距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい

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どうか素敵な恋愛を

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翌周の水曜日。
芹奈は出社して社長に挨拶すると、村尾と一緒に副社長室に向かった。

今日から1泊で、郊外のアウトレットを見て回ることになっている。

「えっと、埼玉と八王子を見てから一気に軽井沢よね?」

歩きながら芹奈は村尾にルートを確かめた。

「ああ。もし余裕がなければ軽井沢は泊まるだけにして、アウトレット視察は明日に回そう。帰りはそこから御殿場経由で横浜に行く」
「うん、分かった。村尾くん、私も免許証持って来てるから、運転代わるね」
「え、いいよ。女子に運転させるとか、なんか情けない」
「そんなことないよ、仕事だもん」

そんな話をしているうちに副社長室に着く。

「失礼いたします。副社長、我々は準備出来ました」
「分かった、俺も行ける」

そう言って立ち上がった翔はスーツではなく、Vネックのカットソーとブラックデニムというラフな装いだった。

「お待たせ。行こうか」
「はい」

三人でエントランスに下り、ロータリーに停めてあった車に乗り込む。

村尾がハンドルを握り、芹奈は後部座席のドアを開けて翔を促すと、自分は助手席に回った。

「ではまずは、埼玉に向かいます」
「うん、頼む」

高速道路を使いながら車を走らせる村尾に、芹奈は缶コーヒーを開けてドリンクホルダーに置いた。

「いつでも飲んでね」
「ん、サンキュー芹奈」
「副社長も、よろしければどうぞ」

後ろを振り返り、芹奈は翔にもコーヒーを差し出す。

「ありがとう、いただくよ」

にっこり笑う翔に芹奈も笑みを返し、また前を向いた。

「村尾くん、運転上手だよね。全然身体が振られないもん。乗っててすごく快適」
「そうか?大学の時につき合ってた彼女が、車酔いしやすくてさ。気を遣って運転する癖がついたんだ」
「そうなんだ!優しいね、村尾くん」
「結局フラれたけどな」
「そっか……って、待って。村尾くんから恋愛の話聞くの、初めてかも?」
「そうだっけ?まあ、社会人になってからはとんとご無沙汰だしな」

ふふ、お互いねと芹奈が笑った時、村尾はバックミラー越しにとてつもない圧を感じて身震いする。

言わずもがな、翔が鋭い視線を突き刺していた。

マズイ……と村尾は顔をしかめ、口をつぐむ。

だが芹奈は意に介さず再びしゃべりかけてきた。

「村尾くん、運転してるとかっこいいね」

んんっ!と後ろで翔が咳払いする。
村尾は慌てて芹奈に否定した。

「そ、それはアレだよ。マジックってやつ。ハンドル握ると誰でも何割か増しに見えるってだけだ」
「そうなのかな?でも私、タクシーの運転手さんには何も思わないよ?」
「ああ、まあ、うん、そうかも」
「でしょ?やっぱり村尾くんの運転してる姿がかっこいいんだよ。あ、チョコ食べる?」

芹奈はゴソゴソとバッグの中を探る。

「いや、大丈夫」
「村尾くんの好きなオレンジビターチョコだよ?いっつも私が食べてると横から奪うじゃない」
「そうだけど、今はほら、運転中だから」
「じゃあ、はい」

そう言って芹奈は無邪気に村尾の口元にチョコを差し出した。

「ええー!?いや、いいから」

と言った瞬間、芹奈は村尾の口の中にポイとチョコを食べさせた。

「おい、村尾」

背後から恐ろしい声がして、村尾は思わずゴクリとチョコを丸呑みしてしまう。

ゴホッ!とむせると、慌てて芹奈が缶コーヒーを差し出した。

「大丈夫?ほら、これ飲んで」
「あ、ああ、うん」

ゴクゴクと飲んでから大きく息をつき、村尾は表情を引き締める。

「芹奈、ちょっと運転に集中したいから、黙っててくれる?」
「えっ、あ、ごめんね。うるさかったね」
「いや、いいんだけど。あ、やっぱりよくないかも」
「分かった。黙ってるね、ごめんなさい」

シュンと小さく縮こまる芹奈に申し訳ないと思いつつ、村尾は背後からの翔の圧に怯えていた。

ようやく最初の目的地に着くと、村尾は芹奈に声をかける。

「芹奈、副社長のこと頼めるか?俺、このあとのルートマップ確認したくてさ。フードコートで待っててもいいか?」
「うん、分かった。じゃあ行ってくるね」
「ああ、頼む。副社長、申し訳ありません」

