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第三の石碑 レゴラントの町
03話 刻む言葉
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「あーさーでーすーよー?」
可愛い声が、僕の耳を擽った。
「お腹空いたよ~。早くごはん食べに行こうよ~!」
霞掛かった僕の意識が、徐々に晴れていく。
がばっ、と、布団を撥ね除けると、服を着たユーリエが顔を近づけていた。
ちゅ、と、頬にキスをしてくるユーリエ。
もう、以前の僕らではないのかもしれない。
僕の想いは、解き放たれた。
抑えなくてもいい。
我慢しなくてもいい。
これからはずっと、思いっきり、ユーリエに愛を伝えよう。
新たな、石碑巡りの始まりだ。
「あー、えーと、そのー、カナク、とりあえず、服を着よっか。じゃないとその、それが、どうしてもね、目に、入っちゃってさ」
「うん?」
自分の身体に目を向けると、ユーリエが頬を赤くする理由を瞬時に理解した。
全裸だった。
「あ、うあああわわわっわ、ごめん!」
「いや、いいんだけどね。きっとそれも、その、今後は私だけに、使うと思うし」
「なにを言っているのかな!?」
僕は布団で一旦身体を隠すと、大急ぎで服を着た。
それからユーリエと一緒に一階の酒場で、旅人や冒険者らとともに、ベーコンエッグや新鮮な野菜、フルーツジュースを飲み、笑いあいながら食事をした。
こんなに心が軽くて、幸せな食事は初めてだった。
ぱたぱたと走り回る可愛らしいフォレストエルフのウェイトレスや、朝から陽気な音楽を奏でている音楽団。野菜を美味しそうに頬張るハーフエルフや、仕事にきていたと思われるドワーフまで、様々な陽種族が集まり、このひとときを楽しんでいた。
いつもは真向かいに座っているユーリエだけれど、今日は隣にいる。
こっちの方がカナクの料理を摘まみやすいから、とか言いながら、肩をぴたっと寄せて僕のトマトにフォークを刺しす。
にこっ、と笑うユーリエ。お返しにとばかりに僕はユーリエの皿からベーコンを奪うと、めちゃくちゃ怒られて、追加注文させられた。
ま、まあ。
こうして僕らは、関係を急接近させてもらった宿を出て、旅の買い物をした後、コルセア王都カリーンを出て、一路、東に向かって歩き始めた。
時刻は十ハル。
まだ日は昇りきっておらず、少し冷気を含んだ、涼しげな風が通り抜けていく。
今日も雲は多いけれど、青空の方がよく見えるいい天気だった。
「ねえカナク、ここからレゴラントの町までって、どれくらいなのかな?」
僕はユーリエの質問を受けて、頭の中へ叩き込んだ地図を思い出す。
「えーっと、カリーンから北東に行って、山と森を抜ける道を使えば三ヶ月。南の街道を使えば四ヶ月ってところかな。もちろん徒歩ならば、だけどね」
「そっか」
ユーリエはぴんと手足を動かし、嬉しそうに歩く。
「じゃあ北東の街道を使うの?」
「いや、南の街道を使うつもりだよ」
「ふむ、そうだよね。北東の街道は山あり森ありだから、魔物も多そうだし」
「それが、そうでもないんだよね」
「え?」
「魔物はアレンシア中に生息してるから。目的地付近だと、に危ないのはコルセアとフェルゴートの国境付近だね。だから、カリーンやフェルゴートの王都フェイルーンには、屈強な戦士や優秀な魔法使いが多いんだ」
「そっか。商隊とかの護衛かな?」
「そういうこと」
もちろん、魔物に全く出会わないで旅を終えることもある。
しかしそれは運が良いだけで、大抵はなにかの魔物と遭遇してしまう。
