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ご令嬢
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「ねえ。沙穂さんって、生粋のお嬢様って感じよね?男の人と二人きりになったのなんて初めて!って感じがヒシヒシと伝わってくるもん」
ロビーラウンジの端の席に村尾と座り、芹奈は紅茶を飲みながら奥のテーブルに目をやる。
視線の先には、いかにもお見合い中、という雰囲気で、翔と沙穂が向かい合って座っていた。
見つからないように気をつけつつ、芹奈はチラチラと二人を盗み見る。
「今どき珍しいくらいにピュアな雰囲気だよね。男の人って、やっぱりああいうお嬢様が好き?」
「んー、人によるだろうな。か弱い彼女は俺が守ってやらなきゃ、みたいに思う男はいると思う」
「村尾くんは違うの?」
「俺?どストライク」
ええっ!?と芹奈は思わず声を上げた。
「しーっ。芹奈、気づかれるぞ」
「ごめん、だってびっくりして。そうなんだ、村尾くんって……」
そこまで言った時だった。
いきなり翔が立ち上がり、スタスタとこちらに向かって歩いて来る。
ヤバイ!と芹奈は慌てて顔を伏せた。
「里見さん」
「は、はいー?人違いじゃないかしら。ねえ、お父さん」
「バレてるから、変なお芝居やめて。沙穂さんの具合が良くないみたいなんだ」
えっ!と芹奈は顔を上げて翔を見る。
「沙穂さんが?」
「ああ。はっきり言わないけど、どうも様子がおかしい。見てやってくれる?」
「かしこまりました」
芹奈はすぐさま立ち上がって頷いた。
◇
「沙穂さん」
「あ、里見さん!」
芹奈をひと目見るなり安心したのか、沙穂は目を潤ませる。
「どうかしましたか?具合でも悪い?」
「あの、胸が苦しくて息が……。母が、着崩れしないようにって、帯をいつもよりきつく締めたので」
そう言って沙穂は苦しそうに肩で息をする。
恐らく極度の緊張も原因の1つだろう。
顔は青ざめ、手も小刻みに震えていた。
「落ち着いて、大丈夫だから」
芹奈は沙穂のそばにひざまずくと、すぐさまスマートフォンで村尾にメッセージ送る。
『客室の手配をお願い』
するとすぐに『了解』と返事が来た。
「沙穂さん、ゆっくりお部屋で休みましょう。歩ける?」
「はい、大丈夫です」
芹奈は沙穂の身体を支えて立たせると、沙穂の小さなバッグとテーブルの上の伝票を手にする。
ふと顔を上げると翔が伝票を指差し、テーブルに置いていけとジェスチャーで伝えてきた。
芹奈は頷いて伝票をテーブルに置き、沙穂に手を貸しながらラウンジを出る。
エレベーターホールの方へとゆっくり歩いていると、村尾が足早に近づいてきてカードキーを手渡した。
「ありがとう。あとで連絡するね」
「分かった」
芹奈はそのまま沙穂と客室に向かった。
◇
「沙穂さん、帯を緩めるわね」
部屋に入ると、芹奈はすぐに沙穂の帯を解く。
長襦袢のままで、ベッドに横になるよう促した。
「大丈夫?」
「はい、随分楽になりました」
ホッとしたように微笑む沙穂に安心して、芹奈は沙穂の振袖を丁寧にたたんだ。
「ありがとうございました、里見さん。私、もうどうしていいのか分からなくて……。神蔵さんには言いづらいし、そう思ったらどんどん苦しくなってきて」
「そうよね。初対面の、しかも男性には言いにくいわよね」
「はい。私、ずっと女子校だったので、男性と二人でお話したのは、今日が初めてなんです」
そうなのね、と優しく笑って、芹奈はベッドのすぐ横の椅子に腰掛けた。
「里見さんは、すごいですね」
「え?何が?」
「だってこんなに若くてお綺麗なのに、社長秘書をされてるんですもの」
「そんなにすごいことではないわよ?」
「いいえ、私にとってはとてもすごいことです。社会に出て働くだけでも、私には到底無理なので」
うつむいて小声になる沙穂に、芹奈は明るく声をかける。
「沙穂さんみたいに品があって清楚で美しい女性も、私には到底無理よ」
「いえ、まさかそんな」
「ううん、本当にそう。沙穂さんは立ち食いそば屋とか行ったことないでしょ?私、一人でも平気で行けるもん」
「えっ、立って食べるんですか?おそばを?」
「そう。立って食べるの」
「そんなお店、あるんですね」
感心したような沙穂の口調に、芹奈は思わず笑い出す。
「あるのよー、それが。今度行ったら、沙穂さんに写真送るわね」
「はい、見てみたいです」
