Good day ! 3

葉月 まい

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倒れた彩乃

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8月になり、恵真は妊娠7ヶ月目に入った。

特にトラブルもなく、2週間ごとの健診では、いつも問題なしと言われる。

「ここまで順調な双子ママも珍しいわね。ママの身長も高いから、赤ちゃんも伸び伸びしてて元気そうだし」

管理入院も、今のところは必要ないと言われ、恵真は安心する。

「佐倉さんの場合、ニつの胎盤、ニつのお部屋を持つニ絨毛膜ニ羊膜双胎、いわゆるDD双胎です。双子のリスクとしては低くなるけれど、リスクがある事には変わりありません。血圧は毎日おうちで計って、異常があればすぐに電話してくださいね」
「はい、分かりました」

エコー写真をもらって診察室を出る。

全身が写真に収まり切らない程、赤ちゃんは大きくなっていた。

胎動も、一人はよく動き、もう一人はあまり動かないといった違いが分かり、時折しゃっくりするのも感じられる。

恵真はその度に大和を呼んで、二人でお腹に手を当て、しゃっくりする赤ちゃんの様子に微笑んだ。

仕事も無理のない範囲で続けている。

子育て交流会は毎回盛会で、メンバーも徐々に増え、恵真が配信する手書きのお便りを楽しみにしているという声も聞かれた。

大和の勤務日数が7割な分、二人でゆっくりと過ごす時間が増え、恵真は心身共に落ち着いた妊娠生活を送れている事に感謝していた。



「次回のSNSの記事なんですけど」

健診から帰って来て昼食を食べたあと、ソファでくつろぎながら、恵真は大和に話し出す。

「トレーニングセンターを見学されるお客様向けに、夏休みのイベントをやっているので、それを取材して記事にしようと思っていて」

日本ウイング航空は、羽田空港から少し離れた所にトレーニングセンターを持っており、その施設の一部を一般のお客様が見て回れる、見学ツアーも行っている。

グランドスタッフ、客室乗務員、整備士、そしてパイロットがトレーニングしている施設で、モックアップやフライトシミュレーターもガラス越しに見学出来るという人気のツアーで、予約はいつも満席。

特に夏休みに入ってからは子ども達の来場も多く、お子様向けのイベントも企画されていた。

客室乗務員のお仕事体験や、パイロットの制服を着てコックピットに座って写真を撮ったりと、大人気の企画で、毎回大いに賑わっているらしい。

恵真はその様子を写真に撮り、SNSで紹介するつもりだった。

「あー、そのイベントか。取材はいつ行くの?」
「特に決めてませんけど…」
「俺も行くんだよね、そのイベントのお手伝いに」

大和の思わぬ言葉に、ええ?!と恵真は驚く。

「大和さんがお手伝いに?」
「そう。なんでも、現役のパイロットがコックピットで操縦の説明をして、制服を着たお子様と一緒に写真を撮るらしくてさ。ほら俺、今、短日数乗務をお願いしてるだろ?だからそういうイベントに派遣されやすくてね」
「そうなんですね!じゃあ…」

恵真は少し控え目に聞いてみる。

「大和さんが行く日に合わせて、取材してもいい?」
「ああ、いいよ。一緒に行こう」
「本当?やったー!早速、川原さんにも聞いてみますね。楽しみ!」

ウキウキと子どものようにはしゃぐ恵真に大和が目を細めていると、大和のスマートフォンに電話がかかってきた。

「あれ?野中さんだ。どうしたんだろ」

そう言って電話に出た大和は、ひと言ふた言話したあと、スッと顔色を変える。

(大和さん?何かあったのかしら…)

恵真が黙って見守っていると、分かりました、すぐに向かいますと言って、大和が電話を切る。

「大和さん?どうかしたんですか?」
「彩乃さんが倒れて、病院に運ばれたらしい」

えっ!と恵真は言葉を失う。

「病院から野中さんに連絡があったそうだ。でも今、野中さんは関空で、これからフライトで帰って来る。彩乃さんとも直接話せていないから、様子を見て来て欲しいって」

そう言いながら、急いで出かける支度をする大和に、私も行きますと恵真が言う。

「恵真…。でも、体調は?」
「大丈夫。だから、ね?私も連れて行って」
「分かった」

二人は車で、彩乃が運ばれた病院に向かった。

野中が話をしてくれていたようで、友人ですと名乗ると、すぐに病室に案内される。

「…彩乃さん?」

個室のベッドに寝かされている彩乃に、恵真はそっと声をかけながら歩み寄る。

彩乃はゆっくりと目を開けると、恵真と大和を見て微笑んだ。

「恵真さん、大和さん」

その様子に、恵真は少しホッとする。

「彩乃さん、大丈夫ですか?具合は?」
「ありがとう。ご心配おかけしてごめんなさいね。近くのスーパーに買い物に行ったんだけど、立ちくらみがして倒れちゃったの。すぐに意識は戻ったんだけど、通りかかった人が心配して救急車を呼んでくれて」

そうだったんですね、と、恵真はその時の様子を想像して心が痛む。

「赤ちゃんは?大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。私も軽い熱中症だけだって。さっき点滴してもらって、だいぶ落ち着いたの。ごめんなさいね。私が処置を受けている間に、病院から真一さんに連絡がいったみたいで。私がその時、真一さんからの電話に出られなかったから、心配して思わず大和さんに電話しちゃったらしいの」
「いえ、こちらの事は気にせず。連絡もらって良かったです」

