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5 何とか今度こそは、と思ってる男のとるべき策。
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「どうも、こんにちは。」
「おう、ひらりん。」
「なんだか暇そうじゃないですか?進さん、大丈夫ですか?」
「何言ってんのさ、今休憩中なの。」
「僕が来るときはきまって休憩中ですよね。」
「そりゃあ、当然でしょう。せっかくひらりんが来てくれるんだし。ちゃんと心も体も空けときますよ。」
そう言ってコーヒーを出してくれる。
すっかり顔なじみになった進さん。
実は空手では結構な腕前らしい、そのお腹の大きさからは考えられないけど。
だからと言ってここは空手道場じゃない。
瓦割りの体験が出来るところだ。
こんなビルの上にあるから、気がついてる人なんて少ないだろう。
実際、最初は僕も商店街の知り合いに聞いて恐る恐る入ってきた。
スペースは三人分の仕切りがある。
目の前には綺麗に割れた瓦を積み重ねている。
これは実際に半分に割って使う瓦でお金をもらって『人に割ってもらってる』のだそうだ。
実際瓦なんて見かけることもそう多くない。
コンクリートの四角いって建物が多いから、大きな一軒家でも瓦を使う家は今は少ないだろう。
それでも積み重ねられた瓦を前にすると大和人の心が滾る。
型を綺麗に整えようとせず手を伸ばし、気を入れようと深呼吸して、集中してその部分に自分のこぶしを当てて、終ったら自分なりの形で呼吸して終わりにする。
そんな儀式めいた気分になる。
「割ってく?」
「勿論です。コーヒー代は貢献しますよ。」
自分で勝手に瓦を積む。
最初よりは少しだけ割れる量も増えた。
グーにした自分のこぶしに念を込めて。
流れを作り、こぶしを叩きつける。
『はっ。』
心の中で声を出して。
「ひらりんさあ、何か言うことないの?モヤモヤとか、迷いとか。」
「勿論ありますよ、そんな達観してるわけじゃないし、現状に満足してもいません。」
「でも一度も何かを言いながら割ったことないよね。」
「言葉に出さなくても割る前に心で思います。割るときはただただ気合です。」
「ふ~ん、隠さなくてもぶちまければ良いのに。声を出すのも大切だよ。
言葉はそれだけで勢いを持ち自分に戻ってくるから。」
「そんな事言って、ただ聞きたいだけじゃないんですか?」
「そんな言いにくいことなの?悩みなら聞くよ~。」
「目が笑ってます。揶揄われるだけですよね。きっと。」
「へえ、そんな内容なんだ。何だろう。」
「言いません。」
今日も誘えなかった自分の心の弱さをわざわざ披露することもない。
あ~、本当に、二度もチャンスがあったのに、『何?』って言われて視線を送られるとそれだけで首を振ってしまう。
『なんでもないです。すみません。よろしくお願いします。』
そういってその視線から逃げたくなる。
本当に食事に誘うだけなのに。
いつもお世話になりっぱなしだし、感謝の意味をこめて、これからもよろしくお願いしたいと言いたくて。
さすがに自分の担当が篠井さんばかりだと言ってしまった、馬鹿正直に。
勿論僕もそれを望んでる。甘えてると言ってもいい。
そして上司もわざとそうしてくれてるんだと思ってる。
一緒にレンガを積むようにコツコツと思ってることを積み上げて、いつの間にか立派な作品が仕上がる感じだ。
自分が望んでるほうへきちんと話を導いてくれるし、言葉に変換してくれる。
やりやすい、最初に感じた。
一人立ちで初めて企画したものがいい感じに終って褒められた。
篠井さんのお陰だと正直に話した。
それからお互いの上司もすっかりコンビのように組ませてくれる。
だいたいあんな箇条書きのような企画書が承認されるのも篠井さんありきなのだ。
さすがにおかしいと思っただろうか?
今日も恐れながら、でも楽しみに電話がかかってくるのを待っていた。
不安と緊張と喜びと、ゴチャゴチャの感情で待った。
二時間以上自分の企画書をちゃんとした形にするのに時間を使ってくれた。
その前に一時間を使って疑問点を赤い文字で浮かび上がらせてくれて。
またまたすごい量だった。
毎回毎回、終わるとため息をつかれてるのも一緒。
先に入ったカンファレンスルームで待っていた時、あの時聞こえてきた言葉はなんだったんだろう。
考えたくなかった。
でもそうとしか思えない。
彼氏への文句。
喧嘩したんだろうか?