それも個々ならば大したことはないが、徒党を組まれると、下級の魔物でも侮れない。
「うーん。ということは、あんまり安全じゃなくて遠回りになる道を選んだってこと」
「……ごめん」
「いや、カナクが決めた道だから文句はないんだけどさ。なんでかな、って」
僕が南の街道を選んだ理由。
それは、単純だった。
「ユーリエと、一日でも長く一緒にいたかったから。こ、こんな理由じゃ、ダメかな?」
ユーリエは言葉を返してこなかったけれど、その代わり、満面の笑みで僕を抱き締めてくれた。
それから僕らは歩きながら、話に花を咲かせた。
「それにしても、いきなり石碑巡りって。ユーリエはそれで良かったの?」
「うん。だって元々さ、魔法学校を卒業したら旅に出ようって思ってたんだ」
「え、なんで?」
土の香りが心地いい。
ユーリエは僕の右隣で、空に浮かぶ綿のような雲を眺めた。
「お義父さまが私をお義兄さまに嫁がせようとしていたって噂、聴いたことない?」
「あ、何度かあるかも」
「それ、本当の話なんだ。お義父さまは本気でそう考えていたみたい。でも私はイヤだった。小さな城に押し込められて、笑顔の仮面を付けて、夜はお義兄さまに抱かれる。冗談じゃないわ、気持ち悪い」
確かセレンディア公の後継者って、レニウスの実兄でファヌスという名前だったはずだ。
歳は僕らよりも三つ上になる。当時、魔法学校では成績優秀、運動も抜群な上、かなりの美男子で、女子だけでなく男子からも信頼が厚く、文句なしの、首席で卒業。
その後はセレンディア公の片腕として働いているという。
そんな人を気持ち悪いよばわりって……なにが不満なのだろう?
「せっかく魔法を憶えたんだから、そんな狭い世界じゃなくて、このアレンシアを知りたいって思ってたんだ。お養父さまにはもうしわけないって思うけれど、言いなりにはなりたくないんだ。こうして今、セレンディアを出られて、解き放たれた気分よ」
「じゃあ、石碑巡り自体にはあまり興味がなかったのかな」
「正直に言うと、うん。でもマールのことをさ、目をキラキラ輝かせながら熱く語るカナクと話をしていて、今では凄く興味を持ってるよ。特に、あの石碑そのものにもね」
「ああ、確かに。でもあれを一〇〇〇年前に建てたマールは本当に凄い。文章は憶えられなかったけれど、あの幻術は憶えてる。まるで自分がそこにいるかのような感覚だけは、忘れられないなあ」
「そんな風にさ、マールのこととなると夢中になるカナクのこと、学校にいた時から素敵だなって思ってたんだ」
「ええ? でもだって、学校じゃ一度も同じクラスになってないじゃないか」
「なんでも情報を教えてくれる同級生が、二人いたじゃん?」
レニウスとリリル……。
あの二人しか思いつかないよ、まったく。
「それにしてもユーリエって、学校にいた時と今とじゃ、別人のようだね」
「えっへへ~。騙されたでしょ?」
「そりゃあね。いつもそばにいたわけじゃないし、なによりユーリエの猫かぶりは完璧だった」
「私の猫かぶりは年期が違うのよ。なんたってセレンディア家にきてから、ず~っと鍛え上げてきたからね!」
ユーリエが小ぶりな胸を突き出して、えへんと威張る。
「ねえカナク、あなたはお淑やかでお嬢さまな私と、今の私、どっちがいい?」
「断然、今のユーリエがいいよ。肩の力が抜けてて楽しそうだしね」
「ホント? 良かったぁ。私もこっちの方が楽でいいんだ!」
「もし僕がお淑やかな方がいいって言ったら?」
「ムリ」
結局、答えは決まっていた。
「あ、そうだ! カナク、ワンドを貸してよ」
「え、いいけど、なに?」
「いいからいいから」
