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言っちゃいましょう!
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「まずはお台場から回ろうと思いますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
「では出発いたします」
村尾が運転する車で、三人はお台場に向かった。
資料を手に、マンションの立地や景色、ショッピングモールの外観、ホテルなどをまず見て回る。
「調べてみたら、お台場って案外分譲マンションは少ないんですね。それに少し見ない間に、色んなお店が入れ替わっている気がします」
「ああ。お台場のマンションには賃貸も多い。東京都が土地を売却せずに、借地期間が短くて済む事業用定期借地権をメインに土地の活用を始めたから、あまり多くのマンションが建てられなかったんだ。それと借地借家法は2008年に大きく改正されたけど、旧法に基づいた契約をしていた施設は、近年次々と契約期間が終了している。だから色んな施設が閉館しているんだ」
「なるほど。時代の流れを感じますね」
「そうだな、法の改正なんてある意味運命的なものだ。我が社も、そういったどうしようもない部分も含めて先々を見据えつつ動いて行かなければ、事業は大失敗に終わる。気を引き締めて視察を重ねていこう」
はい、と芹奈と村尾は、翔の言葉に真剣に頷いた。
ショッピングモールの開店時間になると、ショップガイドをもらってお店を見て回る。
「ここは海外からの観光客も多いせいか、キャラクターショップや和のテイストのお土産もありますね。あとは、SNS映えしそうなデザートのお店も」
「うん、フードコートも充実してる。せっかくだから、何か食べて行こうか」
「そうですね」
まだ時間が早いせいか、広い店内は人の姿もまばらだった。
「俺、がっつりラーメンとギョウザにしよう」
村尾が中華のお店に向かい、芹奈は何にしようかとその場に佇んで案内板を見上げる。
(うーんと、この洋食屋さんのオムライスにしようかな?でもパスタもいいな)
その時ふいに若い男性が横から声をかけてきた。
「お姉さん、どれにするか決まった?俺、おごるよ」
は?と芹奈は目を丸くする。
「え?どうしてあなたが?」
「お姉さんが綺麗だから、お近づきになりたくてさ。ほら、どれにする?」
「いえ、結構ですから」
さっさと歩き出そうとすると、男性は芹奈の前に立ちはだかった。
「いいじゃない、ちょっとくらい」
そう言って芹奈の腕を掴もうと手を伸ばす。
やめて!と思わず身をよじった時だった。
「芹奈!」
誰かが駆け寄って来て、グッと芹奈の肩を抱き寄せる。
(副社長?)
翔はそのまま芹奈を自分の背中にかくまうと、男性に冷たく言い放つ。
「人の彼女に気安く触るな」
「チッ、なんだよ。お前がほったらかしにしてるからだろ?俺じゃなくても他の男だって狙ってたぞ」
「だからと言って強引に女性の腕を掴もうとするとは失礼極まりない。だが忠告は受け取ろう。二度と彼女を離さないから心配するな」
そして芹奈の肩を抱いたまま歩き出す。
「あの、副社長。ありがとうございました。もう大丈夫ですから」
芹奈が離れようとすると、翔は更に強く芹奈を抱き寄せた。
「ごめん。ほんの少しとは言え、君を一人にするべきではなかった。それにやっぱり、きちんとしたレストランの方が良かったな」
「いえ、そんなことないです。私、フードコート大好きですから。トロトロ卵のオムライス、食べてもいいですか?あと、あそこのソフトクリームも食後に食べたいです」
翔は、ふっと優しく笑って芹奈に頷く。
「分かった。何でも好きなものを食べて」
「はい!」
先に村尾が座っているテーブルに芹奈を連れて行くと、翔は一人でオーダーしに行き、芹奈のオムライスと自分のハヤシライスをトレイに載せて戻って来た。
「はい、どうぞ。お水もね」
