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カレーのしょうちゃんとお父さん
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ある日のこと。
大翔が乗務の前に更衣室で着替えていると、入り口のドアが開いて話し声が聞こえてきた。
「翼ー、今日カレー作ってくんない?」
「やだよ。なんで俺がお前の為に作らなきゃいけないんだ」
「だって舞ちゃん今、ロンドンに飛んでいないんだもん」
「だからって、なんで俺が。カレーくらい、自分で作れ」
「ナンでなくてもいいからさ」
「いい加減やめれ」
近づいてきた二人は大翔に気づき、「お疲れ様です」と頭を下げる。
お疲れ様と答えた大翔は、何気なく目を向けてハッとした。
二人ともまだ若い青年で、一人は整った顔立ちで背が高く、もう一人のなんとも憎めない愛嬌のある顔には見覚えがあった。
(この彼、この間の?)
舞をマンションまで送って行った時、「舞ちゃん!」と駆け寄っていたのを思い出す。
会話の内容も、今と同じカレーの話だった。
そして大翔は再びハッとする。
(もしかして、彼女と同棲している恋人とか?)
今夜カレーを作ってくれと舞に言ったセリフからして、きっとそうなのだろう。
(俺が彼女を送って行ったこと、まさか誤解されてないよな?)
そう思っていると、カレーの彼に恐る恐る声をかけられた。
「失礼ですが、ひょっとして、相澤キャプテンでいらっしゃいますか?」
「ああ、そうだ」
「やっぱり! 舞ちゃんから話を聞いたんです」
途端に大翔は、マズイと焦った。
「いや、違うんだ。誤解しないでくれ」
「は?」
カレーのしょうちゃんは、なんのことかとばかりに首をひねる。
(しまった、先走ったか。彼女は俺が送って行ったことを、しょうちゃんには上手くごまかしたのかもしれない)
だとしたら、自分の口からは言えない。
(だがもし、しょうちゃんが納得していないとしたら? 今、俺に直接探りを入れようとしているのかもしれない)
思わず大翔はゴクリと喉を鳴らした。
「相澤キャプテン、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。だがこれだけは言わせてくれ。俺は今つき合っている彼女はいないし、気になる女性もいない。軽く女性に手を出すタイプでもないから、全くもって女性との関わりはない。それだけは信じてほしい」
カレーのしょうちゃんは、ポカンとしながら「はあ……」と頷く。
「それでは、これで失礼する」
大翔はキリッと表情を引きしめると、颯爽と更衣室をあとにした。
◇
それからしばらくして、大翔はフライトシミュレーターがあるJWAのトレーニングセンターに来ていた。
定期的な訓練だが、なにやら折り入って話したいことがあると事前に伝えられ、なんだろうと首をひねりながら、とにかく向かう。
アメリカと日本のエアラインの違いはまだ把握出来ておらず、一体なにを言われるのかと緊張していた。
シミュレーターの前で待っていると、背の高い教官らしき人が近づいてくるのが見え、大翔は背筋を伸ばしてお辞儀する。
「初めまして、相澤 大翔と申します。本日はよろしくお願いいたします」
コツンと踵の音を響かせて、教官が目の前に立ち止まった。
「佐倉です。こちらこそよろしく」
その名前に、大翔はハッと顔を上げる。
「お父さん!?」
「は?」
整った顔立ちの教官は、怪訝そうに大翔を見つめた。
「俺、こんな大きな隠し子いたっけ?」
「あっ! いえ、その。失礼いたしました」
大翔は、しまったと顔をしかめて、慌てて頭を下げる。
舞から、父親はJWAに勤めていると聞いていたが、まさかパイロットだとは思いもしなかった。
しかも教官ということは、かなりの腕前ということだろう。
そしてとにかく、かっこいい。
身長も、180cmを超える自分と、同じくらいではないだろうか。
醸し出す大人の男としての余裕と、キリッとした表情。
その一挙手一投足が様(さま)になっていた。
「相澤キャプテン。日本での生活はもう慣れましたか?」
真っ直ぐ見つめられ、思わず女子のように胸がドキッとする。
「はい、操縦に関しては。ですが、日本での常識やしきたりなどは勉強不足で、いち社会人としてはまだまだです」
すると教官は、手元の資料に目を落とした。
「他の教官や現場のキャプテンから耳にする君の評価は、私の知る限り最上級だ。操縦の腕前は群を抜いているし、どんな時も冷静沈着。安心してシップを任せられる、と。ただ、まだ親しい社員はいないように見受けられ、気軽に相談したり悩みを打ち明けられる相手がいるのかどうかと、他のキャプテンが懸念していた」
そこまで言うと、教官は顔を上げて大翔に笑いかける。
「だが心配いらなそうだな。のっけからなかなか面白い展開だったよ。初対面でいきなり『お父さん』と呼ばれるって、なかなかない」
「はっ、その、大変失礼いたしました」
「気にするな。まあ、びっくりはしたけどな」
