この手に愛と真実を〜クールな検事の一途な想い〜

葉月 まい

文字の大きさ
4 / 19

副社長

しおりを挟む
(どういうこと? 黒岩副社長は最初からここに来るはずだったの? それにあの女性は……)

礼央を待ちながら、凛香はエレベーターホールの一角で考えを巡らせていた。

副社長が女性関係にだらしないのは、以前から気づいていた。
パーティーで女性に声をかけ、馴れ馴れしく肩を抱いて会場を出て行くこともある。
それに確証はないが、経費で落としている接待費や食事代も、もしかして女性とのプライベートな時間に使っているのでは、という疑念があった。

しかも今夜、偶然ここに居合わせたにしては不自然だ。

考えられるのは……

(もしかして、社長が帰ったあとの客室!?)

懇親会やパーティーでは、社長のために客室を押さえることが多い。
シャワーを浴びて着替えたり、急な仕事に対応したり、パーティーが長引けばそのまま宿泊できるようにと考えてのことだった。

(黒岩副社長が秘書を通して、今夜の懇親会の場所と時間を確認したのは、このためだったの?)

懇親会は二十一時には終わる。
おそらく社長が宿泊することはない。

そう読んだ副社長は、凛香がチェックアウトするのをこっそり待っていたのだ。
そして凛香が立ち去ったあと、フロントで名刺を見せて名乗り、やっぱり宿泊することにした、と話してルームキーを返してもらったのだろう。

(ワンアクトテクノロジーズはこのホテルのお得意様だから、スタッフも疑わなかったのね。それにオンライン予約の時に、宿泊代は既にクレジットカードで引き落とされているから、宿泊する権利はある。だとしても、こんな手口を使ってまで女性と?)

嫌悪感に襲われた時、ポンと目の前のエレベーターが開いて礼央が降りてきた。

「朝比奈さん」
「しっ、こっちへ」

礼央は凛香を促して観葉植物の影に身を潜めると、少しだけ顔を覗かせた。

「今こちらに、眼鏡をかけた六十歳くらいの男性が近づいてきます。赤いワンピースの四十歳くらいの女性を連れている。君の副社長?」
「はい、そうです」
「君は顔を見られるわけにはいかない。このまま隠れてて」
「わかりました」

凛香は顔を伏せたまま、礼央の影に身を寄せる。
ははは!と聞き覚えのある笑い声が近づいてきた。

「部屋でシャンパンでも飲みながら、ゆっくり食事しよう。ステーキがいいか?」
「嬉しい! 最高級のね」
「もちろん」
「ありがとう! さすがはワンアクトの社長さんね。大好き!」

思わずそっと視線を上げると、しなだれかかる女性の腰に手を回した副社長が、エレベーターのボタンを押すのが見えた。

(なにが社長よ。嘘ついてまでこんなこと……)

悔しさに腹立たしくなった時、礼央が小さく耳元でささやいた。

「証拠を押さえたい。協力してくれるか?」
「え? はい」

よくわからないまま頷くと、礼央は片手で凛香をグッと抱き寄せた。
副社長たちに背を向けつつ、少し横に移動する。
かと思いきや、礼央は凛香に覆いかぶさるように身を屈めて、凛香の髪にチュッと口づけた。

(な、なにを……)

