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好きの理由
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「私……家に帰るわ」
静かな空気の中に、私の呟いた言葉が溶けて消えていく。残った静けさは、肌がひりつく程に冷たく張り詰めているように感じられた。
セレンは私の言葉をはっきりと聞き取ったようで、一瞬険しいような、悲しいような表情をした後、すぐにそれを隠すように薄く笑みを浮かべた。
「理由を聞いても?」
悲しげに下がった眉に対し、わずかに笑みを浮かべている口元の対比が悲痛さを醸し出していて、私をより切ない気持ちにさせた。
「私はここにいるべきではないわ」
「……どうして?」
「……セレンは私のことが好きなんでしょう?」
「うん。……好きだよ、アルト。昔からずっと」
セレンはソファに座る私の前に跪くと、私の手をそっと握った。彼の真剣な表情に一瞬言葉がでなくなった。
「僕と結婚して欲しい」
その言葉で、胸の中に歓喜が湧き上がったのが分かった。しかしそれは一瞬のことで、すぐに暗澹とした感情が喜びを攫っていった。
「それは……」
私は俯き、頭の中にある苦悩を整理してから再び口を開いた。
「私もセレンが好きよ。でも、セレンは私と結婚しても何も得られない。私には何もないし、セレンは本当ならもっと――」
「僕が欲しいのはアルトだけだよ」
「でも……」
私は思わず口元を歪めると、ついぞずっと心に引っかかっていたことを吐き出した。
「セレンは、私を美化しているだけかもしれない」
「美化?」
「私達には沢山の思い出があるでしょ。あの頃は私も本当に幸せだった。……でも、私はもうあの頃とは変わってる。外見だけじゃない、内面だって」
一度言葉にするともう止まる気配がなかった。
「セレンが私を好きなのは、思い出があるから。……その思い出の中の私がずっと好きなのかもしれないでしょ?今の私じゃなくて。今の私は昔みたいにセレンを引っ張って行ける程自信もないし、明るくもないし。セレンに好きになってもらえる理由なんて……」
自分の言葉が棘になって心に突き刺さる。胸が痛くて、目からはぽろぽろと幾つもの涙が零れ落ちてきた。
オリヴィア様に、貴女には思い出しかないと言われた時、ああ、そうだなと納得する自分がいた。私がセレンの特別でいられるのは、全部昔の私のおかげなのだ。
でも、貴族としての私はもうあの時捨ててしまった。それは「貴族」という名目だけではない。何も知らない、何の心配もない。ただ明るくて、自信満々で、好きなものを好きだと周りを一切気にせず堂々としていた自分、その全てだ。
「……セレンは私じゃなくたって、本当は大丈夫なのよ」
涙で前が見えない。セレンがどんな表情をしているのかは分からないが、きっと嫌われてしまっただろうな。……少なくとも昔の私はこんなこと言わないから。
「……大丈夫じゃないよ」
私の手を握る彼の手に力が入った。私はますます泣いてしまいそうになる。
「アルト、誤解は沢山あったみたいだ……。まず、明るいアルトだから好きだとか、グイグイ引っ張ってくれるから良いとか、そんな理由じゃない」
彼の手がそっと伸びてきて、私の瞼についた涙の粒をそっと拭った。
「暗くても、おどおどしてても、どんなだっていいんだ。全部知りたいし、受け止めたい。全部、愛してるんだ。ずっとそう思ってる。そりゃきっかけは、昔僕と話てた時の笑顔が可愛かったからだけど……」
「そんなこと、思ってたの?」
泣いて、しゃくりあげながら問いかける私に、セレンは困ったような顔をして笑った。
「うん。……でも、途中からは全然そんな可愛い感情じゃ無かったよ。自分のものにしたいってずっと思ってた。笑顔も、悲しい顔も、明るい時も、そうはいられない時だって……全部僕にだけ見せて欲しいって」
「そんなこと……」
「ああ、僕はアルトがこれからどう変わってもずっと大好きなんだなって分かったんだ。人は生きていれば勿論内面だって変わっていくけど、そんなの関係ない。ただいつでもその隣は、絶対に僕以外には渡さないで欲しい」