「そう、ですよね。……分かります」
自分もそうだったと、大翔は思い出して小さく頷いた。
「さてと、では早速訓練を始めよう。ついて来たまえ、息子よ」
「はい。あっ、いえ」
戸惑う大翔に、教官は楽しそうに笑った。
◇
「なるほど、さすがだな」
シミュレーターでのフライトを終えると、教官は書類に書き込みながら呟く。
「トラブルてんこ盛りにしてみたが、いとも簡単にクリア。しかも焦りや迷いも感じられなかった。それにこれは私の感覚なんだが、君は操縦のセンスがいい。スマートに無駄なく、ひょうひょうとこなす。パイロットになるべくしてなった、とでも言うのか」
そして顔を上げると、大翔ににこやかに笑いかけた。
「君と一緒に飛んでみたかった。残念だな、もう少し早くうちに入ってくれれば良かったのに」
その言葉に、大翔は考えを巡らせる。
「教官は、つい最近まで空を飛ばれていたんですか?」
「ん? ああ。今年の3月がラストフライトだった。そのあとは教官としてコックピットに同乗出来るよう、航空身体検査だけは受けている」
「ということは、半年前ですか?」
「そうなるな。君は4月入社だろう?」
「はい。ですが、2月にはこちらに採用されることが決まっていました。なんとなく、生活の手続きが大変そうだから、入社は4月まで待っていただいて……」
すると教官は「なに!?」と鋭い視線を向けた。
えっ!と、大翔は怯む。
「どうしてすぐに来てくれなかったんだ! あー、それを聞いたらますます悔しい。君と一緒に飛べていたら、どれだけ楽しいフライトになっただろう。なんてことだ。評価マイナス1」
「ええ!?」
「ははは! 冗談だよ。でも君がJWAに来てくれて嬉しい。どうか末永くよろしく頼む」
「こちらこそ。どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ。という訳で、相澤キャプテン。Mixed Fleet Pilotになってほしい」
「はい。え、ええ!?」
「今、頷いたな」
「いえ、あの……」
大翔は焦って言葉が出て来ない。
「おいおい、どうした。操縦桿を握ってた時の冷静さはどこ行った?」
「ですが、いきなりそのようなお話になるとは」
「なぜだ? 君のように優秀なパイロットなら、いずれは二刀流にと思っていたんじゃないか? ましてやアメリカのエアラインにいたんだから」
確かにアメリカでは珍しくないが、大翔はそこまで貪欲にはなれなかった。
自分に任せられたフライトにベストを尽くす。
常にそのことだけに集中してきた。
アメリカでもそうだったのだから、日本で目指すつもりもなかった。
「あの、JWAでは現在、Mixed Fleet Pilotの方は何人いらっしゃるのですか?」
取り敢えずそう聞いてみる。
「それが2人しかいないんだ。5人で始めたんだが、3人がラストフライトを迎えてね」
その3人に、間違いなくこの佐倉教官も含まれているのだろう。
「では今現役のお二人は、どなたなのですか?」
「君が入社してすぐに、機長訓練を担当したキャプテンだよ。伊沢キャプテンと藤崎キャプテン」
「ああ! あの女性の? すごい方ですよね、藤崎キャプテン。にこやかで控えめで、最初にお会いした時は、本当にパイロットなのかと信じられませんでした。大和撫子とはこういう女性のことを言うのだなと思っていたら、操縦桿を握るなりキリッとかっこ良くなって……って、え?」
思わず興奮気味に話していると、なにやら不穏な空気が漂ってきて、大翔は言葉を止める。
さっきまでとはうって変わり、教官が鋭い目つきで睨みを利かせていた。
「あの、なにか?」
「いや、なにも?」
絶対にそんな訳はない。
だがあまりの圧に、大翔は口をつぐんだ。
「それで? 相澤くん。Mixed Fleet Pilot、やってくれるよね?」
そう尋ねる教官は、口元に笑みを浮かべているが、目は全く笑っていない。
「は、はい。喜んで」
大翔はそう答えるしかなかった。
◇
そして早速、訓練が始まった。
普段の乗務の合間に、まずは座学でB777のマニュアルを学ぶ。
「77と78は、コックピットの基本的な配置から操縦手順、マニュアルまで、ほとんどが同じで共通性が高い。強いて言うなら、コックピットからの目線やステアリングの遊び、離陸時の推力レベルや着陸時の機首上げのタイミングなんかが若干違うかな。だがそこまで大きな違和感を感じることはないと思う」
「はい」
大和の説明に頷いてから、大翔はチラリと視線を上げた。
(良かった。今日は佐倉教官、豹変しないな)
ホッとしつつ、あの時自分は一体、なにのスイッチを押してしまったのだろうと、心の中で首をひねる。
「ただ、エンジン停止などの緊急時に、システムの違いがある。これは実機で慣れる訳にいかないから、シミュレーターで重点的に訓練していこう」
「はい、よろしくお願いいたします」
「相澤くんなら、すぐにトリプルセブンのコツを掴めると思う。けど、そちらに慣れてしまって78の感覚を忘れても困る。実際に77と78を続けて飛ぶのを、コックピットで見学してみてほしい」
