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27 いらない余裕は持たない主義です。
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自転車にまたがり漕ぎ出す彼女の後を追う。
『森のキノコ』の裏に止めて今日子さんを訪ねるとさやかちゃんが出てきてくれた。
「お帰りなさい、真奈姉、佐野兄。」
「ただいま、さやかちゃん。」頭を撫でる。
「ただいま。さやかちゃんお手伝いありがとうね。楽しかった?」
「うん、楽しかった。たっくさん手伝ったんだよ。」
「偉いね。」
さやかちゃんの後について二階に上がる。
「こんにちは。」二人で声をそろえて声をかける。
「今日子さん、務さん、おやすみ有難うございました。」彼女がお礼を言う。
「ああ、大丈夫よ。座ってて。」
勝手知ったる部屋。リビングに座りさやかちゃんの話を聞く。
「カエルさん、もう売れちゃったよ。あとちょっとになっちゃった。」
「ああ、真奈ちゃん。昨日カエルのゴム予約でいっぱいになっちゃった。もう少し作ってくれる?」
「はい、部屋にいっぱいいます。」
「そう、良かった。さやかが友達にパン屋の手伝いするって言ったから昨日はカフェが幼稚園状態。ついでにカエルも勝手に選んで予約済み。おかげで昨日は5時過ぎには完売しました。」
「本当ですか?すごい。さやかちゃん凄いですね。さすが看板娘。」
「さやか、すごいでしょう?」
「もう調子に乗ってどうしようもないから、褒めないで。もともとは真奈ちゃんのカエルが可愛いんだから。」
さやかちゃんの頭についてるカエル。
嬉しそうな二人の笑顔がかわいい。彼女の子供のような表情。
さやかちゃんといるとこんな顔をする。分かってるかなあ?
自分は勝手に親代わりなんて気分になるけど、彼女はもっと年齢も近い分、姉代わりの気分なのかもしれない。
そんな彼女を見ながら子供抱いてる姿を想像する。妊娠してる姿、生んだ直後の汗をかいて笑う最高の笑顔、眠る子供を抱いてあやす姿、2人で間に子供を挟んで寝る自分達、歩き始めた子供を間に手をつなぐ三人。しっかり想像できた。リアルに。
今日子さんが紅茶を持ってテーブルに着く。
未来の空想から我に返り手土産を渡す。
「おかげでいい報告が出来ました。真奈もすっかり気に入ってゆっくり出来ました。ありがとうございました。」
「そう、良かったわね。」
さやかちゃんに手を引かれて下に降りていく彼女。
その背を見送り携帯を出す。
「こんな写真が撮れました。」
さっき古狸には隠したかった一枚だけど、どうしても見て欲しかった。満面の笑顔の彼女。
「いい写真じゃない。真奈ちゃんが抱きついてるのね。」
逆ならともかくというような言葉が聞こえそうだった。
いきさつは内緒にしておこう。
務さんも嬉しそうに見ている。
惚気た写真。
「ご馳走様でした。」
携帯を今日子さんに返される。
「さっき南田さんのところにお土産を持って行って、居合わせた皆さんに報告は済ませました。」
「驚いたでしょう?」
「それは全くその通りで。」
さやかちゃんのにぎやかな声と一緒に彼女が戻ってきた。
やっぱりお姉ちゃんみたいな。
もし自分と一緒に三人で歩いてたら母親に見えるだろうか?ちょっと無理っぽいな。
今日子さんにお土産を渡して帰る。
「真奈?夕飯どうしよう。」
「私カップラーメン食べたい気分です。佐野さんも食べたいもの買って帰りませんか?」
「いいよ。久しぶりだなあ。」
「佐野さん、一応言いますけど私もですよ。たまにすごく食べたくなるんです。」
「別にいいよ。」
スーパーに行って選ぶ。いつの間にこんなに増えてるんだと言うほどあるカップ麺。
とりあえず懐かしいパッケージのものを。隣でベストセラーを選んだ彼女。
「あ、佐野さん、私忘れ物したみたいです。今日子さんのところに、どうしよう。取ってきてもいいですか?」
「いいよ。他に買いたいものは?」
「牛乳お願いします。」
「了解。じゃあ、商店街の入り口の信号のところで会おうか?」
「はい、すみません。じゃあお願いします。」
「うん、気を付けて。」
しばらくスーパーを回りサラダの材料の野菜と牛乳を買う。のんびりと歩いてレジに向かう。
