優しい雨が降る夜は

葉月 まい

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誕生日の告白

だが優吾はそれからも行動には移せない。

仕事が忙しくなったこともあるが、美月の連絡先を知らない、というのも理由の1つだった。

「優吾、そんなの言い訳だろ? 俺に聞けばすぐにそらから教えてもらえるし、住んでるマンションで待ち伏せだって出来るんだから」

光太郎にはっぱをかけられるが、優吾は決心がつかない。

「よく考えたら俺、女の子に自分からアプローチしたことない」
「はいー? 武勇伝みたいに語ってないで、さっさと行け!」
「どうやって?」
「どーんと!」
「そんな根性論でどうにかなるか!」

そうこうしているうちに、9月25日になった。

「うわー、情けない。好きな女の一人も口説けないやつと一緒に仕事してるなんて」

隣で光太郎がブツブツ言うのを聞きながら、優吾は仏頂面でパソコンに向かう。

昼休みになると、美空と電話していた光太郎が驚いたような声を出してから、優吾を振り返った。

「優吾。今夜つきちゃん、そらや友達と一緒に誕生日パーティーやるらしいぞ」
「そうなのか?」
「ああ。お前も乱入しろ」
「出来るかよ! それに夜は、オンラインミーティングがあるだろう」
「まったく……。情けないのう」
「なんでだよ、仕事だ!」

そう言いつつ、優吾は気になって仕方ない。

(美空ちゃんと友達とパーティー、か。友達ってまさか、この間の男の子じゃないよな?)

そんな優吾を見て、光太郎はオンラインミーティングが終わるなり、優吾の腕を掴んでオフィスを足早に出た。

「ちょっと、おい。どこに行く?」
「決まってるだろ。愛する女を迎えに行く」
「なんで俺まで?」
「この期に及んでまだ言うか?」

そして強引にタクシーに乗せられた。



「そら!」
「こうちゃん! ありがとう、迎えに来てくれて」

店に着いたと光太郎がメッセージを送ると、すぐに美空が現れた。

「優吾さん、こんばんは」
「こんばんは」
「お姉ちゃん、ちょっと酔っ払っちゃって。私はこうちゃんの部屋に泊まるので、お姉ちゃんのことお願い出来ますか? もうすぐ出て来るので」

え?と驚いていると、光太郎が「もう一台呼んでおいたぞ」と言ってから、美空をタクシーに促して乗り込む。

「じゃあなー、優吾」
「お姉ちゃんのこと、お願いしまーす」

去って行く二人のタクシーを呆然と見送っていると、ガヤガヤと店から数人のグループが出て来た。

女の子3人と男の子5人に囲まれているのは、美月だった。

「スーザン姉さん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。人生まだまだこんなものではないわ」
「いや、人生までは語らなくていいから」

すると男の子の一人が、ふと顔を上げて優吾を見た。

「あっ、姉さんの彼氏さんですか? すみません、姉さん酔っ払っちゃって。俺達これからカラオケ行くんです。姉さんのこと、お願い出来ますか?」
「ああ、分かった」
「よろしくお願いします。じゃあね、スーザン姉さん」
 
またねー!と手を振る皆に、美月も手を振り返す。

「ありがとう、みんな。風間 美月、みなさまのおかげで25歳のこの日を迎えられました。この一年はとにかく健康に留意し、足腰丈夫な身体でいたいと……」
「街頭演説はいいから、行くぞ」

優吾は美月の手を引いて、光太郎が呼んでおいたタクシーに乗った。



車が揺れるのに合わせて、ふらふらと身体が揺れる美月を、優吾はグッと抱き寄せる。

美月は優吾の肩にクタリと寄りかかり、そのままスヤスヤと眠ってしまった。

(どういう展開でこうなったのか……。けど、嬉しい)

今、自分に身を任せている美月を身体で感じ、幸せが込み上げる。

そっと視線を落とすと、美月の長いまつ毛と透き通るように白い肌、そしてピンクに染まった頬にドキッとした。

(誰にも渡したくない。友利 健二にも、若い合コン仲間にも、誰だか知らないお見合い相手にも)

沸々とその想いが湧いてきた。

「着いたよ。立てるか?」

美月のマンションに着いて支払いを済ませると、優吾は優しく美月を揺すり起こす。

「ん……」

ゆっくり目を開けた美月は、トロンとした表情で優吾を見上げた。

「雨宮さん」

にっこり笑いながら潤んだ瞳で見つめられ、それだけでどうにかなってしまいそうになる。

「足元気をつけて」

冷静を装い、美月の身体を支えてタクシーを降りた。



「部屋はどこ?」
「んっと、302でしゅ」
「3階ね」
「はい!」

これは完全に酔ってるなと思いつつ、千鳥足の美月の肩を抱いて、エレベーターで部屋に向かう。

「お邪魔するよ」

足元のおぼつかない美月に、優吾も靴を脱いで部屋に上がり、リビングのソファに座らせた。

「冷蔵庫にお水あるか?」

そう言って中を見てみると、ペットボトルのミネラルウォーターがあり、取り出して美月に飲ませる。

「ふう。これでひと安心でしゅね」
「いや、こっちのセリフな」
「雨宮さんは、私が呼んだから来てくださったんでしゅか?」

え?と、隣に座った優吾は美月を見つめた。

「俺を、呼んだのか?」
「はい。会いたいなーって。会えたらいいなーって」
「それは、どういう……」
「雨が降ったら、雨宮さんに会えるかなって思ってたの。でも夏になって雨が降らなくなって、ずっとずっと会えなくて。だから神様にお願いしたんです。誕生日に、雨を振らせてくださいって。でも降らなかったでしょ? だからちょっといじけて、お酒たくさん飲んじゃった……」