「……セレン」
「だからアルト、僕は君がいないと大丈夫じゃないよ」
静かな空気の中に、私の呟いた言葉が溶けて消えていく。残った静けさは、肌がひりつく程に冷たく張り詰めているように感じられた。
セレンは私の言葉をはっきりと聞き取ったようで、一瞬険しいような、悲しいような表情をした後、すぐにそれを隠すように薄く笑みを浮かべた。
「理由を聞いても?」
悲しげに下がった眉に対し、わずかに笑みを浮かべている口元の対比が悲痛さを醸し出していて、私をより切ない気持ちにさせた。
「私はここにいるべきではないわ」
「……どうして?」
「……セレンは私のことが好きなんでしょう?」
「うん。……好きだよ、アルト。昔からずっと」
セレンはソファに座る私の前に跪くと、私の手をそっと握った。彼の真剣な表情に一瞬言葉がでなくなった。
「僕と結婚して欲しい」
その言葉で、胸の中に歓喜が湧き上がったのが分かった。しかしそれは一瞬のことで、すぐに暗澹とした感情が喜びを攫っていった。
「それは……」
私は俯き、頭の中にある苦悩を整理してから再び口を開いた。
「私もセレンが好きよ。でも、セレンは私と結婚しても何も得られない。私には何もないし、セレンは本当ならもっと――」
「僕が欲しいのはアルトだけだよ」
「でも……」
私は思わず口元を歪めると、ついぞずっと心に引っかかっていたことを吐き出した。
「セレンは、私を美化しているだけかもしれない」
「美化?」
「私達には沢山の思い出があるでしょ。あの頃は私も本当に幸せだった。……でも、私はもうあの頃とは変わってる。外見だけじゃない、内面だって」
一度言葉にするともう止まる気配がなかった。
「セレンが私を好きなのは、思い出があるから。……その思い出の中の私がずっと好きなのかもしれないでしょ?今の私じゃなくて。今の私は昔みたいにセレンを引っ張って行ける程自信もないし、明るくもないし。セレンに好きになってもらえる理由なんて……」
自分の言葉が棘になって心に突き刺さる。胸が痛くて、目からはぽろぽろと幾つもの涙が零れ落ちてきた。
オリヴィア様に、貴女には思い出しかないと言われた時、ああ、そうだなと納得する自分がいた。私がセレンの特別でいられるのは、全部昔の私のおかげなのだ。
でも、貴族としての私はもうあの時捨ててしまった。それは「貴族」という名目だけではない。何も知らない、何の心配もない。ただ明るくて、自信満々で、好きなものを好きだと周りを一切気にせず堂々としていた自分、その全てだ。
「……セレンは私じゃなくたって、本当は大丈夫なのよ」
涙で前が見えない。セレンがどんな表情をしているのかは分からないが、きっと嫌われてしまっただろうな。……少なくとも昔の私はこんなこと言わないから。
「……大丈夫じゃないよ」
私の手を握る彼の手に力が入った。私はますます泣いてしまいそうになる。
「アルト、誤解は沢山あったみたいだ……。まず、明るいアルトだから好きだとか、グイグイ引っ張ってくれるから良いとか、そんな理由じゃない」
彼の手がそっと伸びてきて、私の瞼についた涙の粒をそっと拭った。
「暗くても、おどおどしてても、どんなだっていいんだ。全部知りたいし、受け止めたい。全部、愛してるんだ。ずっとそう思ってる。そりゃきっかけは、昔僕と話てた時の笑顔が可愛かったからだけど……」
「そんなこと、思ってたの?」
泣いて、しゃくりあげながら問いかける私に、セレンは困ったような顔をして笑った。
「うん。……でも、途中からは全然そんな可愛い感情じゃ無かったよ。自分のものにしたいってずっと思ってた。笑顔も、悲しい顔も、明るい時も、そうはいられない時だって……全部僕にだけ見せて欲しいって」
「そんなこと……」
「ああ、僕はアルトがこれからどう変わってもずっと大好きなんだなって分かったんだ。人は生きていれば勿論内面だって変わっていくけど、そんなの関係ない。ただいつでもその隣は、絶対に僕以外には渡さないで欲しい」
「……セレン」
「だからアルト、僕は君がいないと大丈夫じゃないよ」
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