触れられている感触はないが、耳元で何度もリップ音がして、凛香は身を固くしたまま立ち尽くす。

「やーだ、見せつけられちゃった。ね、私たちも」
「ん? 仕方ないな。部屋まで待てないのか?」

ニヤニヤと笑いを含んだ副社長の声がしたあと、チュッとキスが繰り返される音がかすかに聞こえてきた。

うっ……と凛香が顔をしかめていると、ポンと音がして到着したエレベーターに二人は乗り込む。
扉が閉まると、ようやく礼央が腕をほどいた。

「すまなかった。おかげで動画を撮れた」

そう言いながら、右手に持ったスマートフォンを凛香に見せる。

「え、いつの間に?」

再生された動画には、こちらを見ながら「やーだ、見せつけられちゃった」と言ったあと、副社長と何度もキスを繰り返す女性の姿が映っていた。

「一瞬だが正面からも顔を押さえられた。すぐにデータベースと照合する。おっと、大丈夫か?」

ふらっとよろめいた凛香の身体を、礼央はすかさず抱き留める。

「すみません……」

今しがた見たばかりの副社長と女性の姿に、胃の辺りがムカムカとして、凛香は思わず口元を手で覆う。

「少し休んだ方がいい。矢島のいる部屋に戻ろう」
「はい」

礼央は凛香の肩を抱いたままエレベーターに乗り、客室へと向かった。



「どうぞ、入って」
「はい、失礼します」

客室に戻ると、矢島の姿はなかった。
礼央はインカムで呼びかける。

「矢島、俺だ。今どこにいる?」

ピッとノイズがしてすぐに返事が返ってきた。

『今、バンケットホールにいます。カメラの撤収完了したので、これから客室に戻ります』
「わかった。その前に一件、防犯カメラで確認してもらいたい」

そう言うと、礼央は凛香を振り返る。

「君と社長が使っていた部屋の番号は?」
「一五〇三です」

小さく頷くと、礼央は再びマイクのスイッチを入れた。

「矢島、今から五分ほど前に一五〇三号室に入っていった男女の映像をもらってきてくれ」
『一五〇三ですね、了解です』

ピッと通話が終わり、礼央は凛香に歩みよる。

「そこのベッドで少し横になってて」
「いえ、あの。結構です」

凛香が首を振るが、礼央は聞き流して凛香の肩からバッグを取った。
と、ふと凛香の着ているスーツに目を留める。

「そのままだとシワになるか。 今着替えを……」
「いえ! このままで大丈夫ですから」

クローゼットからナイトウェアを取り出す礼央を、凛香は慌てて止める。
仕方なく、ジャケットとパンプスを脱いでからベッドに横になった。

礼央がシーリングライトを少し絞る。

「まぶしくないか?」
「はい。ありがとうございます」
「少しでもいいから、眠るといい」

こんな状況で眠れるわけない。
そう思っていたのに、しばらくすると凛香はすーっと眠りに落ちていった。



「うーん、ザッと洗ってみた感じではヒットしませんね」

窓際のテーブルでパソコンを広げた矢島が、小さく呟く。
眠っている凛香を起こさぬよう、礼央も小声で返事をした。

「この女に前科はナシか。単なる副社長と愛人の密会で、事件性はないということか?」
「いえ、まだわかりません。このパソコンでは簡易的な照合しかできませんから。客室に入っていく防犯カメラの映像と合わせて、署に戻ってちゃんとしたデータベースにかけてみます。それにこれは俺の変な勘なんですけど、この女、どうも怪しいんですよね」

へえ、と礼央が顔を上げて矢島を見る。

「俺もそう思っていた。お前と気が合うなんて、気持ち悪い」
「なんですか、それ!」

思わず声を張る矢島を、礼央は「しっ!」と人差し指を立てて止めた。
ちらりと凛香の様子をうかがうと、変わらずよく眠っている。
矢島も凛香に目をやると、小さく呟いた。

「色々あって、疲れてたんですかね、深月さん」
「そうだな。あげく、こんな虫ずの走るオヤジのキスシーンなんか見せつけられて。しかも彼女にとっては副社長だ。吐き気がしただろうな」
「そうでしょうね。清廉潔白って感じですから、深月さんは」

そう言ってから、矢島はなにか言いたげに礼央に視線を送る。

「なんだ?」
「いえ、少し気になって」
「なにがだ」
「この映像……」

言いながら矢島は、エレベーターホールで礼央がこっそり撮影した動画を再生する。

「やーだ! って言ってるこの女、なにを見せつけられちゃったんですかねー? やたらとチュッて音が大きく拾われてますけど?」

礼央はジロリと矢島を睨みつけた。

「なにもしていない」
「まさか深月さん、それが原因でこうして寝込んじゃったんじゃ……」
「なにもしてないと言ってるだろう! フリをしただけだ」
「寸止めですか?」
「矢島、それ以上言ってみろ。力尽くで黙らせてやる」

