再会したら溺愛の始まり〜心がついていけません!〜

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謎の男

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 空はもう今にも泣き出しそうなほど黒く淀んだ雲が覆っていた。洗濯物を外に干しておかなくて良かった、と私は安堵のため息をついた。

 あの令嬢、オリヴィアと呼ばれた彼女に言われるがまま、私は屋敷を離れて町を歩いている。慌てていため、傘は持ってこなかった。

 …オリヴィア様はセレンとどういった関係なのだろうか。美しい彼女の姿が脳裏に浮かぶ。セレンとお似合いだな、と思った。

 やはり、私などとは違ってセレンの世界は広い。あえて私に執着する理由などない。私以上の友人を作る事など、彼がその気になればきっと容易だ。

 女性としてだって、きっと彼女の方が何倍も優れているだろう。品も美しさも振る舞いも…田舎の町娘には到底敵いっこない。

 もしセレンが私を選ぶなら、それは、昔の思い出に引っ張られているからだ。もう昔とは何もかもが違うのに。立場だけでなく、性格だって変わった。お互いにだ。

 そう、不安なのだ。セレンはずっと「あの頃のアルト」を求めていて、今の私にそれを重ねているだけなのではないか?いうなればそれはただの偶像だ。セレンは偶像を、記憶の中の私を愛しているだけなのでは?

 だって私達は再会してから、たった数週間しかたってない。それで今の私の何が分かるのだ?

 昔の私はもっと快活で、明るくて、彼を引っ張っていけるような少女だった。彼はきっとそんな私が好きだった。

 でも今の私は違う。自信もないし、特別明るくもない。昔に比べて配慮は出来るようになったけど、代わりに少し臆病になった気がする。

 昔の私と違うのに、セレンは今の私を好きでいてくれるのかな?

 …結局のところ、私はセレンのことを信じられないのだ。

 ぽつり、と地面に水滴が落ちると、次から次へと大きな音をたてながら大量の雨粒が降ってきた。冷たい雨は私の全身を瞬く間に濡らし、髪からは大量の水滴が零れ落ちてくる。

 大雨だ。遠くで落雷の音が響いている。私は走りながら、近くの店に慌てて駆け込んだ。服が身体に纏わりついて気持ち悪い。不快さに顔をしかめながら辺りを見渡すと、お洒落な布地が沢山並んでいた。

 駆け込んだ先は、様々な糸や布地を売っている店だった。…オリヴィア様の為に何か買わないといけないし、丁度良かった。私は棚にある布地を一つずつ見ていこうと思い、移動しようとした。

 しかし、後ろに一歩下がった瞬間、誰かに勢いよくぶつかってしまった。

「ごめんなさい!お怪我は無いですか?」

 最近よく誰かにぶつかってしまう。運が悪いのだろうか。

 私がぶつかった相手は若い男性で、びくともせず私の後ろにしっかりと立っていた。

 背の高い、骨太の印象の男は、短い黒髪に褐色の肌、そして精悍な顔立ちをしていた。鋭い目元に宿る緑の瞳には意思の強さが感じられた。

 身なりはしっかりとしているが、全体の雰囲気から貴族ではないようだ。もし貴族にこんな無礼をしたら、どんな罰が下っていたか分からない。心底ほっとした。

「お前、びしょ濡れじゃないか」

 その男はぶっきらぼうにそう言った。

「ええ、傘を忘れてしまって。だからこの店に避難して来たんです」

「…」

 男は、全くこちらには興味がなさそうに近くの棚にある布地を選んでいる。こちらをちらりとも見ない姿に、ないがしろにされた感じがして少し腹がたった。ぶつかったことに関しては百パーセント私が悪いのだが。

「あ、あの」

「これ、どっちがいいと思う」

 突然彼がこちらを向いて、両手に持っている布地を比較するように見せて来た。

「こちら、でしょうか」

 少し考えた後、右側の淡い緑の布地を指差した。彼はその答えに満足したのか、もう片方の布地を棚に戻した。

「誰かに贈るのですか?」

 彼の選んだ布地はどちらも女性用のものだった。好いた女性への贈り物に使うのだろうか。

「姉に頼まれたんだ。暇なら買って来いと。今は身重だからか精神的に不安定で、よくこうやって物を強請るんだよ」

「産まれるのが楽しみですね」

「それ自体は、な。…もっと俺に我儘を言ってきそうなのが恐ろしい」

 そう言いつつも、本当にそうは思っていないようで、彼の口元には僅かに笑みが浮かんでいる。

「俺はもう一つの方が良いと思ったんだが…また姉にセンスがないと文句を言われるところだった。お前に選んでもらって良かったよ」

 じゃ、と軽く片手を上げて彼は立ち去ってしまった。なんとも不思議というか、よくわからない人だと思った。

 外を見ると彼が丁度馬車に乗るところだった。一瞬しか見えなかったが、馬車の中には溢れんばかりの荷物があるようだった。

 あれを全て自分の姉に?…それにしてもあんなに沢山あるなんておかしい。一体何の目的であんなに買い物を?

 …まあ、もう関わることもないだろう。そう思って私は店内にある布地を物色し始めたのだった。

 

 
 
 
 

 



 
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