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昴の戸惑い
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それから半月が経った頃…。
いつものように会社に出勤した昴は、ひっくり返ったように大騒ぎになっているオフィスに、何事かと驚く。
すると、入り口で戸惑っている昴を見つけた上司が、伊吹!と大きな声を出した。
周りの皆にも一斉に注目され、昴は、何かやってしまったのかと青ざめる。
「伊吹!待ってたんだ。ちょっと来い!早く!」
「は、はい」
ゴクッと唾を飲み込み、意を決して上司のデスクに近づく。
「お前、アメリカのロイヤルローズカンパニーのCEOと知り合いなのか?」
「……………は?」
思いもよらない言葉に、昴は固まる。
「ロイヤルローズカンパニーって、アメリカの有名企業上位の、あの会社のことですか?」
「そうだ。洋服や雑貨、宝石、ありとあらゆるブランドを生み出し、世界中にデパートを展開している流通業界のトップだ」
「いえ、あの。なぜ私がそんな大企業のCEOと知り合いなんでしょうか?」
「分からん。だから直接お前に聞いている」
「……………はあ」
ますます訳が分からない。
ロイヤルローズカンパニーとは、直接取り引きしたことはない。
だが、子会社のそのまた関連会社として、日本に小さく販売部門の会社があり、そことなら少し接点がある。
先日まで日本に出向していたサラも、その子会社に勤めており、昴も何度かアメリカ出張で訪れていた。
とは言っても、その子会社からロイヤルローズカンパニーまでは、さらにいくつかの会社を辿らなければならないほど、遠い存在だ。
ましてやそこのCEOと、面識などあるはずもない。
「あの、なぜそのようなお話になったのでしょうか?私には全く身に覚えがないのですが…」
「そうだよなあ。俺もそう言ったんだが、上の人達がお前の名前を出してきたんだ。なんでもCEOの孫娘が、お前に良くしてもらったとかで。それを聞いたCEOが、うちと提携しないかと言ってきたらしい。もう、上層部は大騒ぎだぞ。伊吹 昴は、どこの部署の誰だ?一体何をどうやったんだ?って」
昴は、もはや話のスケールにおののいて、上手く言葉が出て来ない。
「わ、私は、何も、何もしておりません!」
まるで無実の罪でも晴らすようなセリフで、ひたすら上司に訴える。
「そうか。じゃあやっぱり人違いか何かだろうな。その、サラとかいうCEOの孫の」
えっ?と昴は、小さく呟く。
「サ、サラ?!」
「お?なんだお前。やっぱり知り合いだったのか?」
「サラって、あのサラですか?」
「え?知らん。どのサラだ?」
「ええーー?!あのサラがー?!」
「だから、どのサラだー!!」
昴と上司の叫び合いは、そのあともしばらく続いた。
*****
「ん?伊吹くん、どういうこと?」
仕事を終えて、駅までの道を歩きながら、心は首をかしげる。
仕事中に昴からの着信があり、心は会社を出たあとかけ直していたのだ。
だが、電話口の昴は何やら興奮気味で、話の内容がよく分からない。
「だから、サラはアメリカの超有名企業のCEOのお孫さんだったんだよ!」
「ん?サラが、えっと、何のお孫さん?」
「有名企業のCEO!」
「何?その、CEOって」
「え、あの、つまり最高責任者」
「へえー、社長ってこと?」
「いや、社長より上だ」
「ええー?!社長より上って何?そんな人いるの?」
「いや、あの…」
昴は、だんだん逸れていく話にヤキモキする。
「とにかく、今うちの会社、凄い騒ぎなんだ。何億ってお金が動くことになるから、それはもう大変で」
「ふーん。やっぱり凄いねー、伊吹くんって。そんなに大きな企業で働いてるんだね。さすがだなー」
「いや、あの、だから俺が言いたいのは、久住のおかげなんだよ!」
「は?何が?」
「だから、今回のこと。久住がサラと仲良くしてくれただろ?それをサラが話したらしいんだ。祖父にあたるCEOに。それで、うちの会社に話が来た。久住、俺は全部久住のおかげだと思ってる」