僕は首を捻りながらワンドを抜くと、ユーリエに渡した。
「ふんふふ~ん♪」
ユーリエは妙な鼻歌を唄いながら、自分のワンドに白いマナを集めて、僕のワンドになにかを刻んでいた。
「ん~っと……よし、できた。はい!」
「うん。これ、なにをしたの?」
「まあ、見てみてよ」
手渡されたワンドは焼き印のようなものが入っていて、熱を帯びていた。
白いマナは、太陽の象徴だ。炎系の魔法に用いると、絶大な効果を発揮する。
そして、僕のワンドには……。
“たいせつなあなたに、マールのご加護がありますように ユーリエ”
……胸に、ぐっときた。
「ありがとう、ユーリエ。とても嬉しいよ」
「えへへ、ちょっと照れるかなぁ……」
僕は頬を染めて頭を掻くユーリエから、ワンドを奪った。
「あっ!」
「次は僕の番だよ」
「え、『焼印の魔法』を使えるの!? 上級ではないけど、結構難しい魔法だよ!?」
「自慢じゃないけど、僕が本気を出せば首席卒業はユーリエじゃなかったよ」
にこっと笑いながら、ユーリエのワンドに文字を入れていく。
当然といえば当然だ。
ユーリエは陽種族である人間。
そして僕は希少種族の銀獣人なのだから。
マナの色もはっきりと識別できるし、学校では教わらなかった独自の魔法も使える。
この力で、ユーリエを守る。
フェルゴートの五英雄ルイ・ソーンさんの頼みと、コルセアの烈翔紅帝オリヴィア女王さまからの命だ。
僕がどうなろうと、ユーリエだけは傷一つ負わせるもんか。
そんな想いを込めてワンドに言葉を刻んだ。
「できたよ」
僕は顔が熱くなるのを感じながら、ワンドをユーリエに返す。
「わあ、ありがとう。なんだろうなぁ……お?」
僕がワンドに刻んだ文字を目にして、固まるユーリエ。
“君に全ての幸があらんことを カナク”
「マールの名前が入ってない……」
ユーリエは驚いて、僕に視線を向けた。
「ワンドは魔法使いにとって一番大事なものだからね。僕はマール信徒だからとても嬉しいけど、ユーリエにはマールではなく、僕の心を贈りたかったんだよね」
「カナク……あなたって、どこまでいい人なの?」
べし、とお尻を蹴られた。
え、なんで?
「こんなの……嬉しすぎるよ。ありがとう!」
「僕もだよ。このワンド、大事にする」
「私も!」
僕らは互いにワンドを腰に差し、手を繋いで街道を歩き始めた。
可愛い声が、僕の耳を擽った。
「お腹空いたよ~。早くごはん食べに行こうよ~!」
霞掛かった僕の意識が、徐々に晴れていく。
がばっ、と、布団を撥ね除けると、服を着たユーリエが顔を近づけていた。
ちゅ、と、頬にキスをしてくるユーリエ。
もう、以前の僕らではないのかもしれない。
僕の想いは、解き放たれた。
抑えなくてもいい。
我慢しなくてもいい。
これからはずっと、思いっきり、ユーリエに愛を伝えよう。
新たな、石碑巡りの始まりだ。
「あー、えーと、そのー、カナク、とりあえず、服を着よっか。じゃないとその、それが、どうしてもね、目に、入っちゃってさ」
「うん?」
自分の身体に目を向けると、ユーリエが頬を赤くする理由を瞬時に理解した。
全裸だった。
「あ、うあああわわわっわ、ごめん!」
「いや、いいんだけどね。きっとそれも、その、今後は私だけに、使うと思うし」
「なにを言っているのかな!?」
僕は布団で一旦身体を隠すと、大急ぎで服を着た。
それからユーリエと一緒に一階の酒場で、旅人や冒険者らとともに、ベーコンエッグや新鮮な野菜、フルーツジュースを飲み、笑いあいながら食事をした。
こんなに心が軽くて、幸せな食事は初めてだった。