「ありがとうございます。今、お金払いますね」
「ご冗談を。そんなかっこ悪い男にはさせないでくれ。さ、食べよう」
「すみません、ではありがたくいただきます」
広い店内は窓からの陽射しも暖かく、遠くに海も見渡せる。
「気持ちいいですね。あ、テラス席もあるみたい」
「ほんとだ。じゃあ、食後のソフトクリームはテラスで食べようか」
「はい!」
嬉しそうな芹奈の笑顔に、翔も顔をほころばせた。
◇
楽しく食事を終え、テラスでソフトクリームを味わうと、次は豊洲に場所を移した。
「こっちはお台場よりも生活感が増しますね。マンションも多いし、スーパーマーケットもあってお買い物しやすそうです」
「そうだな。電車の利便性もいい」
ショッピングモールに入ると、やはりお台場とは違った雰囲気だ。
「観光客向けではなく、地元の人達が利用するようなお店が並んでますね。雑貨とか、洋服とかも」
「ああ。カップルだけでなくファミリーもターゲットにしているんだろうな」
「そうですね。広いからベビーカーも押しやすそうだし、外に広場もあっていいですね」
そんな話をしながら歩いているうちに、芹奈はふとイベントスペースを見つけて足を止めた。
「どうかしたか?」
「あ、はい。このスペースなんですけど……」
「うん、それが?」
翔と村尾も戻って来て三人で肩を並べる。
吹き抜けになったエスカレーター横のスペースに、客席やステージが設けられていた。
これから子ども達に人気のキャラクターのショーがあるらしく、たくさんの親子連れで賑わっている。
「こういったイベントスーペースってよく見かけますよね」
「そうだな。これだけ広いモールなら場所の確保も可能だし、集客も見込めるから、色んな企業がPRの場に活用していると思う」
「そうなんですけど、ちょっと変わった使い方をしてもいいかなと思いまして」
「例えば?」
「はい。誰でも気軽に参加出来るファッションショーはどうかな?って」
ファッションショー?と、翔と村尾の声が重なる。
「ええ。このモールは、お洋服やバッグや雑貨など、誰もが身近に手に取れるようなお店がたくさん入っています。それに小さなお子さまから中高生、パパやママも、みんなが欲しい物が買える。このモールで買ったお洋服を着てファッションショーに出られるとなったら、もっと楽しめるんじゃないかと思って」
翔は何かを考えながらじっと芹奈の話に耳を傾けていた。
「例えば時間を決めて、一日三回とか。ここで買ったものをどれか一つでも取り入れて、モデルとしてランウェイを歩くんです。見ている人が、あの服いいな!と思ったらすぐにそのお店に買いに行けますし、私もモデルをやりたい!って購買意欲が高まれば、お店の利益にも繋がります。話題性もあってここを訪れる人も増えると思いますし、今の流行の主な発信源はSNSですから、宣伝効果も期待出来ます」
うん、と翔が小さく頷く。
「それ、いいな。けどそのアイデア、他には教えてやんない。今度取り組む湾岸エリアプロジェクトの為にとっておこう」
そう言うとニヤリとほくそ笑む。
「それまで俺達だけの秘密な?」
「はい」
「よし。水面下で具体的なアイデアを練っておいてくれ」
「かしこまりました」
再び歩き始めるが、三人はファッションショーのことが頭から離れない。
「あの女の子なんて、買ってもらったばっかりのワンちゃんのリュック、嬉しそうに背負ってさ。もう今すぐステージに上がってポーズ取りそうだな」
「ふふっ、ほんとに。あそこの高校生の女の子達も、お揃いのアクセサリーと髪飾り選んで写真撮ってますしね」
「そこにいる家族連れ、親子でお揃いファッションじゃないか。いいなあ、幸せそうなステージになりそう」
休憩に入ったカフェでも、人間観察で盛り上がる三人だった。
◇
「今日このあと、二人さえよければ夕食をどこかでと思ってるけど、どう?」
しばらくして翔が切り出し、村尾は頷いた。
「はい、俺は大丈夫です。芹奈は?」
「私も大丈夫で……、あ!そう言えば井口くんと約束してたんだった」