どういう人だろうと思い浮かべても、全然イメージできず。
少し潤んだような目を直視できなかった。
別れたんだろうか?
分からない。
仕事を始めると言われた後は、まったくそんなことも感じることもなく。
ぼんやりと立ち尽くして二つに割られた瓦を見ながら思い出していた。
目の前にぬっと人の姿が出てきて。
「大丈夫?お代わりする?」
そう聞かれた。
「はい、お願いします。」
並べ終わった頃に新しいお客様が来たらしい。
初めてらしい二人組みだ。
珍しいこともあるもんだ。
そっちの対応をしている間に又一人瓦に向かう。
「次こそ絶対!!」
珍しく声を出して思いをこめて拳をたたきつけた、瓦は当然綺麗に割れた。
自分で片づけをする。
割った瓦を目の前の山に加える。
いろんな人の思いが詰まって、破壊された瓦。
今度こそ・・・・、自分の瓦を積みながらそう思った。
隣からは逞しい声がした。
「絶対後悔するくらいきれいになってやる~!!」
気合に応えるような破壊音が続いて、パチパチと拍手が聞こえた。
友達と進さんが拍手してるらしい。
「スッキリしました~。」
声が聞こえた。
その声を聞きながら軽く掃除をする。
「また来ます。」
「うん、きっといいことあるよ。」
何の保証もないけど進さんに言われて女の子達が帰って行った。
ひょっこりと顔を出す。
「進さん、ありがとうございました。」
「スッキリした?」
「はい。」
「じゃあ、次が楽しみだね。」
「何がですか?」
「さあ、何だろう?僕が聞きたい。『次こそ絶対・・・・。』って何?」
聞こえてたのか?
耳がいいじゃないか。
てっきり女の子の相手に夢中だと思ったのに。
最後まで言わなくて良かった。
「次こそ絶対、いい仕事をするって事です。」
ふ~ん、全然信じる気さえ見せない進さんが適当に鼻で返事した。
「本当にいつまでも若い訳じゃないんだから、片っ端から当たって砕けろだよ。」
「何ですか、それ。それに砕けたくはないです。」
じっと見られた。
はっきりと色恋事に悩んでますと言ったようなものだろうか?
「じゃあさあ、すごく真剣に向き合って。絶対うまくいく。」
何の予言ですか?
本当にその言葉に縋りますよ。
「いざとなったら思い出します。」
「うん、そうして。」
今日は一緒に仕事が出来たのだ。
これからもしばらく一緒に仕事ができるんだから。
そこは本当にうれしい、二人の上司に感謝だ。
「でも進さん、もう少し宣伝したらどうですか?今度イベントするのに参加して欲しいんです。」
まだまだプランの状態だけど、誘ってみたいと思ってる。
準備が大変だけど、男女ともに絶対ウケると思うんだけど。
「何度か誘ってますよね。嫌ですか?」
「うん、いろいろ移動は大変じゃない。」
「できるだけ手伝いますし。」
「まあ、考えるけど。」
「今度営業担当の人と来ます。すごい美人です。その人から誘われたら、きっとうなずきたくなりますよ。」
進さんが自分を見た。
しばし言葉もなく。
「ふ~ん・・・・。」
何だろう?美人嫌い?
篠井さんも体験してみればいいのに。
あ~、なんだかいい考え。
一緒に連れて来たい、見てみたい。
すごく凄みがあってかっこ良さそう。
似合う似合う。
想像して満足する。俄然誘える気がしてきた。
食事とかに誘う前段階として、仕事の相談風に自然に誘えるんじゃないかな。
参加を渋ってるから、是非口説いて欲しいって言って、最初に体験してもらう。
うん、いい。
やった~。
嬉しい顔になる。隠せない。
進さんを見ると、やっぱり隠せてなかったらしい。
ニヤリと笑われた。
「じゃあ、その営業さんとやらを連れて来てもらったら考える。」
「進さん、変な事言わないでください。美人とか言ってたと知られたら怒られます。あくまでも進さんのお店のプロモーションを考えて、参加の打診で、その人にも良さを知ってもらいたいって事で・・・・。」
もごもごと言い訳をする。
すっかり油断した。相手は柔術家。
あらゆる気配を察知するのは得意のはずなのに。
バレただろうか?