「それはぜひ、お願いしたいです」
「ああ。直近のMixed Fleet Flyingは……」
大和はタブレットを操作してスケジュールを確認した。
「来週の水曜にあるな。これにアサインしてもいいか?」
「はい、大丈夫です」
「分かった、私も同乗する。新千歳便で、往路は78、復路は77。藤崎キャプテンが操縦する」
「えっ!」
「……なにか?」
「いえ、なにも」
一瞬空気がピリッとした気がして、大翔は真顔で首を振った。
◇
翌週の水曜日。
大翔はオフィスで大和と落ち合い、ブリーフィングエリアに向かった。
「あそこにいるな」
大勢のパイロット達がいる中、大和は迷うことなく奥のモニターに近づいて行く。
ようやくその姿が確認出来る距離まで来ると、確かに女性パイロットの後ろ姿が見えた。
隣には、副操縦士とおぼしき若い男性もいる。
「ブリーフィング中、失礼。挨拶してもいいか?」
大和が声をかけると、二人は振り返る。
「はい、もちろん」
にこやかに頷いたキャプテンの横で、男性の副操縦士が大翔を見て目を丸くした。
「相澤キャプテン!」
「君は、カレーのしょ……」
しょうちゃんと言いそうになり、慌てて言葉を呑み込む。
愛嬌のあるこの顔は忘れられない。
(間違いない、カレーのしょうちゃんだ。えっ、ちょっと待て。佐倉教官は、彼女の父親だよな? それならカレーのしょうちゃんは佐倉教官にとって、娘と同棲している彼氏ということか。それは、父親公認の? 同棲も認めているということだろうか。いやでも、もしなにもご存じなければ……)
大翔はゴクリと喉を鳴らす。
(いかん、決して気づかれてはならない。俺が口を滑らせる訳にはいかない)
己にそう言い聞かせた。
四人でシップに向かいながらも、大翔は頑なに口を閉ざす。
「相澤キャプテンがオブザーバーシートで見学されるなんて、緊張するなあ。がんばらないと、英語の発音」
カレーのしょうちゃんが、にこにこと話しかけてくるが、大翔の耳には入らない。
とにかく無の境地でシップに乗り込んだ。
まずは慣れたB787ということもあり、コックピットに入ると気持ちが落ち着いてきた。
(よし、このまま集中しよう)
だがCAとのブリーフィングに立ち会った大翔は、またしても衝撃を受ける。
「えー、皆様。本日も張り切って参りましょう。この便は藤崎キャプテンと、わたくし野中 翔一が担当いたします」
えっ!と、大翔は驚いて顔を上げた。
(カレーのしょうちゃんは、翔一というのか。いや、そっちじゃない。野中? それって、まさか……)
まじまじと顔を見つめて確信する。
(どう見ても野中部長にそっくりだ。間違いない、カレーのしょうちゃんは、野中部長のお子さん。ということは……。あ、なるほど! 野中部長が彼女のことを親しげに『舞ちゃん』と呼んでいたのは、息子の彼女だからか。じゃあ少なくとも、野中部長は認めているんだな、しょうちゃんと彼女の交際を。果たして佐倉教官は……)
隣に立つ大和の顔をそっとうかがっていると、男性のチーフパーサーが口を開いた。
「チーフの泉です、よろしくお願いいたします。コックピットには佐倉さんも入られるんですか?」
大和は頷いて答える。
「ああ、私もオブザーバーシートに座る。よろしく」
「はい! こちらこそ。お二人がご一緒にコックピットにいらっしゃるなんて、感無量です」
泉だけでなく、その場にいたCA全員が、一斉にパッと明るい表情を浮かべた。
(なんだ? これが日本の、あうんの呼吸というやつか)
日本にはまだまだ馴染めそうにないと、大翔は小さくため息をついた。
◇
ブリーフィングが終わるとコックピットに戻り、オブザーバーシートに座った。
こうして後ろから見学するのは新鮮で、特に機長の動きは勉強になる。
(本当にすごいな、藤崎キャプテンは。タキシングも丁寧で揺れが少ない。それにちゃんとコーパイの動きにも気を配っている)
翔一がチェックリストを読み上げて指差し確認するのを、恵真は前を見ながら視界の隅に捉え、わずかに頷きながら聞いていた。
やがて管制官から離陸の許可が伝えられる。
『JW57. Wind 260 at 5. Runway 16 Left. Cleared for takeoff』
「Runway 16 Left! Cleared for takeoff! JW 57!」
翔一は、全ての語尾にびっくりマークがつくような声でリードバックした。
「では行きましょう。Cleared for takeoff」
「はい! お願いします!Cleared for takeoff!!」
機体が動き出すと、エンジン音に負けじと、更に翔一の声は大きくなった。
「スラストー、セーット!」
独特な翔一のコールが、大翔は気になって仕方ない。
(なにかのスポーツのかけ声みたいだな。いや、戦隊ヒーローの必殺技か?)
対気速度が80ノットに達した。
「エイティー、ノッツ!」
「Checked」
冷静な恵真の声が際立つ。
「ブイー、ワン!」
え、犬がいたぞ?
「ゥローテーイトゥ」
なんだその発音は!?