「ふふっ、そんなに期待されるなんてね。沙穂さん、気分はもう落ち着いた?紅茶飲めそう?」
「はい」
芹奈は「ちょっと待っててね」と立ち上がり、紅茶を淹れながら村尾にメッセージを送る。
『沙穂さん、着物が苦しくなったみたいだけど、ベッドに横になって今は落ち着いてます。もう少ししたら動けると思う。着替えのワンピースをブティックに頼んで届けてくれる?』
『分かった』という返信を読むとポケットにスマートフォンをしまい、紅茶を淹れてベッドに戻った。
◇
「どうぞ、ミルクティーね。起き上がれる?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
半身を起こす沙穂を手伝い、二人で紅茶を飲む。
「あの、里見さん」
「なあに?」
「私、お見合いなんて初めてなんです。どうしたらいいでしょう?」
え、それは、と芹奈は言葉に詰まる。
「私からは何も……。沙穂さんの気持ち次第じゃないかしら?」
「そうですよね。すみません、変なことを聞いてしまって……。私、お仕事も出来ないし、このまま父の勧める縁談を受け入れるしかないと思っています。だけどこんな私と一緒になるなんて、お相手の方に申し訳なくて」
今日初めて会ってから、沙穂はずっと自信なさげにうつむいている。
そう思い、芹奈は言葉を選んだ。
「沙穂さんが、この人と結婚したいと思ったらそう伝えればいいと思う。でも相手に気を遣ったり、自分の気持ちに嘘をつく必要はないんじゃないかな?お父上だって、沙穂さんの幸せを何より願っていらっしゃると思うの。沙穂さんが自分で幸せになれる道を選んだらいいのよ」
「私が、選ぶ?」
「そうよ。それに、自分はお仕事も出来ないなんて決めつけないで。やりたいと思ったらやってみたら?」
「でも私なんかが働いたら、失敗ばかりで何の役にも立たないと思います。周りの方にご迷惑になるだけです」
芹奈は、うーん、としばし宙に目をやる。
「沙穂さんから見たら私はちゃんと働いてるように見えるかもしれないけど、私だって日々失敗だらけなのよ?」
「そうなんですか?」
「もちろん。特に新人の頃なんて、先輩に何度教わっても覚えられなくてご迷惑ばかりかけてた。そんな私も入社6年目になって、今は新入社員の後輩にこう言ってるの。最初は会社に来るだけでえらいわよって。まず1つ目の目標は、社内で迷子にならないことって」
すると沙穂は、キョトンとしてから笑い出す。
「迷子にならないこと、ですか?」
「そう。だって私、新人の頃に社内で迷子になって、社食から秘書室に帰れなくなったんだもん」
「えー、すごいですね。ふふふ」
「すごいでしょ?」
だからね、と芹奈は沙穂に笑いかける。
「最初は何も出来なくて当たり前。完璧なんて目指さなくていいの。人に迷惑だって、かけてもいいの。その分、いつか誰かに優しく出来たら。そうやって支え合う職場が必ず見つかるから。小さな1歩から始めればいい。だめだって思ったら、また別の道を探せばいいの。大丈夫。沙穂さんなら、適当に肩の力抜いてちょうどいいくらいよ」
「ええ?本当に?」
「うん。だって今も私の話を真剣に聞いてくれてるもの。自信持って。沙穂さんは今のままで充分魅力的だから」
「まさかそんな……。私なんて何の取り柄もないのに」
「ううん、素敵だなって思ってる男性はいるよ。私、根拠があって言ってるから。ふふっ」
その時、ピンポンとチャイムが鳴り、はーい!と芹奈は立ち上がる。
ドアを開けると、ホテルのスタッフがにこやかに紙袋を差し出した。
「お待たせいたしました。ワンピースを3着見繕ってまいりました。もしお気に召さないようでしたら、追加でお持ちしますので」
「ありがとうございます」
受け取ると、芹奈は沙穂のいるベッドにワンピースを並べる。
「沙穂さん、好きなものを選んでね」
「ええ!?私の為に用意してくださったのですか?すみません、ご迷惑をおかけして」
「だから、迷惑なんかじゃないの!ほら、どれがいい?沙穂さんが選んで」
「えっと、じゃあ……。この薄いピンク色のにします」
「うん!沙穂さんに似合うと思う」
そう言って芹奈は沙穂に優しく笑いかけた。
◇
「副社長、お待たせしました」
ワンピースに着替えた沙穂を連れて、芹奈はロビーで待っていた翔と村尾のところへ行く。
「沙穂さん、具合はいかがですか?」
「もう大丈夫です。神蔵さん、大変ご迷惑をおかけいたしました」
「いいえ。それではご自宅までお送りいたします」
「はい。ありがとうございます」