ぱたぱたと走り回る可愛らしいフォレストエルフのウェイトレスや、朝から陽気な音楽を奏でている音楽団。野菜を美味しそうに頬張るハーフエルフや、仕事にきていたと思われるドワーフまで、様々な陽種族が集まり、このひとときを楽しんでいた。
いつもは真向かいに座っているユーリエだけれど、今日は隣にいる。
こっちの方がカナクの料理を摘まみやすいから、とか言いながら、肩をぴたっと寄せて僕のトマトにフォークを刺しす。
にこっ、と笑うユーリエ。お返しにとばかりに僕はユーリエの皿からベーコンを奪うと、めちゃくちゃ怒られて、追加注文させられた。
ま、まあ。
こうして僕らは、関係を急接近させてもらった宿を出て、旅の買い物をした後、コルセア王都カリーンを出て、一路、東に向かって歩き始めた。
時刻は十ハル。
まだ日は昇りきっておらず、少し冷気を含んだ、涼しげな風が通り抜けていく。
今日も雲は多いけれど、青空の方がよく見えるいい天気だった。
「ねえカナク、ここからレゴラントの町までって、どれくらいなのかな?」
僕はユーリエの質問を受けて、頭の中へ叩き込んだ地図を思い出す。
「えーっと、カリーンから北東に行って、山と森を抜ける道を使えば三ヶ月。南の街道を使えば四ヶ月ってところかな。もちろん徒歩ならば、だけどね」
「そっか」
ユーリエはぴんと手足を動かし、嬉しそうに歩く。
「じゃあ北東の街道を使うの?」
「いや、南の街道を使うつもりだよ」
「ふむ、そうだよね。北東の街道は山あり森ありだから、魔物も多そうだし」
「それが、そうでもないんだよね」
「え?」
「魔物はアレンシア中に生息してるから。目的地付近だと、に危ないのはコルセアとフェルゴートの国境付近だね。だから、カリーンやフェルゴートの王都フェイルーンには、屈強な戦士や優秀な魔法使いが多いんだ」
「そっか。商隊とかの護衛かな?」
「そういうこと」
もちろん、魔物に全く出会わないで旅を終えることもある。
しかしそれは運が良いだけで、大抵はなにかの魔物と遭遇してしまう。
それも個々ならば大したことはないが、徒党を組まれると、下級の魔物でも侮れない。
「うーん。ということは、あんまり安全じゃなくて遠回りになる道を選んだってこと」
「……ごめん」
「いや、カナクが決めた道だから文句はないんだけどさ。なんでかな、って」
僕が南の街道を選んだ理由。
それは、単純だった。
「ユーリエと、一日でも長く一緒にいたかったから。こ、こんな理由じゃ、ダメかな?」
ユーリエは言葉を返してこなかったけれど、その代わり、満面の笑みで僕を抱き締めてくれた。
それから僕らは歩きながら、話に花を咲かせた。
「それにしても、いきなり石碑巡りって。ユーリエはそれで良かったの?」
「うん。だって元々さ、魔法学校を卒業したら旅に出ようって思ってたんだ」
「え、なんで?」
土の香りが心地いい。
ユーリエは僕の右隣で、空に浮かぶ綿のような雲を眺めた。
「お義父さまが私をお義兄さまに嫁がせようとしていたって噂、聴いたことない?」
「あ、何度かあるかも」
「それ、本当の話なんだ。お義父さまは本気でそう考えていたみたい。でも私はイヤだった。小さな城に押し込められて、笑顔の仮面を付けて、夜はお義兄さまに抱かれる。冗談じゃないわ、気持ち悪い」
確かセレンディア公の後継者って、レニウスの実兄でファヌスという名前だったはずだ。
歳は僕らよりも三つ上になる。当時、魔法学校では成績優秀、運動も抜群な上、かなりの美男子で、女子だけでなく男子からも信頼が厚く、文句なしの、首席で卒業。
その後はセレンディア公の片腕として働いているという。
そんな人を気持ち悪いよばわりって……なにが不満なのだろう?