「ポジティブー、レイト!」
「Gear up」
「ラジャー! ギアラーップ!」
大翔は心の中で己に言い聞かせる。
(いいか、カレーのしょうちゃんと飛ぶ時は、どんな癖のあるコールでも動揺するなよ)
事前に知ることが出来たのが、今日のなによりの収穫だった。
◇
無事に新千歳空港に到着すると、別のスポットに駐機しているB777に移動する。
いよいよだと、大翔は気持ちを引きしめた。
「あら、佐倉さんもご一緒なの?」
ここでもチーフパーサーの佐々木の言葉に、CA達が笑顔で恵真と大和を見比べる。
大翔はまたしても、日本の風習に頭を悩ませていた。
コックピットに入ると、恵真が別の副操縦士とコックピットブリーフィングを始める。
大翔も後ろから熱心に耳を傾けた。
トリプルセブンのコックピットは、近未来的なドリームライナーとは雰囲気が違う。
「藤崎キャプテン、少しうかがってもよろしいでしょうか?」
恵真の手が空いたタイミングで、大翔は思い切って尋ねた。
「はい、どうぞ」
にこやかに振り返る恵真に、大翔は顔を上げる。
「ナビゲーションディスプレイのレイアウトなのですが……」
視線が合うと、大翔はピタリと言葉を止めた。
(え、なんだ?)
ん?と、わずかに首をかしげる恵真を見ているうちに、デジャヴのような不思議な感覚にとらわれる。
優しい眼差しながらキリッした目元。
微笑みながらも凛として、女性らしいのにかっこいい。
そんな人を、他にも知っている気がした。
(誰だろう。どこかで会った気がする。藤崎キャプテンにそっくりな人に)
すると隣から、これでもかと言わんばかりの大きな咳払いが聞こえてきた。
「相澤くん、質問があるなら今すぐ言いなさい」
低く冷たい大和の声に、大翔はハッと我に返る。
どうやら大和の豹変スイッチを押してしまったようだ。
「はっ、いえ、あの。なんでもありません。失礼しました」
もはやなにを聞こうとしたのか、さっぱり思い出せなかった。
「相澤キャプテン、いつでも質問してくださいね」
恵真の優しい口調に、大翔はホッとする。
「はい。ありがとうございます、藤崎キャプテン」
恵真はにっこり微笑んで頷く。
大翔も頬を緩めたが、隣から突き刺すような大和の視線を感じて、再び表情を引きしめた。
◇
日々の訓練は順調に進み、フライトシミュレーターでは大和と並んで操縦席に座る。
大翔は、大和の見事な操縦スキルに脱帽した。
(シミュレーターでも、いや、シミュレーターだからこそ、緊急時や難しい状況下での操縦技術がよく分かる。すごい方だ、佐倉教官は)
一緒に飛べたらどんなに楽しかっただろう、という大和の言葉を思い出す。
(こちらこそという思いだ。実機で色々と、この方に教わりたかった)
だがこうして今、マンツーマンで訓練してもらっているだけでもありがたい。
大翔は大和から教わる全てを吸収し、間近で見る大和の操縦に目を輝かせていた。
◇
「すごいなあ。相澤くん、もうデビュー?」
訓練を終えた大翔が、実機でMixed Fleet Flyingを担当する日がやってきた。
福岡往復で、往路はB777、復路はB787を操縦する。
一緒にアサインされたパイロットは、伊沢キャプテンだった。
「今日は佐倉さんも一緒にコックピットに? やった!」
伊沢は嬉しそうにオブザーバーシートを振り返る。
「伊沢、子犬みたいにしっぽ振ってもなにも出ないぞ」
「振ってませんよ。でもフライト終わったら、ごほうびください」
「なんでだよ!」
二人のやり取りを尻目に、大翔は淡々と準備を進める。
無事に離陸させて巡航に入ると、伊沢が大翔に笑顔を向けた。
「おおー、相澤くん、いとも簡単にトリプルセブンも操るね。あっという間に滑走路を離れたよ。なんでそんなにスムーズにエンジン推力を上げられるの?」
「それは、離陸推力の前に一旦上げる推力レベルのパーセンテージが78とは違う為、まずはそこを狙って……」
すると後ろから「おい、伊沢」と大和の声がした。
「お前が教わってどうする」
「だって相澤くん、俺よりコツを掴んでる気がして」
「気のせいではなく、実際そうだ」
「あ、やっぱり? ですよね」
「嬉しそうにするな! 先輩だぞ?」
「佐倉さん。今度のシミュレーター訓練、俺を担当してくださいね」
「落としてもいいのか?」
「またまたー。冗談が上手いんですから」
「では、遠慮なく」
「わー、ちょっと! やめてくださいよ?」
二人の会話を聞きながら、大翔は考える。
(佐倉教官、伊沢キャプテンにぶっきらぼうな話し方だけど、楽しんでいるのが分かる。俺に対して豹変する時とは明らかに違う。なぜだ? どうして俺にだけ、あんなにも空気が凍りつくようにピリ辛になる? あの豹変スイッチはどこにあるんだ?)
