんに話をする時は、マネージャーの私を通してくださいねー。厳正な審査の結果、当選者のみご連絡いたしまーす」と環奈はにっこり笑顔で追い返していた。
「ごめんね、環奈ちゃん。ゆっくり食事も出来なくて」
「全然!雪村さんのことは私が守りますからね。だから元気出してください。いつもの雪村さんに早く戻って欲しいです」
「ありがとう。私、元気だよ?」
「うーん……。でも氷室さんと話す時は、これまでと別人みたいによそよそしいじゃないですか」
「それは、まあ。新しい氷室くんの彼女に誤解されるようなことがあったらいけないでしょ?」
すると環奈は怒ったような表情になる。
「どうして雪村さんが氷室さんに気を遣う必要があるんですか?傷ついて寂しい思いを抱えてるのは雪村さんですよね?」
「いや、あの、環奈ちゃん。実はね、私達実際には本当につき合って……」
そこまで言った時、男性二人組が声をかけてきた。
「俺達も二人なんだけど、相席していいかな?」
「あ、ごめんなさーい。ここ、あとから友人が二人来るので」
淡々と返す環奈に、思わずめぐも(あれ?誰か来るんだっけ?)と一瞬本気で考えてしまった。
「環奈ちゃん、上手ね」
「でしょ?あしらい名人と名乗らせてください」
「うんうん、もう達人の域だよ」
「えへへー、そんなに?私、雪村さんのマネージャーとしてはうってつけですよね。これからもずっと雪村さんをお守りしますから」
「環奈ちゃん……」
めぐは環奈の優しさに胸がジンとする。
「ありがとう、環奈ちゃん」
「え、やだ!そんな涙ぐまないでくださいよ。私が泣かせたみたい」
「ごめん。これは唐辛子のせいなの」
「グラタンなのに?」
環奈はめぐの手元のマカロニグラタンに目を落とした。
「うっ、そ、そう。グラタンに七味かけちゃって」
「あはは!それは涙出ちゃいますよね」
「そうなの。だから泣いてないからね?」
「はーい。さ、早く食べちゃいましょ」
「うん」
めぐは美味しいグラタンを環奈の楽しいおしゃべりと共に味わった。
◇
めぐは弦とは仕事上の最低限のやり取りだけで、それ以外は『話しかけないでオーラ』を発して視線を合わせないようにしていた。
定時になると、そそくさと帰り支度をして席を立つ。
「それではお先に失礼いたします」
挨拶をして事務所を出ようとするめぐに、弦が声をかけた。
「めぐ、このあと飲みに行かないか?」
「いえ、行きません。それじゃあ」
短く答えて事務所を出るめぐの背中に、弦は小さくため息をつく。
改めて気持ちを打ち明けようとしても、今のめぐからは拒絶反応しか返ってこない。
(きっと俺が好きな人と上手くいくようにって気を遣ってるんだろうな。相手はめぐなのに)
やるせない気持ちを抱えて席に座り直すと、斜め向かいのデスクから環奈がジロリと睨んできた。
「氷室さん、それはあんまりじゃないですか?」
「え?なにが?」
「雪村さん、必死に氷室さんのことを忘れようとしてるんですよ?傷つけたのは氷室さんでしょう?それなのに、中途半端に声かけるなんて。雪村さんの気持ちをこれ以上かき乱さないでください」
「俺は、別に……」
めぐを振った訳じゃないと言おうとして踏みとどまる。
恋人同士のフリをしていた以上、そう思われても仕方がなかった。
「ごめん、気をつける」
「ほんとですよ?それに氷室さんだって、新しい恋にちゃんと目を向けてください。でないと雪村さんの気持ちが報われませんから」
「ああ、分かった」
そう答えるしかない自分が歯がゆくて、弦はグッと気持ちを押し殺していた。
◇
「環奈ちゃん、ハロウィンのデコレーションの写真を撮りに行きたいんだけど。パークのどこが一番見どころかな?」
いつもなら弦に尋ねるセリフを、めぐはいつのまにか環奈に聞くようになっていた。
「それならやっぱりヨーロッパエリアですよ。ハロウィンはアイルランドのケルト人のお祭り『サウィン』が起源ですからね」
「そうなんだ!知らなかった。じゃあアイルランドのエリアを撮影してくるね」
そう言って立ち上がると、「私もお供します」と環奈もついて来た。
「ありがとね、環奈ちゃん」
「いいえー。私、今までずっと雪村さんとこうやってお話ししたかったんです。だから楽しくて」
「ふふっ、そっか。私も最近は環奈ちゃんとたくさんおしゃべり出来て嬉しい」
「女子トーク、最高ですよねー」
「うん、そうだね」
所々に飾られたハロウィンのデコレーションを撮影しつつ、アイルランドエリアを目指す。
そこには大きなフォトブースとハロウィンを紹介するパネルが設けられていた。
「へえ、ハロウィンって死者の魂がお墓から蘇って家族に会いに来る日なんだね。日本で言う『お盆』と同じだね」
