上 下
12 / 34

12 彼女の事情①

しおりを挟む
昔から集団が大嫌いだった。
新しい環境に慣れるのに普通の人の何倍もかかる。
それでも今までラッキーだったんだと思う。
博愛精神の辛抱強い女の子がどこかにいて、友達になってくれて。
それなりになんとか過ごせてこれた。


社会人になった今。またしても一人の同期の子に救われた。
デザイン部に配属されて三年。
何とか自分らしく対応できるのはその子だけ。
他は女性に少し慣れたかなというレベル。

会社で私が何て呼ばれてるか知ってる。
無表情、無愛想な仮面女と呼ばれてる。

仕事は頑張った。無駄話をしない分、集中したし。
年に数回の決まりきった飲み会だけをやり過ごせばなんとかなった。
パソコンに向かってひたすらカタカタパチパチ。


なのになんで私が異動?ショック過ぎて、肩叩き?って思った。
上司には『結果出せばいいから、クールでも大丈夫。頑張って。』と言われた。
ニコニコ笑ったその顔にグーパンチを入れたくなった。

辞めてたまるかぁ、これでも根性はあるんだ!
だてに孤独に生きて来たんじゃない!! 

心で上司の襟元を掴み叫んだ、つもりだった・・・・。

でも見た限りはどこまでも仮面の顔で話を聞いていただけだと思う。

でも待ってください、異動先は営業3課・・・・・。本当に?

さほど新しい開拓精神はいらない。引き継いだところを大切に。
時々新しい風を入れつつ。

きつい営業の中でもまだ陽だまりのような三課らしい。


今のデザイン部とは全然仕事内容が違う、違うけど。
仕事はつながってる。当たり前だけど。

これが不思議と社外の人と割り切ったら営業もなんとかなってると思いたい。
まだまだ数少ない経験だから言い切れるほど自信はないけど。

それに・・・・・・。
どうしても何とかしたいと強く心に決めて異動してきていた。


ただやはり飲み会は苦痛で。
自分と新人の為のものなのに独り端っこで飲んでいた。

新人の三人は楽しそうに良くも知らない先輩たちと盛り上がっている。

何人かの親切な人が話しかけてくれる。

「どう、仕事慣れた?」「・・・はい。」
「週末は何してるの?」「・・・特に。」
「お酒は強いの?」「・・・・普通です。」

声も小さい。

・・・・確かに自分が悪い、でも質問攻めはつらい。
せめてそっちが喋ってくれるならおとなしく聞いてるのに。
合いの手は無理かもしれないけど大人しく聞くことはできます。
結局誰とも会話は続かず。
無理。本当に誰とも無理。
どんなにお酒入っても苦手なものは変わらないから。

何人か相手をしてくれたけど長く話せるわけもなく。
しばらくしたら去っていく。
そんな入れ替わりがちょっとだけあった。


そして、また独り飲む。
向こうでは楽しそうに盛り上がる声。



誰とでも盛り上がれて、いつも輪の中心にいる人、鈴木凛さん。
羨ましい性格の彼女。
その社交性をちょっとでいいから分けてほしい。
神様が一つ願いをかなえてくれると言ってくれたら、私はそれが欲しいというつもり。
そうしたらあの輪の中に入っていけるかもしれないから。

三年でやっと少し慣れた前のところ。ここでもそれくらいかかりそう。
まだ一ヶ月・・・・。先が見えない。


「お疲れ様、小路さん。」

目の前にさっきまで輪の中心にいたもう一人、町野さんがいた。

「結構飲めるの?」

手にしたグラスを指された。
頷いたら注がれた。
持ち上げられたグラスに乾杯と言われ軽く合わされる。
乾杯と答えた自分の表情をちょっと探られた気がする。
聞こえた?ってくらいの小さな声でした。

「どう?仕事慣れた?」

頷く。

「前のところとは違うのに、よく頑張ってるよね。すぐに独り立ちしたし。嫌になったりしてないよね?」

頷く。

「町野く~ん。」向こうから呼ばれる名前。

「あ~あ。ね、飲めるなら今度一緒に飲みにいかない?賑やかなのは嫌いとか?」

「あ・・・・。」

口が開いただけでほとんど声にならない。

「町野君~、勝負!」やはり呼ぶ声が追いかけてくる。

「はぁ、・・・もし良かったら、考えてて!もっと話をしたかったんだけど。ごめんね。じゃあ。また声かけるね。」

視線を合わせてそう言って、輪に戻る人。

ちらりと見た鈴木凛さん、一瞬表情が無かったような。

ま、私に言われることはないか。

今は町野さんが加わり、すっかり笑顔になってグラスを持っている。
帰っていった・・・というか引き戻した町野さんにグラスを持たせて注いでいる。

私は注がれたままのグラスを持ったまま、お返しもしなかった。

それに何?全然答えることも出来なかった。ただ頷くだけ。

せっかく話しかけてくれたのに。

本当はすごく嬉しくて。
自分では顔に出たかもなんて思うくらいだったのに。
でもこんな時でも、こんな時こそ無表情になるらしい私。
乾杯の言葉も嬉しかったのに、応えた私の言葉は弱々しく平坦で。

こんな自分が、本当に嫌になる。


しおりを挟む

処理中です...