村尾が車を回してくると、芹奈はドアを開けて沙穂と翔を後部座席に促し、自分は助手席に座った。
走り出した車内で、沙穂は改めて翔に頭を下げる。
「神蔵さん、本日は色々とありがとうございました。満足にお話相手にもならず、申し訳ありません」
「いいえ、どうぞお気になさらず」
「ありがとうございます。それで、帰ったら父に聞かれると思います。どうだったのか?と。私、正直に自分の気持ちを話してもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
「では、父にはこう伝えます。神蔵さんはとても素敵で優しく、私とは別世界の方ですと。今の私は、およそ誰かとおつき合いするに値しない。これからは自分の足できちんと人生を歩いていきたいです。そしていつか、自分に自信が持てるようになって、誰かを好きになることがあったら……。その時に初めて恋をしてみたいと思います」
芹奈も村尾も、じっと前を向いたまま口をつぐむ。
やがて翔が、ふっと優しく微笑む気配がした。
「分かりました。あなたの歩む道を、私も陰ながら応援いたします」
「はい!ありがとうございます」
明るい沙穂の声がして、芹奈も思わず頬を緩める。
しばらくして豪邸のような沙穂の自宅に着くと、芹奈は後ろのドアを開けて沙穂に手を貸した。
「里見さん、本当にありがとうございました!私、今日里見さんとお知り合いになれたことが何より嬉しいです」
「ふふっ、私もです。沙穂さん、またお会いしましょうね」
「はい、必ず!」
二人は笑顔で頷き合った。
「なーんか彼女、芹奈とお見合いしたみたいだな。で、相思相愛になったって感じ」
会社に向かいながら、ハンドルを握る村尾が芹奈に呟く。
「えへへー、羨ましいでしょ?かーわいいんだよー?沙穂さんのにこって笑顔。もう胸キュン!」
「はいー?マジでおつき合い始めるのか?二人とも」
「うん。連絡先も交換したもんね」
「なんだよー、マジかよー」
あはは!と明るく笑う芹奈を、後部座席から翔が優しく見守る。
(沙穂さんも、俺なんかより里見さんの方が良かったんだろうな。そりゃそうだ。里見さんはこんなにも素敵な女性なんだから。それにしても、俺ってフラれてばっかりだな)
ガックリと肩を落とすが、楽しそうな芹奈の姿に、翔はまた顔をほころばせた。
ロビーラウンジの端の席に村尾と座り、芹奈は紅茶を飲みながら奥のテーブルに目をやる。
視線の先には、いかにもお見合い中、という雰囲気で、翔と沙穂が向かい合って座っていた。
見つからないように気をつけつつ、芹奈はチラチラと二人を盗み見る。
「今どき珍しいくらいにピュアな雰囲気だよね。男の人って、やっぱりああいうお嬢様が好き?」
「んー、人によるだろうな。か弱い彼女は俺が守ってやらなきゃ、みたいに思う男はいると思う」
「村尾くんは違うの?」
「俺?どストライク」
ええっ!?と芹奈は思わず声を上げた。
「しーっ。芹奈、気づかれるぞ」
「ごめん、だってびっくりして。そうなんだ、村尾くんって……」
そこまで言った時だった。
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ヤバイ!と芹奈は慌てて顔を伏せた。
「里見さん」
「は、はいー?人違いじゃないかしら。ねえ、お父さん」
「バレてるから、変なお芝居やめて。沙穂さんの具合が良くないみたいなんだ」
えっ!と芹奈は顔を上げて翔を見る。
「沙穂さんが?」
「ああ。はっきり言わないけど、どうも様子がおかしい。見てやってくれる?」
「かしこまりました」
芹奈はすぐさま立ち上がって頷いた。
◇
「沙穂さん」
「あ、里見さん!」
芹奈をひと目見るなり安心したのか、沙穂は目を潤ませる。
「どうかしましたか?具合でも悪い?」
「あの、胸が苦しくて息が……。母が、着崩れしないようにって、帯をいつもよりきつく締めたので」
そう言って沙穂は苦しそうに肩で息をする。
恐らく極度の緊張も原因の1つだろう。
顔は青ざめ、手も小刻みに震えていた。
「落ち着いて、大丈夫だから」
芹奈は沙穂のそばにひざまずくと、すぐさまスマートフォンで村尾にメッセージ送る。
『客室の手配をお願い』
するとすぐに『了解』と返事が来た。
「沙穂さん、ゆっくりお部屋で休みましょう。歩ける?」
「はい、大丈夫です」
芹奈は沙穂の身体を支えて立たせると、沙穂の小さなバッグとテーブルの上の伝票を手にする。
