真訳・アレンシアの魔女 下巻 石碑巡りたち

かずさ ともひろ

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第二の石碑 コルセア王都カリーン

06話 僕の正体

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 それからの旅は、ソーン音楽団の馬車のお陰で順調だった。
 二日後にはジェノアの森に入り、そのままフォレストエルフの町ジェノアで買い出しを行って、五日目にはもうすぐ森を抜けるというところまできていた。

 その日の夜。
 僕とユーリエはすっかり手慣れた作業をこなし、の周りで楽器を演奏している楽士らと、それに併せて楽しそうに歌い踊る女性らを見ながら、ユーリエと話をしていた。

すごいね、毎日練習を欠かさないなんて」

 僕がユーリエに声をかける。

「日々の積み重ねに、魂が宿る。それがソーンさんの教えらしいわよ」

「さすがは英雄だね。でもさ、どうしてジェノアでは物資の補給だけで、一泊しなかったのかな。もっとゆっくりジェノアの街を見たかったのになあ」

「カナク」

 ユーリエはしーっと、指を立て、僕に顔を近づけた。

「ジェノアの町はアレンシア西部にあるフォレストエルフの拠点よ。ヤヒロちゃんやソーンさんは、ハーフエルフでしょう?」

「うん……あ、そうか!」

 人間の世界では、やっぱり人間よりも容姿やマナの扱いにけているのでハーフエルフは好印象で見られるけれど、フォレストエルフからすると劣等者に見られてしまうことが多いらしい。

 特にエルフは人間に比べて種族が多い。フォレストエルフ、ダークエルフ、そして希少種のフェイエルフまである。エルフ同士が子供を作ってもエルフが生まれるだけだが、ハーフエルフはエルフと人間との間に生まれた人たちだ。

 闇種族エヴイレイスであるダークエルフは黒髪で肌が茶褐色らしいけれど、人間との子供は普通のハーフエルフの外見になるという。

「でも、どんなエルフでもマナの色が見えるんでしょ? だったら上級魔法を使えるはずだから、いい魔導師になれると思うけどなあ」

 僕の言葉に、ユーリエが言葉を失った。

「ねえカナク、もしかして……マナの色が、見えるの!?」

「え、うん。別に、これって普通じゃないの?」

「そんなわけないじゃない! 普通の人には、マナっていうのは透明に見えるのよ。鍛練を重ねて、やっと、うっすらと見えてくるものなのよ?」

「そう、なの?」

 知らなかった。そしてこれは致命的な失敗かもしれない。
 僕は子供の頃からマナの色が見えていたから、それが普通だと思っていた。
 違うんだ……。

「ゆ、ユーリエは、なんの色のマナが見えるの?」

「ええと、草木から緑、風から水色、氷や水から青、陽光から白、大地から茶、双月の残滓ざんしから紫かな。はっきり見えるわけじゃないから、見逃しちゃうこともあるけれど」

「そっか」

 ……魔導師レベルで、僕と同じマナの判別ができるのか。
 まいったなあ。

「ということは、カナクって上級魔法も使えるの!?」

「うん、使える」

「じゃあなんで、魔導師試験を受けなかったの?」

「受けたよ」

「え?」

「上級魔法の免許を持ってる」

「えええええええええええええええ!?」

 全力で驚くユーリエ。
 まあ、そうだよね。

「僕はユーリエと違って目立ってないから。それと先生に、このことを口外しないよう頼んだんだ」

「なんで!?」

「理由は、ちょっと言えないんだ」

「え~」

 むくれるユーリエ。

「この旅が終われば、その時はユーリエに僕の全部を見てもらおうと思ってる」

「え、え、え!?」

 ユーリエが両手をほおに当てて、動揺する。

「ユーリエさえ、僕を受け入れてくれる覚悟があれば」

「受け入れ……覚悟!?」

 うん?
 なにか妙な反応になってるけど?

「ちょっと、顔を洗わせてもらってくる~~~~!」

 顔を覆い走り去るユーリエ。
 なんだろう。まあ、いっか。

 僕は焚き火に目を向ける。
 セレンディアで育った僕だから、わかる。
 この音楽団は最高レベルだ。旅の知識を得るために酒場に入り浸っていたから、練習でわかる。

 できることなら本公演を見てみたい。
 カリーンで時間が取れれば、是非見てみよう。
 僕はこの雰囲気を味わいつつ、席を立った。

 ルイ・ソーン音楽団。
 こんな素敵な音楽団と出会えたのも、マールのお導きだろう。
 だからこそ――。


 こんな連中に、この楽団を傷つけさせはしない。


「グルルルルルルルル……」

 それは馬車の裏側の森にいた。
 喉を鳴らす声が、四方八方から聞こえる。
 何体かは木に登っているらしい。

 下級の魔物、鼠人ウエアラツトの集団だ。

 全身が灰色の毛に包まれており、頭部は鼠そのものだが、四肢は猿に近い。片手に棍棒こんぼうを持ち、肉食で、徒党を組んで旅人を襲う。特に暗がりを好むので、ジェノアの町から森を抜けるこの辺りで、なにかに遭遇するとは思っていた。

 僕なら、鼠人ウエアラツトが何体いるのかが気配でわかる。
 ……三十八体か。少し多いな。

 魔法で戦っても構わないけれど、それだと音楽団に知られてしまうから、ここは穏便おんびんに済ませたい。
 ローブを脱ぎ捨て、上半身裸になる。
 全身に力を込めてマナを身体に集め始めた、次の瞬間だった。

「カナク?」

 背後に、気配を感じて振り返る。
 ヤヒロちゃんだった。

「ここは危ないから、少し下がっててもらえるかな」

「でもこの気配、鼠人ウエアラツト……だけじゃない、よね」

 そうか、ヤヒロちゃんは人間よりも気配が鋭いハーフエルフだ。
 おそらく鼠人ウエアラツトだけじゃなく、僕の気配まで感知してしまったんだ。

「大丈夫。大丈夫だから」

 こうなったら、もうヤヒロちゃんには見せるしかない。

「いいかいヤヒロちゃん、これから起きることは、誰にも言っちゃダメだよ」

「なにをする気なのカナク。ここは先生を呼んで――」

「あの程度なら大丈夫さ」

「え?」

 僕はヤヒロちゃんにそう言うと、鼠人ウエアラツトらに身体を向け、眉間みけんに力を込める。
 ここは森なので必然的に緑のマナが多い。これをベースに力を高めていこう。
 緑、茶、青、紫、水色、白。
 これらのマナを吸収し、体内で力に変換する。

 最初の変化が起きたのは耳だ。
 元の位置から消えて、おおかみのように頭の上に現れ、銀色の毛が覆う。銀色の髪がさらに輝きを増し、一気に腰まで伸びた。
 
 上半身の筋肉がより引き締まり、指先の爪は鋭利な五本の刃物と化す。
 みしめた二本の歯が、肉を食いちぎれるように伸びている。
 そして、銀毛に包まれた尻尾が生えた。

「カ、カナク……?」

 ヤヒロちゃんの驚いた声が間近に聞こえる。
 この姿になると、感覚が絶大に鋭くなる。

 そう。僕は人間じゃない。
 アレンシアの希少種、銀獣人。

 それが僕の正体だ。
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