「えー?そんな訳ないよ。だって私、その、BCGだっけ?そんな人と関わりないもん」
「CEOだよ。でも、とにかくお礼をさせてくれ。近いうちに食事に招待させて欲しい。詳しい話はその時にでも」
「別にいいって。あ、電車来たから切るね。またねー」
「く、久住!」
そして電話は虚しく切れた。
*****
「よーう、久しぶりだな!昴」
待ち合わせした居酒屋に、慎也はいつもの陽気さで現れた。
「元気にしてたか?仕事は相変わらず忙しいのか?」
「いや、まあ。忙しいけど順調だ」
「ふーん、そっか。それなら良かった」
そう言ってビールを飲む慎也に、昴は急に顔を寄せる。
「なあ、慎也。お前、愛理とまたつき合い始めたのか?同窓会のあとに」
慎也はギョッとして昴を見つめる。
「え、ど、どうしてそれを?」
「まあ、見てれば分かる」
「そ、そうなんですね。さすがは師匠」
「それより、どうやってまたつき合うことになったんだ?どういういきさつで?きっかけは?」
矢継ぎ早に聞いてくる昴に、慎也は押され気味になる。
「ちょ、ちょっと待て。どうしたんだ?お前がそんなこと聞いてくるなんて。お前こそ何かあったのか?」
「いや、何もない。けど、知りたいんだ。どうやって人と人とはつき合い始めるのか」
…は?と慎也は面食らう。
「あ、あの?話が高尚でおっしゃる意味が…」
「いや、そこまでいかなくてもいい。食事に誘うには、どうすればいいんだ?」
「しょ、食事ですか?それはそのー、メシ行かない?とか、腹減ったな、なんか食べてくか?みたいな…」
「そうなのか?!」
「いや、まあ、あくまで私の場合ですが…。ちなみに師匠は、誰を食事に誘いたいので?」
「久住だ」
「……へ?心?いやでも、既に二人はその、師匠同士じゃあ…」
そして慎也は考える。
(え、待てよ。寝たけど、何か?な二人が、スタートラインに戻ってやり直すのか?どういう状況なんだ?)
「あのー、師匠。私にはそのような状況になった経験もございませんし、師匠のような高等な技術も持ち合わせておりません。ですのでその、師匠のやり方でよろしいのではないかと…」
「でも、誘ったけど断られたんだ。別にいいって」
「え、別にいい?」
(さすがだなー、心。ドライだ。スーパードライだ)
慎也は腕を組んで考える。
「ではまた、4人で会うのはどうでしょう?師匠達は、またそこから二人で話すきっかけになれば」
「え、いいのか?それなら助かる。頼むよ、慎也」
「師匠の頼みとあらば、喜んで!」
そうして慎也は、また4人で集まる段取りを組んだ。
*****
「ではでは、久しぶりの再会に…」
「かんぱーい!」
9月の終わり。
ようやく4人は都合を合わせて、久しぶりに集まっていた。
「なんだかんだで、4ヶ月ぶりかあ。元気にしてた?心」
愛理に聞かれて心は笑顔で答える。
「うん、元気元気!愛理は?忙しそうだね、慎也くんと」
声を潜めてそう言うと、愛理は気まずい表情になる。
「ごめんねー、心に全然連絡出来なくて」
「いいのいいの!愛理が幸せそうならそれで。良かったね!」
「うん、ありがとう!」
顔を見合わせて笑っていると、慎也が話し出す。
「同窓会なんだけど、せっかくだからさ、これから毎年企画しないか?」
「へえ、いいね!毎年ゴールデンウィーク明けとか?」
昴の言葉に慎也は頷く。
「ああ。今回出席率良かったのは、みんなあの辺りが都合つきやすいんだと思うしな」
「そうだね」
心が頷くと、愛理も身を乗り出す。
「それにさ、二人が探してくれたあのレストラン、凄く好評だったよ。みんなSNSに、綺麗な夜景の写真アップしてたし」
「そうなんだ!良かったー、ね?伊吹くん。そう言えば、割引チケットもらったよね。近いうちに食べに行こうかな。片桐さんにお礼も言いたいし」
心がそう言った途端、慎也が肘でグイグイと昴を押した。
ん?と思って見ると、慎也がジェスチャーで、いけ!と促している。
(そうか、今がチャンスか!)