「ジャック・オ・ランタンも、最初はかぼちゃじゃなくてかぶだったんですって」
紹介パネルを読みながら、二人でふむふむと頷く。
「雪村さん、アイルランドのカフェで『バームブラック』っていうドライフルーツのケーキが食べられるみたいですよ。フォーチュンクッキーみたいに、中から何が出てくるかでその人の運勢を占うんですって」
「面白そう!記事にもしたいから、行ってみようか」
「はい!」
二人でアイルランドの伝統の食事が楽しめるカフェに入る。
「ハッピーハロウィン!」
店員の女性が明るく声をかけてきた。
「ここは一足早くハロウィンムードいっぱいなんですね」
環奈が店内の飾りを見渡しながら言うと、女性スタッフは頷く。
「ええ、アイルランドはハロウィンの本場ですからね。まだ9月ですけど既に盛り上がってますよ」
「じゃあ、バームブラックもいただけますか?」
「もちろん!すぐにご用意しますので、お掛けになってお待ちください」
めぐと環奈が窓際の二人席で待っていると、スタッフは大きなプレートに載せたパウンドケーキを運んで来た。
「お待たせしました。こちらがアイルランドでハロウィンに食べられている『バームブラック』です。スパイスと紅茶、レーズンが入っているのですが、他にもいくつかアイテムが入っています。出て来たら私に教えてくださいね。意味をお伝えしますから」
「はい!わー、楽しみ」
環奈と顔を見合わせて、めぐはわくわくと身を乗り出す。
「既に切り分けてありますので、どれがいいか選んでくださいね」
「じゃあ、私は真ん中のこれにします」
環奈がケーキのちょうど中央の一片を指差し、スタッフはトングで掴んで環奈の前のお皿に載せた。
「雪村さんはどれにします?」
「えー、迷っちゃう。えっと、じゃあ一番右端のこれ!」
「端っこ?なんか意外」
「そう?変かな。でも、うん。これにします」
スタッフは頷いてめぐのお皿に右端の一片を載せた。
「それではどうぞお楽しみください」
お辞儀をしてスタッフが去ると、めぐと環奈は真剣な表情でフォークを手にする。
「ではいきますよ。ケーキ、入刀ー!」
環奈が高らかに言ってケーキの真ん中にフォークを入れた。
「あ、なんかある!なんだろう?金貨みたい」
「えー、ほんとだ。私はなんだろう」
めぐも真ん中にフォークを入れてみる。
何かに当たる手ごたえがあって、そっと切り分けてみた。
「ん?何かな。これって、指輪かな」
するとスタッフが笑顔で歩み寄って来た。
「お二人とも出ましたか?では占いの結果をお伝えします。まず硬貨が出た方は、金運が上がります」
「え、やったー!」と環奈が手を挙げて喜ぶ。
「そして指輪が出た方は、結婚出来ます」
……は?とめぐは固まる。
いやいや、それは今の自分に一番遠いワードではないかと思っていると、環奈が嬉しそうに話しかけてきた。
「やりましたね!雪村さん。新しい恋人が出来たら一気に結婚ですよ、きっと」
「それはどうかな。まあ、占いだもんね。うん、楽しかったです。環奈ちゃんは金運アップか、いいね!」
「私は結婚運の方がよかったけどなあ。じゃあ、当たるかどうかは今後のお楽しみってことで」
「そうね。じゃあケーキいただこうか。あ!取材用の写真撮るの、すっかり忘れてた!」
スタッフが笑って、再び大きなプレートを運んで来てくれる。
「どうぞ、ごゆっくり撮影してください。紹介していただければ私達も嬉しいです」
「はい、がんばっていい記事を書きますね」
めぐと環奈は写真を撮り、どんな文章にしようかと話しながら美味しいケーキを味わった。
◇
「金運かあ。この硬貨、お財布に入れておこうっと。効果あるかな」
「あはは!環奈ちゃん、今のダジャレ?」
「え、普通に言っただけですよ?」
「なんだー、上手だなって思ったのに」
「雪村さんは、その指輪どうしますか?」
「んー、キーケースにつけようかな。アンティークっぽくて素敵だもんね」
そんなことを言いながらカフェをあとにすると、ヨーロッパエリアを回ってもう少し撮影することにした。
「キャナルガーデンの運河のほとりにジャック・オ・ランタンも並んでるみたいですよ。ちょうど陽も落ちてきたし、明かりが点いてるかも?」
「そうなんだ。行ってみようか」
二人で運河に沿って歩いて行く。
(少し前までランタンを見に毎晩通ったなあ)
懐かしく思い出しながら、環奈と肩を並べてキャナルガーデンまでやって来た。
「あ、ありましたよ!ジャック・オ・ランタン。たくさん並んでる。ほのかに明るくて綺麗ですね」
「うん、ほんとに」
手すりにもたれて下を見下ろすと、運河の両サイドにジャック・オ・ランタンが等間隔で並べられている。