「井口と?なんて?」
「戻って来たらお話があるので、少し時間くださいって。ほら私、社長秘書の代理を井口くんに頼んでるでしょ?その申し送りだと思うんだ」
芹奈、それって、と村尾が口を開いた時、翔のスマートフォンに電話がかかってきた。
「悪い」と断って翔は店の外へ行く。
その背中を見送ると、村尾は声を潜めて芹奈に話し出した。
「芹奈、ひょっとして井口から何か言われたか?」
「何かって、何を?」
「うん、その……。じゃあ質問を変える。少し前、俺に芹奈とつき合ってるのかって聞いてきたやつがいるって話しただろ?あれ、誰だか分かった?」
「あー、うん。井口くんなんだってね」
「ってことはやっぱりお前、井口に告白されたんだな?」
あっ!と芹奈は思い出した。
「そうだ、忘れてた!」
「は?忘れてた?」
「うん。その時菜緒ちゃんが来たから、途中で話が終わってて」
「告白されて返事はまだってことか。それなら今日井口が話したいことがあるっていうのも、間違いなくそれだな」
「それって?」
「告白の返事を聞かせてもらいたいんだろう」
え、どうしよう、と芹奈は思わずうつむいて考え込む。
「違うんじゃない?やっぱり仕事の申し送りだよ」
「もし違わなかったら?」
「うぐ……、どうしよう」
ますます芹奈は肩を落とした。
「どうしようって言われてもなあ。自分の気持ちを素直に伝えるしかないだろ?」
「そんな、なんて言えばいいの?」
「知るかよ。告白の返事に正解も不正解もないんだから、正直に話せば?」
「うーん……。とにかく今はなんか、困るな。そうだ!仕事が長引いて今日は帰社出来ないってことにすれば」
「だーめ。あの井口が勇気出して告白したんだぞ?きちんと答えてやれ。今夜の食事はお前抜きで行ってくる」
そんなあ、と芹奈が困り果てた時、「お待たせ」と翔が戻って来た。
「副社長、里見はどうしてもやり残した仕事があって、社に戻らなくてはいけないそうです。今夜の食事は私と二人でも構いませんか?」
「そうか、残念だが今回はそうしよう。じゃあ村尾。男二人だし、今夜は居酒屋で飲むか」
「はい、よろしくお願いします」
芹奈はもはや口を挟めず、しょんぼりと眉根を寄せていた。
◇
「で?あの井口ってどの井口くん?」
居酒屋に着き、ビールで乾杯した途端に切り出した翔に、村尾は思わずゴホッと咳き込んだ。
「ふ、副社長!?もしや、聞いて……」
「席に戻ったら聞こえてきたんだよ。あの井口が勇気出して告白したんだぞ?きちんと答えてやれってね。誰なんだ?あの井口くんとは」
「あー、その……。あの井口というのは、秘書室の井口です」
「うん。それで?」
「それで?えーっと、俺達より2つ年下です」
「うん。それから?」
「それから?えー、今、芹奈の代わりに社長秘書代理をしています」
「で?」
で、で?と、もはや村尾は言葉が続かない。
「えーっと、なんと申しましょうか。井口は、子犬みたいなキャラですかね?しっぽ振ってついて来そうな、可愛い弟分って感じです」
「その2つ年下で、可愛いしっぽフリフリの子犬みたいな井口くんが、里見さんに告白したと?その返事を今、まさにこの瞬間にも、里見さんは井口くんにしていると。つまりはそう言うことか?村尾」
「さ、左様で、ございます、副社長殿」
ダン!とビールジョッキをテーブルに置く翔に、村尾はビクッと身体を強張らせた。
「あ、あの、副社長?いかがなさいましたか?」
「村尾、俺、前にみなとみらいで話したよな?俺の知ってる欧米の女性はクールで淡々としてるが、里見さんは目をキラキラ輝かせて子どもみたいに感激してくれるって。俺はな、村尾。すっかりその日本女性の魅力に取りつかれたんだ」
「日本女性って……。副社長も日本人ですよね?」
「いや、違う」
「え?違うんですか?」
「日本女性だからではない!」
「あ、そっち」
「はっきり言おう。俺は里見さんに惚れている!」
ドドーン!と壮大な効果音が聞こえてきそうなほど、翔は胸を反らして断言する。