ふと顔を上げると翔が伝票を指差し、テーブルに置いていけとジェスチャーで伝えてきた。
芹奈は頷いて伝票をテーブルに置き、沙穂に手を貸しながらラウンジを出る。
エレベーターホールの方へとゆっくり歩いていると、村尾が足早に近づいてきてカードキーを手渡した。
「ありがとう。あとで連絡するね」
「分かった」
芹奈はそのまま沙穂と客室に向かった。
◇
「沙穂さん、帯を緩めるわね」
部屋に入ると、芹奈はすぐに沙穂の帯を解く。
長襦袢のままで、ベッドに横になるよう促した。
「大丈夫?」
「はい、随分楽になりました」
ホッとしたように微笑む沙穂に安心して、芹奈は沙穂の振袖を丁寧にたたんだ。
「ありがとうございました、里見さん。私、もうどうしていいのか分からなくて……。神蔵さんには言いづらいし、そう思ったらどんどん苦しくなってきて」
「そうよね。初対面の、しかも男性には言いにくいわよね」
「はい。私、ずっと女子校だったので、男性と二人でお話したのは、今日が初めてなんです」
そうなのね、と優しく笑って、芹奈はベッドのすぐ横の椅子に腰掛けた。
「里見さんは、すごいですね」
「え?何が?」
「だってこんなに若くてお綺麗なのに、社長秘書をされてるんですもの」
「そんなにすごいことではないわよ?」
「いいえ、私にとってはとてもすごいことです。社会に出て働くだけでも、私には到底無理なので」
うつむいて小声になる沙穂に、芹奈は明るく声をかける。
「沙穂さんみたいに品があって清楚で美しい女性も、私には到底無理よ」
「いえ、まさかそんな」
「ううん、本当にそう。沙穂さんは立ち食いそば屋とか行ったことないでしょ?私、一人でも平気で行けるもん」
「えっ、立って食べるんですか?おそばを?」
「そう。立って食べるの」
「そんなお店、あるんですね」
感心したような沙穂の口調に、芹奈は思わず笑い出す。
「あるのよー、それが。今度行ったら、沙穂さんに写真送るわね」
「はい、見てみたいです」
「ふふっ、そんなに期待されるなんてね。沙穂さん、気分はもう落ち着いた?紅茶飲めそう?」
「はい」
芹奈は「ちょっと待っててね」と立ち上がり、紅茶を淹れながら村尾にメッセージを送る。
『沙穂さん、着物が苦しくなったみたいだけど、ベッドに横になって今は落ち着いてます。もう少ししたら動けると思う。着替えのワンピースをブティックに頼んで届けてくれる?』
『分かった』という返信を読むとポケットにスマートフォンをしまい、紅茶を淹れてベッドに戻った。
◇
「どうぞ、ミルクティーね。起き上がれる?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
半身を起こす沙穂を手伝い、二人で紅茶を飲む。
「あの、里見さん」
「なあに?」
「私、お見合いなんて初めてなんです。どうしたらいいでしょう?」
え、それは、と芹奈は言葉に詰まる。
「私からは何も……。沙穂さんの気持ち次第じゃないかしら?」
「そうですよね。すみません、変なことを聞いてしまって……。私、お仕事も出来ないし、このまま父の勧める縁談を受け入れるしかないと思っています。だけどこんな私と一緒になるなんて、お相手の方に申し訳なくて」
今日初めて会ってから、沙穂はずっと自信なさげにうつむいている。
そう思い、芹奈は言葉を選んだ。
「沙穂さんが、この人と結婚したいと思ったらそう伝えればいいと思う。でも相手に気を遣ったり、自分の気持ちに嘘をつく必要はないんじゃないかな?お父上だって、沙穂さんの幸せを何より願っていらっしゃると思うの。沙穂さんが自分で幸せになれる道を選んだらいいのよ」
「私が、選ぶ?」
「そうよ。それに、自分はお仕事も出来ないなんて決めつけないで。やりたいと思ったらやってみたら?」
「でも私なんかが働いたら、失敗ばかりで何の役にも立たないと思います。周りの方にご迷惑になるだけです」
芹奈は、うーん、としばし宙に目をやる。
「沙穂さんから見たら私はちゃんと働いてるように見えるかもしれないけど、私だって日々失敗だらけなのよ?」
「そうなんですか?」
「もちろん。特に新人の頃なんて、先輩に何度教わっても覚えられなくてご迷惑ばかりかけてた。そんな私も入社6年目になって、今は新入社員の後輩にこう言ってるの。最初は会社に来るだけでえらいわよって。まず1つ目の目標は、社内で迷子にならないことって」
すると沙穂は、キョトンとしてから笑い出す。
「迷子にならないこと、ですか?」