昴は慎也に頷き、心を誘う。
「じゃ、じゃあ一緒に行かないか?」
心は昴を見てにっこり笑った。
「そうだね!そうしよう。いつがいい?」
「あ、俺はいつでも」
頬を緩めながら昴がそう言うと、心は続けた。
「私も夜なら都合つくよ。慎也くんと愛理は?いつがいい?」
「え?いや、俺らは、その…」
慎也が戸惑いながら横目で隣を見ると、昴はがっくりと肩を落としていた。
*****
楽しそうに愛理と話す心を見ながら、昴は思い出す。
サラと話している時の心も、こんなふうに無邪気で楽しそうだった。
ショッピングモールで買い物をし、ランチをした時も、昴は盛り上がる二人の様子を黙って見ていた。
くるくる変わる心の表情はまるで子どものようで、昴はたたぼーっと見とれていた。
サラの為に浴衣をプレゼントしたいという心に胸が熱くなり、そんな彼女に自分も何かしたいと、休みの日に一人で心の浴衣を買いに行った。
どんな色が似合うだろうかと考えていると、ふと、海に沈む夕陽を見つめる心の横顔が思い浮かんだ。
とても優しく穏やかで、目が離せなくなるほど綺麗な横顔。
そして昴は、海と夕陽に似た色の浴衣と帯を選んだ。
浴衣を着た心はとても美しかった。
サラに、二人はつき合ってるのか?と聞かれた時は、思わずドキッとした。
サラを送り届けたあと、二人きりになり、車を降りて心に向き合った瞬間、思わず胸に抱きしめていた。
あの時の自分は完全に思考回路が止まっており、無意識の行動だった。
そんなことは初めてで、一体どうしたのかと、昴は自分で自分が分からなくなっていた。
(こんなに頭で考えても分からないなんて。どういうことだ?どうやったら理解出来るんだ?数式とかで解けないのか?)
心のことを思い出すたびに、ブツブツとそんなことを考えていた。
*****
「そろそろ帰るか」
早めに切り上げるかのように、慎也が立ち上がる。
心はもっと愛理と話したかったが、おそらく愛理は慎也とこのあと二人で飲み直すのだろう。
ならば引き留める訳にはいかない。
外に出ると、早々に別れることにした。
「じゃあね、心。また連絡する」
「うん!私からもするね」
そんな女子二人の横で、慎也と昴はヒソヒソ話す。
「じゃあな、昴。がんばれよ。何かあったらいつでも相談してくれ」
「うん、ありがとう」
そして互いに手を振って、ニ組は反対方向に別れた。
心と昴は、二人で肩を並べて駅へ向かう。
「そう言えば伊吹くん。サラとあれから連絡取った?」
「ああ、うん。仕事のことでやり取りしてね。そうだ、久住に話そうと思ってたんだ」
昴はようやく我に返り、サラのことを心に話す。
サラは、やはり有名な企業のCEOの孫娘だった。
だが本人は、周りからそんな目で見られるのにウンザリしていた。
誰も本音で話してくれず、心許せる友人も出来ない。
サラは素性を隠して、祖父から離れた子会社で働き始めた。
それでも毎日、祖父が雇ったSPにあとをつけられる生活…。
サラはついに、以前から興味のあった日本に出向したいと上司に頼んだ。
素性を知らない上司はすんなりOKしてくれたが、それを知った祖父は大反対だった。
何かあったらどうする?せめて警護はつけろ。ホテルのスイートルームで暮らせと。
半ば押し切るように、サラは自分でマンスリーマンションを手配して来日した。
何もかも自分一人でやろうと思っていた。
だが…想像以上に毎日は辛かった。
言葉が通じない、文化も違う。
どこで買い物すればいいかも分からない。
電車の乗り方も難しい。
頼れる人や友人もいない。
アメリカに帰りたい、でも祖父の反対を押し切った手前、帰れない。
サラは、なんとか自分の力で乗り越えたいともがいていた。
そんな時、仕事の取引先の昴が声をかけた。
何か困っていることはないか?と。
思わずポツリと、買い物に行きたいと漏らした。
そして、心と3人で買い物に行った。
それはそれは楽しい時間だった。
日本の綺麗なショッピングモール、見たことのないアイデアグッズ、素敵な雑貨。
何より、心との会話が楽しくてたまらない。
久しぶりに誰かと思う存分話せた。
ただおしゃべりすることが、こんなにも幸せなことだなんて!