夕暮れの綺麗な空と柔らかいオレンジ色の明かりをともすジャック・オ・ランタンは、一緒に撮ると絵になる一枚になった。
「ちょうどいい時に来たね」
刻々と移りゆく空模様に、めぐは夢中で写真を撮り続ける。
すると環奈がふいに「危ない!」と叫んだ。
え?と思った時には遅く、めぐは運河のほとりに下りる階段から足を踏み外す。
「きゃっ……」
「雪村さん!」
環奈が懸命に腕を伸ばして捕まえてくれたおかげで、転がり落ちるのは免れた。
「ありがとう、環奈ちゃん。……いたっ」
「雪村さん、足をひねりましたか?」
「えっと、そうかも」
次第にジンジンと強くなる右足首の痛みに、めぐは思わず顔をしかめる。
「そこのベンチまで歩けますか?」
「うん」
めぐは環奈の肩を借りてすぐ脇のベンチまで行くと座り込む。
先ほどまでの鈍い痛みは、ズキズキと強い痛みへと変わっていた。
「雪村さん、ちょっとだけ待っててくださいね」
そう言い残し、環奈はどこかにタタッと駆けて行く。
痛みに顔をしかめながら堪えていると、「雪村さん!」と環奈が戻って来た。
顔を上げると環奈の後ろに長谷部の姿が見えて、めぐは驚く。
二人はめぐに駆け寄ると、すぐに屈み込んだ。
「ちょっと見せてください」
めぐが手で押さえていた右足首に、長谷部がそっと触れる。
途端にズキン!と痛みが走り、めぐは身体を強張らせた。
「かなり熱を持ってますね。これから腫れも酷くなると思います。すぐに病院へ行きましょう。雪村さん、車でお送りします」
「ええ!?そんな、長谷部さんお仕事は?」
「私が抜けてもどうってことないですよ。立てますか?私の肩に掴まってください」
「え、でも……」
戸惑っていると、環奈が真剣に顔を寄せる。
「雪村さん、こういう時くらい誰かに頼ってください。その方が私達は嬉しいんです。ね、長谷部さん」
「おっしゃる通りです。ほら、雪村さん。酷くなる前に行きましょう」
「私、すぐに雪村さんの荷物持って来ますね」
そう言って環奈は事務所の方へと駆け出して行った。
「すみません、長谷部さん」
めぐは長谷部の手を借りて立ち上がる。
「歩けますか?もっと私に寄りかかってください」
「はい、ありがとうございます」
だが右足を地面につけるとズキン!と痛みが身体に走る。
唇を噛みしめながら痛みを堪えて歩いていると、ふいに長谷部が立ち止まった。
「雪村さん、ちょっと失礼」
そのまま一気にめぐを抱き上げ、スタスタと歩き出す。
「え、あの、下ろしてください。歩けますから」
「この方が早いです」
「でも私、重いですよね?」
「そんなに情けない男ではありません。ほら、着きましたよ」
長谷部はゆっくりとめぐを地面に下ろすと、スラックスのポケットから車のキーを取り出してロックを解除する。
助手席のドアを開けてめぐを座らせると「スタッフに声をかけてすぐに戻ります」と言ってドアを閉めた。
◇
一方、事務所に戻った環奈は課長に事情を話し、急いで自分とめぐの荷物をまとめる。
「環奈、めぐがどうかしたのか?」
課長との話を小耳に挟んだ弦が声をかけた。
「足首をひねったんです。歩ける状態ではないので、長谷部さんが車で病院まで送って行くことになりました。私もつき添いますのでお先に失礼します」
そう言って事務所を飛び出す環奈を、弦が追いかけて呼び止める。
「待て、環奈。俺も行く」
環奈はピタリと足を止めて振り返った。
「どうして?氷室さんが雪村さんを振ったんでしょ?それなのに中途半端に彼氏に戻らないでください!」
バタバタと去って行く環奈の足音を聞きながら、弦はその場で打ちひしがれていた。
◇
「長谷部さん!雪村さんの荷物を持って来ました。私も病院までつき添います」
ちょうどホテルから出て来た長谷部に会い、環奈も車の後部座席に乗り込んだ。
「では病院に向かいますね」
「はい、お願いします」
走り出した車内で、環奈はめぐに声をかける。
「雪村さん、痛みはどうですか?」
「うん、ちょっと強くなってるかな。でも大丈夫だよ。ありがとね、環奈ちゃん」
「いいえ。ホテルに長谷部さんがいてくださって良かったです。いてくれなかったら、どうしようかと思って……」
そう言うと環奈はポロポロと涙をこぼし始めた。
「えっ、環奈ちゃん?どうしたの?」
めぐが身体をひねって環奈を振り返る。
「ごめんなさい。私、雪村さんの気持ちを思うと辛くて。関係ないのに泣いたりして、本当にごめんなさい」
「ううん、そんなことない。ごめんね、私のせいで環奈ちゃんまで悲しませて」
「違います!雪村さんは何も悪くないです。それなのにどうしてこんなに傷つかなきゃいけないの?」
「……環奈ちゃん、何かあった?」
静かに尋ねるめぐに、環奈は少しためらってから話し出した。
