距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい

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距離感ゼロ!

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「改めまして、新年明けましておめでとうございます」

翌日の仕事始め。
まずはオンラインで社長の挨拶があった。

「昨年は社員一丸となり、大きな成長を遂げた一年でした。今年はいよいよ湾岸エリアプロジェクトも大詰めとなります。より一層、皆で力を合わせ、飛躍の年といたしましょう。本年もよろしくお願いいたします」

よろしくお願いいたします、と社員も口々に挨拶する。

「えー、ではまずこのご報告から。副社長、神蔵 翔と秘書室の里見 芹奈さんが婚姻届を提出いたしました。今後里見さんは旧姓のまま仕事を続けられるとのことです」

……は?と皆は一斉にポカンとする。
当の本人の芹奈も、同じようにポカンとしていた。

「え、なに?新年のジョークか何か?」
「分かんないけど、笑った方がいいの?ここ笑うところ?」
「よく見ると社長、ちょっとニヤッとされてるもんね」
「なーんだ。一瞬真に受けちゃった」

皆が、あはは!と笑う中、芹奈だけは冷や汗をかいていた。
オンラインでの挨拶が終了すると、それぞれ業務を始めた。
仕事始めとあってやることが多く、皆の声も飛び交っている。

「芹奈ー、この資料手直しお願い」
「かしこまりました。菜緒ちゃん、スケジュール表の作成、終わりそう?」
「はーい、今日中には終わります。井口さん、あとで確認お願いします」
「了解。里見さん、報告書をフォルダに入れておきました」
「ありがとう。あとで見ておくね」

テンポ良く会話しながら、皆で作業を進める。

「菜緒ちゃん、このあとのミーティングの準備なんだけど……」
「芹奈」
「はい、って、ん?」

菜緒に顔を向けたまま、芹奈は首をひねった。
気がつくと、菜緒をはじめ秘書室の全員が手を止め、ドアの方に目が釘付けになっている。
そこには、パリッとスーツを着こなし、大人の余裕を漂わせた、モデルのような立ち姿の翔がいた。

「今日、村尾の車で一緒に帰ろう。仕事終わったら副社長室に来てくれ。じゃあ」

軽く手を挙げて颯爽と去って行った翔の後ろ姿が見えなくなると、部屋中に悲鳴が上がった。

「きゃー!かっこいい、なにあれ?」
「爽やかー!」
「去り際も綺麗よね。絵になるわあ」

って、そうじゃなくて!と、皆は一気に芹奈に詰め寄った。

「どういうことなの?社長のジョークじゃなかったの?」
「あー!芹奈、よく見たらすごい指輪してる!さり気なく隠してたわね?」
「いつの間に?何がどうなってそうなったの?」
「話してくれるまで、仕事にならない!」

芹奈は皆の勢いにタジタジになる。

「えっと、あの。特にこれといってお話するようなことはないのですが」
「どこがよ!?副社長と結婚よ?ドラマチックに決まってるでしょ」
「いやー、本当にそんな大げさな話ではなくて」
「じゃあ話してみてよ」
「う、それは……。あ!私、社長室に行かないと!失礼します」

あー、逃げた!という声を聞きながら、芹奈はそそくさと部屋を出た。



「いやーもう。未だに信じられない。せめて俺には話しておいてくださいよ」

仕事終わりにマンションまで車を走らせながら、村尾はバックミラー越しに翔と芹奈をジロリと見る。

「ごめんね、村尾くん。あの、本当に急展開で、報告する暇もなくて……」

芹奈が詫びると、翔は窓の外を見ながらしれっと言う。

「全然急展開なんかじゃない。やっと想いが通じたんだ。俺は待ちに待ってたんだからな」

そう言ってさり気なく芹奈と繋いでいた手に、ギュッと力を込めた。

(う……、拗ねちゃったのかな?)

芹奈がチラリと横目で見ると、振り返った翔がにっこり笑う。

「芹奈。プロジェクトは村尾に任せれば安心だから、早く結婚式の準備しようか」

はいー!?と運転席から村尾が声を張った。

「副社長!ご冗談が過ぎますよ」
「冗談なもんか。村尾は知ってるよな?俺がどんなに芹奈のことを好きだったか」
「それは、まあ」
「なら、祝福してくれるよな?俺の想いがやっと結ばれたんだぞ?誰よりも村尾が喜んでくれるだろうなーって俺も……」
「分かりましたよ!やればいいんでしょ?やりますよ!プロジェクトも結婚式も、俺がドーンと取り仕切ってみせますよ!」
「おお、さすがは俺の片腕。頼りになるねえ」

満足そうに笑う翔の手を、芹奈はつんつんと引っ張る。

「ん?どうした?芹奈」
「本当にそんなことさせたらだめですからね?村尾くん、大変になっちゃう」
「分かってるよ。優しいな、芹奈は。でもちょっと妬ける」

そう言うと翔は素早くチュッと芹奈の頬にキスをした。
ひえ!と芹奈が身を固くしていると、すかさず村尾がミラー越しに声をかけてくる。

「あー!車内いちゃつき禁止!降ろしますよ?」
「目ざといな、さすがは村尾」
「今度はさり気なく芹奈の肩抱いてるじゃないですか!」
「危ないから前見て運転しろよ」
「気を散らせてるのは副社長ですよね?」

翔に肩を抱かれたまま、芹奈は身を縮こめる。

ようやくマンションに着くと、村尾に礼を言ってから二人で車を降りた。
エレベーターで部屋に向かう間も、翔は芹奈を抱き寄せて離さない。

(ほんとにこの人は、いつだって近いんだから。距離感ゼロ!)

でも、と芹奈は心の中で考える。

(告白を断っても、諦めずにずっと私に想いを寄せて、捕まえてくれた。恋愛に消極的だった私にグッと近づいて、心を解きほぐしてくれた。私にとっては、必要な距離感だったのかな?)

思わずふふっと微笑むと、翔が耳元でささやいた。

「なに?幸せそうに笑っちゃって。そんなに可愛いとキスするよ?」

そしてチュッと芹奈の唇にキスを落とす。

「ちょっ、ここエレベーターの中ですよ?」
「誰もいないよ」
「カメラついてます」
「大丈夫、俺はそんなの気にしないから」
「私は気にします!」

まったくもう、とため息をついてから、芹奈は思い切って素直な気持ちを伝えた。

「いつも私のそばにいてくれてありがとう。これからも、ずっとそばにいてね」

そう言うと背伸びをして、今度は芹奈から翔の頬にチュッとキスをする。
翔は驚いたように芹奈を見つめと、参ったとばかりに苦笑いした。
そして更に強く芹奈を胸に抱きしめる。

「覚悟しろよ?芹奈。片時も離さないから」
「うん!」

微笑みながら見つめ合った二人は、どちらからともなく顔を寄せて、チュッと口づける。

ポンとエレベーターの扉が開くと、翔はグッと芹奈の肩を抱き寄せて歩き出した。
芹奈もピタリと翔に寄り添う。

そう、この先もずっと、二人はいつも距離感ゼロ。

(完)
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