さらに心は、つまみ細工を教えてくれ、花火大会では浴衣までプレゼントしてくれた。
夢のようだった。
そしてあっという間に帰国の日になる。
心や昴と別れるのは辛かった。
だが、こんなにも別れが辛くなるほど大切な友人が出来たことが嬉しかった。
帰国するなり、サラは祖父に興奮気味で話をした。
どんなに日本が素晴らしいか。
どんなに素敵な友人が出来たか。
どんなに大切な毎日を過ごしたか。
そして、どんなに自分は成長出来たかを。
祖父は、嬉しそうに目を細めて、何度も頷きながら聞いていた。
*****
「そっか。サラ、そうだったんだね。良かった」
話を聞き終えた心が、小さく呟く。
「ああ。久住のおかげだよ、本当にありがとう」
「ううん。最初に伊吹くんがサラに声をかけてあげたからだよ。サラの元気がないのに気付いて、優しく聞いてあげたからだよ。良かったね、サラ。伊吹くんと出会えて」
そう言って心は、ふふっと昴に笑顔を向ける。
昴はドキッとして思わずうつむいた。
「でもそっかー、サラってそんなにお嬢様だったんだね。確かに雰囲気がエレガントだったもんな。ショッピングモールで選んでたティーポットも、花柄で上品な感じだったし。私、凄い人と友達になったんだね。タメ口とかきいて、大丈夫だったのかな?」
心は、あはは!と明るく笑う。
「でも、どんなバックグラウンドでも、サラはサラだよ。私に気さくに話してくれるし、笑顔が素敵で優しくて。私もサラと知り合えて良かった」
「久住…」
昴は足を止めて心と向き合った。
柔らかい表情で自分を見つめてくる心に、昴は胸がキュッと掴まれたような切なさを覚える。
「久住、俺…」
「伊吹くん、目が潤んでる」
「えっ」
昴は自分の顔が一気に赤くなるのが分かった。
胸がドキドキと高鳴る。
「久住、俺…」
何を言おうとしているのか、自分でも分からない。
とにかく昴は、今の気持ちを口にしたかった。
「俺、俺は…」
するとじっと昴を見つめていた心が、ふっと頬を緩めた。
「伊吹くんの目、うるうるしててイルカみたい。かわいい」
「…は?」
心は、ふふっと笑ってからまた歩き始める。
昴はその後ろ姿を見て、はあーっと深いため息をついた。
いつものように会社に出勤した昴は、ひっくり返ったように大騒ぎになっているオフィスに、何事かと驚く。
すると、入り口で戸惑っている昴を見つけた上司が、伊吹!と大きな声を出した。
周りの皆にも一斉に注目され、昴は、何かやってしまったのかと青ざめる。
「伊吹!待ってたんだ。ちょっと来い!早く!」
「は、はい」
ゴクッと唾を飲み込み、意を決して上司のデスクに近づく。
「お前、アメリカのロイヤルローズカンパニーのCEOと知り合いなのか?」
「……………は?」
思いもよらない言葉に、昴は固まる。
「ロイヤルローズカンパニーって、アメリカの有名企業上位の、あの会社のことですか?」
「そうだ。洋服や雑貨、宝石、ありとあらゆるブランドを生み出し、世界中にデパートを展開している流通業界のトップだ」
「いえ、あの。なぜ私がそんな大企業のCEOと知り合いなんでしょうか?」
「分からん。だから直接お前に聞いている」
「……………はあ」
ますます訳が分からない。
ロイヤルローズカンパニーとは、直接取り引きしたことはない。
だが、子会社のそのまた関連会社として、日本に小さく販売部門の会社があり、そことなら少し接点がある。
先日まで日本に出向していたサラも、その子会社に勤めており、昴も何度かアメリカ出張で訪れていた。
とは言っても、その子会社からロイヤルローズカンパニーまでは、さらにいくつかの会社を辿らなければならないほど、遠い存在だ。
ましてやそこのCEOと、面識などあるはずもない。
「あの、なぜそのようなお話になったのでしょうか?私には全く身に覚えがないのですが…」