「そ、そうでしたか。それはそれは……」
「どうしてくれよう?村尾」
「え、どうにもこうにも……」
「今、まさに今!しっぽ振った子犬の井口くんが、里見さんの胸に飛び込んでいるのだとしたら?」
「あー、どうでしょうねえ?」
「お前はそれでも平気なのか!?」
「まあ、俺はそうですね……って、うぐっ、副社長!」
胸元を掴まれて、村尾は目を白黒させる。
「いけません。犯罪に手を染めては!秘書としてそんなことはさせられません!」
懸命に訴えると、ようやく翔は手を離した。
そしてグビグビとビールを煽る。
「どうしよう、今すぐ彼女を奪いに行きたい」
「ええー!?副社長、そんなに?いつの間にあいつのことをそこまで?」
「知らん。気づけば落ちているのが恋というものだろう?いや、湧き出でるこの気持ちは、もはや愛」
村尾は真顔に戻って身体を引き、キョロキョロと辺りを見回す。
誰かに聞かれるのが恥ずかしくて仕方なかった。
「村尾、教えてくれ。彼女はどうすれば俺に振り向いてくれるんだ?」
「ええ!?いやー、そんな。俺に聞かれても」
「彼女が言ってたんだ。アイラブユーとは言わない、シャイな人がいいって。けどダグラスが、好きな人に言われたら嬉しいに決まってるって言ったら、そうなのかな?って。どっちだ?アイラブユーって言ってもいいのか?だめなのか?」
「そ、それは。えーい!もう、言っちゃいましょう!」
「いいんだな?言っちゃうぞ?言ってもいいんだな?」
「いいともー!」
村尾はもはや、やけっぱちで叫ぶ。
やっかいなことになった、と心の中で頭を抱えながら……。
「ああ、頼む」
「では出発いたします」
村尾が運転する車で、三人はお台場に向かった。
資料を手に、マンションの立地や景色、ショッピングモールの外観、ホテルなどをまず見て回る。
「調べてみたら、お台場って案外分譲マンションは少ないんですね。それに少し見ない間に、色んなお店が入れ替わっている気がします」
「ああ。お台場のマンションには賃貸も多い。東京都が土地を売却せずに、借地期間が短くて済む事業用定期借地権をメインに土地の活用を始めたから、あまり多くのマンションが建てられなかったんだ。それと借地借家法は2008年に大きく改正されたけど、旧法に基づいた契約をしていた施設は、近年次々と契約期間が終了している。だから色んな施設が閉館しているんだ」
「なるほど。時代の流れを感じますね」
「そうだな、法の改正なんてある意味運命的なものだ。我が社も、そういったどうしようもない部分も含めて先々を見据えつつ動いて行かなければ、事業は大失敗に終わる。気を引き締めて視察を重ねていこう」
はい、と芹奈と村尾は、翔の言葉に真剣に頷いた。
ショッピングモールの開店時間になると、ショップガイドをもらってお店を見て回る。
「ここは海外からの観光客も多いせいか、キャラクターショップや和のテイストのお土産もありますね。あとは、SNS映えしそうなデザートのお店も」
「うん、フードコートも充実してる。せっかくだから、何か食べて行こうか」
「そうですね」
まだ時間が早いせいか、広い店内は人の姿もまばらだった。
「俺、がっつりラーメンとギョウザにしよう」
村尾が中華のお店に向かい、芹奈は何にしようかとその場に佇んで案内板を見上げる。
(うーんと、この洋食屋さんのオムライスにしようかな?でもパスタもいいな)
その時ふいに若い男性が横から声をかけてきた。
「お姉さん、どれにするか決まった?俺、おごるよ」
は?と芹奈は目を丸くする。
「え?どうしてあなたが?」
「お姉さんが綺麗だから、お近づきになりたくてさ。ほら、どれにする?」
「いえ、結構ですから」
さっさと歩き出そうとすると、男性は芹奈の前に立ちはだかった。
「いいじゃない、ちょっとくらい」
そう言って芹奈の腕を掴もうと手を伸ばす。
やめて!と思わず身をよじった時だった。
「芹奈!」
誰かが駆け寄って来て、グッと芹奈の肩を抱き寄せる。
(副社長?)