殺気立つ礼央に、矢島はようやく首をすくめて口を閉ざした。



「……ん」

一時間ほど経ったところで、凛香がようやく目を覚ました。
状況が呑み込めないのか、天井を見上げたままぼんやりしている、

「気がつきましたか?」

矢島が声をかけて近づくと、凛香は慌てて身体を起こした。

「え? 矢島さん!」
「あ、そんなに急に起き上がったらだめです」

そう言って、凛香の背中に枕を二つ差し入れた。

「ありがとうございます」

枕に背を預けて、凛香は小さく息をつく。

「気分はいかがですか?」
「はい、随分よくなりました」
「ってことは、やっぱり具合が悪かったんですね。無理もないです」

すると副社長と愛人の様子を思い出したのか、凛香は表情を曇らせた。

「あの、副社長はどうなりましたか?」
「それなんですけど、朝比奈さんから……。ん? どうしたんですか、朝比奈検事。そんな遠くで」

矢島は、部屋の角まで下がって立っている礼央に首をひねる。

「いいから。お前が説明しろ」
「は? なんでまた……」
「いいから黙って説明しろ!」
「黙ったら説明できませんけど?」
「うるさい! 屁理屈をこねるな」

やれやれとため息をついてから、矢島は凛香に向き直った。

「深月さん、もし途中でまた気分が悪くなったら教えてくださいね」
「はい、わかりました」

矢島は頷くと、一つずつ説明を始める。
エレベーターホールで撮影した動画と、客室へと入っていく防犯カメラの映像を照合してみたが、データベースと一致した情報はなかったこと。
これから署に戻って、もっと大きなデータと照合してみること。
現時点では副社長は愛人と密会しているという認識にしかならないが、会社が押さえた客室をプライベートで利用していることから、会社の資金に手をつけた横領の疑いをかけられること。
今後は不正アクセスと合わせて、副社長の横領についても調べたいこと。
そして近々、社長にも直接事情を聴取したいことを。

「弊社の社長の鮎川に、ですか?」
「ええ。関連会社の不正アクセス事件については、あなたの口から社長にご説明くださったのですよね? 我々警察と地検特捜部が動き出したことも」
「はい、伝えてあります」
「それなら話は早い。一度直接社長とお話しさせていただけませんか? お忙しいと思いますので、我々がそちらに伺います。現場の様子も見ておきたいですし」
「わかりました。社長に伝えて、またご連絡いたします」
「ありがとうございます。今夜のところはこれで。深月さんのご自宅までお送りしますね。……で、よろしいですか? 朝比奈検事」

振り返って声をかける矢島に、礼央はぶっきらぼうに「ああ」と答える。

「やれやれ、難しい人だな。では行きましょうか、深月さん」
「はい」

それぞれ荷物をまとめると、三人揃って客室を出る。
フロントのスタッフに挨拶してから駐車場に行き、矢島の運転で凛香をマンションまで送り届けた。



「そんなに心配なら、声をかけてあげればよかったんじゃないですか?」

霞が関へ戻る車の中で、ハンドルを握ったまま矢島が口を開く。

「なんのことだ?」

窓の外を見ながらボソッと呟く礼央に、矢島は思わず苦笑いした。

「案外不器用なんですね、朝比奈検事って」
「なんだと!? 俺のどこが……」
「だってそうでしょ? 深月さんに強引なことをしてしまったって、反省してるのが丸わかりですよ」
「別に。そんなことを考えていたわけじゃない」
「じゃあなにを? どうやって謝ろうか、とか?」
「…………違う」
「その三秒の沈黙はなんですか?」
「うるさい! もう黙れ。だいたいお前、緊張感がなさすぎるぞ。今は勤務中だ。これからあの女の身元を照合するんだぞ? 気を引き締めろ」

一気にまくし立ててから、ふいとそっぽを向く。
そんな礼央に、矢島はまたしてもひょいと肩をすくめた。

霞が関の警視庁本庁舎に戻ると、早速今夜の動画をデータベースと照合する。

「もしヒットしなかったら、今日のところは解散でいいですか?」

腕時計に目を落としながら矢島が言う。
時刻は深夜零時を回るところだった。

そうだな、と頷きかけた礼央は、パッと表示が変わったモニターに目を見開いた。

「まさか……」

呆然としながら矢島が呟く。
映し出されていたのは、国際指名手配されている女の顔写真。

「これが、さっきホテルにいたあの女?」

矢島の口調は、信じられないと言わんばかりだった。

「整形を繰り返しているんだろう。見た目では別人だ。だが、骨格の大部分や歯並びで合致するとコンピュータが弾き出した。間違いない。さっきホテルにいた女は、国際犯罪組織『サンクチュアリ』の構成員だ」