「雪村さんを振ったのは氷室さんなのに、雪村さんの方が氷室さんに気を遣って離れようとしているのが辛くて。さっきも……。雪村さんが足を怪我したから病院で診てもらいますって課長に話してたら、俺も行くって氷室さんが。だから私つい、中途半端に彼氏に戻らないでくださいって言っちゃって……」
「……そうだったの。あのね、環奈ちゃん。ずっと環奈ちゃんに謝らなきゃと思ってたことがあるの。私と氷室くんはつき合ってなかった。恋人同士のフリをしていただけなの」
えっ!と環奈が驚いて顔を上げる。
「フリ、ですか?」
「そう、その方がお互い都合が良くてね。どちらかに好きな人が出来るまではつき合ってることにしようって」
「あ、お二人ともモテて色んな人に声かけられますもんね。確かにそうすれば周りを牽制出来ますし。あ!そしたら私、氷室さんに酷いことを……」
途端に環奈はまた涙ぐみ始めた。
「ううん、環奈ちゃんは悪くないよ。私がきちんと事情を話さなかったのがいけないの。ずっと黙っててごめんね、環奈ちゃん」
「いいえ。でもこれからは何でも話してほしいです。私、雪村さんの力になりたいので」
「ありがとう。うん、これからは環奈ちゃんに色々相談させてね」
「はい!」
やがて長谷部の運転する車は病院に到着した。
「私、受付して車椅子借りて来ますね」
そう言って環奈はタタッと病院の入り口を入って行った。
「雪村さん、すみません。さっきのお話、私も聞いてしまいまして……」
二人残された車内で、バツが悪そうに長谷部がめぐに声をかける。
「もちろん構わないですよ。長谷部さんも、私が氷室くんとつき合ってると思ってらしたんですよね?その誤解は解きたかったので」
「そうでしたか。でも雪村さんは恋人同士のフリをやめることになって、あんなにも落ち込んでました。それはやっぱり、氷室さんへの気持ちがあったからですか?」
「それは……、自分でもよく分かりません。ずっと氷室くんに頼り切っていたのは事実です。何でも話せる親友みたいな関係でしたから。その存在を失くして、寂しかったのだと思います」
「そうですか。あなたにとって氷室さんは大きな支えだったのですね。でも雪村さん。これからは私を頼ってください。必ずあなたを支えますから」
「ありがとうございます。既に今こうして助けていただいてます」
「それなら良かったです」
思わず二人で微笑み合った。
◇
「雪村さん、ゆっくりね」
「うん、大丈夫」
自宅マンションに着くと、めぐは環奈と長谷部に支えられてベッドに腰掛ける。
病院での検査の結果、骨に異常はなく捻挫と診断されギプスで固定された。
「雪村さん、課長に報告したら1週間は自宅でのテレワークにとのことでした」
「そう、ありがとう環奈ちゃん。1週間か。氷室くん一人で大丈夫かな?確かテレビと雑誌の取材が何件かあったんだよな」
「そんなの気にする必要ないですよ。この機会に氷室さんにはバリバリ働いてもらいましょう」
「いや、だからね。氷室くんは何も悪くないのよ」
「でも結果として雪村さんを悲しませたんだから、これくらいやってもらいましょう!大丈夫、私も雪村さんがいない間はフォローしますね」
「うん。ありがとう、環奈ちゃん」
すると二人のやり取りを黙って聞いていた長谷部が控えめに口を開いた。
「仕事は何とかなるとして、生活はどうしますか?雪村さん、ひとり暮らしですよね?」
「あ、ええ。まあ、なんとかします」
「ですが、食事だって買い出しに行けないし、お風呂もろくに入れないです。何かあった時そばに誰もいないのでは……」
うーん、と考えあぐねてから、長谷部はパッと顔を上げる。
「雪村さん、1週間ホテルに滞在してください」
「え?ホテルって、長谷部さんの?」
「はい。そうすれば食事はルームサービスでお届け出来ますし、困ったことがあればすぐに駆けつけられます」
でも……と渋るめぐに、環奈も頷いて身を乗り出した。
「それいいです!そうしましょ!私もちょくちょく様子を見に行けますし、仕事の相談も出来ますから」
「ああ、なるほど。それはそうね」
「でしょ?じゃあ、早速荷物まとめましょう」
環奈はてきぱきとめぐの着替えや身の回りの物を大きなバッグに詰め始め、かたわらで長谷部はホテルに電話をかけて部屋を手配した。
「よし、準備完了!じゃあ、長谷部さん。ホテルまでお願いします」
「承知しました」
こうしてあれよあれよという間に、めぐは再びホテルへと連れて行かれた。
社員食堂で環奈とランチを食べていると、トレイを手にした男性社員が近づいて来た。
あれからというもの、めぐはしょっちゅうこんなふうに職場で声をかけられる。
「ごめんなさーい。雪村さんと私、内緒の恋バナしてるんでーす。男子禁制なんで」
