距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい

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夢の中で結ばれて

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食後のコーヒーをソファに並んで飲んでいると、芹奈はだんだんまぶたが重くなってくる。

「もう休んだら?今日は疲れただろうし」
「はい。ではお先に失礼します」
「うん、おやすみ」

芹奈は寝る支度をすると、寝室のベッドに入る。
横になった途端、スーッと気持ち良く寝入った。

和室に残された翔は、時計を見上げてソワソワする。

(30分くらい経ったら声かけてみようかな。いや待て。それだとノンレム睡眠か?1時間くらい経った方がレム睡眠に入りやすいんだっけ?)

不純な動機だが、真剣に考え込む。
結果、1時間経ったところでそっと寝室に向かった。

2台あるうちの片方のベッドで、芹奈はスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
翔は迷うことなく芹奈の隣に横になった。

(怒られるかな?もし怒られたら、隣のベッドに移動しよう)

そう思いつつ、そっと芹奈を抱き寄せると、ん……と甘い吐息をもらして芹奈が翔に抱きついた。

「芹奈……」

翔の胸に、一気に切なさが込み上げてくる。
髪をサラリとすくい、そっと口づけると、さらに強く芹奈の頭を胸に抱きしめた。

「芹奈、君のことが大好きだ」

うん……と小さく芹奈が呟く。

「芹奈、ずっとそばにいて欲しい。いつまでも君を大切にするから」

すると芹奈は、幸せそうに微笑んだ。
その可愛らしさに、たまらず翔は芹奈をギュッと抱きしめて耳元でささやく。

「芹奈、好きだ。心の底から君が愛おしい。俺のことを、君も好きでいてくれる?」
「……うん、大好き」

芹奈の小さな呟きに、翔の全身を甘いしびれが駆け抜けた。

「芹奈……。もうこれ以上は抑えきれない」

翔は右手で芹奈の前髪をサラリとよけると、おでこにチュッと口づける。

芹奈はかすかにピクンと身体をこわばらせ、その反応に翔の身体は更に熱くなった。

目元に、耳元に、そして頬に。
翔は何度も芹奈に口づけを繰り返す。

やがて芹奈の頬に右手を添えると、優しくささやいた。

「芹奈、キスしていい?」

芹奈は何も答えない。
だがほんの少し上を向いて身体の力を抜くと、甘えるように翔に身を任せた。

翔の頭の中は真っ白になる。
可愛らしい芹奈の表情に目を細め、そのままゆっくりと唇にキスをした。

じんわりと胸一杯に広がる幸せ。
身体中に込み上げる愛しさ。

気持ちを注ぎ込むように長く口づけてから、そっと身体を離した。

次の瞬間。
ゆっくりと目を開けた芹奈が、驚いたように翔を見つめる。
その瞳がみるみるうちに潤んで、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。

「芹奈……」
傷つけてしまった。
そう思い、翔は一気に青ざめる。

「芹奈、ごめん。俺……」
「夢じゃ、なかったの?」
「え?」
「夢だと思った。温かくて優しくて……。抱きしめられて、とっても幸せで」
「芹奈……」
「キス……、してくれたの?嬉しかった」

目に涙を溜めながら声を震わせる芹奈を、たまらず翔は胸にかき抱いた。

「芹奈、君のことが好きなんだ。誰よりも愛おしい」
「……私もです。あなたのことが大好き」

翔は嬉しそうに微笑んで芹奈の瞳を覗き込む。

「やっと言ってくれた。ずっとその言葉を待ってたんだ」
「私も、ずっとあなたに言いたかったの」
「芹奈……」

切なさを堪えるようにキュッと眉根を寄せると、翔は大きな手のひらで芹奈の左頬を包み込んだ。
親指でそっと芹奈の唇をなぞり、そのまま熱く口づける。
チュッと音を立てながら、何度も何度もキスを繰り返した。
だんだん深く、もっと甘く……。