それでもはっきりとは確認はせずに、お金を払って逃げるように後にした。
早く頭の中のプランを企画にしたい、立ちあげたい、言い出したい、また一緒にやりたい。
そう思うだけで新しい企画へやる気が出るのだから。
本当にお世話になってます。そう伝えたい。会社の外で。
「おう、ひらりん。」
「なんだか暇そうじゃないですか?進さん、大丈夫ですか?」
「何言ってんのさ、今休憩中なの。」
「僕が来るときはきまって休憩中ですよね。」
「そりゃあ、当然でしょう。せっかくひらりんが来てくれるんだし。ちゃんと心も体も空けときますよ。」
そう言ってコーヒーを出してくれる。
すっかり顔なじみになった進さん。
実は空手では結構な腕前らしい、そのお腹の大きさからは考えられないけど。
だからと言ってここは空手道場じゃない。
瓦割りの体験が出来るところだ。
こんなビルの上にあるから、気がついてる人なんて少ないだろう。
実際、最初は僕も商店街の知り合いに聞いて恐る恐る入ってきた。
スペースは三人分の仕切りがある。
目の前には綺麗に割れた瓦を積み重ねている。
これは実際に半分に割って使う瓦でお金をもらって『人に割ってもらってる』のだそうだ。
実際瓦なんて見かけることもそう多くない。
コンクリートの四角いって建物が多いから、大きな一軒家でも瓦を使う家は今は少ないだろう。
それでも積み重ねられた瓦を前にすると大和人の心が滾る。
型を綺麗に整えようとせず手を伸ばし、気を入れようと深呼吸して、集中してその部分に自分のこぶしを当てて、終ったら自分なりの形で呼吸して終わりにする。
そんな儀式めいた気分になる。
「割ってく?」
「勿論です。コーヒー代は貢献しますよ。」
自分で勝手に瓦を積む。
最初よりは少しだけ割れる量も増えた。
グーにした自分のこぶしに念を込めて。
流れを作り、こぶしを叩きつける。
『はっ。』
心の中で声を出して。
「ひらりんさあ、何か言うことないの?モヤモヤとか、迷いとか。」
「勿論ありますよ、そんな達観してるわけじゃないし、現状に満足してもいません。」
「でも一度も何かを言いながら割ったことないよね。」
「言葉に出さなくても割る前に心で思います。割るときはただただ気合です。」
「ふ~ん、隠さなくてもぶちまければ良いのに。声を出すのも大切だよ。
言葉はそれだけで勢いを持ち自分に戻ってくるから。」
「そんな事言って、ただ聞きたいだけじゃないんですか?」
「そんな言いにくいことなの?悩みなら聞くよ~。」
「目が笑ってます。揶揄われるだけですよね。きっと。」
「へえ、そんな内容なんだ。何だろう。」
「言いません。」
今日も誘えなかった自分の心の弱さをわざわざ披露することもない。
あ~、本当に、二度もチャンスがあったのに、『何?』って言われて視線を送られるとそれだけで首を振ってしまう。
『なんでもないです。すみません。よろしくお願いします。』
そういってその視線から逃げたくなる。
本当に食事に誘うだけなのに。
いつもお世話になりっぱなしだし、感謝の意味をこめて、これからもよろしくお願いしたいと言いたくて。
さすがに自分の担当が篠井さんばかりだと言ってしまった、馬鹿正直に。
勿論僕もそれを望んでる。甘えてると言ってもいい。
そして上司もわざとそうしてくれてるんだと思ってる。
一緒にレンガを積むようにコツコツと思ってることを積み上げて、いつの間にか立派な作品が仕上がる感じだ。
自分が望んでるほうへきちんと話を導いてくれるし、言葉に変換してくれる。
やりやすい、最初に感じた。
一人立ちで初めて企画したものがいい感じに終って褒められた。
篠井さんのお陰だと正直に話した。
それからお互いの上司もすっかりコンビのように組ませてくれる。
だいたいあんな箇条書きのような企画書が承認されるのも篠井さんありきなのだ。
さすがにおかしいと思っただろうか?
今日も恐れながら、でも楽しみに電話がかかってくるのを待っていた。
不安と緊張と喜びと、ゴチャゴチャの感情で待った。
二時間以上自分の企画書をちゃんとした形にするのに時間を使ってくれた。
その前に一時間を使って疑問点を赤い文字で浮かび上がらせてくれて。
またまたすごい量だった。
毎回毎回、終わるとため息をつかれてるのも一緒。
先に入ったカンファレンスルームで待っていた時、あの時聞こえてきた言葉はなんだったんだろう。
考えたくなかった。
でもそうとしか思えない。
彼氏への文句。
喧嘩したんだろうか?