環奈が明るく笑って男性をあしらう。
しばらくするとまた別の男性に声をかけられ、「雪村さんに話をする時は、マネージャーの私を通してくださいねー。厳正な審査の結果、当選者のみご連絡いたしまーす」と環奈はにっこり笑顔で追い返していた。
「ごめんね、環奈ちゃん。ゆっくり食事も出来なくて」
「全然!雪村さんのことは私が守りますからね。だから元気出してください。いつもの雪村さんに早く戻って欲しいです」
「ありがとう。私、元気だよ?」
「うーん……。でも氷室さんと話す時は、これまでと別人みたいによそよそしいじゃないですか」
「それは、まあ。新しい氷室くんの彼女に誤解されるようなことがあったらいけないでしょ?」
すると環奈は怒ったような表情になる。
「どうして雪村さんが氷室さんに気を遣う必要があるんですか?傷ついて寂しい思いを抱えてるのは雪村さんですよね?」
「いや、あの、環奈ちゃん。実はね、私達実際には本当につき合って……」
そこまで言った時、男性二人組が声をかけてきた。
「俺達も二人なんだけど、相席していいかな?」
「あ、ごめんなさーい。ここ、あとから友人が二人来るので」
淡々と返す環奈に、思わずめぐも(あれ?誰か来るんだっけ?)と一瞬本気で考えてしまった。
「環奈ちゃん、上手ね」
「でしょ?あしらい名人と名乗らせてください」
「うんうん、もう達人の域だよ」
「えへへー、そんなに?私、雪村さんのマネージャーとしてはうってつけですよね。これからもずっと雪村さんをお守りしますから」
「環奈ちゃん……」
めぐは環奈の優しさに胸がジンとする。
「ありがとう、環奈ちゃん」
「え、やだ!そんな涙ぐまないでくださいよ。私が泣かせたみたい」
「ごめん。これは唐辛子のせいなの」
「グラタンなのに?」
環奈はめぐの手元のマカロニグラタンに目を落とした。
「うっ、そ、そう。グラタンに七味かけちゃって」
「あはは!それは涙出ちゃいますよね」
「そうなの。だから泣いてないからね?」
「はーい。さ、早く食べちゃいましょ」
「うん」
めぐは美味しいグラタンを環奈の楽しいおしゃべりと共に味わった。
◇
めぐは弦とは仕事上の最低限のやり取りだけで、それ以外は『話しかけないでオーラ』を発して視線を合わせないようにしていた。
定時になると、そそくさと帰り支度をして席を立つ。
「それではお先に失礼いたします」
挨拶をして事務所を出ようとするめぐに、弦が声をかけた。
「めぐ、このあと飲みに行かないか?」
「いえ、行きません。それじゃあ」
短く答えて事務所を出るめぐの背中に、弦は小さくため息をつく。
改めて気持ちを打ち明けようとしても、今のめぐからは拒絶反応しか返ってこない。
(きっと俺が好きな人と上手くいくようにって気を遣ってるんだろうな。相手はめぐなのに)
やるせない気持ちを抱えて席に座り直すと、斜め向かいのデスクから環奈がジロリと睨んできた。
「氷室さん、それはあんまりじゃないですか?」
「え?なにが?」
「雪村さん、必死に氷室さんのことを忘れようとしてるんですよ?傷つけたのは氷室さんでしょう?それなのに、中途半端に声かけるなんて。雪村さんの気持ちをこれ以上かき乱さないでください」
「俺は、別に……」
めぐを振った訳じゃないと言おうとして踏みとどまる。
恋人同士のフリをしていた以上、そう思われても仕方がなかった。
「ごめん、気をつける」
「ほんとですよ?それに氷室さんだって、新しい恋にちゃんと目を向けてください。でないと雪村さんの気持ちが報われませんから」
「ああ、分かった」
そう答えるしかない自分が歯がゆくて、弦はグッと気持ちを押し殺していた。
◇
「環奈ちゃん、ハロウィンのデコレーションの写真を撮りに行きたいんだけど。パークのどこが一番見どころかな?」
いつもなら弦に尋ねるセリフを、めぐはいつのまにか環奈に聞くようになっていた。
「それならやっぱりヨーロッパエリアですよ。ハロウィンはアイルランドのケルト人のお祭り『サウィン』が起源ですからね」
「そうなんだ!知らなかった。じゃあアイルランドのエリアを撮影してくるね」
そう言って立ち上がると、「私もお供します」と環奈もついて来た。
「ありがとね、環奈ちゃん」
「いいえー。私、今までずっと雪村さんとこうやってお話ししたかったんです。だから楽しくて」
「ふふっ、そっか。私も最近は環奈ちゃんとたくさんおしゃべり出来て嬉しい」
「女子トーク、最高ですよねー」
「うん、そうだね」
所々に飾られたハロウィンのデコレーションを撮影しつつ、アイルランドエリアを目指す。
そこには大きなフォトブースとハロウィンを紹介するパネルが設けられていた。
