真訳・アレンシアの魔女 下巻 石碑巡りたち

かずさ ともひろ

文字の大きさ
26 / 51
第三の石碑 レゴラントの町

03話 刻む言葉

しおりを挟む
「あーさーでーすーよー?」

 可愛かわいい声が、僕の耳をくすぐった。

「おなか空いたよ~。早くごはん食べに行こうよ~!」

 かすみ掛かった僕の意識が、徐々に晴れていく。
 がばっ、と、布団をけると、服を着たユーリエが顔を近づけていた。

 ちゅ、と、ほおにキスをしてくるユーリエ。

 もう、以前の僕らではないのかもしれない。
 僕のおもいは、解き放たれた。
 抑えなくてもいい。
 我慢しなくてもいい。

 これからはずっと、思いっきり、ユーリエに愛を伝えよう。
 新たな、石碑巡りの始まりだ。

「あー、えーと、そのー、カナク、とりあえず、服を着よっか。じゃないとその、それが、どうしてもね、目に、入っちゃってさ」

「うん?」

 自分の身体に目を向けると、ユーリエがほおを赤くする理由を瞬時に理解した。
 全裸だった。

「あ、うあああわわわっわ、ごめん!」

「いや、いいんだけどね。きっとそれも、その、今後は私だけに、使うと思うし」

「なにを言っているのかな!?」

 僕は布団で一旦身体を隠すと、大急ぎで服を着た。
 それからユーリエと一緒に一階の酒場で、旅人や冒険者らとともに、ベーコンエッグや新鮮な野菜、フルーツジュースを飲み、笑いあいながら食事をした。

 こんなに心が軽くて、幸せな食事は初めてだった。

 ぱたぱたと走り回る可愛らしいフォレストエルフのウェイトレスや、朝から陽気な音楽を奏でている音楽団。野菜を美味おいしそうに頬張ほおばるハーフエルフや、仕事にきていたと思われるドワーフまで、様々な陽種族ロウレイスが集まり、このひとときを楽しんでいた。

 いつもは真向かいに座っているユーリエだけれど、今日は隣にいる。
 こっちの方がカナクの料理を摘まみやすいから、とか言いながら、肩をぴたっと寄せて僕のトマトにフォークを刺しす。
 にこっ、と笑うユーリエ。お返しにとばかりに僕はユーリエの皿からベーコンを奪うと、めちゃくちゃ怒られて、追加注文させられた。

 ま、まあ。
 こうして僕らは、関係を急接近させてもらった宿を出て、旅の買い物をした後、コルセア王都カリーンを出て、一路、東に向かって歩き始めた。

 時刻は十ハル。
 まだ日は昇りきっておらず、少し冷気を含んだ、涼しげな風が通り抜けていく。
 今日も雲は多いけれど、青空の方がよく見えるいい天気だった。

「ねえカナク、ここからレゴラントの町までって、どれくらいなのかな?」

 僕はユーリエの質問を受けて、頭の中へたたんだ地図を思い出す。

「えーっと、カリーンから北東に行って、山と森を抜ける道を使えば三ヶ月。南の街道を使えば四ヶ月ってところかな。もちろん徒歩ならば、だけどね」

「そっか」

 ユーリエはぴんと手足を動かし、うれしそうに歩く。

「じゃあ北東の街道を使うの?」

「いや、南の街道を使うつもりだよ」

「ふむ、そうだよね。北東の街道は山あり森ありだから、魔物も多そうだし」

「それが、そうでもないんだよね」

「え?」

「魔物はアレンシア中に生息してるから。目的地付近だと、に危ないのはコルセアとフェルゴートの国境付近だね。だから、カリーンやフェルゴートの王都フェイルーンには、屈強な戦士や優秀な魔法使いが多いんだ」

「そっか。商隊とかの護衛かな?」

「そういうこと」

 もちろん、魔物に全く出会わないで旅を終えることもある。
 しかしそれは運が良いだけで、大抵はなにかの魔物と遭遇してしまう。
 それも個々ならば大したことはないが、徒党を組まれると、下級の魔物でも侮れない。

「うーん。ということは、あんまり安全じゃなくて遠回りになる道を選んだってこと」

「……ごめん」

「いや、カナクが決めた道だから文句はないんだけどさ。なんでかな、って」

 僕が南の街道を選んだ理由。
 それは、単純だった。

「ユーリエと、一日でも長く一緒にいたかったから。こ、こんな理由じゃ、ダメかな?」

 ユーリエは言葉を返してこなかったけれど、その代わり、満面の笑みで僕を抱き締めてくれた。

 それから僕らは歩きながら、話に花を咲かせた。

「それにしても、いきなり石碑巡りって。ユーリエはそれで良かったの?」

「うん。だって元々さ、魔法学校を卒業したら旅に出ようって思ってたんだ」

「え、なんで?」

 土の香りが心地いい。
 ユーリエは僕の右隣で、空に浮かぶ綿のような雲を眺めた。

「お義父さまが私をお義兄さまに嫁がせようとしていたってうわさ、聴いたことない?」

「あ、何度かあるかも」

「それ、本当の話なんだ。お義父さまは本気でそう考えていたみたい。でも私はイヤだった。小さな城に押し込められて、笑顔の仮面を付けて、夜はお義兄さまに抱かれる。冗談じゃないわ、気持ち悪い」

 確かセレンディア公の後継者って、レニウスの実兄でファヌスという名前だったはずだ。
 としは僕らよりも三つ上になる。当時、魔法学校では成績優秀、運動も抜群な上、かなりの美男子で、女子だけでなく男子からも信頼が厚く、文句なしの、首席で卒業。
 その後はセレンディア公の片腕として働いているという。
 そんな人を気持ち悪いよばわりって……なにが不満なのだろう?