自分はもっともっと操縦のことを教えてほしいのに、と、大翔はなんとかして大和と良い関係を築きたかった。
大翔が乗務の前に更衣室で着替えていると、入り口のドアが開いて話し声が聞こえてきた。
「翼ー、今日カレー作ってくんない?」
「やだよ。なんで俺がお前の為に作らなきゃいけないんだ」
「だって舞ちゃん今、ロンドンに飛んでいないんだもん」
「だからって、なんで俺が。カレーくらい、自分で作れ」
「ナンでなくてもいいからさ」
「いい加減やめれ」
近づいてきた二人は大翔に気づき、「お疲れ様です」と頭を下げる。
お疲れ様と答えた大翔は、何気なく目を向けてハッとした。
二人ともまだ若い青年で、一人は整った顔立ちで背が高く、もう一人のなんとも憎めない愛嬌のある顔には見覚えがあった。
(この彼、この間の?)
舞をマンションまで送って行った時、「舞ちゃん!」と駆け寄っていたのを思い出す。
会話の内容も、今と同じカレーの話だった。
そして大翔は再びハッとする。
(もしかして、彼女と同棲している恋人とか?)
今夜カレーを作ってくれと舞に言ったセリフからして、きっとそうなのだろう。
(俺が彼女を送って行ったこと、まさか誤解されてないよな?)
そう思っていると、カレーの彼に恐る恐る声をかけられた。
「失礼ですが、ひょっとして、相澤キャプテンでいらっしゃいますか?」
「ああ、そうだ」
「やっぱり! 舞ちゃんから話を聞いたんです」
途端に大翔は、マズイと焦った。
「いや、違うんだ。誤解しないでくれ」
「は?」
カレーのしょうちゃんは、なんのことかとばかりに首をひねる。
(しまった、先走ったか。彼女は俺が送って行ったことを、しょうちゃんには上手くごまかしたのかもしれない)
だとしたら、自分の口からは言えない。
(だがもし、しょうちゃんが納得していないとしたら? 今、俺に直接探りを入れようとしているのかもしれない)
思わず大翔はゴクリと喉を鳴らした。
「相澤キャプテン、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。だがこれだけは言わせてくれ。俺は今つき合っている彼女はいないし、気になる女性もいない。軽く女性に手を出すタイプでもないから、全くもって女性との関わりはない。それだけは信じてほしい」
カレーのしょうちゃんは、ポカンとしながら「はあ……」と頷く。
「それでは、これで失礼する」
大翔はキリッと表情を引きしめると、颯爽と更衣室をあとにした。
◇
それからしばらくして、大翔はフライトシミュレーターがあるJWAのトレーニングセンターに来ていた。
定期的な訓練だが、なにやら折り入って話したいことがあると事前に伝えられ、なんだろうと首をひねりながら、とにかく向かう。
アメリカと日本のエアラインの違いはまだ把握出来ておらず、一体なにを言われるのかと緊張していた。
シミュレーターの前で待っていると、背の高い教官らしき人が近づいてくるのが見え、大翔は背筋を伸ばしてお辞儀する。
「初めまして、相澤 大翔と申します。本日はよろしくお願いいたします」
コツンと踵の音を響かせて、教官が目の前に立ち止まった。
「佐倉です。こちらこそよろしく」
その名前に、大翔はハッと顔を上げる。
「お父さん!?」
「は?」
整った顔立ちの教官は、怪訝そうに大翔を見つめた。
「俺、こんな大きな隠し子いたっけ?」
「あっ! いえ、その。失礼いたしました」
大翔は、しまったと顔をしかめて、慌てて頭を下げる。
舞から、父親はJWAに勤めていると聞いていたが、まさかパイロットだとは思いもしなかった。
しかも教官ということは、かなりの腕前ということだろう。
そしてとにかく、かっこいい。
身長も、180cmを超える自分と、同じくらいではないだろうか。
醸し出す大人の男としての余裕と、キリッとした表情。
その一挙手一投足が様(さま)になっていた。
「相澤キャプテン。日本での生活はもう慣れましたか?」
真っ直ぐ見つめられ、思わず女子のように胸がドキッとする。
「はい、操縦に関しては。ですが、日本での常識やしきたりなどは勉強不足で、いち社会人としてはまだまだです」
すると教官は、手元の資料に目を落とした。
「他の教官や現場のキャプテンから耳にする君の評価は、私の知る限り最上級だ。操縦の腕前は群を抜いているし、どんな時も冷静沈着。安心してシップを任せられる、と。ただ、まだ親しい社員はいないように見受けられ、気軽に相談したり悩みを打ち明けられる相手がいるのかどうかと、他のキャプテンが懸念していた」
そこまで言うと、教官は顔を上げて大翔に笑いかける。
「だが心配いらなそうだな。のっけからなかなか面白い展開だったよ。初対面でいきなり『お父さん』と呼ばれるって、なかなかない」
「はっ、その、大変失礼いたしました」
「気にするな。まあ、びっくりはしたけどな」
「そう、ですよね。……分かります」
自分もそうだったと、大翔は思い出して小さく頷いた。