「へえ、ハロウィンって死者の魂がお墓から蘇って家族に会いに来る日なんだね。日本で言う『お盆』と同じだね」
「ジャック・オ・ランタンも、最初はかぼちゃじゃなくてかぶだったんですって」
紹介パネルを読みながら、二人でふむふむと頷く。
「雪村さん、アイルランドのカフェで『バームブラック』っていうドライフルーツのケーキが食べられるみたいですよ。フォーチュンクッキーみたいに、中から何が出てくるかでその人の運勢を占うんですって」
「面白そう!記事にもしたいから、行ってみようか」
「はい!」
二人でアイルランドの伝統の食事が楽しめるカフェに入る。
「ハッピーハロウィン!」
店員の女性が明るく声をかけてきた。
「ここは一足早くハロウィンムードいっぱいなんですね」
環奈が店内の飾りを見渡しながら言うと、女性スタッフは頷く。
「ええ、アイルランドはハロウィンの本場ですからね。まだ9月ですけど既に盛り上がってますよ」
「じゃあ、バームブラックもいただけますか?」
「もちろん!すぐにご用意しますので、お掛けになってお待ちください」
めぐと環奈が窓際の二人席で待っていると、スタッフは大きなプレートに載せたパウンドケーキを運んで来た。
「お待たせしました。こちらがアイルランドでハロウィンに食べられている『バームブラック』です。スパイスと紅茶、レーズンが入っているのですが、他にもいくつかアイテムが入っています。出て来たら私に教えてくださいね。意味をお伝えしますから」
「はい!わー、楽しみ」
環奈と顔を見合わせて、めぐはわくわくと身を乗り出す。
「既に切り分けてありますので、どれがいいか選んでくださいね」
「じゃあ、私は真ん中のこれにします」
環奈がケーキのちょうど中央の一片を指差し、スタッフはトングで掴んで環奈の前のお皿に載せた。
「雪村さんはどれにします?」
「えー、迷っちゃう。えっと、じゃあ一番右端のこれ!」
「端っこ?なんか意外」
「そう?変かな。でも、うん。これにします」
スタッフは頷いてめぐのお皿に右端の一片を載せた。
「それではどうぞお楽しみください」
お辞儀をしてスタッフが去ると、めぐと環奈は真剣な表情でフォークを手にする。
「ではいきますよ。ケーキ、入刀ー!」
環奈が高らかに言ってケーキの真ん中にフォークを入れた。
「あ、なんかある!なんだろう?金貨みたい」
「えー、ほんとだ。私はなんだろう」
めぐも真ん中にフォークを入れてみる。
何かに当たる手ごたえがあって、そっと切り分けてみた。
「ん?何かな。これって、指輪かな」
するとスタッフが笑顔で歩み寄って来た。
「お二人とも出ましたか?では占いの結果をお伝えします。まず硬貨が出た方は、金運が上がります」
「え、やったー!」と環奈が手を挙げて喜ぶ。
「そして指輪が出た方は、結婚出来ます」
……は?とめぐは固まる。
いやいや、それは今の自分に一番遠いワードではないかと思っていると、環奈が嬉しそうに話しかけてきた。
「やりましたね!雪村さん。新しい恋人が出来たら一気に結婚ですよ、きっと」
「それはどうかな。まあ、占いだもんね。うん、楽しかったです。環奈ちゃんは金運アップか、いいね!」
「私は結婚運の方がよかったけどなあ。じゃあ、当たるかどうかは今後のお楽しみってことで」
「そうね。じゃあケーキいただこうか。あ!取材用の写真撮るの、すっかり忘れてた!」
スタッフが笑って、再び大きなプレートを運んで来てくれる。
「どうぞ、ごゆっくり撮影してください。紹介していただければ私達も嬉しいです」
「はい、がんばっていい記事を書きますね」
めぐと環奈は写真を撮り、どんな文章にしようかと話しながら美味しいケーキを味わった。
◇
「金運かあ。この硬貨、お財布に入れておこうっと。効果あるかな」
「あはは!環奈ちゃん、今のダジャレ?」
「え、普通に言っただけですよ?」
「なんだー、上手だなって思ったのに」
「雪村さんは、その指輪どうしますか?」
「んー、キーケースにつけようかな。アンティークっぽくて素敵だもんね」
そんなことを言いながらカフェをあとにすると、ヨーロッパエリアを回ってもう少し撮影することにした。
「キャナルガーデンの運河のほとりにジャック・オ・ランタンも並んでるみたいですよ。ちょうど陽も落ちてきたし、明かりが点いてるかも?」
「そうなんだ。行ってみようか」
二人で運河に沿って歩いて行く。
(少し前までランタンを見に毎晩通ったなあ)
懐かしく思い出しながら、環奈と肩を並べてキャナルガーデンまでやって来た。
「あ、ありましたよ!ジャック・オ・ランタン。たくさん並んでる。ほのかに明るくて綺麗ですね」
「うん、ほんとに」
