まさかの自分のツボがこれだったとは、三十路を過ぎて自覚する事もあるらしい。

羽月☆

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2 誰にでもあるべき自慢できるポイント。

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「緋色さん、さっき頼んだのはどこかな?」

そう言いながら顔をあげた。
手元にないのは一度手放して預けたからだ。

ただ聞いた自分より聞かれた相手が不思議な顔をしてるのはどうしてだ?

「ああああ・・・・・・。」

バタバタと音がしていなくなった。

それだけで想像がついた。
初めてじゃない、もう何度目かだし。
ただ、コピー機任せでボタンを押して出来上がりまでちょっと待つ、そんな仕事を依頼した。
ちなみにその後もっと続けてしてほしいことがあったんだが。


だいたい自分でやった方が早いと分かった。
お願いする手間の分が面倒だと思えて来た。
じゃあ、それ以外に何ができるか・・・・。

自分で見つけてほしい、出来るようになったら教えてほしい、少しはそんな事を増やしてほしい。

今度こそ諦めて彼女の帰りを待ちながら自分の仕事に戻った。


「なんだかいい具合に気が抜けるわよね。」

そう言った新しい上司の顔はうんざり感のかけらもなく。

「そう、ですか・・・。」

これで自分が嫌味を言ったら完全に二対一の構図になりそうだった。


四月に新しく上司が出来て、これが心配することもないいい人だった。
学歴も職歴も素晴らしくて、誰かが引っぱってきたらしい。

新人マークをつけた自分が挨拶をしたのに偉そうでもなく。
的確な指示と分かりやすい説明、能力を見て与えられてるだろう仕事内容。
ほぼ問題もなく慣れるのに時間はかからなかった。
そしてずいぶん信頼されるようになったとも思う。



今までの経験も無駄ではないし、社内の情報はそれなりに自分だって持っているし、流れは説明できる、社内の人物にもそれなりの知見はある。
まあまあ不足はないんじゃないかと思ってる、それなりに満足してる。

ただ、もう一人加わった同僚。
明かな初心者マークがまさかの幼稚園児レベルだとは。

歓迎会と言うか親睦会らしきものをすぐに開いてお互いの紹介をしあった。
既にその日までに大きな穴は見つけていた。
穴と言うか存在自体空洞だろう・・・・と言うレベルだった。

なぜここに????

学歴詐称の他、年齢と知能と、あと指示がうまく伝わらないに至って国籍まで疑いたくなるくらいだった。
武器は若さ。それだけ。
どこかからのコネなのかと、疑いつつ見てるけどはっきりは聞けない。
いつか聞きたいと思ってるが。

そして心の広い上司はそんな存在を出来の悪い落ちこぼれの雀を見るように暖かく見ている。
自分は何度ため息を飲み込んだことか。


まさかあの世代にコピー機の説明が必要だとは思わなかった。
日本語を素因数分解のようにかみ砕く能力が自分にあったことに驚いた。
自分以外の成長をこれほど願う親心が自分にある事にもビックリだ。


本当になぜ・・・・。


そう思った。


バタンと音がして戻ってきた同僚の手にはコピーが終わった書類があった。
第一段階の依頼をやっと遂行してくれたらしい。
その次の依頼をするかどうか。
そこはやはり悩む。


「すみませんでした。遅くなりましたっ。」

そう言って目の前に立たれた。

「この後はどうすれば。」

とりあえずクリッピングしてもらい付箋をつけて部署や担当に届けてもらうことにした。

いわゆる『お遣い』というやつだ。社内だから迷子にもならないだろう。
落とし物をしないように、届け先を間違えないように。

自分でやった方が早いと思う。
ついでに説明もして、軽く話でもして、気分転換と運動がてら歩いて。


「行ってきます。」

お遣いに出かけた彼女の背後でドアが閉まった。

バタン。


その音がした後ため息が出た。

「お疲れ様。」

まさか上司にねぎらわれるとは。

「本当ににぎやかだし、油断できないし、面白いよね。もういろいろ想像できちゃう。普通に遅刻せずに出勤してくるけど、もしかしたら祝日とか週末にも来てるかもって思えるくらい。いろんな面白エピソードが聞けそう。」

どうやら上司は楽しみにしてるらしい親睦会第二弾。


「宗像さんが心が広い方で良かったです。多分他の所では問題児です。」

ここでもそうだが、上司が問題にしないで許されてるんだから、まあ自分も許すしかない。


「今まで周りにいなかったなあ、凄いよね、数十年生きてきても出会えてない人種ってまだまだいるんだなあ。」


人種・・・・やっぱり国籍が違うんじゃないか?
もしかしたらDNAレベルで動物園にいる仲間が近いとか。
生きてる時代が違うとか。

「サポートをよろしく。」

逆だと思ったのに。
自分のサポートに配置されてると思ったのに、なんでだろう?
誰の思惑なんだろう。

特別にカップリングでの転職じゃないとはわかった。
能力採用の条件がもう一人の出来の悪い雀同伴なんて、そんな事もないだろう。
もう神の采配か、偉い人のごり押しか。


10分もかからないはずの仕事、なかなか戻ってこない。
本当に迷子になってないよな?トイレだよな?