翔はそのまま芹奈を自分の背中にかくまうと、男性に冷たく言い放つ。
「人の彼女に気安く触るな」
「チッ、なんだよ。お前がほったらかしにしてるからだろ?俺じゃなくても他の男だって狙ってたぞ」
「だからと言って強引に女性の腕を掴もうとするとは失礼極まりない。だが忠告は受け取ろう。二度と彼女を離さないから心配するな」
そして芹奈の肩を抱いたまま歩き出す。
「あの、副社長。ありがとうございました。もう大丈夫ですから」
芹奈が離れようとすると、翔は更に強く芹奈を抱き寄せた。
「ごめん。ほんの少しとは言え、君を一人にするべきではなかった。それにやっぱり、きちんとしたレストランの方が良かったな」
「いえ、そんなことないです。私、フードコート大好きですから。トロトロ卵のオムライス、食べてもいいですか?あと、あそこのソフトクリームも食後に食べたいです」
翔は、ふっと優しく笑って芹奈に頷く。
「分かった。何でも好きなものを食べて」
「はい!」
先に村尾が座っているテーブルに芹奈を連れて行くと、翔は一人でオーダーしに行き、芹奈のオムライスと自分のハヤシライスをトレイに載せて戻って来た。
「はい、どうぞ。お水もね」
「ありがとうございます。今、お金払いますね」
「ご冗談を。そんなかっこ悪い男にはさせないでくれ。さ、食べよう」
「すみません、ではありがたくいただきます」
広い店内は窓からの陽射しも暖かく、遠くに海も見渡せる。
「気持ちいいですね。あ、テラス席もあるみたい」
「ほんとだ。じゃあ、食後のソフトクリームはテラスで食べようか」
「はい!」
嬉しそうな芹奈の笑顔に、翔も顔をほころばせた。
◇
楽しく食事を終え、テラスでソフトクリームを味わうと、次は豊洲に場所を移した。
「こっちはお台場よりも生活感が増しますね。マンションも多いし、スーパーマーケットもあってお買い物しやすそうです」
「そうだな。電車の利便性もいい」
ショッピングモールに入ると、やはりお台場とは違った雰囲気だ。
「観光客向けではなく、地元の人達が利用するようなお店が並んでますね。雑貨とか、洋服とかも」
「ああ。カップルだけでなくファミリーもターゲットにしているんだろうな」
「そうですね。広いからベビーカーも押しやすそうだし、外に広場もあっていいですね」
そんな話をしながら歩いているうちに、芹奈はふとイベントスペースを見つけて足を止めた。
「どうかしたか?」
「あ、はい。このスペースなんですけど……」
「うん、それが?」
翔と村尾も戻って来て三人で肩を並べる。
吹き抜けになったエスカレーター横のスペースに、客席やステージが設けられていた。
これから子ども達に人気のキャラクターのショーがあるらしく、たくさんの親子連れで賑わっている。
「こういったイベントスーペースってよく見かけますよね」
「そうだな。これだけ広いモールなら場所の確保も可能だし、集客も見込めるから、色んな企業がPRの場に活用していると思う」
「そうなんですけど、ちょっと変わった使い方をしてもいいかなと思いまして」
「例えば?」
「はい。誰でも気軽に参加出来るファッションショーはどうかな?って」
ファッションショー?と、翔と村尾の声が重なる。
「ええ。このモールは、お洋服やバッグや雑貨など、誰もが身近に手に取れるようなお店がたくさん入っています。それに小さなお子さまから中高生、パパやママも、みんなが欲しい物が買える。このモールで買ったお洋服を着てファッションショーに出られるとなったら、もっと楽しめるんじゃないかと思って」
翔は何かを考えながらじっと芹奈の話に耳を傾けていた。