「佐野さん、こんにちは。」
「あ、こんにちは。夏目さん。今帰りですか?」
商店街にある蕎麦屋「ときそば」のお嬢さんだった。
おやじ自慢の娘で話をよく聞いている。
とても大きな会社に入ったと喜んでいた。なかなか会うことはないのだが。
スーツに重そうなパンパンのバッグを肩から掛けているから仕事帰りだろう。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。佐野さん、今日はお仕事は?」
「今日は用があったのでお休みだったんです。」
「そうなんですか?この間スーツ姿を見かけた気がするんですが?」
「ああ、そうです。しばらく昔の会社のヘルプの仕事があるんです。スーツなんて久しぶりに着ると疲れます、電車通勤も。もう、夏目さんを尊敬します。」
「毎日だと慣れるんですよ。」
一緒にレジに並びながら話をする。
「週末はお店を手伝ってるんですよね。平日に行くことが多いのでめったに会わないですよね。」
「そうですね。是非今度週末に来てください。」
「はい、行きます。じゃあ。」
レジ袋にまとめて一緒にお店を出たところで別れた。
急いで待ち合わせ場所に向かう。
「ごめん、知り合いに声かけられて。」
「佐野さん、買い物すみませんでした。」
一緒に前後して部屋に向かう。
「お湯沸かしてくれる?」
彼女にお願いして、適当に刻んだ野菜をまとめてサラダを作る。
テーブルでカップラーメンを準備して待ってもらう。
お湯が沸いたので薬缶を持って注ぎ、携帯でタイマーをかけて置く。
「佐野さん、きちんとしてますよね。私はいつも適当です。」
携帯のタイマーを見ながら彼女が言う。
「初めてかも、僕もいつも適当だよ。」
「そうなんですか?」
「そうそう。」
せっかくなのでタイマーが時間を教えてくれるまで大人しく待つ。
タイマーが鳴ると携帯を消す。一瞬トップ画面に戻り写真が映し出された。
「え、佐野さん。」
サッと伏せた携帯。でも見られた。
「何でその写真なんですか?ちょと恥ずかしいですよ。」
「いい写真だよ。気に入ってる。写真は撮った場所とか撮ってくれた人とかまで丸ごと思い出せるし、いいよね。」
さり気なく焦点をずらす。
しばらくは忘れてるだろう。
カップラーメンの蓋を捲り湯気をあびながらズルズルとすする。途中お互いにとりかえて違う味を楽しんだ。
お風呂に入ってぼんやりとスケッチする彼女のうなじを見下ろしながらパソコンで経済ニュースを流し読む。静かに、時々会話をしながら二人並んで過ごしている。
彼女は本を読むことが多いけど、時々鉛筆の音をたてたり色塗りを楽しんだりしている。
気がついてないけど時々鼻歌を歌ってたりする。1人でも楽しそうだ。
今日は地蔵と狸が並んだ山の風景を描いている。
「ね、まな、それ師匠に送る絵手紙にしたら?」
ある程度完成した下書きを見て声をかけた。
「そうですか?」彼女もじっと見入る。
「お礼の手紙と南田さんの写真送りますよね?」
「うん。手紙は任せた。」
「はい。」
嬉しそうに続ける彼女。
かすかに出ている鼻歌は猫型ロボットの歌。
『あんあんあんとってもだいすき。』のフレーズをハミングのような感じで繰り返している。
1つ背伸びをして眼鏡をはずしてパソコンを閉じる。
結局明日は昼調査会社へ行き、夕方から夜に送迎のバイトが入ってる。
合間に買い物と食事の用意ができるかは分からない。
サーフィン君の仕事を引き継いで終わらせたら新しい依頼のシフトに入る。
送り迎えのない日は対象者の追尾が出来る。
1週間あると追尾も顔ぶれを新鮮にした方がいい。
平日スーツ一回、週末私服一回は入れるだろう。調査員に週末はない。
むしろ対象者の仕事の拘束時間がない分時間と場所が読めず大変になる。
限られた人員で回すには1週間という時間は十分長い。
奥さんの妊娠中に浮気。よく聞く話なのに実際にそれを証明し、一部始終見ないといけないとは本当にやるせない仕事だ。それを知りたい奥さんの気持ちもわかるが知りたくない、勘違いだと思いたいという気持ちはもっとよくわかる。女性の勘が外れるなんてことはこの仕事ではほとんどない。この類の浮気調査はだいたい女性が依頼者で男性が対象者になる。
横で相変わらず鼻歌を歌って手を動かしている彼女を見る。
