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19 最後だと怯えた男のするべき事。

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ビックリした。双子だったなんて。
知らなかった。誰が知ってるんだろう?

井口先輩もそんな事言ってなかった。
妹の存在も今回初めて知ったくらいだった。


双子・・・そっくりだった。
風花さんと優花さん。
名前の通りの印象だ。
多分知らない人に『どっちが風花さんでどっちが優花さんでしょう?』そう聞いても絶対当てられるだろう。

何にも知らなかったなあ。
家族の話なんて聞いたことがない。
1人暮らしだろうと思ってたけど、実家がどこにあるのかも知らない。

そんな話をしたことがない。

仕事の話しかしたことがない。


でも今回は妹さんに僕のことを少しは話題にしてもらえたらしい。
『頑張ってる後輩。』
今回は少しは頑張りを認められた。
今まで手のかかる後輩だったんだと思うけど。


お昼時間は一緒に休憩に入ることになった。
当然双子姉妹は一緒に、外に行くかな?
僕は1人。
まあ、その時は商店街チームのところに行ってもいいけど。

「あの・・・・篠井さん。お昼休憩は外にお二人で行かれますか?」

「ううん・・・・・、さすがにそれはないかな。その辺でちょっと食べるくらいかな。平林君食べたいものがあったら優花に何か買ってきてもらう?」

それは一緒に食べようと言うことだろうか?

「篠井さんは・・・・・?」

「近くに何かサンドイッチとかお弁当屋さんとかあったかな?う~ん、コンビニでもいいか、この際。」

「あ、優花だ。」

そう言ってしばらくして気が付いた。さすが姉妹。遠目でも分かるらしい。

「ねえ、すごく楽しかった。後行きたいところが埋まってて一ケ所行けなかった、残念。後は風花のおすすめの瓦割したい。」

「じゃあ、平林君、連れて行ってくるからちょっとだけお願い。」

「はい、どうぞ。」

「優花、こっち。」

そう言っていなくなった。

本当に髪型こそ違うけど、背の高さも顔のパーツもそっくりだった。
優しく笑うと印象も同じになると思う。
いつもの仕事で見てる顔より表情が緩くなってる。
妹さんが来てから特に。
『優花』って何度も大切そうに呼びかける。
妹さんも『風花』って。耳慣れない呼び方だし、自分でも口にした事なんてない。
篠井先輩とか、篠井さんとか、井口さん達は呼び捨てだし。


風花さん・・・・・。


お昼は結局優花さんにお願いして買ってきてもらった。
一時間、大地さんがしっかり休んでくれているので休みやすい。


席をとって待ってると、コーヒーを買ってきてくれた優花さん。
自分と同じ漢字を使う優しい優花さんとわかった。
篠井さん姉を待つ間、優花さんが話かけてきた。


「ねえ、風花はどう?」

「すごく頼りになる先輩です。ほとんど僕の教育係と言われてます。」

「そうなの?でも残念、聞きたいのはそんな話じゃなくて・・・・・ね。」


じっと見られる。似てるんだから、無理です。
ドキドキが止まらなくなりそうです、変な気持ちになる・・・・。

この話の流れは、バレてる?


「そうかなって思ったんだけど、違う?」

首を振った方がいいのか、うなずいたほうがいいのか。


「風花は難しいよ。なかなか認めないだろうし。素直になるのにすっごくすっごく時間がかかるから。ごめんね。もしそうだったら、覚悟してねって言いたかったんだ。そんな姉だけど、よろしくお願いします。」

そう言う優花さんを見る。
なかなか難しい。そうかも。まったく自信もないけど。

「あ、来た。まあ、そう言うことで。いろいろよろしくね。」

「風花、お疲れ様。はい、コーヒー。」



肯定も否定もしない自分。
じりじりと詰め寄られてる気がする。
あげくに進さんまで参加して。

やめてください・・・・・。

それでもあんまりピンとこない篠井姉。
鈍すぎませんか?

それともやっぱり論外でしょうか?
チラリとも?


打ち上げをすればいいと二人に言われた。
誘いやすいようにしてくれたんだと思う。

取りあえず時間になったのでトイレなど済ませて元の位置に戻る。

受付の人たちが入れ替わっていた。
篠井さんが言っていたが、皆平均的にさわやか系のおしゃれな人たちだ。
何故?
社長の趣味としか思えない。
柊さんの好みというか、目的があってのラインナップ。

午後はやっぱり眠くなる。
入ってくる人も大分少ないので、交代でグルグルと回ることにした。
あとは帰る人も出てきた。

スタンプラリーのカードを確認してガチャポン。
商品は粗品と言いながらもこじゃれたものだった。
小さなハンドクリームが残念賞。
だからもっと上になると同じブランドのシャンプーセットとか、バスタイム用のクリームとか?よくわからないが。それらしいもの。

ちょっと香料がきついけど、よく聞く名前のブランドだ。
女性なら喜ぶだろう。

篠井さんと並んでガチャポン係を担当した。

スタンプを集めたのは全体の20パーセントくらいだろうか?
もしかしてもらわずに帰る人もいるかもしれない。
もったいないと思うけど、期待してない人も多いだろう。


そうして優花さんも帰って行った。
最後に自分に意味ありげに微笑んだ。
やっぱりバレてるんだろう。
何でだろう?