「例えば時間を決めて、一日三回とか。ここで買ったものをどれか一つでも取り入れて、モデルとしてランウェイを歩くんです。見ている人が、あの服いいな!と思ったらすぐにそのお店に買いに行けますし、私もモデルをやりたい!って購買意欲が高まれば、お店の利益にも繋がります。話題性もあってここを訪れる人も増えると思いますし、今の流行の主な発信源はSNSですから、宣伝効果も期待出来ます」
うん、と翔が小さく頷く。
「それ、いいな。けどそのアイデア、他には教えてやんない。今度取り組む湾岸エリアプロジェクトの為にとっておこう」
そう言うとニヤリとほくそ笑む。
「それまで俺達だけの秘密な?」
「はい」
「よし。水面下で具体的なアイデアを練っておいてくれ」
「かしこまりました」
再び歩き始めるが、三人はファッションショーのことが頭から離れない。
「あの女の子なんて、買ってもらったばっかりのワンちゃんのリュック、嬉しそうに背負ってさ。もう今すぐステージに上がってポーズ取りそうだな」
「ふふっ、ほんとに。あそこの高校生の女の子達も、お揃いのアクセサリーと髪飾り選んで写真撮ってますしね」
「そこにいる家族連れ、親子でお揃いファッションじゃないか。いいなあ、幸せそうなステージになりそう」
休憩に入ったカフェでも、人間観察で盛り上がる三人だった。
◇
「今日このあと、二人さえよければ夕食をどこかでと思ってるけど、どう?」
しばらくして翔が切り出し、村尾は頷いた。
「はい、俺は大丈夫です。芹奈は?」
「私も大丈夫で……、あ!そう言えば井口くんと約束してたんだった」
「井口と?なんて?」
「戻って来たらお話があるので、少し時間くださいって。ほら私、社長秘書の代理を井口くんに頼んでるでしょ?その申し送りだと思うんだ」
芹奈、それって、と村尾が口を開いた時、翔のスマートフォンに電話がかかってきた。
「悪い」と断って翔は店の外へ行く。
その背中を見送ると、村尾は声を潜めて芹奈に話し出した。
「芹奈、ひょっとして井口から何か言われたか?」
「何かって、何を?」
「うん、その……。じゃあ質問を変える。少し前、俺に芹奈とつき合ってるのかって聞いてきたやつがいるって話しただろ?あれ、誰だか分かった?」
「あー、うん。井口くんなんだってね」
「ってことはやっぱりお前、井口に告白されたんだな?」
あっ!と芹奈は思い出した。
「そうだ、忘れてた!」
「は?忘れてた?」
「うん。その時菜緒ちゃんが来たから、途中で話が終わってて」
「告白されて返事はまだってことか。それなら今日井口が話したいことがあるっていうのも、間違いなくそれだな」
「それって?」
「告白の返事を聞かせてもらいたいんだろう」
え、どうしよう、と芹奈は思わずうつむいて考え込む。
「違うんじゃない?やっぱり仕事の申し送りだよ」
「もし違わなかったら?」
「うぐ……、どうしよう」
ますます芹奈は肩を落とした。
「どうしようって言われてもなあ。自分の気持ちを素直に伝えるしかないだろ?」
「そんな、なんて言えばいいの?」
「知るかよ。告白の返事に正解も不正解もないんだから、正直に話せば?」
「うーん……。とにかく今はなんか、困るな。そうだ!仕事が長引いて今日は帰社出来ないってことにすれば」
「だーめ。あの井口が勇気出して告白したんだぞ?きちんと答えてやれ。今夜の食事はお前抜きで行ってくる」
そんなあ、と芹奈が困り果てた時、「お待たせ」と翔が戻って来た。
「副社長、里見はどうしてもやり残した仕事があって、社に戻らなくてはいけないそうです。今夜の食事は私と二人でも構いませんか?」
「そうか、残念だが今回はそうしよう。じゃあ村尾。男二人だし、今夜は居酒屋で飲むか」
「はい、よろしくお願いします」
芹奈はもはや口を挟めず、しょんぼりと眉根を寄せていた。
◇
「で?あの井口ってどの井口くん?」