ぴくりとも動けずにいる矢島の肩に手を置き、礼央は低い声で告げる。

「眠れない夜になるぞ、矢島」

何も言い返せないまま、矢島はゴクリと唾を飲み込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強の私と最弱のあなた。

束原ミヤコ
恋愛
シャーロット・ロストワンは美しいけれど傲慢で恐ろしいと評判の公爵令嬢だった。 十六歳の誕生日、シャーロットは婚約者であるセルジュ・ローゼン王太子殿下から、性格が悪いことを理由に婚約破棄を言い渡される。 「私の価値が分からない男なんてこちらから願い下げ」だとセルジュに言い放ち、王宮から公爵家に戻るシャーロット。 その途中で馬車が悪漢たちに襲われて、シャーロットは侍従たちを守り、刃を受けて死んでしまった。 死んでしまったシャーロットに、天使は言った。 「君は傲慢だが、最後にひとつ良いことをした。だから一度だけチャンスをあげよう。君の助けを求めている者がいる」 そうしてシャーロットは、今まで自分がいた世界とは違う全く別の世界の、『女学生、白沢果林』として生きることになった。 それは仕方ないとして、シャーロットにはどうしても許せない問題があった。 白沢果林とはちょっぴりふとましい少女なのである。 シャーロットは決意する。まずは、痩せるしかないと。

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

汐埼ゆたか
恋愛
実花子はカフェで恋人と待ち合わせしているが、彼はなかなか来ない。 あと十分でカフェを出ようとしたところで偶然上司の各務と会う。 各務から出し抜けに「君の時間を十分ください」と言われ、反射的に「はい」と返事をしたら、なぜか恋人役をすることになり――。 *☼*――――――――――*☼* 佐伯 実花子(さえき みかこ) 27歳  文具メーカー『株式会社MAO』企画部勤務  仕事人間で料理は苦手     × 各務 尊(かがみ たける) 30歳  実花子の上司で新人研修時代の指導担当  海外勤務から本社の最年少課長になったエリート *☼*――――――――――*☼* 『十分』が実花子の運命を思わぬ方向へ変えていく。 ―――――――――― ※他サイトからの転載 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※無断転載禁止。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

私の初恋の男性が、婚約者に今にも捨てられてしまいそうです

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【私の好きな人が婚約者に捨てられそうなので全力で阻止させて頂きます】 入学式で困っている私を助けてくれた学生に恋をしてしまった私。けれど彼には子供の頃から決められていた婚約者がいる人だった。彼は婚約者の事を一途に思っているのに、相手の女性は別の男性に恋している。好きな人が婚約者に捨てられそうなので、全力で阻止する事を心に決めたー。 ※ 他サイトでも投稿中

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

愛してやまないこの想いを

さとう涼
恋愛
ある日、恋人でない男性から結婚を申し込まれてしまった。 「覚悟して。断られても何度でもプロポーズするよ」 その日から、わたしの毎日は甘くとろけていく。 ライティングデザイン会社勤務の平凡なOLと建設会社勤務のやり手の設計課長のあまあまなストーリーです。

【完結】よめかわ

ariya
恋愛
遊び人として名高い貴族・夏基は、不祥事の罰として「醜聞の姫」白川殿と政略結婚することに。 初夜、暗い印象しかなかった姫の顔を初めて見た瞬間――大きな黒目がちな瞳、薄桜色の頬、恥ずかしげに俯く仕草に、夏基は衝撃を受ける。 (可愛すぎる……こんな姫が俺の妻!?) 亡き恋人への想いを捨てきれず、夫を拒む白川殿。 それでも夏基は過去の女たちに別れを告げ、花を贈り、文を重ね、誠心誠意尽くして彼女の心を溶かしていく。 儚くて純粋で、泣き顔さえ愛らしい姫を、夏基はもう手放せない―― 平安貴族の切なく甘い、極上よめかわ恋物語。 ※縦読み推奨です。 ※過去に投稿した小説を加筆修正しました。 ※小説家になろう、カクヨム、NOVELDAYにも投稿しています。

処理中です...