「芹奈、心から君を愛してる」
「……夢じゃない?」
「ああ、夢じゃないよ」
「良かった……」

嬉しそうに微笑む芹奈を、翔も優しく見つめる。
そしてまた身体を抱き寄せ、ひと晩中互いの温もりを確かめながら、愛を注ぎ合っていた。



「おはよう、芹奈。一緒にお風呂入ろうか」

目が覚めた途端、耳元でささやかれ、芹奈はハッとする。
にこにこと笑いかけてくる翔は、どうやら本気で言っているらしく、芹奈は眠気も吹き飛んでズザッと飛びすさった。
ベッドから降りてマットレスの縁を掴んでいると、翔は楽しそうに笑い出す。

「ははは!また会えたな、ミーアキャットちゃん」

そう言って腕を伸ばし、芹奈を抱き寄せようとする。
芹奈は慌てて後ずさった。

「こら、逃げないの。捕まえた!」

ガバッと翔は芹奈に覆いかぶさり、そのままベッドに組み敷いて見下ろす。

「あの、あの……」
「ん?どうしたの?」
「お風呂は、どうぞお一人で」
「いやだ。芹奈と入りたい」

無理!と芹奈は必死で首を振る。

「そんなに恥ずかしがらなくても。そのうち平気で一緒に入るようになるよ?」
「ならないの!私はいつまでも恥ずかしいの」
「んー。まあ、そういうところも可愛いから、いいか」

諦めてくれた、と芹奈はホッとする。
だがそうではなかった。

「じゃあ芹奈が先に入って、あとから俺が入るから。それならいいだろ?」
「よ、よくない!全然よくないです!」
「でも部屋から覗かれてないかって気にしながら入るより、安心じゃない?」
「言ってることがおかしいですって!覗かなきゃいいでしょ?」
「ほら、つべこべ言ってないで。バスタオル身体に巻いてもいいからさ。早くしないと、朝食運ばれてきちゃうぞ。それともこのままベッドで俺に食べられたい?」

至近距離で見つめられ、芹奈は顔を真っ赤にしながら急いで翔の腕から逃れる。
タオルを持って仕方なくウッドデッキに出た。
覗かれていないかと、じっとカーテンの動きをチェックしながら髪と身体を洗い、髪をアップにしてからバスタオルを身体に巻いて湯船に浸かる。

「芹奈ー、もういいー?」
「はい。どうぞ」

芹奈はバスタオルをギュッと胸元で押さえながら、ドアに背を向けた。

(いや、なぜ湯船に入ったタイミングで声をかけてくる?もしかして、覗いてた?)

ドキドキしていると、カチャッとドアの開く音がして、翔が近づいて来る気配がする。
ザバッと掛け湯をするとすぐさま湯船に入り、スーッと芹奈の元までやって来た。

「芹奈」

後ろから抱きすくめられ、芹奈はタコのように真っ赤になる。
翔は芹奈のウエストに両腕を回し、グッと自分の腰に抱き寄せた。
翔のたくましく男らしい身体を直に感じ、芹奈の心拍数は一気に上がる。