居酒屋に着き、ビールで乾杯した途端に切り出した翔に、村尾は思わずゴホッと咳き込んだ。
「ふ、副社長!?もしや、聞いて……」
「席に戻ったら聞こえてきたんだよ。あの井口が勇気出して告白したんだぞ?きちんと答えてやれってね。誰なんだ?あの井口くんとは」
「あー、その……。あの井口というのは、秘書室の井口です」
「うん。それで?」
「それで?えーっと、俺達より2つ年下です」
「うん。それから?」
「それから?えー、今、芹奈の代わりに社長秘書代理をしています」
「で?」
で、で?と、もはや村尾は言葉が続かない。
「えーっと、なんと申しましょうか。井口は、子犬みたいなキャラですかね?しっぽ振ってついて来そうな、可愛い弟分って感じです」
「その2つ年下で、可愛いしっぽフリフリの子犬みたいな井口くんが、里見さんに告白したと?その返事を今、まさにこの瞬間にも、里見さんは井口くんにしていると。つまりはそう言うことか?村尾」
「さ、左様で、ございます、副社長殿」
ダン!とビールジョッキをテーブルに置く翔に、村尾はビクッと身体を強張らせた。
「あ、あの、副社長?いかがなさいましたか?」
「村尾、俺、前にみなとみらいで話したよな?俺の知ってる欧米の女性はクールで淡々としてるが、里見さんは目をキラキラ輝かせて子どもみたいに感激してくれるって。俺はな、村尾。すっかりその日本女性の魅力に取りつかれたんだ」
「日本女性って……。副社長も日本人ですよね?」
「いや、違う」
「え?違うんですか?」
「日本女性だからではない!」
「あ、そっち」
「はっきり言おう。俺は里見さんに惚れている!」
ドドーン!と壮大な効果音が聞こえてきそうなほど、翔は胸を反らして断言する。
「そ、そうでしたか。それはそれは……」
「どうしてくれよう?村尾」
「え、どうにもこうにも……」
「今、まさに今!しっぽ振った子犬の井口くんが、里見さんの胸に飛び込んでいるのだとしたら?」
「あー、どうでしょうねえ?」
「お前はそれでも平気なのか!?」
「まあ、俺はそうですね……って、うぐっ、副社長!」
胸元を掴まれて、村尾は目を白黒させる。
「いけません。犯罪に手を染めては!秘書としてそんなことはさせられません!」
懸命に訴えると、ようやく翔は手を離した。
そしてグビグビとビールを煽る。
「どうしよう、今すぐ彼女を奪いに行きたい」
「ええー!?副社長、そんなに?いつの間にあいつのことをそこまで?」
「知らん。気づけば落ちているのが恋というものだろう?いや、湧き出でるこの気持ちは、もはや愛」
村尾は真顔に戻って身体を引き、キョロキョロと辺りを見回す。
誰かに聞かれるのが恥ずかしくて仕方なかった。
「村尾、教えてくれ。彼女はどうすれば俺に振り向いてくれるんだ?」
「ええ!?いやー、そんな。俺に聞かれても」
「彼女が言ってたんだ。アイラブユーとは言わない、シャイな人がいいって。けどダグラスが、好きな人に言われたら嬉しいに決まってるって言ったら、そうなのかな?って。どっちだ?アイラブユーって言ってもいいのか?だめなのか?」
「そ、それは。えーい!もう、言っちゃいましょう!」
「いいんだな?言っちゃうぞ?言ってもいいんだな?」
「いいともー!」
村尾はもはや、やけっぱちで叫ぶ。
やっかいなことになった、と心の中で頭を抱えながら……。
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――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。
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