「そうだよなあ。俺もそう言ったんだが、上の人達がお前の名前を出してきたんだ。なんでもCEOの孫娘が、お前に良くしてもらったとかで。それを聞いたCEOが、うちと提携しないかと言ってきたらしい。もう、上層部は大騒ぎだぞ。伊吹 昴は、どこの部署の誰だ?一体何をどうやったんだ?って」
昴は、もはや話のスケールにおののいて、上手く言葉が出て来ない。
「わ、私は、何も、何もしておりません!」
まるで無実の罪でも晴らすようなセリフで、ひたすら上司に訴える。
「そうか。じゃあやっぱり人違いか何かだろうな。その、サラとかいうCEOの孫の」
えっ?と昴は、小さく呟く。
「サ、サラ?!」
「お?なんだお前。やっぱり知り合いだったのか?」
「サラって、あのサラですか?」
「え?知らん。どのサラだ?」
「ええーー?!あのサラがー?!」
「だから、どのサラだー!!」
昴と上司の叫び合いは、そのあともしばらく続いた。
*****
「ん?伊吹くん、どういうこと?」
仕事を終えて、駅までの道を歩きながら、心は首をかしげる。
仕事中に昴からの着信があり、心は会社を出たあとかけ直していたのだ。
だが、電話口の昴は何やら興奮気味で、話の内容がよく分からない。
「だから、サラはアメリカの超有名企業のCEOのお孫さんだったんだよ!」
「ん?サラが、えっと、何のお孫さん?」
「有名企業のCEO!」
「何?その、CEOって」
「え、あの、つまり最高責任者」
「へえー、社長ってこと?」
「いや、社長より上だ」
「ええー?!社長より上って何?そんな人いるの?」
「いや、あの…」
昴は、だんだん逸れていく話にヤキモキする。
「とにかく、今うちの会社、凄い騒ぎなんだ。何億ってお金が動くことになるから、それはもう大変で」
「ふーん。やっぱり凄いねー、伊吹くんって。そんなに大きな企業で働いてるんだね。さすがだなー」
「いや、あの、だから俺が言いたいのは、久住のおかげなんだよ!」
「は?何が?」
「だから、今回のこと。久住がサラと仲良くしてくれただろ?それをサラが話したらしいんだ。祖父にあたるCEOに。それで、うちの会社に話が来た。久住、俺は全部久住のおかげだと思ってる」
「えー?そんな訳ないよ。だって私、その、BCGだっけ?そんな人と関わりないもん」
「CEOだよ。でも、とにかくお礼をさせてくれ。近いうちに食事に招待させて欲しい。詳しい話はその時にでも」
「別にいいって。あ、電車来たから切るね。またねー」
「く、久住!」
そして電話は虚しく切れた。
*****
「よーう、久しぶりだな!昴」
待ち合わせした居酒屋に、慎也はいつもの陽気さで現れた。
「元気にしてたか?仕事は相変わらず忙しいのか?」
「いや、まあ。忙しいけど順調だ」
「ふーん、そっか。それなら良かった」
そう言ってビールを飲む慎也に、昴は急に顔を寄せる。
「なあ、慎也。お前、愛理とまたつき合い始めたのか?同窓会のあとに」
慎也はギョッとして昴を見つめる。
「え、ど、どうしてそれを?」
「まあ、見てれば分かる」
「そ、そうなんですね。さすがは師匠」
「それより、どうやってまたつき合うことになったんだ?どういういきさつで?きっかけは?」
矢継ぎ早に聞いてくる昴に、慎也は押され気味になる。
「ちょ、ちょっと待て。どうしたんだ?お前がそんなこと聞いてくるなんて。お前こそ何かあったのか?」
「いや、何もない。けど、知りたいんだ。どうやって人と人とはつき合い始めるのか」
…は?と慎也は面食らう。
「あ、あの?話が高尚でおっしゃる意味が…」
「いや、そこまでいかなくてもいい。食事に誘うには、どうすればいいんだ?」
「しょ、食事ですか?それはそのー、メシ行かない?とか、腹減ったな、なんか食べてくか?みたいな…」
「そうなのか?!」
「いや、まあ、あくまで私の場合ですが…。ちなみに師匠は、誰を食事に誘いたいので?」
「久住だ」
「……へ?心?いやでも、既に二人はその、師匠同士じゃあ…」
そして慎也は考える。
(え、待てよ。寝たけど、何か?な二人が、スタートラインに戻ってやり直すのか?どういう状況なんだ?)