大和も心配そうに彩乃の様子を見守る。

「野中さん、今フライト中で。羽田に着いたらすぐに駆けつけるっておっしゃってました」
「ありがとうございます」
「それまで俺達、ここにいますから」 
「え、それは申し訳ないです。恵真さんだって、大事な身体なんだから」

恵真は首を振って彩乃の顔を覗き込む。

「ううん、私は大丈夫。それより彩乃さん、何か欲しい物ないですか?私、コンビニで買って来ます」
「え、でも…」
「俺が行きますから。何がいいですか?」
「ありがとうございます。それじゃあ、スポーツドリンクをお願いしてもいいですか?点滴してもらったから、身体は大丈夫なんですけど、喉が乾いちゃって…」
「分かりました。看護師さんに飲んでもいいか確認したら、すぐに買って来ます」

そう言って、大和は恵真に頷いてから病室を出ていった。

「彩乃さん、無事で良かった…」

改めて恵真は、ベッドの横の椅子に座って彩乃の手を握る。

「倒れたなんて、お腹は大丈夫だったんですか?」
「それが私もその時の記憶がなくて。気づいたら、近くにいた人に抱き起こされてたから。でも先生がおっしゃるには、羊水で守られているから、赤ちゃんはそれ程ショックを受けた訳ではないだろうって。それに見ていた人によると、私もいきなりバタンと倒れたんじゃなくて、ふらっと壁に寄りかかりながら崩れ落ちた感じらしく、お腹は打ってなかったみたい」

うんうんと頷きながら、恵真は目を潤ませて話を聞く。

「ちゃんと赤ちゃんの様子も確認してもらったから、大丈夫よ」
「良かった…。でも一人で心細かったですよね?彩乃さん」
「ううん、平気。パイロットの妻なんだもの。これくらいは覚悟の上よ」

彩乃さん…と、恵真は心を打たれる。

「それより恵真さんこそ、そんなに心配しないで。ね?お腹の赤ちゃんに悪いわよ」
「はい、ありがとうございます」

逆に自分が気遣われ、恵真はしっかりしなければと笑顔になる。

「野中さんが来られるまで、気分転換になるように、そばにいますね」
「ありがとう!でも本当にご心配なくね」 
「いえ、どうせおうちでゴロゴロしてたところだったし。せっかくだから、彩乃さんとおしゃべり楽しみます」
「あら、嬉しい!」

二人でふふっと顔を見合わせた時、大和がスポーツドリンクを手に戻って来た。

「彩乃さん、これでいいですか?」
「はい、ありがとうございます!」

大和は彩乃に微笑むと、もう一本恵真にも差し出す。

「恵真も飲んでね。今日は暑いから」
「ええ、ありがとう」

三人で他愛もないおしゃべりを楽しんでいると、彩乃!と野中が病室に駆け込んで来た。

「真一さん!凄く早いわね。もっと遅くなるかと…」

ベッドに身体を起こしていた彩乃は、野中にぎゅっと抱きしめられる。

「ちょ、ちょっと、真一さん。あの、恵真さんと大和さんが…」
「彩乃、ごめんな。大丈夫だったか?一人にして、本当にごめん」

野中は彩乃を抱きしめたまま、何度も謝る。

「私も赤ちゃんも大丈夫よ。私の方こそ、心配かけてごめんなさい。気をつけていたつもりだったのに、熱中症だなんて」
「いや、俺が悪いんだ。大事な時にそばにいてやれなくて、本当に悪かった」
「真一さん…」

彩乃の頭を抱き寄せる野中に、彩乃もそっと身体を預ける。

恵真はそんな二人を見守りながら、思わず込み上げてきた涙を拭った。

「ごめんな、佐倉。それに藤崎ちゃんも。本当に助かったよ、ありがとう」

二人を見送りに病室を出た野中が、改めて頭を下げる。

「いえ、そんな。とにかく彩乃さんと赤ちゃんが無事で良かったです」

恵真がそう言うと、野中はポツリと言葉を漏らす。

「彩乃は、やっぱり無理してるんじゃないだろうか」

え?と恵真は小さく聞き返した。

「彩乃は、母親を小さい頃に亡くしてる。妊娠して、一番相談したい相手がもうこの世にいないんだ。それがどれだけ心細いか…。出産も、自宅に近いこの病院ですると言って。それなのに俺は、肝心な時についていてやれなかった。一人で救急車で運ばれるなんて、どんなに不安だったか…」

そう言うと野中は、ぎゅっと両手の拳を握りしめた。

野中さん…と、大和が小さく呟く。

恵真は少し考えてから、顔を上げた。

「野中さん。さっき彩乃さんが言っていました。私が、一人で心細かったですよね?って聞いたら、ううん、平気。パイロットの妻なんだもの。これくらいは覚悟の上よって」

彩乃…と、野中は驚いたように目を見開く。

「恵真さんこそ、そんなに心配しないでって。お腹の赤ちゃんに悪いわよって、逆に私のことを気遣ってくれました。野中さん、彩乃さんはとても強くて優しい人です。野中さんのことを信頼して、しっかり支えている人です」

野中は目を潤ませる。

「素敵な方ですよね。野中さんともお似合いで。お二人の結びつきはとても固いものなんだと思いました」

涙を堪えながら、野中はうつむいて何度も頷く。

「どうぞお大事にしてくださいね」
「野中さん、また何かあればいつでも連絡ください」

恵真と大和がそう言うと、野中はようやく笑顔をみせた。

「ありがとな!佐倉、藤崎ちゃん」

二人も笑顔で頷いた。
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