村尾は翔にも頭を下げた。

「いや、こちらこそ運転任せて悪いな。ゆっくり休憩しててくれ」
「はい、ありがとうございます」

肩を並べて歩いて行く二人を見送ると、村尾は、うーん…と伸びをする。

「はー、やれやれ。運転よりもはるかに疲れたわ。次は芹奈を後ろの席に座らせよう。うん、それがいい」

己に頷くと、コーヒーを買ってのんびりくつろぐことにした。



「村尾くん、私のおしゃべりで気疲れしてしまったのかもしれません。申し訳なかったな」

歩き始めた芹奈は、翔にボツリと呟く。

「交代して、次は私が運転しますね」
「いや、そんな。それなら俺が運転するよ」
「いいえ、だめです。副社長は社会的にも地位のある方ですよ?万が一事故にでも巻き込まれた時、ハンドルを握っていたのが副社長か私かでは大きな差があります。その為の秘書ですよ?」

そうだけど……と翔は視線を落とす。

「それより副社長。帰りにあのキッチンカーのホットサンド買って行きませんか?」

店頭のブラックボードの手描きメニューを見て、芹奈が足を止めた。

「ああ、いいね。そうしよう」
「はい!このバーベキュービーフのサンド、村尾くん好きそうだな」

そう言って微笑んでからまた歩き始めた芹奈に、翔は思い切って尋ねる。

「君と村尾とは、どういう関係なの?仲良さそうだけど、つき合ったりはしないの?」
「しないですね。村尾くんは私にとって、何でも話せる同期で、戦友で、ちょっとお兄ちゃんみたいに思う時もあります。ふふっ、言ったら怒られそうなので内緒ですよ?」

人差し指を立てて、にこっと笑いかけてくる芹奈に、翔は思わず頬を緩める。

「君は、恋愛には興味ないの?」
「んー、ないですね。私、器用ではないので、誰かと恋愛したら仕事が疎かになりそうで怖いんです」
「怖い?」
「はい。注意力に欠けてミスしちゃったり、デートの時間を気にして慌てて雑に済ませてしまったらどうしようって。何よりもまずは、仕事を大事にしないといけないですよね?」

翔はしばし考え込んでから口を開いた。

「人間だから誰でもミスはする。それをカバーし合う為に仲間がいるんだ。君にも秘書室のみんながいるだろう?それに俺は社員に、会社に尽くして欲しいとは考えてないんだ」
「え、そうなのですか?」
「うん。一生懸命仕事に打ち込んでくれたら嬉しい。だけど己を犠牲にしてまで尽くして欲しくはない。俺が望んでいるのは、社員の一人一人が神蔵不動産で働くことによって、自分の人生を豊かに実りあるものにしてくれることなんだ」

人生を豊かに、実りあるものに、と芹奈は言葉を噛みしめる。

「ああ。ここでの仕事を通して、何かに打ち込み、仲間と力を合わせてやり遂げる達成感を味わって欲しい。仕事を楽しめ、って言われたら、そんなの無理って思うかもしれないけど。与えられた仕事をこなすだけではなく、自分で考えて自主的に仕事をすれば楽しさも感じられると思うんだ。それに人間としても成長出来る」
「確かに、おっしゃる通りです」

芹奈は大きく頷いてみせた。

「それに考えてみて。新卒から定年まで働いたとすれば、人生の半分ほどを神蔵不動産で過ごすことになる。そう思うと俺は、社員の皆さんに感謝の気持ちで一杯になるよ。そして幸せな人生にして欲しいと願っている。だから君も」

そこまで言って翔は芹奈に笑いかける。

「どうか素敵な恋愛をして欲しい。毎日を生き生きと輝かせて、幸せな人生を歩んでね」

芹奈は翔と視線を合わせ、心にその言葉を刻んでから「はい!」と頷く。

輝くような笑顔を浮かべる芹奈に、翔も優しく笑って頷いた。



「お待たせ、村尾くん。チェック項目は全部見てきたよ。ショップガイドももらってきた」

フードコートで待っていた村尾と合流し、芹奈は資料を見せる。

車椅子やベビーカーの貸し出し、バリアフリーやAED、多目的トイレの有無、広場やベンチの数、そしてもちろんどんなショップが入っているかなども全て見て回っていた。

通路の歩きやすさや雨の場合も濡れずに済むか、など気づいた点も書き込んである。

「お、ありがとう。バッチリだな。じゃあ早速、次の場所に向かいますか」
「うん。それでね、村尾くん。次は私に運転させて」
「は?なんで?」
「だって村尾くん、疲れちゃっただろうから」
「いや、疲れてないよ。むしろ好きなんだ、運転」

そうなの?と芹奈はまだ戸惑い気味に尋ねた。

「ああ、だから大丈夫。あ、でもさ。芹奈今度は後ろに座ってくれないか?俺、助手席に誰もいない方が運転しやすくてさ」
「そうなのね。分かった、次からはそうするね。じゃあこのまま運転お願いしていい?」
「もちろん。じゃあ行こうか」

そして今度は、芹奈は翔と並んで後部座席に座った。
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