「あのー、師匠。私にはそのような状況になった経験もございませんし、師匠のような高等な技術も持ち合わせておりません。ですのでその、師匠のやり方でよろしいのではないかと…」
「でも、誘ったけど断られたんだ。別にいいって」
「え、別にいい?」
(さすがだなー、心。ドライだ。スーパードライだ)
慎也は腕を組んで考える。
「ではまた、4人で会うのはどうでしょう?師匠達は、またそこから二人で話すきっかけになれば」
「え、いいのか?それなら助かる。頼むよ、慎也」
「師匠の頼みとあらば、喜んで!」
そうして慎也は、また4人で集まる段取りを組んだ。
*****
「ではでは、久しぶりの再会に…」
「かんぱーい!」
9月の終わり。
ようやく4人は都合を合わせて、久しぶりに集まっていた。
「なんだかんだで、4ヶ月ぶりかあ。元気にしてた?心」
愛理に聞かれて心は笑顔で答える。
「うん、元気元気!愛理は?忙しそうだね、慎也くんと」
声を潜めてそう言うと、愛理は気まずい表情になる。
「ごめんねー、心に全然連絡出来なくて」
「いいのいいの!愛理が幸せそうならそれで。良かったね!」
「うん、ありがとう!」
顔を見合わせて笑っていると、慎也が話し出す。
「同窓会なんだけど、せっかくだからさ、これから毎年企画しないか?」
「へえ、いいね!毎年ゴールデンウィーク明けとか?」
昴の言葉に慎也は頷く。
「ああ。今回出席率良かったのは、みんなあの辺りが都合つきやすいんだと思うしな」
「そうだね」
心が頷くと、愛理も身を乗り出す。
「それにさ、二人が探してくれたあのレストラン、凄く好評だったよ。みんなSNSに、綺麗な夜景の写真アップしてたし」
「そうなんだ!良かったー、ね?伊吹くん。そう言えば、割引チケットもらったよね。近いうちに食べに行こうかな。片桐さんにお礼も言いたいし」
心がそう言った途端、慎也が肘でグイグイと昴を押した。
ん?と思って見ると、慎也がジェスチャーで、いけ!と促している。
(そうか、今がチャンスか!)
昴は慎也に頷き、心を誘う。
「じゃ、じゃあ一緒に行かないか?」
心は昴を見てにっこり笑った。
「そうだね!そうしよう。いつがいい?」
「あ、俺はいつでも」
頬を緩めながら昴がそう言うと、心は続けた。
「私も夜なら都合つくよ。慎也くんと愛理は?いつがいい?」
「え?いや、俺らは、その…」
慎也が戸惑いながら横目で隣を見ると、昴はがっくりと肩を落としていた。
*****
楽しそうに愛理と話す心を見ながら、昴は思い出す。
サラと話している時の心も、こんなふうに無邪気で楽しそうだった。
ショッピングモールで買い物をし、ランチをした時も、昴は盛り上がる二人の様子を黙って見ていた。
くるくる変わる心の表情はまるで子どものようで、昴はたたぼーっと見とれていた。
サラの為に浴衣をプレゼントしたいという心に胸が熱くなり、そんな彼女に自分も何かしたいと、休みの日に一人で心の浴衣を買いに行った。
どんな色が似合うだろうかと考えていると、ふと、海に沈む夕陽を見つめる心の横顔が思い浮かんだ。
とても優しく穏やかで、目が離せなくなるほど綺麗な横顔。
そして昴は、海と夕陽に似た色の浴衣と帯を選んだ。
浴衣を着た心はとても美しかった。
サラに、二人はつき合ってるのか?と聞かれた時は、思わずドキッとした。
サラを送り届けたあと、二人きりになり、車を降りて心に向き合った瞬間、思わず胸に抱きしめていた。
あの時の自分は完全に思考回路が止まっており、無意識の行動だった。
そんなことは初めてで、一体どうしたのかと、昴は自分で自分が分からなくなっていた。
(こんなに頭で考えても分からないなんて。どういうことだ?どうやったら理解出来るんだ?数式とかで解けないのか?)