「さてと、では早速訓練を始めよう。ついて来たまえ、息子よ」
「はい。あっ、いえ」
戸惑う大翔に、教官は楽しそうに笑った。
◇
「なるほど、さすがだな」
シミュレーターでのフライトを終えると、教官は書類に書き込みながら呟く。
「トラブルてんこ盛りにしてみたが、いとも簡単にクリア。しかも焦りや迷いも感じられなかった。それにこれは私の感覚なんだが、君は操縦のセンスがいい。スマートに無駄なく、ひょうひょうとこなす。パイロットになるべくしてなった、とでも言うのか」
そして顔を上げると、大翔ににこやかに笑いかけた。
「君と一緒に飛んでみたかった。残念だな、もう少し早くうちに入ってくれれば良かったのに」
その言葉に、大翔は考えを巡らせる。
「教官は、つい最近まで空を飛ばれていたんですか?」
「ん? ああ。今年の3月がラストフライトだった。そのあとは教官としてコックピットに同乗出来るよう、航空身体検査だけは受けている」
「ということは、半年前ですか?」
「そうなるな。君は4月入社だろう?」
「はい。ですが、2月にはこちらに採用されることが決まっていました。なんとなく、生活の手続きが大変そうだから、入社は4月まで待っていただいて……」
すると教官は「なに!?」と鋭い視線を向けた。
えっ!と、大翔は怯む。
「どうしてすぐに来てくれなかったんだ! あー、それを聞いたらますます悔しい。君と一緒に飛べていたら、どれだけ楽しいフライトになっただろう。なんてことだ。評価マイナス1」
「ええ!?」
「ははは! 冗談だよ。でも君がJWAに来てくれて嬉しい。どうか末永くよろしく頼む」
「こちらこそ。どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ。という訳で、相澤キャプテン。Mixed Fleet Pilotになってほしい」
「はい。え、ええ!?」
「今、頷いたな」
「いえ、あの……」
大翔は焦って言葉が出て来ない。
「おいおい、どうした。操縦桿を握ってた時の冷静さはどこ行った?」
「ですが、いきなりそのようなお話になるとは」
「なぜだ? 君のように優秀なパイロットなら、いずれは二刀流にと思っていたんじゃないか? ましてやアメリカのエアラインにいたんだから」
確かにアメリカでは珍しくないが、大翔はそこまで貪欲にはなれなかった。
自分に任せられたフライトにベストを尽くす。
常にそのことだけに集中してきた。
アメリカでもそうだったのだから、日本で目指すつもりもなかった。
「あの、JWAでは現在、Mixed Fleet Pilotの方は何人いらっしゃるのですか?」
取り敢えずそう聞いてみる。
「それが2人しかいないんだ。5人で始めたんだが、3人がラストフライトを迎えてね」
その3人に、間違いなくこの佐倉教官も含まれているのだろう。
「では今現役のお二人は、どなたなのですか?」
「君が入社してすぐに、機長訓練を担当したキャプテンだよ。伊沢キャプテンと藤崎キャプテン」
「ああ! あの女性の? すごい方ですよね、藤崎キャプテン。にこやかで控えめで、最初にお会いした時は、本当にパイロットなのかと信じられませんでした。大和撫子とはこういう女性のことを言うのだなと思っていたら、操縦桿を握るなりキリッとかっこ良くなって……って、え?」
思わず興奮気味に話していると、なにやら不穏な空気が漂ってきて、大翔は言葉を止める。
さっきまでとはうって変わり、教官が鋭い目つきで睨みを利かせていた。
「あの、なにか?」
「いや、なにも?」
絶対にそんな訳はない。
だがあまりの圧に、大翔は口をつぐんだ。
「それで? 相澤くん。Mixed Fleet Pilot、やってくれるよね?」
そう尋ねる教官は、口元に笑みを浮かべているが、目は全く笑っていない。
「は、はい。喜んで」
大翔はそう答えるしかなかった。
◇
そして早速、訓練が始まった。
普段の乗務の合間に、まずは座学でB777のマニュアルを学ぶ。
「77と78は、コックピットの基本的な配置から操縦手順、マニュアルまで、ほとんどが同じで共通性が高い。強いて言うなら、コックピットからの目線やステアリングの遊び、離陸時の推力レベルや着陸時の機首上げのタイミングなんかが若干違うかな。だがそこまで大きな違和感を感じることはないと思う」
「はい」
大和の説明に頷いてから、大翔はチラリと視線を上げた。
(良かった。今日は佐倉教官、豹変しないな)
ホッとしつつ、あの時自分は一体、なにのスイッチを押してしまったのだろうと、心の中で首をひねる。
「ただ、エンジン停止などの緊急時に、システムの違いがある。これは実機で慣れる訳にいかないから、シミュレーターで重点的に訓練していこう」
「はい、よろしくお願いいたします」
「相澤くんなら、すぐにトリプルセブンのコツを掴めると思う。けど、そちらに慣れてしまって78の感覚を忘れても困る。実際に77と78を続けて飛ぶのを、コックピットで見学してみてほしい」
「それはぜひ、お願いしたいです」