「そう。だって私、新人の頃に社内で迷子になって、社食から秘書室に帰れなくなったんだもん」
「えー、すごいですね。ふふふ」
「すごいでしょ?」
だからね、と芹奈は沙穂に笑いかける。
「最初は何も出来なくて当たり前。完璧なんて目指さなくていいの。人に迷惑だって、かけてもいいの。その分、いつか誰かに優しく出来たら。そうやって支え合う職場が必ず見つかるから。小さな1歩から始めればいい。だめだって思ったら、また別の道を探せばいいの。大丈夫。沙穂さんなら、適当に肩の力抜いてちょうどいいくらいよ」
「ええ?本当に?」
「うん。だって今も私の話を真剣に聞いてくれてるもの。自信持って。沙穂さんは今のままで充分魅力的だから」
「まさかそんな……。私なんて何の取り柄もないのに」
「ううん、素敵だなって思ってる男性はいるよ。私、根拠があって言ってるから。ふふっ」
その時、ピンポンとチャイムが鳴り、はーい!と芹奈は立ち上がる。
ドアを開けると、ホテルのスタッフがにこやかに紙袋を差し出した。
「お待たせいたしました。ワンピースを3着見繕ってまいりました。もしお気に召さないようでしたら、追加でお持ちしますので」
「ありがとうございます」
受け取ると、芹奈は沙穂のいるベッドにワンピースを並べる。
「沙穂さん、好きなものを選んでね」
「ええ!?私の為に用意してくださったのですか?すみません、ご迷惑をおかけして」
「だから、迷惑なんかじゃないの!ほら、どれがいい?沙穂さんが選んで」
「えっと、じゃあ……。この薄いピンク色のにします」
「うん!沙穂さんに似合うと思う」
そう言って芹奈は沙穂に優しく笑いかけた。
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「副社長、お待たせしました」
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「沙穂さん、具合はいかがですか?」
「もう大丈夫です。神蔵さん、大変ご迷惑をおかけいたしました」
「いいえ。それではご自宅までお送りいたします」
「はい。ありがとうございます」
村尾が車を回してくると、芹奈はドアを開けて沙穂と翔を後部座席に促し、自分は助手席に座った。
走り出した車内で、沙穂は改めて翔に頭を下げる。
「神蔵さん、本日は色々とありがとうございました。満足にお話相手にもならず、申し訳ありません」
「いいえ、どうぞお気になさらず」
「ありがとうございます。それで、帰ったら父に聞かれると思います。どうだったのか?と。私、正直に自分の気持ちを話してもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
「では、父にはこう伝えます。神蔵さんはとても素敵で優しく、私とは別世界の方ですと。今の私は、およそ誰かとおつき合いするに値しない。これからは自分の足できちんと人生を歩いていきたいです。そしていつか、自分に自信が持てるようになって、誰かを好きになることがあったら……。その時に初めて恋をしてみたいと思います」
芹奈も村尾も、じっと前を向いたまま口をつぐむ。
やがて翔が、ふっと優しく微笑む気配がした。
「分かりました。あなたの歩む道を、私も陰ながら応援いたします」
「はい!ありがとうございます」
明るい沙穂の声がして、芹奈も思わず頬を緩める。
しばらくして豪邸のような沙穂の自宅に着くと、芹奈は後ろのドアを開けて沙穂に手を貸した。
「里見さん、本当にありがとうございました!私、今日里見さんとお知り合いになれたことが何より嬉しいです」
「ふふっ、私もです。沙穂さん、またお会いしましょうね」
「はい、必ず!」
二人は笑顔で頷き合った。
「なーんか彼女、芹奈とお見合いしたみたいだな。で、相思相愛になったって感じ」
会社に向かいながら、ハンドルを握る村尾が芹奈に呟く。
「えへへー、羨ましいでしょ?かーわいいんだよー?沙穂さんのにこって笑顔。もう胸キュン!」
「はいー?マジでおつき合い始めるのか?二人とも」
「うん。連絡先も交換したもんね」
「なんだよー、マジかよー」
あはは!と明るく笑う芹奈を、後部座席から翔が優しく見守る。
(沙穂さんも、俺なんかより里見さんの方が良かったんだろうな。そりゃそうだ。里見さんはこんなにも素敵な女性なんだから。それにしても、俺ってフラれてばっかりだな)
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