心のことを思い出すたびに、ブツブツとそんなことを考えていた。
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「そろそろ帰るか」
早めに切り上げるかのように、慎也が立ち上がる。
心はもっと愛理と話したかったが、おそらく愛理は慎也とこのあと二人で飲み直すのだろう。
ならば引き留める訳にはいかない。
外に出ると、早々に別れることにした。
「じゃあね、心。また連絡する」
「うん!私からもするね」
そんな女子二人の横で、慎也と昴はヒソヒソ話す。
「じゃあな、昴。がんばれよ。何かあったらいつでも相談してくれ」
「うん、ありがとう」
そして互いに手を振って、ニ組は反対方向に別れた。
心と昴は、二人で肩を並べて駅へ向かう。
「そう言えば伊吹くん。サラとあれから連絡取った?」
「ああ、うん。仕事のことでやり取りしてね。そうだ、久住に話そうと思ってたんだ」
昴はようやく我に返り、サラのことを心に話す。
サラは、やはり有名な企業のCEOの孫娘だった。
だが本人は、周りからそんな目で見られるのにウンザリしていた。
誰も本音で話してくれず、心許せる友人も出来ない。
サラは素性を隠して、祖父から離れた子会社で働き始めた。
それでも毎日、祖父が雇ったSPにあとをつけられる生活…。
サラはついに、以前から興味のあった日本に出向したいと上司に頼んだ。
素性を知らない上司はすんなりOKしてくれたが、それを知った祖父は大反対だった。
何かあったらどうする?せめて警護はつけろ。ホテルのスイートルームで暮らせと。
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何もかも自分一人でやろうと思っていた。
だが…想像以上に毎日は辛かった。
言葉が通じない、文化も違う。
どこで買い物すればいいかも分からない。
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頼れる人や友人もいない。
アメリカに帰りたい、でも祖父の反対を押し切った手前、帰れない。
サラは、なんとか自分の力で乗り越えたいともがいていた。
そんな時、仕事の取引先の昴が声をかけた。
何か困っていることはないか?と。
思わずポツリと、買い物に行きたいと漏らした。
そして、心と3人で買い物に行った。
それはそれは楽しい時間だった。
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何より、心との会話が楽しくてたまらない。
久しぶりに誰かと思う存分話せた。
ただおしゃべりすることが、こんなにも幸せなことだなんて!
さらに心は、つまみ細工を教えてくれ、花火大会では浴衣までプレゼントしてくれた。
夢のようだった。
そしてあっという間に帰国の日になる。
心や昴と別れるのは辛かった。
だが、こんなにも別れが辛くなるほど大切な友人が出来たことが嬉しかった。
帰国するなり、サラは祖父に興奮気味で話をした。
どんなに日本が素晴らしいか。
どんなに素敵な友人が出来たか。
どんなに大切な毎日を過ごしたか。
そして、どんなに自分は成長出来たかを。
祖父は、嬉しそうに目を細めて、何度も頷きながら聞いていた。
*****
「そっか。サラ、そうだったんだね。良かった」
話を聞き終えた心が、小さく呟く。
「ああ。久住のおかげだよ、本当にありがとう」
「ううん。最初に伊吹くんがサラに声をかけてあげたからだよ。サラの元気がないのに気付いて、優しく聞いてあげたからだよ。良かったね、サラ。伊吹くんと出会えて」
そう言って心は、ふふっと昴に笑顔を向ける。
昴はドキッとして思わずうつむいた。
「でもそっかー、サラってそんなにお嬢様だったんだね。確かに雰囲気がエレガントだったもんな。ショッピングモールで選んでたティーポットも、花柄で上品な感じだったし。私、凄い人と友達になったんだね。タメ口とかきいて、大丈夫だったのかな?」
心は、あはは!と明るく笑う。
「でも、どんなバックグラウンドでも、サラはサラだよ。私に気さくに話してくれるし、笑顔が素敵で優しくて。私もサラと知り合えて良かった」
「久住…」
昴は足を止めて心と向き合った。
柔らかい表情で自分を見つめてくる心に、昴は胸がキュッと掴まれたような切なさを覚える。
「久住、俺…」
「伊吹くん、目が潤んでる」
「えっ」
昴は自分の顔が一気に赤くなるのが分かった。
胸がドキドキと高鳴る。
「久住、俺…」
何を言おうとしているのか、自分でも分からない。
とにかく昴は、今の気持ちを口にしたかった。
「俺、俺は…」
するとじっと昴を見つめていた心が、ふっと頬を緩めた。
「伊吹くんの目、うるうるしててイルカみたい。かわいい」
「…は?」
心は、ふふっと笑ってからまた歩き始める。
昴はその後ろ姿を見て、はあーっと深いため息をついた。
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これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
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❄︎
※他サイトにも掲載しています。
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