「ああ。直近のMixed Fleet Flyingは……」
大和はタブレットを操作してスケジュールを確認した。
「来週の水曜にあるな。これにアサインしてもいいか?」
「はい、大丈夫です」
「分かった、私も同乗する。新千歳便で、往路は78、復路は77。藤崎キャプテンが操縦する」
「えっ!」
「……なにか?」
「いえ、なにも」
一瞬空気がピリッとした気がして、大翔は真顔で首を振った。
◇
翌週の水曜日。
大翔はオフィスで大和と落ち合い、ブリーフィングエリアに向かった。
「あそこにいるな」
大勢のパイロット達がいる中、大和は迷うことなく奥のモニターに近づいて行く。
ようやくその姿が確認出来る距離まで来ると、確かに女性パイロットの後ろ姿が見えた。
隣には、副操縦士とおぼしき若い男性もいる。
「ブリーフィング中、失礼。挨拶してもいいか?」
大和が声をかけると、二人は振り返る。
「はい、もちろん」
にこやかに頷いたキャプテンの横で、男性の副操縦士が大翔を見て目を丸くした。
「相澤キャプテン!」
「君は、カレーのしょ……」
しょうちゃんと言いそうになり、慌てて言葉を呑み込む。
愛嬌のあるこの顔は忘れられない。
(間違いない、カレーのしょうちゃんだ。えっ、ちょっと待て。佐倉教官は、彼女の父親だよな? それならカレーのしょうちゃんは佐倉教官にとって、娘と同棲している彼氏ということか。それは、父親公認の? 同棲も認めているということだろうか。いやでも、もしなにもご存じなければ……)
大翔はゴクリと喉を鳴らす。
(いかん、決して気づかれてはならない。俺が口を滑らせる訳にはいかない)
己にそう言い聞かせた。
四人でシップに向かいながらも、大翔は頑なに口を閉ざす。
「相澤キャプテンがオブザーバーシートで見学されるなんて、緊張するなあ。がんばらないと、英語の発音」
カレーのしょうちゃんが、にこにこと話しかけてくるが、大翔の耳には入らない。
とにかく無の境地でシップに乗り込んだ。
まずは慣れたB787ということもあり、コックピットに入ると気持ちが落ち着いてきた。
(よし、このまま集中しよう)
だがCAとのブリーフィングに立ち会った大翔は、またしても衝撃を受ける。
「えー、皆様。本日も張り切って参りましょう。この便は藤崎キャプテンと、わたくし野中 翔一が担当いたします」
えっ!と、大翔は驚いて顔を上げた。
(カレーのしょうちゃんは、翔一というのか。いや、そっちじゃない。野中? それって、まさか……)
まじまじと顔を見つめて確信する。
(どう見ても野中部長にそっくりだ。間違いない、カレーのしょうちゃんは、野中部長のお子さん。ということは……。あ、なるほど! 野中部長が彼女のことを親しげに『舞ちゃん』と呼んでいたのは、息子の彼女だからか。じゃあ少なくとも、野中部長は認めているんだな、しょうちゃんと彼女の交際を。果たして佐倉教官は……)
隣に立つ大和の顔をそっとうかがっていると、男性のチーフパーサーが口を開いた。
「チーフの泉です、よろしくお願いいたします。コックピットには佐倉さんも入られるんですか?」
大和は頷いて答える。
「ああ、私もオブザーバーシートに座る。よろしく」
「はい! こちらこそ。お二人がご一緒にコックピットにいらっしゃるなんて、感無量です」
泉だけでなく、その場にいたCA全員が、一斉にパッと明るい表情を浮かべた。
(なんだ? これが日本の、あうんの呼吸というやつか)
日本にはまだまだ馴染めそうにないと、大翔は小さくため息をついた。
◇
ブリーフィングが終わるとコックピットに戻り、オブザーバーシートに座った。
こうして後ろから見学するのは新鮮で、特に機長の動きは勉強になる。
(本当にすごいな、藤崎キャプテンは。タキシングも丁寧で揺れが少ない。それにちゃんとコーパイの動きにも気を配っている)
翔一がチェックリストを読み上げて指差し確認するのを、恵真は前を見ながら視界の隅に捉え、わずかに頷きながら聞いていた。
やがて管制官から離陸の許可が伝えられる。
『JW57. Wind 260 at 5. Runway 16 Left. Cleared for takeoff』
「Runway 16 Left! Cleared for takeoff! JW 57!」
翔一は、全ての語尾にびっくりマークがつくような声でリードバックした。
「では行きましょう。Cleared for takeoff」
「はい! お願いします!Cleared for takeoff!!」
機体が動き出すと、エンジン音に負けじと、更に翔一の声は大きくなった。
「スラストー、セーット!」
独特な翔一のコールが、大翔は気になって仕方ない。
(なにかのスポーツのかけ声みたいだな。いや、戦隊ヒーローの必殺技か?)
対気速度が80ノットに達した。
「エイティー、ノッツ!」
「Checked」
冷静な恵真の声が際立つ。
「ブイー、ワン!」
え、犬がいたぞ?
「ゥローテーイトゥ」
なんだその発音は!?