どういう人だろうと思い浮かべても、全然イメージできず。
少し潤んだような目を直視できなかった。
別れたんだろうか?
分からない。
仕事を始めると言われた後は、まったくそんなことも感じることもなく。
ぼんやりと立ち尽くして二つに割られた瓦を見ながら思い出していた。
目の前にぬっと人の姿が出てきて。
「大丈夫?お代わりする?」
そう聞かれた。
「はい、お願いします。」
並べ終わった頃に新しいお客様が来たらしい。
初めてらしい二人組みだ。
珍しいこともあるもんだ。
そっちの対応をしている間に又一人瓦に向かう。
「次こそ絶対!!」
珍しく声を出して思いをこめて拳をたたきつけた、瓦は当然綺麗に割れた。
自分で片づけをする。
割った瓦を目の前の山に加える。
いろんな人の思いが詰まって、破壊された瓦。
今度こそ・・・・、自分の瓦を積みながらそう思った。
隣からは逞しい声がした。
「絶対後悔するくらいきれいになってやる~!!」
気合に応えるような破壊音が続いて、パチパチと拍手が聞こえた。
友達と進さんが拍手してるらしい。
「スッキリしました~。」
声が聞こえた。
その声を聞きながら軽く掃除をする。
「また来ます。」
「うん、きっといいことあるよ。」
何の保証もないけど進さんに言われて女の子達が帰って行った。
ひょっこりと顔を出す。
「進さん、ありがとうございました。」
「スッキリした?」
「はい。」
「じゃあ、次が楽しみだね。」
「何がですか?」
「さあ、何だろう?僕が聞きたい。『次こそ絶対・・・・。』って何?」
聞こえてたのか?
耳がいいじゃないか。
てっきり女の子の相手に夢中だと思ったのに。
最後まで言わなくて良かった。
「次こそ絶対、いい仕事をするって事です。」
ふ~ん、全然信じる気さえ見せない進さんが適当に鼻で返事した。
「本当にいつまでも若い訳じゃないんだから、片っ端から当たって砕けろだよ。」
「何ですか、それ。それに砕けたくはないです。」
じっと見られた。
はっきりと色恋事に悩んでますと言ったようなものだろうか?
「じゃあさあ、すごく真剣に向き合って。絶対うまくいく。」
何の予言ですか?
本当にその言葉に縋りますよ。
「いざとなったら思い出します。」
「うん、そうして。」
今日は一緒に仕事が出来たのだ。
これからもしばらく一緒に仕事ができるんだから。
そこは本当にうれしい、二人の上司に感謝だ。
「でも進さん、もう少し宣伝したらどうですか?今度イベントするのに参加して欲しいんです。」
まだまだプランの状態だけど、誘ってみたいと思ってる。
準備が大変だけど、男女ともに絶対ウケると思うんだけど。
「何度か誘ってますよね。嫌ですか?」
「うん、いろいろ移動は大変じゃない。」
「できるだけ手伝いますし。」
「まあ、考えるけど。」
「今度営業担当の人と来ます。すごい美人です。その人から誘われたら、きっとうなずきたくなりますよ。」
進さんが自分を見た。
しばし言葉もなく。
「ふ~ん・・・・。」
何だろう?美人嫌い?
篠井さんも体験してみればいいのに。
あ~、なんだかいい考え。
一緒に連れて来たい、見てみたい。
すごく凄みがあってかっこ良さそう。
似合う似合う。
想像して満足する。俄然誘える気がしてきた。
食事とかに誘う前段階として、仕事の相談風に自然に誘えるんじゃないかな。
参加を渋ってるから、是非口説いて欲しいって言って、最初に体験してもらう。
うん、いい。
やった~。
嬉しい顔になる。隠せない。
進さんを見ると、やっぱり隠せてなかったらしい。
ニヤリと笑われた。
「じゃあ、その営業さんとやらを連れて来てもらったら考える。」
「進さん、変な事言わないでください。美人とか言ってたと知られたら怒られます。あくまでも進さんのお店のプロモーションを考えて、参加の打診で、その人にも良さを知ってもらいたいって事で・・・・。」
もごもごと言い訳をする。
すっかり油断した。相手は柔術家。
あらゆる気配を察知するのは得意のはずなのに。
バレただろうか?
それでもはっきりとは確認はせずに、お金を払って逃げるように後にした。
早く頭の中のプランを企画にしたい、立ちあげたい、言い出したい、また一緒にやりたい。
そう思うだけで新しい企画へやる気が出るのだから。
本当にお世話になってます。そう伝えたい。会社の外で。
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