世の中の男性が何故よそを見る余裕があるのか分からない・・・・・自分には全くないのに。
『森のキノコ』の裏に止めて今日子さんを訪ねるとさやかちゃんが出てきてくれた。
「お帰りなさい、真奈姉、佐野兄。」
「ただいま、さやかちゃん。」頭を撫でる。
「ただいま。さやかちゃんお手伝いありがとうね。楽しかった?」
「うん、楽しかった。たっくさん手伝ったんだよ。」
「偉いね。」
さやかちゃんの後について二階に上がる。
「こんにちは。」二人で声をそろえて声をかける。
「今日子さん、務さん、おやすみ有難うございました。」彼女がお礼を言う。
「ああ、大丈夫よ。座ってて。」
勝手知ったる部屋。リビングに座りさやかちゃんの話を聞く。
「カエルさん、もう売れちゃったよ。あとちょっとになっちゃった。」
「ああ、真奈ちゃん。昨日カエルのゴム予約でいっぱいになっちゃった。もう少し作ってくれる?」
「はい、部屋にいっぱいいます。」
「そう、良かった。さやかが友達にパン屋の手伝いするって言ったから昨日はカフェが幼稚園状態。ついでにカエルも勝手に選んで予約済み。おかげで昨日は5時過ぎには完売しました。」
「本当ですか?すごい。さやかちゃん凄いですね。さすが看板娘。」
「さやか、すごいでしょう?」
「もう調子に乗ってどうしようもないから、褒めないで。もともとは真奈ちゃんのカエルが可愛いんだから。」
さやかちゃんの頭についてるカエル。
嬉しそうな二人の笑顔がかわいい。彼女の子供のような表情。
さやかちゃんといるとこんな顔をする。分かってるかなあ?
自分は勝手に親代わりなんて気分になるけど、彼女はもっと年齢も近い分、姉代わりの気分なのかもしれない。
そんな彼女を見ながら子供抱いてる姿を想像する。妊娠してる姿、生んだ直後の汗をかいて笑う最高の笑顔、眠る子供を抱いてあやす姿、2人で間に子供を挟んで寝る自分達、歩き始めた子供を間に手をつなぐ三人。しっかり想像できた。リアルに。
今日子さんが紅茶を持ってテーブルに着く。
未来の空想から我に返り手土産を渡す。
「おかげでいい報告が出来ました。真奈もすっかり気に入ってゆっくり出来ました。ありがとうございました。」
「そう、良かったわね。」
さやかちゃんに手を引かれて下に降りていく彼女。
その背を見送り携帯を出す。
「こんな写真が撮れました。」
さっき古狸には隠したかった一枚だけど、どうしても見て欲しかった。満面の笑顔の彼女。
「いい写真じゃない。真奈ちゃんが抱きついてるのね。」
逆ならともかくというような言葉が聞こえそうだった。
いきさつは内緒にしておこう。
務さんも嬉しそうに見ている。
惚気た写真。
「ご馳走様でした。」
携帯を今日子さんに返される。
「さっき南田さんのところにお土産を持って行って、居合わせた皆さんに報告は済ませました。」
「驚いたでしょう?」
「それは全くその通りで。」
さやかちゃんのにぎやかな声と一緒に彼女が戻ってきた。
やっぱりお姉ちゃんみたいな。
もし自分と一緒に三人で歩いてたら母親に見えるだろうか?ちょっと無理っぽいな。
今日子さんにお土産を渡して帰る。
「真奈?夕飯どうしよう。」
「私カップラーメン食べたい気分です。佐野さんも食べたいもの買って帰りませんか?」
「いいよ。久しぶりだなあ。」
「佐野さん、一応言いますけど私もですよ。たまにすごく食べたくなるんです。」
「別にいいよ。」
スーパーに行って選ぶ。いつの間にこんなに増えてるんだと言うほどあるカップ麺。
とりあえず懐かしいパッケージのものを。隣でベストセラーを選んだ彼女。
「あ、佐野さん、私忘れ物したみたいです。今日子さんのところに、どうしよう。取ってきてもいいですか?」
「いいよ。他に買いたいものは?」
「牛乳お願いします。」
「了解。じゃあ、商店街の入り口の信号のところで会おうか?」
「はい、すみません。じゃあお願いします。」
「うん、気を付けて。」
しばらくスーパーを回りサラダの材料の野菜と牛乳を買う。のんびりと歩いてレジに向かう。
「佐野さん、こんにちは。」
「あ、こんにちは。夏目さん。今帰りですか?」
商店街にある蕎麦屋「ときそば」のお嬢さんだった。
おやじ自慢の娘で話をよく聞いている。
とても大きな会社に入ったと喜んでいた。なかなか会うことはないのだが。