「せっかく魔法をおぼえたんだから、そんな狭い世界じゃなくて、このアレンシアを知りたいって思ってたんだ。お養父さまにはもうしわけないって思うけれど、言いなりにはなりたくないんだ。こうして今、セレンディアを出られて、解き放たれた気分よ」

「じゃあ、石碑巡り自体にはあまり興味がなかったのかな」

「正直に言うと、うん。でもマールのことをさ、目をキラキラ輝かせながら熱く語るカナクと話をしていて、今ではすごく興味を持ってるよ。特に、あの石碑そのものにもね」

「ああ、確かに。でもあれを一〇〇〇年前に建てたマールは本当に凄い。文章はおぼえられなかったけれど、あの幻術は憶えてる。まるで自分がそこにいるかのような感覚だけは、忘れられないなあ」

「そんな風にさ、マールのこととなると夢中になるカナクのこと、学校にいた時から素敵だなって思ってたんだ」

「ええ? でもだって、学校じゃ一度も同じクラスになってないじゃないか」

「なんでも情報を教えてくれる同級生が、二人いたじゃん?」

 レニウスとリリル……。
 あの二人しか思いつかないよ、まったく。

「それにしてもユーリエって、学校にいた時と今とじゃ、別人のようだね」

「えっへへ~。だまされたでしょ?」

「そりゃあね。いつもそばにいたわけじゃないし、なによりユーリエの猫かぶりは完璧だった」

「私の猫かぶりは年期が違うのよ。なんたってセレンディア家にきてから、ず~っと鍛え上げてきたからね!」

 ユーリエが小ぶりな胸を突き出して、えへんと威張る。

「ねえカナク、あなたはおしとやかでお嬢さまな私と、今の私、どっちがいい?」

「断然、今のユーリエがいいよ。肩の力が抜けてて楽しそうだしね」

「ホント? 良かったぁ。私もこっちの方が楽でいいんだ!」

「もし僕がお淑やかな方がいいって言ったら?」

「ムリ」

 結局、答えは決まっていた。

「あ、そうだ! カナク、ワンドを貸してよ」

「え、いいけど、なに?」

「いいからいいから」

 僕は首をひねりながらワンドを抜くと、ユーリエに渡した。

「ふんふふ~ん♪」

 ユーリエは妙な鼻歌をうたいながら、自分のワンドに白いマナを集めて、僕のワンドになにかを刻んでいた。

「ん~っと……よし、できた。はい!」

「うん。これ、なにをしたの?」

「まあ、見てみてよ」

 手渡されたワンドは焼き印のようなものが入っていて、熱を帯びていた。
 白いマナは、太陽の象徴だ。炎系の魔法に用いると、絶大な効果を発揮する。
 そして、僕のワンドには……。

“たいせつなあなたに、マールのご加護がありますように ユーリエ”

 ……胸に、ぐっときた。

「ありがとう、ユーリエ。とてもうれしいよ」

「えへへ、ちょっと照れるかなぁ……」

 僕はほおを染めて頭をくユーリエから、ワンドを奪った。

「あっ!」

「次は僕の番だよ」

「え、『焼印の魔法』を使えるの!? 上級ではないけど、結構難しい魔法だよ!?」

「自慢じゃないけど、僕が本気を出せば首席卒業はユーリエじゃなかったよ」

 にこっと笑いながら、ユーリエのワンドに文字を入れていく。
 当然といえば当然だ。
 ユーリエは陽種族ロウレイスである人間。
 そして僕は希少種族レアレイスの銀獣人なのだから。

 マナの色もはっきりと識別できるし、学校では教わらなかった独自の魔法も使える。
 この力で、ユーリエを守る。
 フェルゴートの五英雄ルイ・ソーンさんの頼みと、コルセアの烈翔紅帝れつしようこうていオリヴィア女王さまからの命だ。

 僕がどうなろうと、ユーリエだけは傷一つ負わせるもんか。
 そんなおもいを込めてワンドに言葉を刻んだ。

「できたよ」

 僕は顔が熱くなるのを感じながら、ワンドをユーリエに返す。

「わあ、ありがとう。なんだろうなぁ……お?」

 僕がワンドに刻んだ文字を目にして、固まるユーリエ。

“君に全ての幸があらんことを カナク”

「マールの名前が入ってない……」

 ユーリエは驚いて、僕に視線を向けた。

「ワンドは魔法使いにとって一番大事なものだからね。僕はマール信徒だからとてもうれしいけど、ユーリエにはマールではなく、僕の心を贈りたかったんだよね」

「カナク……あなたって、どこまでいい人なの?」

 べし、とお尻を蹴られた。
 え、なんで?

「こんなの……嬉しすぎるよ。ありがとう!」

「僕もだよ。このワンド、大事にする」

「私も!」

 僕らは互いにワンドを腰に差し、手をつないで街道を歩き始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

残念ながら主人公はゲスでした。~異世界転移したら空気を操る魔法を得て世界最強に。好き放題に無双する俺を誰も止められない!~

日和崎よしな
ファンタジー
―あらすじ― 異世界に転移したゲス・エストは精霊と契約して空気操作の魔法を獲得する。 強力な魔法を得たが、彼の真の強さは的確な洞察力や魔法の応用力といった優れた頭脳にあった。 ゲス・エストは最強の存在を目指し、しがらみのない異世界で容赦なく暴れまくる! ―作品について― 完結しました。 全302話(プロローグ、エピローグ含む),約100万字。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...