双子なのに察知能力に差があり過ぎる。
でも篠井姉本人に察してましたと言われても困るからいい。


時計を見るとそろそろ終わりの時間になる。

最後の10分になると後始末を始める人もいて、そうなるとお客様も出口に向かう。


時間にはほとんどお客様はいなくなり、撤収が始まった。

「手伝いの手のいる方いませんか?」

壁の案内図や、高く掲げられたアルファベットや、もろもろの自分たちの撤収をしながら、参加ブースの人たちの手伝いを申し出る。
それでも手慣れた人たちで、あっという間にキャリーバッグに荷物を入れてまとめ上げている。

残されたのは椅子と机。

畳んで隅に寄せる。

会場はあっという間に元のがらんとした広いスペースになった。
商店街組も見事に撤収作業を終えて既にいない。


スタッフは大地さんの元に集まる。

「今日はお疲れさまでした。これでおしまいです。ありがとうございました。篠井さんと平林さんもお疲れさまでした。後はまたいろいろとまとめて反省会をしましょう。来週金曜日に予定したいですが、いかがですか?」

「大丈夫です。」

二人で答えた。

「じゃあ、そこが仮予定で。時間は後程調整ということで。じゃあお疲れさまでした。」

「お疲れさまでした。」

疲れた。
何となく疲れた。

「篠井さん立ちっぱなしでしたが、足は大丈夫ですか?疲れましたよね。」

「まあね。いつも座りっぱなしだからね。」

「あの、お時間頂けますか?」

「うん、外でコーヒーでも飲もう。」

軽く返事をしてくれたと思ったら、コーヒーと言われた。


今まで食事は一度もない。
今までだって、終わったらさっさと別れていた。
なかなか誘えなかった。
思い切って言ったら、コーヒー屋さん指定。
がっかりだ。


せっかくあの二人がお膳立てのように言ってくれたのに。
全然覚えてもいないらしい。
気にしてもいないのだろうか。

エレベーターで降りて歩き出す、その後ろ姿を呼び止めた。

「篠井さん、あの・・・・・。」



結果は1人で部屋に帰った、まっすぐどこにも寄らずに。

泣けてくる。
丸ごと理解もされず、無視。なかったことになった。
自分の気持ちを『無し』にされた。
酷くないですか?
断るにしても、もっと、断り方とかあると思います。

本当に冷たいんですか?

仕事では厳しくても、親切だと思ってます。

手にした籠を玄関に下ろす。
自分が持ったまま、別れた。
せっかくの優花さんのお土産。
賞味期限は大丈夫だとしても。
どうやって返せばいいのか全く考えが浮かばない。
まさか会社に持って行ったら迷惑な大きさだ。


本当に泣くしかないみたいで。
こんな時に相談相手はいない。

しばらく暗い部屋で膝におでこをつけて俯いた。

今ごろ商店街では打ち上げが盛大に開催されてるだろう。
どこの店に集まっているんだろうか?
絶対に顔を出せない。

お風呂に入って、テレビを見ながらお酒を飲んで、お代わりしながら、泣いて、また飲んで、・・・・。


明日代休取りたいなあ。
このイベントが完全に終わるまで休むなんて考えもしなかったのに。
会いたくない。
向こうもそうかも。


今後一緒に仕事をするのも気まずい。
そんなリスクなんて考えてたけど、もしかして最後かもとか思ったから。


今日はずっと一緒にいれて、笑顔も見たし、ちょっと違う面も見れた。
妹さんと話すときの顔は優しいし、瓦割りなんてすごくカッコよくて、つい見とれたくらいだし。
お互い凄く頑張ったのに。
思い出したくもないイベントになったかも。

どうしてもダメなんだろうか?
ダメなんだろうな。

時間がかかると言われたのに、ゼロにされたら、何も始まらない。

無。


また、よろよろと立ち上がり、缶ビールを持ってきて、開ける。

空腹にビールが染みる。

だんだん空き缶が増えて、飲み終わった缶がまっすく立たなくて・・・・。


フラフラとベッドに行って寝た。





月曜日の朝、さすがにひどかった。

トイレに起きてうがいをしようと鏡を見た。
絶対見せられない顔だ。

ため息をついてまたベッドに戻った。

一時間後にアラームをかける。
次にアラームが鳴った時に目を覚ましてしたことは、会社に電話することだった。
声も酷い。風邪と思ってくれると思う。

具合が悪くてと代休を申しでてあっさり休みになった。
ずる休みだ。
でも喜べるほどの気力もない。

そのまま大人しくまた目を閉じた。


どこかで反省して欲しいと、心が叫んでる。
会いたくて会いたくてしょうがない面影に対して。
そっくりな人を見てもはっきりと違いを見分けて、篠井姉の方を思い浮かべてる。
風花さん、少しはごめんなさいって思ってくれますか?
それとも呆れますか?




昼近く、先輩の浅野さんからメールが来た。

『営業の篠井さんから電話があった。』と
『明日またかけるって言ってた。』と。
『風邪、大丈夫か』と心配する文章も入ってた。

体は平気なんです。

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