やっと戻ってきた時には何故か両手に抱えるように大きな箱を持っていた。

当然留守番の二人が見る。

「営業の人に頂きました。」

そう言って箱を開けて見せる。
両手で恭しく持っていた割に中身はちょっとだった。

お土産をもらったらしい・・・なぜ?
そう表情が聞いていたのかもしれない。

「ちょうど配ってるところに入り込んで、半端な余りだからってもらえました。」

嬉しそうに言う。

お遣いに行ってお土産をもらってくる才能があったらしい。

「アズルさん、お茶休憩にしますか?」

美味しそうとつぶやいた上司に嬉しそうに聞く。
うなずいたのを見て嬉しそうに出て行った。

ドアはゆっくり閉まった。


知り合いが出来たということでいいんだろうか?
それならそれで。
なんなら異動希望を出せる場所が出来たらいいじゃないか・・・そう思ったり・・・・。

三人分の飲み物を持って戻ってきた。

休憩にしよう。心を落ち着けよう。


「沙織ちゃん、来週金曜日終わりの予定は?」

「特にないです。」

カレンダーを見ながらそう答えた彼女。

「江戸川君は?」

「別にないです。」


そうなると当然そうなる。

「じゃあ、飲みに行こう。お疲れ様会と沙織ちゃんの初のお給料記念日。」

「そうですね、うれしいです、じゃあ私がごちそうするようですか?」

まさかそんな事は思ってない。

「大丈夫、経費経費、必要経費。新人に奢らせようなんて思ってないよ。」

「良かったです。だってどのくらいか分からないですし、いろいろと借金があるので返済で消えるかもしれません。」


「誰に借金?」

つい聞いてしまった。

「お父さんです。出世払いで一人暮らしのあれこれを買ってもらいました。返した方がいいですよね、親子の間にも礼儀ありって言いますし。」

嬉しそうに言う。
言葉の使い方は間違ってるがお金の使い方が合ってるからいい。

当然親はいる訳だ。
一人暮らし出来てるのも不思議だ。
その内ガス爆発とか、水漏れとかして近所に迷惑かけないだろうか?
たくさんの命の為にもオール電化だといいけど。


「そういえば料理が上手なんだもんね。作ってるの?」

「はい。自慢できることの一つです。」

一つと数えるなら他に何があるのか、突っ込みたいのは我慢した。
料理が自慢できるならガス爆発はないだろうか。
それは近所も安心だ。

「料理なんて本当に面倒じゃない?買い物と調理と後片づけと、残った食材についても考えて、ごみも出て。そこまでするのにあっという間に食べると消えて。」

「そう考えるとそうですが、楽しいじゃないですか。美味しいご飯が食べれるんです、好きなものが食べれるんです。一日に三回もチャンスがあるのに、夕飯だけしか作れないのが残念です。」


「週末は三回作るの?」

「はい。でもやっぱり食材が一緒だし、そんなに食べてると太るし、夕飯以外は簡単にササッとです。」

そう言うからには、本当に得意なのだと分かった。

生きとし生けるもの、一つくらいいい所があるはずなのだ。
動物園の仲間もそれだから人気があって展示してもらえるんだから。


「江戸川君は?」

「当然宗像さん派です。」

「だよね。そう見える。エプロンつけて味見してる姿なんて想像できない。」

「そうなんですね。いつでも作りに行きますよ。呼んでくださいね、お金さえもらえれば買い物から片付けまで、任せてください。」

自分と上司の顔を見てそう言う。

そんな事よりもっと仕事でそのセリフを聞きたい。
自慢できるほどじゃなくていい、普通にできたらいい。


お菓子とコーヒー、滅多に食べないのにつられて口にした。
残りが一つ。
上司を立てるでもなく、じゃんけんと言い出して、勝ったと喜び、嬉しそうに手にしていた。

箱の片づけは任せても大丈夫だった。

空になったコーヒーカップも回収して片付けてくれると言う。


そこまでしてくれるのに、なぜコピーは・・・・・・・。


ゆっくりドアが閉まった。
もう何度目だろうか、深呼吸してまた自分の心が広くなったイメージをした。
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