真訳・アレンシアの魔女 上巻 マールの旅

かずさ ともひろ

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第三章 四つの呪い

06話 黒夢の魔王

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『ははは、面白い反応をするのう、小娘』

 いやだって、いきなり魔王って言われても……困る。

『かつてイストリアルが、突如として我に戦いを挑んできた。その戦いに破れた我は連中に捕らえられ、こうして悠久の時間を過ごす羽目になった』

「な、なるほど」

 とりあえず話をあわせる。

「私のあかい髪と瞳は、あなたと関係あるの?」

『ないわけがないだろう。お主が我の力を利用したから、そうなったのだ』

「そう、ですか」

 これで得心した。
 紅い髪、赤い瞳。
 これは魔王の力を使ってしまった代償なんだ。

 そして“法術”と呼んでいたものは、文字通り“魔法”だったんだ。ということは記憶を失う前、私は魔王の力に頼る法術を使ってしまったにのだろう。
 なんてことを、してしまったのか。

 そして記憶喪失。
 一定期間滞在したり、誰かと一緒にいると、その場所と誰かを滅ぼす呪い。
 これらも全部――

『勘違いするなよ小娘。我がお前に与えた罰は二つのみ。残りは我ではない』

「え!?」

 今の魔王の言葉に、耳を疑う事実が込められていた。

『おおかたイストリアルの連中だろうよ。やつらのたくらみそうなことだ。まったく、黒夢の魔王である我をも利用するとはな。どちらが悪魔か、わからんものだ』

 くっくっく、と肩を揺らす魔王。
 一体、なんでこんなことになってるんだろう。

『一つ助言するが、小娘よ。お前はおそらく力のあるエルフに手を借りて、ここにやって来たのだろうが、そやつもただでは済んでおらんぞ?』

「え!?」

 私をここに導いた方といえば、フィオン陛下しかいない。
 なにかあったのだろうか?

『ここはお前らの世界とは違う次元にある。お前は勝手に我の名を呼び、この力を使ったが故に、罰を受けざるを得なかったのだ。しかし、その罰すらイストリアルの連中の、手のひらの上なのだろうがな。全く、口惜しいことだ』

 魔王が、眉間みけんしわを寄せる。
 とてつもない大きさで、とんでもない強さの紅いマナが降りかかる。
 息苦しさを感じるほどだ。

「あなたが、私に課した罰とは、なに!?」

『くははは! 我がそれをお前に教えて、なんの得がある。思い上がるなよ小娘ぇ』

 嘲笑と、怒気混じりの気配を強く感じた。

「なら、あなたは、なんでその罰を、選んだの?」

『愚問ばかり口にするな。我がいちいち罰を選んだりするか!』

 駄目だ。あらがえる気がしない。
 魔王からすれば私など、おりのなにありながら指でつぶせる程度の存在なんだ。

『ん?』

 その時、魔王の表情が急変した。

『おお、ああ……まさか、まさか! おお、おおおおおおおおおおお!』

 魔王が突然、脱力すると、私をその瞳で凝視する。
 なんだろう、この感じ。
 これまでの憎しみや恨みではなく、もっと違う、優しげなものを感じる。

『こ、小娘、名は?』

「マール」

 私の名を耳にして、魔王はぐわっと目を見開き、限りなく黒に近い、紅のマナをふき出した!

『やはりそうか……そういうことか、イストリアルぁあああああああ!』

 怒りを込めた魔王の背中から、大きな真紅の翼が生える。
 それは白夢の檻によって伸ばしきることはできなかったけれど、白い格子こうしと紅い翼が激突し、強烈な音と閃光せんこうを発した。

『ぐおおおおおおお、よくも、よくもこんなことを! どちらが魔だ、イストリアルのものどもがぁぁあああ! 絶対に、絶対に許さんぞおおおおおおおおおおっ!』

 魔王は、涙を振りまきながら叫んでいた。
 何故なぜか私はその姿が、ひどく痛ましく感じて。
 ゆっくりと歩み寄り、慟哭どうこくする魔王の左頬に、触れた。

「!?」

 はっとしたかのように、魔王が私に視線を向ける。
 檻を弾こうとした翼が、力なく床に垂れた。
 近くで見ると、魔王の顔は傷痕だらけだった。

「そっか……あなたは私と同じ。たった一人で戦ったんだね」

『う、ぐうゥ!』

 眉間に皺を寄せ、歯を食いしばる魔王。
 私は何故か、親近感に近いものを感じていた。

『もうよせ。魔王である我に触れるなど、ただではすまぬぞ』

「いいよ」

『よせと言ってる!』

「だから、いいって言ってるの!」

 私は魔王の頭を、しっかりと胸に抱きしめた。

『なにを!?』

 困惑する魔王の声に、優しく応える。

「あなたが魔王と呼ばれていたのがいつなのかは知らないけど、ここまでの罰を受けることをしたのかな、って思って」

『アレンシアのものどもを、大勢殺した』

「うん」

『やつらの城や、町を破壊した!』

「そう」

『なんなのだ、どうして我に慈愛を与える!?』

「だって魔王でしょ? 悪いこと、たくさんしたんでしょ?」

『それが悪いかどうかを決めるのは我ではない。我はただ、降りかかる火の粉を払っていたにすぎん。その元をたたいていったにすぎん!』

「それならあなたは魔王じゃない。これほどの罰を受けるべき存在じゃない」

『…………』

 私の胸に、力を抜いて額を埋める魔王。
 どうしてこんなに憐憫れんびんの情が湧いてくるんだろ?

 その時、空間の気配が変わった。

『ここまでか』

 まるで夜明けのように、辺りが明るくなっていく。

『ぐうッ、おおおおおあああああああああああああああ!』

 魔王が、その光で苦悶くもんの声をあげる。

『いいかマール。わ、我の力を使う方法を、お前の潜在意識に刻む。これすらも奴らの意図かもしれんが、それでも構わん!』

「なんの話?」

 その時。
 魔王が口許くちもとを緩め、初めて私に優しげな瞳を向けた。

『どうか、わずかでも、しあ――』

 会話は、そこで途切れた。
 最後の言葉は魔王らしからぬ、悲しげで、優しい声音だった。
 
 仄暗ほのぐらき空間が、光に包まれていく。
 次の瞬間、私はエルフェルニアの城の、謁見えつけんの間に浮いていた。

「え、なんで?」

 気がつくと同時に床に落下してたたきつけられた。

「うッ!」

 うめごえが漏れる。
 身体がやたらと重い。
 まるで三日間、眠っていなかったかのような疲労感だ。

「うう……」

 腕に力を入れて、ゆっくりと身体を起こす。
 辺りは私が意識をなくした時と、かなり様相が変わっていた。

 目の前にフィオン陛下がいない。
 そして謁見の間が数カ所、なにか強い力でえぐられたかのように壊され、崩れている。

 辺りを見ると、床にフィオン陛下が倒れていて、そばにリアノがついていて、三人のフォレストエルフが私に弓を構えていた。
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