美月はうつむいて、子どものように呟く。

「でもやっぱり会えたから、夢の中で神様が会わせてくれたのかな? ふふっ、嬉しい」

無邪気に笑う美月を、優吾はたまらず両腕で抱きしめた。

「夢じゃないよ」
「え?」
「夢じゃない。俺もずっと会いたかった。気持ちばかりが募って、どうしようもなく焦がれて。今、こうしてまた会えて、心から嬉しい。俺はいつの間にかこんなにも、君のことが好きだったんだ」
「雨宮さん……」

美月も優吾の背中にそっと手を添える。

「夢の中なら、言ってもいいよね? 私もあなたが大好きなの」

優吾の胸がキュッと切なさで締めつけられた。

「俺もだ。もう二度と離したくない。君を誰にも渡さない」
「ずっとそばにいてくれるの?」
「ああ、もちろん。ずっと俺のそばにいろ」
「嬉しい……。雨じゃないけど、夢だから会えたのね」
「まだ言ってる。夢じゃないってば」
「雨じゃない?」
「違う。夢じゃない」

その時、かすかにサーッという雨の音が聞こえてきて、優吾は顔を上げる。

カーテンの隙間から、窓ガラスに雨粒が降っているのが見えた。

「違う、やっぱり雨だった」
「でしょう? やっぱり夢だった」
「いやだから、雨だから夢じゃないって」

美月はキョトンと優吾を見上げる。

「夢だけど、夢じゃない?」

優吾はふっと笑みをもらした。

「そうだな。夢だけど、夢じゃないよ」
「ふふふ、良かった」
「25歳の誕生日、おめでとう」
「ありがとう! 嬉しい」

そう言うと、美月は安心したように身体の力を抜いて、優吾に抱きつく。

可愛らしさに優吾が頭をなでていると、いつしか美月はスーッと眠りに落ちていった。



「雨宮さん、雨宮さん?」

美月に肩を揺すられて、優吾はゆっくりと目を覚ます。

ソファに突っ伏して、いつの間にか眠っていたらしい。

カーテンの隙間から朝日が白く射し込んでいた。

「すみません、雨宮さん。また私、ご迷惑をおかけしたのですね」

美月が神妙に頭を下げる。

「夕べの記憶がなくて。雨宮さんが私をここまで送って来てくださったのですか? 本当に申し訳ありませんでした」
「いや、大丈夫だ」

身体を起こした優吾は、ふと違和感を感じた。

(夕べの記憶が、ない?)

見ると美月は、床に正座したまま身を縮こめている。

他人行儀な口調と少し離れた距離感は、昨夜互いに気持ちを打ち明けた仲だとは思えなかった。

(もしや、覚えてないとか?)

いや、間違いなくそうなのだろう。

(勘弁してくれ。ようやく、ようやく俺の腕の中に来てくれたと思ったのに……)

思わず頭を抱えると、美月が心配そうに顔を覗き込んできた。

「すみません、お疲れですよね? これから少し横になりますか? まだ5時半ですから」
「いや、大丈夫だ。うちに帰るよ」
「では朝食を作りますので、よかったら……」
「ありがとう。でもオンラインミーティングがあるから、あまりのんびり出来ないんだ」
「そうですよね。本当にすみませんでした。今、タクシーを呼びますね」

美月はスマートフォンを操作してタクシーを手配すると、優吾を見送りにマンションのエントランスまでついて来た。

「ありがとう、もうここで」
「はい。あの、雨宮さん。いつもいつもご迷惑ばかりおかけして、本当に申し訳ありません」
「いいよ、気にしないで」
「ですが、さすがにこうも重なると……。日を改めてお礼とお詫びをしたいので、あの、よろしければ連絡先を教えていただけませんか?」

えっ!と、優吾は急に気持ちが舞い上がる。

「ああ、もちろん」

キリッとした顔つきでサッとスマートフォンを取り出し、スススッと無駄のない動きで美月とメッセージアプリのアカウントを交換した。

「では、また」
「はい、私からご連絡差し上げます。本当にありがとうございました」

美月に見送られてタクシーに乗り、優吾はじわじわと喜びが込み上げてくる。

(上がって落ちて、また上がり……ってところか。諦めないぞ、何度でもトライする。今度は酔ってない時に)

優吾は己に言い聞かせて頷いた。
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