手すりにもたれて下を見下ろすと、運河の両サイドにジャック・オ・ランタンが等間隔で並べられている。
夕暮れの綺麗な空と柔らかいオレンジ色の明かりをともすジャック・オ・ランタンは、一緒に撮ると絵になる一枚になった。
「ちょうどいい時に来たね」
刻々と移りゆく空模様に、めぐは夢中で写真を撮り続ける。
すると環奈がふいに「危ない!」と叫んだ。
え?と思った時には遅く、めぐは運河のほとりに下りる階段から足を踏み外す。
「きゃっ……」
「雪村さん!」
環奈が懸命に腕を伸ばして捕まえてくれたおかげで、転がり落ちるのは免れた。
「ありがとう、環奈ちゃん。……いたっ」
「雪村さん、足をひねりましたか?」
「えっと、そうかも」
次第にジンジンと強くなる右足首の痛みに、めぐは思わず顔をしかめる。
「そこのベンチまで歩けますか?」
「うん」
めぐは環奈の肩を借りてすぐ脇のベンチまで行くと座り込む。
先ほどまでの鈍い痛みは、ズキズキと強い痛みへと変わっていた。
「雪村さん、ちょっとだけ待っててくださいね」
そう言い残し、環奈はどこかにタタッと駆けて行く。
痛みに顔をしかめながら堪えていると、「雪村さん!」と環奈が戻って来た。
顔を上げると環奈の後ろに長谷部の姿が見えて、めぐは驚く。
二人はめぐに駆け寄ると、すぐに屈み込んだ。
「ちょっと見せてください」
めぐが手で押さえていた右足首に、長谷部がそっと触れる。
途端にズキン!と痛みが走り、めぐは身体を強張らせた。
「かなり熱を持ってますね。これから腫れも酷くなると思います。すぐに病院へ行きましょう。雪村さん、車でお送りします」
「ええ!?そんな、長谷部さんお仕事は?」
「私が抜けてもどうってことないですよ。立てますか?私の肩に掴まってください」
「え、でも……」
戸惑っていると、環奈が真剣に顔を寄せる。
「雪村さん、こういう時くらい誰かに頼ってください。その方が私達は嬉しいんです。ね、長谷部さん」
「おっしゃる通りです。ほら、雪村さん。酷くなる前に行きましょう」
「私、すぐに雪村さんの荷物持って来ますね」
そう言って環奈は事務所の方へと駆け出して行った。
「すみません、長谷部さん」
めぐは長谷部の手を借りて立ち上がる。
「歩けますか?もっと私に寄りかかってください」
「はい、ありがとうございます」
だが右足を地面につけるとズキン!と痛みが身体に走る。
唇を噛みしめながら痛みを堪えて歩いていると、ふいに長谷部が立ち止まった。
「雪村さん、ちょっと失礼」
そのまま一気にめぐを抱き上げ、スタスタと歩き出す。
「え、あの、下ろしてください。歩けますから」
「この方が早いです」
「でも私、重いですよね?」
「そんなに情けない男ではありません。ほら、着きましたよ」
長谷部はゆっくりとめぐを地面に下ろすと、スラックスのポケットから車のキーを取り出してロックを解除する。
助手席のドアを開けてめぐを座らせると「スタッフに声をかけてすぐに戻ります」と言ってドアを閉めた。
◇
一方、事務所に戻った環奈は課長に事情を話し、急いで自分とめぐの荷物をまとめる。
「環奈、めぐがどうかしたのか?」
課長との話を小耳に挟んだ弦が声をかけた。
「足首をひねったんです。歩ける状態ではないので、長谷部さんが車で病院まで送って行くことになりました。私もつき添いますのでお先に失礼します」
そう言って事務所を飛び出す環奈を、弦が追いかけて呼び止める。
「待て、環奈。俺も行く」
環奈はピタリと足を止めて振り返った。
「どうして?氷室さんが雪村さんを振ったんでしょ?それなのに中途半端に彼氏に戻らないでください!」
バタバタと去って行く環奈の足音を聞きながら、弦はその場で打ちひしがれていた。
◇
「長谷部さん!雪村さんの荷物を持って来ました。私も病院までつき添います」
ちょうどホテルから出て来た長谷部に会い、環奈も車の後部座席に乗り込んだ。
「では病院に向かいますね」
「はい、お願いします」
走り出した車内で、環奈はめぐに声をかける。
「雪村さん、痛みはどうですか?」
「うん、ちょっと強くなってるかな。でも大丈夫だよ。ありがとね、環奈ちゃん」
「いいえ。ホテルに長谷部さんがいてくださって良かったです。いてくれなかったら、どうしようかと思って……」
そう言うと環奈はポロポロと涙をこぼし始めた。
「えっ、環奈ちゃん?どうしたの?」
めぐが身体をひねって環奈を振り返る。
「ごめんなさい。私、雪村さんの気持ちを思うと辛くて。関係ないのに泣いたりして、本当にごめんなさい」
「ううん、そんなことない。ごめんね、私のせいで環奈ちゃんまで悲しませて」
「違います!雪村さんは何も悪くないです。それなのにどうしてこんなに傷つかなきゃいけないの?」