スーツに重そうなパンパンのバッグを肩から掛けているから仕事帰りだろう。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様です。佐野さん、今日はお仕事は?」
「今日は用があったのでお休みだったんです。」
「そうなんですか?この間スーツ姿を見かけた気がするんですが?」
「ああ、そうです。しばらく昔の会社のヘルプの仕事があるんです。スーツなんて久しぶりに着ると疲れます、電車通勤も。もう、夏目さんを尊敬します。」
「毎日だと慣れるんですよ。」
一緒にレジに並びながら話をする。
「週末はお店を手伝ってるんですよね。平日に行くことが多いのでめったに会わないですよね。」
「そうですね。是非今度週末に来てください。」
「はい、行きます。じゃあ。」
レジ袋にまとめて一緒にお店を出たところで別れた。
急いで待ち合わせ場所に向かう。
「ごめん、知り合いに声かけられて。」
「佐野さん、買い物すみませんでした。」
一緒に前後して部屋に向かう。
「お湯沸かしてくれる?」
彼女にお願いして、適当に刻んだ野菜をまとめてサラダを作る。
テーブルでカップラーメンを準備して待ってもらう。
お湯が沸いたので薬缶を持って注ぎ、携帯でタイマーをかけて置く。
「佐野さん、きちんとしてますよね。私はいつも適当です。」
携帯のタイマーを見ながら彼女が言う。
「初めてかも、僕もいつも適当だよ。」
「そうなんですか?」
「そうそう。」
せっかくなのでタイマーが時間を教えてくれるまで大人しく待つ。
タイマーが鳴ると携帯を消す。一瞬トップ画面に戻り写真が映し出された。
「え、佐野さん。」
サッと伏せた携帯。でも見られた。
「何でその写真なんですか?ちょと恥ずかしいですよ。」
「いい写真だよ。気に入ってる。写真は撮った場所とか撮ってくれた人とかまで丸ごと思い出せるし、いいよね。」
さり気なく焦点をずらす。
しばらくは忘れてるだろう。
カップラーメンの蓋を捲り湯気をあびながらズルズルとすする。途中お互いにとりかえて違う味を楽しんだ。
お風呂に入ってぼんやりとスケッチする彼女のうなじを見下ろしながらパソコンで経済ニュースを流し読む。静かに、時々会話をしながら二人並んで過ごしている。
彼女は本を読むことが多いけど、時々鉛筆の音をたてたり色塗りを楽しんだりしている。
気がついてないけど時々鼻歌を歌ってたりする。1人でも楽しそうだ。
今日は地蔵と狸が並んだ山の風景を描いている。
「ね、まな、それ師匠に送る絵手紙にしたら?」
ある程度完成した下書きを見て声をかけた。
「そうですか?」彼女もじっと見入る。
「お礼の手紙と南田さんの写真送りますよね?」
「うん。手紙は任せた。」
「はい。」
嬉しそうに続ける彼女。
かすかに出ている鼻歌は猫型ロボットの歌。
『あんあんあんとってもだいすき。』のフレーズをハミングのような感じで繰り返している。
1つ背伸びをして眼鏡をはずしてパソコンを閉じる。
結局明日は昼調査会社へ行き、夕方から夜に送迎のバイトが入ってる。
合間に買い物と食事の用意ができるかは分からない。
サーフィン君の仕事を引き継いで終わらせたら新しい依頼のシフトに入る。
送り迎えのない日は対象者の追尾が出来る。
1週間あると追尾も顔ぶれを新鮮にした方がいい。
平日スーツ一回、週末私服一回は入れるだろう。調査員に週末はない。
むしろ対象者の仕事の拘束時間がない分時間と場所が読めず大変になる。
限られた人員で回すには1週間という時間は十分長い。
奥さんの妊娠中に浮気。よく聞く話なのに実際にそれを証明し、一部始終見ないといけないとは本当にやるせない仕事だ。それを知りたい奥さんの気持ちもわかるが知りたくない、勘違いだと思いたいという気持ちはもっとよくわかる。女性の勘が外れるなんてことはこの仕事ではほとんどない。この類の浮気調査はだいたい女性が依頼者で男性が対象者になる。
横で相変わらず鼻歌を歌って手を動かしている彼女を見る。
世の中の男性が何故よそを見る余裕があるのか分からない・・・・・自分には全くないのに。
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