Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい

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つき合うということ

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翌朝。
ベッドの上で小夜は想を起こさないよう、そっとその腕から身を起こす。
すると想がギュッと抱きしめてきた。

「想?」

声をかけても、想は眠ったままだ。
どうやら無意識に、小夜が離れていくのを引き留めているらしい。

「大丈夫。いなくならないよ」

耳元でささやいてから、ゆっくりと腕を解いて起き上がる。
時計を見ると、六時過ぎだった。

小夜はシャワーを浴びて着替えてから、想を揺すり起こした。

「想、起きて」
「ん……、小夜」

寝ぼけ眼の想にクスッと笑ってから、小夜は顔を覗き込む。

「私、仕事があるからもう行くね。想はまだ寝てて」
「嫌だ。行くな、小夜」
「そんなこと言わないの。また連絡するから。ね?」

すると想は半身を起こし、小夜を抱きしめてキスをする。

「約束して。必ずまた会えるって」
「うん、約束する」

しっかり頷くと、ようやく想は頬を緩めた。

「じゃあね、想。またね」
「ああ。気をつけてな、小夜」
「うん」

笑顔で手を振り、部屋をあとにする。
誰にも見られていないか気にしながら、小夜は足早にエレベーターに乗り込んだ。



一階に下り、人の姿もまばらなロビーを横切ろうとした時だった。
すれ違った男性が「あれ?」と呟いて足を止める。
小夜も立ち止まって顔を上げた。

「やっぱり。藤原さん?」
「あなたは……」

どことなく想に背格好が似ている三十代の男性は、確か想のマネージャーだ。

「えっと、本田さん、ですよね?」
「そうです。あの時はご迷惑をおかけしました」
「とんでもない。こちらこそお世話になりました」

互いに頭を下げてから、本田はふと小夜が降りたばかりのエレベーターを振り返った。

「もしかして……、あいつと一緒にいました?」

小夜はハッとして口をつぐむ。

「そうなんですね?」
「あの、すみません。 やっぱり許されないですよね、私」
「あいつとつき合ってるんですか?」

黙っている訳にはいかないと、小夜は頷く。

「おととい偶然再会して、つき合うことにしました」
「そうでしたか……」
「あの、本田さん。私には彼とつき合う資格はないでしょうか? ふさわしくないのは承知しています。だけど許されるなら、私は彼と一緒にいたいです」

本田は小さくため息をついた。

「正直なところ、戸惑ってます。あいつは今まで女性には興味なくて、こういったことになるのは初めてなので。そうか、あいつが……」

うつむいて逡巡してから、また顔を上げる。

「素直に応援してやりたい。だけどマネージャーとしては、手放しで喜べないのです。その点はどうかご理解ください」
「はい。おっしゃる意味はよくわかります」
「しばらくは様子を見させてください。なにかあれば、いつでもご連絡を」
「わかりました」

ではこれで、と本田はエレベーターホールへと向かっていった。



「小夜ー、小夜?」

呼ばれて小夜はハッとする。

「なに? 光くん」
「なにじゃないよ。今日何回目だ? ぼーっとしてるの」
「あ、ごめん」

ホテルで本田と別れてから一度帰宅した小夜は、着替えて朝食を食べながら、何気なくテレビを見ていた。
芸能情報のコーナーで、夕べのホテルでのクリスマスツリー点灯イベントの様子が紹介され、想が詰めかけた観客を前に『Snowy Crystal』を弾き語りしていた。
想の歌声は低く艶やかで、静かに胸に迫るメロディに小夜は息をするのも忘れて感動した。

(想って、やっぱりすごい)

最前列で熱心に聴き入っている女性たちが、感激の面持ちで想を見つめている様子も映し出される。

(きっとこの人達はずっと昔からの想のファン。曲をすべて知っていて、私なんかよりもはるかに想に詳しいんだろうな)

そう考えると、ますます身が縮こまる思いがした。

(彼女たちが、想に恋人ができたと知ったら? しかもそれが、芸能人ではなく普通の一般人で、美人でもなければ熱心なファンでもない。絶対にいい気はしないよね)

思わずため息をつき、視線を落とす。
テレビはいつの間にか次の話題に移っており、小夜はリモコンで消してから立ち上がった。

そのまま出勤して開店の準備をしていたが、どうしても頭の中ではそのことばかり考えてしまう。
光に呼ばれても、すぐには返事ができなかった。

「大丈夫かよ。なにか心配事でもあるのか?」
「ううん、ないよ。えっと、お正月飾りのことだよね? 去年のディスプレイの写真があるから、それを参考にしながら飾っていこう」

バックオフィスから正月用の飾りを持って来て、店内を飾っていく。
クリスマスの雰囲気から一転して、今度は和のテイストだった。

「年末年始、小夜は予定あるのか?」

飾りつけながら光が聞いてくる。

「ううん、特には。実家に帰ってゴロゴロ寝正月かな」
「もったいないな。街でカウントダウンとかは?」
「しないしない。寒いもん」
「年寄りか!」

そう言ってから、光はふと真剣な表情をした。

「小夜。休みの間、一日だけでも俺と会ってくれないか?」
「え? どうして?」
「小夜と話がしたい。ここ二、三日、小夜の様子がなんか気になってさ」

ああ、と小夜は視線を落とす。

「光くん、私ね。もう会えないと思ってた人と再会したの」
「えっ! それって、小夜の忘れられない人?」

こくりと小夜は頷いた。

「ちょ、待てよ。まさかそいつとつき合うことにしたのか?」
「うん、そう」

光は怒ったように早口でまくし立てる。

「なんだよそれ、意味わからん。小夜、もう二度と会えないし、会ったらだめな相手だって言ってたよな? それがどうやったらそいつとまた会って、つき合うことになったんだよ。忘れられない男を想って辛そうな小夜を、俺はいつだってそばで見守ってきた。それなのにそいつは、散々小夜を悲しませておいて、あっさりかっさらっていくのかよ? 俺は……、俺の気持ちはどうなるんだよ!?」
「光くん……。ごめんなさい、ずっと私のことを気にかけてくれてたのに。だけど私、どうしても」

その時店長の「朝会始めるわよー」という声が聞こえてきた。

「もういい、聞きたくない」

光はそう言って小夜に背を向け、スタスタとカウンターへ歩いていった。



やり辛い雰囲気のまま、小夜は光と仕事を共にする。
必要最小限のことだけを話し、よそよそしい会話をする二人に、店長も首をかしげていた。

光ともう一度きちんと話して謝りたかったが、つき合うことになった相手が想だと伝える訳にもいかず、中途半端にしか話せない気がしてためらってしまう。
そしてそのまま、年末年始の休暇に入った。



【小夜、休みの間に会えないか?】

想からのメッセージに、小夜は顔をほころばせて返事を打つ。

【うん、会いたい。想はいつが都合いい?】
【大みそかに仕事納めで、新年は三日から仕事だ。だからそれまでの間、小夜といたい】

それなら、と小夜はしばし思案する。

【おうちでゆっくり年越しそばとおせち料理を食べる?】
【いいのか? じゃあ大みそかの仕事終わりに、小夜のマンションまで迎えに行く。俺の部屋で過ごそう】
【わかった。連絡待ってるね】
【ああ。なるべく早く切り上げる】

やり取りを終えると、小夜はスマートフォンを胸に抱えて笑みを浮かべる。

(早速買い出しに行こう。年越しそばとおせち料理を作らなきゃ)

コートを着てマフラーを巻くと、大きなエコバッグを手に賑やかな街に出かけた。
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