「色っぽいね、うなじ」

そう言って翔はチュッと何度も芹奈の首筋にキスをする。

「あの、後ろから声かけないで」
「ん?どうして」
「なんか、ゾクッてしちゃって……」
「ふふ、そうなんだ。じゃあ、前向いて?」

芹奈は翔を振り返る。
向きを変えた芹奈の身体をまたしても翔が抱き寄せると、芹奈の豊かな胸の谷間に翔は釘付けになった。

「ちょっと、これは……。我慢しろって言われても無理」

え?と翔の視線の先を追った芹奈が、自分の胸元に目を落とし、ひゃー!と慌てて腕で隠す。

「もうやだ!だめ!先に出る」
「いいけど。その格好で出たら、俺に色々見られちゃうよ?」
「やだやだ!もう、見ないで!」

涙目になる芹奈に、翔はようやく優しく笑った。

「いじわるしてごめん。先に俺が出るよ。芹奈はもう少し温まってからおいで」
「うん」
「じゃあ、キスだけ許して?」

そう言って芹奈の顎をクイッと上向かせると、唇ごと食べてしまいそうなほど熱くキスをする。
芹奈の身体から力が抜け、トロンと目が潤んだ。

最後にチュッと唇をついばんでから身体を離すと、翔は芹奈のとろけきった表情を見てクスッと笑う。

「のぼせないようにね、芹奈」

ポンと頭に手を置いてから、翔はザバッとお湯から上がった。



真っ赤な顔で部屋に戻った芹奈は、ドライヤーで髪を乾かし、服に着替えてメイクも整えた。

「あれ?もう浴衣着ないの?似合ってたのに」

翔が残念そうに言うが、これ以上何かされては身がもたないと、芹奈は澄ました顔で朝食を食べていた。

宿をチェックアウトすると、気の向くままにドライブを楽しむ。

湖や神社、滝や竹林などを見て回り、最後に海が見渡せる岬に立ち寄った。

夕暮れに染まる空と海を見ながら、言葉もなくその美しさに見とれる。

肩を寄せ合ってしばらく佇んだあと、翔は芹奈に向き直った。

「芹奈」
「はい」
「俺は君と出逢ってすぐに君に恋をした。明るい君の笑顔と、仕事中のひたむきな表情に惹かれていった。恥じらう顔も可愛くて、ずっとこの手で守ってやりたいと思った。その気持ちを打ち明けて君に断られた時、信じられない程落ち込んだ。だけど君の幸せを願って身を引く決心をしたんだ。忘れなければ、そう自分に言い聞かせた。だけど、無理だった」

芹奈はじっと翔の言葉に耳を傾ける。

「気持ちを押し殺していたけど、少しでも気を許すと君を抱きしめそうになった。一度触れたら、きっと手放せなかっただろう。君と仕事の話をしていても、まるで修行僧みたいに心を乱さないように必死だった。でもあの日、クリスマスイブにラウンジで偶然君を見かけて……」

そう言うと翔は少し視線をそらして嬉しそうに目を細めた。

「告白した時に君が俺に言った言葉は嘘だったと分かって、気持ちが一気に爆発したよ。溜め込んでいた想いが解き放たれたようだった。そして俺は固く心に決めたんだ。君を絶対に離さない。これから先どんなことがあっても、君のそばで君を守っていくと。だから芹奈」

翔は真っ直ぐ射抜くように芹奈を見つめて告げる。

「俺と結婚して欲しい」

芹奈は驚いて目を見開いた。

「たとえ今断られても諦めない。最初にフラれた時も、ずっと君を想い続けていたから誤解が解けたんだ。諦めなくて良かった、そう思った。だから今回も諦めない。君が今どんな気持ちでも、俺はずっと君を想い続けるよ。それが君との未来を掴むたった一つの道だから」

言いたいことはそれだけ、というように、最後に翔は優しく笑ってみせた。

「さてと、そろそろ帰ろうか」

吹っ切れたように言って引き返そうとする翔の手を、芹奈はキュッと握りしめる。

「芹奈?」
「お返事、させてください」

真剣に切り出した芹奈に、翔は目を見開く。

「いや、そんな。わざわざはっきり言わなくても分かってるから。出来ることなら、このままうやむやにしてくれた方が……」

何があっても芹奈のことは諦めないが、今はっきりノーと言われて傷つくのが翔は怖かった。
だが芹菜は首を振る。

「いいえ。こんな大切なこと、うやむやになんて出来ません」

そう言われて、翔は覚悟を決める。
芹奈の気持ちを受け入れ、それでも諦めずに想い続けてみせる。
ギュッと拳を握りしめると、芹奈と正面から向き合った。

「分かった。君の気持ちを聞かせて欲しい」
「はい。私はずっと仕事のことばかり考えてきました。誰かと恋愛したら仕事が疎かになってしまいそうで、恋人はいらない、好きな人も出来ない、そう思ってきました。副社長に、己を犠牲にしてまで会社に尽くして欲しくない、どうか素敵な恋愛をして欲しいって言われても、やっぱり現実的に恋は出来ませんでした。だから井口くんの告白も、副社長の告白も、心のシャッターを下ろすように断ってしまいました。だけど、そのあともずっと副社長は私を想ってくれていたのだと分かって、心の底から嬉しくなりました。ガチガチだった私の心を、あなたは温かく包んで溶かしてくださいました。大好きだよ、大切にするよって、ずっと私に伝え続けてくれるあなたを、私も大好きになりました。こんなこと、今までの人生になかったし、これからの人生にもありません。あなたにしか、私は心を惹かれることはないでしょう。だから……」