「ポジティブー、レイト!」
「Gear up」
「ラジャー! ギアラーップ!」
大翔は心の中で己に言い聞かせる。
(いいか、カレーのしょうちゃんと飛ぶ時は、どんな癖のあるコールでも動揺するなよ)
事前に知ることが出来たのが、今日のなによりの収穫だった。
◇
無事に新千歳空港に到着すると、別のスポットに駐機しているB777に移動する。
いよいよだと、大翔は気持ちを引きしめた。
「あら、佐倉さんもご一緒なの?」
ここでもチーフパーサーの佐々木の言葉に、CA達が笑顔で恵真と大和を見比べる。
大翔はまたしても、日本の風習に頭を悩ませていた。
コックピットに入ると、恵真が別の副操縦士とコックピットブリーフィングを始める。
大翔も後ろから熱心に耳を傾けた。
トリプルセブンのコックピットは、近未来的なドリームライナーとは雰囲気が違う。
「藤崎キャプテン、少しうかがってもよろしいでしょうか?」
恵真の手が空いたタイミングで、大翔は思い切って尋ねた。
「はい、どうぞ」
にこやかに振り返る恵真に、大翔は顔を上げる。
「ナビゲーションディスプレイのレイアウトなのですが……」
視線が合うと、大翔はピタリと言葉を止めた。
(え、なんだ?)
ん?と、わずかに首をかしげる恵真を見ているうちに、デジャヴのような不思議な感覚にとらわれる。
優しい眼差しながらキリッした目元。
微笑みながらも凛として、女性らしいのにかっこいい。
そんな人を、他にも知っている気がした。
(誰だろう。どこかで会った気がする。藤崎キャプテンにそっくりな人に)
すると隣から、これでもかと言わんばかりの大きな咳払いが聞こえてきた。
「相澤くん、質問があるなら今すぐ言いなさい」
低く冷たい大和の声に、大翔はハッと我に返る。
どうやら大和の豹変スイッチを押してしまったようだ。
「はっ、いえ、あの。なんでもありません。失礼しました」
もはやなにを聞こうとしたのか、さっぱり思い出せなかった。
「相澤キャプテン、いつでも質問してくださいね」
恵真の優しい口調に、大翔はホッとする。
「はい。ありがとうございます、藤崎キャプテン」
恵真はにっこり微笑んで頷く。
大翔も頬を緩めたが、隣から突き刺すような大和の視線を感じて、再び表情を引きしめた。
◇
日々の訓練は順調に進み、フライトシミュレーターでは大和と並んで操縦席に座る。
大翔は、大和の見事な操縦スキルに脱帽した。
(シミュレーターでも、いや、シミュレーターだからこそ、緊急時や難しい状況下での操縦技術がよく分かる。すごい方だ、佐倉教官は)
一緒に飛べたらどんなに楽しかっただろう、という大和の言葉を思い出す。
(こちらこそという思いだ。実機で色々と、この方に教わりたかった)
だがこうして今、マンツーマンで訓練してもらっているだけでもありがたい。
大翔は大和から教わる全てを吸収し、間近で見る大和の操縦に目を輝かせていた。
◇
「すごいなあ。相澤くん、もうデビュー?」
訓練を終えた大翔が、実機でMixed Fleet Flyingを担当する日がやってきた。
福岡往復で、往路はB777、復路はB787を操縦する。
一緒にアサインされたパイロットは、伊沢キャプテンだった。
「今日は佐倉さんも一緒にコックピットに? やった!」
伊沢は嬉しそうにオブザーバーシートを振り返る。
「伊沢、子犬みたいにしっぽ振ってもなにも出ないぞ」
「振ってませんよ。でもフライト終わったら、ごほうびください」
「なんでだよ!」
二人のやり取りを尻目に、大翔は淡々と準備を進める。
無事に離陸させて巡航に入ると、伊沢が大翔に笑顔を向けた。
「おおー、相澤くん、いとも簡単にトリプルセブンも操るね。あっという間に滑走路を離れたよ。なんでそんなにスムーズにエンジン推力を上げられるの?」
「それは、離陸推力の前に一旦上げる推力レベルのパーセンテージが78とは違う為、まずはそこを狙って……」
すると後ろから「おい、伊沢」と大和の声がした。
「お前が教わってどうする」
「だって相澤くん、俺よりコツを掴んでる気がして」
「気のせいではなく、実際そうだ」
「あ、やっぱり? ですよね」
「嬉しそうにするな! 先輩だぞ?」
「佐倉さん。今度のシミュレーター訓練、俺を担当してくださいね」
「落としてもいいのか?」
「またまたー。冗談が上手いんですから」
「では、遠慮なく」
「わー、ちょっと! やめてくださいよ?」
二人の会話を聞きながら、大翔は考える。
(佐倉教官、伊沢キャプテンにぶっきらぼうな話し方だけど、楽しんでいるのが分かる。俺に対して豹変する時とは明らかに違う。なぜだ? どうして俺にだけ、あんなにも空気が凍りつくようにピリ辛になる? あの豹変スイッチはどこにあるんだ?)
自分はもっともっと操縦のことを教えてほしいのに、と、大翔はなんとかして大和と良い関係を築きたかった。
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