「せっかく魔法を憶えたんだから、そんな狭い世界じゃなくて、このアレンシアを知りたいって思ってたんだ。お養父さまにはもうしわけないって思うけれど、言いなりにはなりたくないんだ。こうして今、セレンディアを出られて、解き放たれた気分よ」
「じゃあ、石碑巡り自体にはあまり興味がなかったのかな」
「正直に言うと、うん。でもマールのことをさ、目をキラキラ輝かせながら熱く語るカナクと話をしていて、今では凄く興味を持ってるよ。特に、あの石碑そのものにもね」
「ああ、確かに。でもあれを一〇〇〇年前に建てたマールは本当に凄い。文章は憶えられなかったけれど、あの幻術は憶えてる。まるで自分がそこにいるかのような感覚だけは、忘れられないなあ」
「そんな風にさ、マールのこととなると夢中になるカナクのこと、学校にいた時から素敵だなって思ってたんだ」
「ええ? でもだって、学校じゃ一度も同じクラスになってないじゃないか」
「なんでも情報を教えてくれる同級生が、二人いたじゃん?」
レニウスとリリル……。
あの二人しか思いつかないよ、まったく。
「それにしてもユーリエって、学校にいた時と今とじゃ、別人のようだね」
「えっへへ~。騙されたでしょ?」
「そりゃあね。いつもそばにいたわけじゃないし、なによりユーリエの猫かぶりは完璧だった」
「私の猫かぶりは年期が違うのよ。なんたってセレンディア家にきてから、ず~っと鍛え上げてきたからね!」
ユーリエが小ぶりな胸を突き出して、えへんと威張る。
「ねえカナク、あなたはお淑やかでお嬢さまな私と、今の私、どっちがいい?」
「断然、今のユーリエがいいよ。肩の力が抜けてて楽しそうだしね」
「ホント? 良かったぁ。私もこっちの方が楽でいいんだ!」
「もし僕がお淑やかな方がいいって言ったら?」
「ムリ」
結局、答えは決まっていた。
「あ、そうだ! カナク、ワンドを貸してよ」
「え、いいけど、なに?」
「いいからいいから」
僕は首を捻りながらワンドを抜くと、ユーリエに渡した。
「ふんふふ~ん♪」
ユーリエは妙な鼻歌を唄いながら、自分のワンドに白いマナを集めて、僕のワンドになにかを刻んでいた。
「ん~っと……よし、できた。はい!」
「うん。これ、なにをしたの?」
「まあ、見てみてよ」
手渡されたワンドは焼き印のようなものが入っていて、熱を帯びていた。
白いマナは、太陽の象徴だ。炎系の魔法に用いると、絶大な効果を発揮する。
そして、僕のワンドには……。
“たいせつなあなたに、マールのご加護がありますように ユーリエ”
……胸に、ぐっときた。
「ありがとう、ユーリエ。とても嬉しいよ」
「えへへ、ちょっと照れるかなぁ……」
僕は頬を染めて頭を掻くユーリエから、ワンドを奪った。
「あっ!」
「次は僕の番だよ」
「え、『焼印の魔法』を使えるの!? 上級ではないけど、結構難しい魔法だよ!?」
「自慢じゃないけど、僕が本気を出せば首席卒業はユーリエじゃなかったよ」
にこっと笑いながら、ユーリエのワンドに文字を入れていく。
当然といえば当然だ。
ユーリエは陽種族である人間。
そして僕は希少種族の銀獣人なのだから。
マナの色もはっきりと識別できるし、学校では教わらなかった独自の魔法も使える。
この力で、ユーリエを守る。
フェルゴートの五英雄ルイ・ソーンさんの頼みと、コルセアの烈翔紅帝オリヴィア女王さまからの命だ。
僕がどうなろうと、ユーリエだけは傷一つ負わせるもんか。
そんな想いを込めてワンドに言葉を刻んだ。
「できたよ」
僕は顔が熱くなるのを感じながら、ワンドをユーリエに返す。
「わあ、ありがとう。なんだろうなぁ……お?」
僕がワンドに刻んだ文字を目にして、固まるユーリエ。
“君に全ての幸があらんことを カナク”
「マールの名前が入ってない……」
ユーリエは驚いて、僕に視線を向けた。
「ワンドは魔法使いにとって一番大事なものだからね。僕はマール信徒だからとても嬉しいけど、ユーリエにはマールではなく、僕の心を贈りたかったんだよね」
「カナク……あなたって、どこまでいい人なの?」
べし、とお尻を蹴られた。
え、なんで?
「こんなの……嬉しすぎるよ。ありがとう!」
「僕もだよ。このワンド、大事にする」
「私も!」
僕らは互いにワンドを腰に差し、手を繋いで街道を歩き始めた。
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