芹奈は優しく笑って翔を見上げる。

「あなたとずっとずっと一緒にいたいです。この先もずっと、あなたのそばにいさせてください」
「芹奈……」

翔は信じられない思いで目を潤ませた。

「受け入れてくれるの?この俺を」
「はい」
「もっともっと時間をかけて口説こうと思ってたのに?」
「もう充分、伝えてもらいましたから」
「決心してくれるの?こんな大切なことを」
「はい。だって、イエスの返事が私にとっての正解だから。でしょ?」

可愛らしく首を傾げる芹奈を、翔はたまらず強く胸に抱きしめる。

「ああ、正解だよ。俺といれば、毎日俺に愛されて笑顔でいられる。俺と結婚すれば、芹奈は必ず幸せになれる。俺が絶対に芹奈を幸せにしてみせるから」
「私もあなたを幸せにしたいです」
「ありがとう、芹奈。結婚しよう」
「はい」

胸に込み上げる気持ちのままに互いを抱きしめると、翔はそっと身体を離した。

「芹奈。これを受け取って欲しい」

そう言って翔がジャケットのポケットから取り出したケースに、芹奈は、え?と目をしばたたかせる。

「これって……」

もしかして、いやでも、まさか、と戸惑う芹奈に、翔はゆっくりとケースを開いて見せた。

「えっ!」

芹奈は驚きの余り言葉も出て来ない。
口元に両手をやって目を見開き、ケースの中央に輝くダイヤモンドの指輪に目を奪われた。

「どうして?だって、これ」

指輪のデザインには見覚えがある。
それは今、芹奈の左手首を飾っているブレスレットと同じ、フラワーモチーフの指輪だった。

「あのショップにまた行ってきたんだ。君に贈るエンゲージリングはこれしか考えられないから」
「だって、そんな。私達、つき合ってもなかったのに?」

なにせ芹奈が翔に好きだと告げたのは、夕べの出来事だったのだから。

「ん?ああ、そう言えばそうだね。だけど俺、芹奈が俺のことを好きでいてくれること、知ってたから」
「え、どういうこと?」
「まあ、いいから」

ふっと笑って翔はケースから指輪を取り、芹奈の左手薬指にそっとはめる。

「わあ、素敵……」
「ああ。芹奈の指によく似合ってる。ブレスレットもね」
「ありがとう、とっても嬉しいです」
「俺の方こそ、ありがとう芹奈」

翔は芹奈の頬に手を添えて、愛を込めたキスを贈る。
海風がふわっと二人を包み込んだ。

「寒くない?芹奈」
「うん、あったかい」
「そう」

二人は互いの身体をしっかりと抱きしめ、温もりを感じ、かすかな波の音を聞きながら幸せの余韻に浸っていた。



年が明けた1月4日。
芹奈と翔は互いの実家に行って結婚の報告をする。

と言っても、翔の父親である社長はもろ手を挙げて喜び、芹奈の両親も、どうしてうちの娘が副社長と!?と驚きつつ、もちろん反対などしない。
すんなりと婚姻届の証人のサインももらえた。

結婚式はまだ先になるが、婚姻届だけでも早く出したい!と翔が譲らず、そのまま区役所に提出しに行く。

「はい、確かに受理いたします。この度は誠におめでとうございます」
「ありがとうございます」

二人で手を繋いで区役所を出ると、翔はニヤニヤと頬をゆるめっぱなしだった。

「芹奈さん、今日から神蔵芹奈さんですね」

翔はおどけてそう言う。

「そうですね……って、あ!どうしよう、氏名変更」
「ん?何が?」
「会社に届けを出さないといけないですよね?」
「もちろん。俺も届けを出すし、芹奈はあと、住所変更もね」
「うわー、大変だな」
「そんなの、人事部に紙切れペラって出すだけだろ?どうってことないよ。それよりせっかくのおめでたい日なんだ。豪華なディナー食べに行くぞ!」

張り切る翔に、芹奈もつられて、ふふっと笑う。
翌日から大変な騒ぎになるとは、まだ考えが及ばずに。
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