「……環奈ちゃん、何かあった?」
静かに尋ねるめぐに、環奈は少しためらってから話し出した。
「雪村さんを振ったのは氷室さんなのに、雪村さんの方が氷室さんに気を遣って離れようとしているのが辛くて。さっきも……。雪村さんが足を怪我したから病院で診てもらいますって課長に話してたら、俺も行くって氷室さんが。だから私つい、中途半端に彼氏に戻らないでくださいって言っちゃって……」
「……そうだったの。あのね、環奈ちゃん。ずっと環奈ちゃんに謝らなきゃと思ってたことがあるの。私と氷室くんはつき合ってなかった。恋人同士のフリをしていただけなの」
えっ!と環奈が驚いて顔を上げる。
「フリ、ですか?」
「そう、その方がお互い都合が良くてね。どちらかに好きな人が出来るまではつき合ってることにしようって」
「あ、お二人ともモテて色んな人に声かけられますもんね。確かにそうすれば周りを牽制出来ますし。あ!そしたら私、氷室さんに酷いことを……」
途端に環奈はまた涙ぐみ始めた。
「ううん、環奈ちゃんは悪くないよ。私がきちんと事情を話さなかったのがいけないの。ずっと黙っててごめんね、環奈ちゃん」
「いいえ。でもこれからは何でも話してほしいです。私、雪村さんの力になりたいので」
「ありがとう。うん、これからは環奈ちゃんに色々相談させてね」
「はい!」
やがて長谷部の運転する車は病院に到着した。
「私、受付して車椅子借りて来ますね」
そう言って環奈はタタッと病院の入り口を入って行った。
「雪村さん、すみません。さっきのお話、私も聞いてしまいまして……」
二人残された車内で、バツが悪そうに長谷部がめぐに声をかける。
「もちろん構わないですよ。長谷部さんも、私が氷室くんとつき合ってると思ってらしたんですよね?その誤解は解きたかったので」
「そうでしたか。でも雪村さんは恋人同士のフリをやめることになって、あんなにも落ち込んでました。それはやっぱり、氷室さんへの気持ちがあったからですか?」
「それは……、自分でもよく分かりません。ずっと氷室くんに頼り切っていたのは事実です。何でも話せる親友みたいな関係でしたから。その存在を失くして、寂しかったのだと思います」
「そうですか。あなたにとって氷室さんは大きな支えだったのですね。でも雪村さん。これからは私を頼ってください。必ずあなたを支えますから」
「ありがとうございます。既に今こうして助けていただいてます」
「それなら良かったです」
思わず二人で微笑み合った。
◇
「雪村さん、ゆっくりね」
「うん、大丈夫」
自宅マンションに着くと、めぐは環奈と長谷部に支えられてベッドに腰掛ける。
病院での検査の結果、骨に異常はなく捻挫と診断されギプスで固定された。
「雪村さん、課長に報告したら1週間は自宅でのテレワークにとのことでした」
「そう、ありがとう環奈ちゃん。1週間か。氷室くん一人で大丈夫かな?確かテレビと雑誌の取材が何件かあったんだよな」
「そんなの気にする必要ないですよ。この機会に氷室さんにはバリバリ働いてもらいましょう」
「いや、だからね。氷室くんは何も悪くないのよ」
「でも結果として雪村さんを悲しませたんだから、これくらいやってもらいましょう!大丈夫、私も雪村さんがいない間はフォローしますね」
「うん。ありがとう、環奈ちゃん」
すると二人のやり取りを黙って聞いていた長谷部が控えめに口を開いた。
「仕事は何とかなるとして、生活はどうしますか?雪村さん、ひとり暮らしですよね?」
「あ、ええ。まあ、なんとかします」
「ですが、食事だって買い出しに行けないし、お風呂もろくに入れないです。何かあった時そばに誰もいないのでは……」
うーん、と考えあぐねてから、長谷部はパッと顔を上げる。
「雪村さん、1週間ホテルに滞在してください」
「え?ホテルって、長谷部さんの?」
「はい。そうすれば食事はルームサービスでお届け出来ますし、困ったことがあればすぐに駆けつけられます」
でも……と渋るめぐに、環奈も頷いて身を乗り出した。
「それいいです!そうしましょ!私もちょくちょく様子を見に行けますし、仕事の相談も出来ますから」
「ああ、なるほど。それはそうね」
「でしょ?じゃあ、早速荷物まとめましょう」
環奈はてきぱきとめぐの着替えや身の回りの物を大きなバッグに詰め始め、かたわらで長谷部はホテルに電話をかけて部屋を手配した。
「よし、準備完了!じゃあ、長谷部さん。ホテルまでお願いします」
「承知しました」
こうしてあれよあれよという間に、めぐは再びホテルへと連れて行かれた。
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