真訳・アレンシアの魔女 下巻 石碑巡りたち

かずさ ともひろ

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第三の石碑 レゴラントの町

06話 銀獣人

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「ぎ、ぎぎ、銀獣人!?」

 オーガも充分、強い種族だ。
 しかし銀獣人化したこの僕からは、まるで子羊のように見えた。

「ルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 右足の筋肉に力を込めて、地面を蹴る。
 次の瞬時には、オーガの背中を取っていた。

 そのオーガはまだ僕がいた場所を眺めており、姿を消したことで動揺したようだが、全てが遅すぎる。
 しゃん、という、鈴にも似た音が鳴ると、オーガの同時に両断され、べちゃり、と地面に落ちた。

 汚いものを斬ってしまった。とても不快だ。

「そそそ、そんな、れ、希少種族レアレイスが、なんでこんなとこ――」

 オーガ・シャーマンがおびえた声を出しているうちに、僕の両手には、残った二体のオーガの首があった。

「は、速すぎ――」

 ばき。
 オーガ・シャーマンがなにかを言う前に、口の中に左手を突っ込む。

「遅すぎなんだよ」

 左手で舌をつかんで引っ張り出すと、すぐさま右手を下から振り上げ、爪で両断した。

「うがあああああああああああああああ!」

 オーガ・シャーマンは、涙とよだれをまき散らし、緑色の汚い液体を吹き出しながら、口を押さえて地面にうずくまる。
 僕のユーリエを汚そうとしたことは、万死に値する。
 指先にマナを集めて魔法陣を描くと、静かな怒りを込めて唱えた。

『臥牙旋円風刃』

 魔法陣から透明な二枚の円盤が回転しながら射出されると、オーガ・シャーマンの両腕が宙を舞う。
 オーガにしては随分と細い二本の腕が宙を舞い、ぼと、と地面に落ちた。

「ぶきゃあ――――――!」

 醜い絶叫がとどろく。
 まあ、無理もないか。

「これでお前はもう、二度と魔法を使えない」

 力を込め、ゆっくりとつぶやく。
 今、ここで泣き叫んでいるのは、既に優秀な魔法使いではなく、ただの貧弱なオーガだ。僕はオーガから飛び出した返り血をちろっとめてみたけれど、あまりのさにぷっ、と吐き出した。

「お前は僕に素晴らしい魔法を見せてくれたから、それに免じて命だけは許してやろう。しかし仲間がいるなら伝えろ。今度、僕の前に姿を現したら、問答無用で八つ裂きだ。この銀の髪を忘れるな。理解したなら、大人しく去れ」

 言葉を発しながら、ぎりり、とけんに力を入れる。

「ひ、ひぎゃあああああああああ!」

 オーガ・シャーマンであったものは、立ち上がってこの場を逃げ去っていった。

 あれだけの才能を持ったオーガだったが、その代償として、普通のオーガの体格を失ったのだろう。これからのヤツの生活は、ヤツ自身がどのように他のオーガと接してきていたか次第だ。

 おそらく、その強力な魔法で、他のオーガに対してはかなり高圧的に接していたと予想できる。ところが今はしやべる口と両腕を失った、哀れで小さなオーガにすぎない。
 そんなオーガの行く末は、決して明るくないだろう。
 まあ、自業自得じごうじとくだ。

「ふん」

 僕は鼻を鳴らし、銀獣人の姿のまま、再び指で魔法を唱えてその場に洞穴を作った。
 そして眠っているユーリエを片手で抱くと、土の中に作った洞へと潜る。理性の僕が必死に心を抑えようとしたが、オーガらとの戦いで解放されてしまった身体が、勝手に動く。

 理性と本能がせめぎ合う中、僕はユーリエを荒々しく床に寝かせておおかぶさった。
 ユーリエが起きる気配は、全くない。

 ごくり、と喉が鳴る。唾液の分泌が止まらない。
 この美しいユーリエの血をすすりたい。
 その柔肌に牙を突き立て、乳房の肉をみしめたい。

 蠱惑的こわくてき艶美えんびな下半身をまわし、ゆっくり味わいたい。
 仰向あおむけに倒れているユーリエのマントを脱がし、上着に手をかけると、爪を引っ込めて、一つ、一つ、ボタンを外していく。

 やがて現れた白い下着をまくり……上げ……。
 その小さな乳房が目に入ると、僕はたまらずユーリエの腹に唇をつけ、胸へと舌をわす。

 唾液が止まらず、びたびたとユーリエを汚していく。
 止められない。
 ……うますぎる。

 予想はしていが、これほどとは。
 さあ、このまま邪魔な服を引き裂き、旨い肌に牙を突き立てよう。

 快楽に溺れよう。
 もうなにもかも。
 どうでも……。

「――バカがあッ!」

 頭を振り上げ、ユーリエに背を向けて、額を地面に思い切り打ちつけた。
 少し冷静になった隙を突き、伸びた髪、牙、爪が元に戻り、体内に蓄積されたマナが放出される。
 僕は銀色の髪を持つ、普通の人間の姿に戻った。

「はぁ、はぁ、くはぁあああ……」

 なにをするところだったんだ、僕は!
 たかが魔法を使う魔物一体の気に当てられて、自分を見失うなんて……情けない。
 僕はマントを拾い、あられもない姿のユーリエに優しく掛けると、外から荷物を持ち、再び『探知の魔法』をかけて洞穴に戻った。

 ユーリエは深い眠りの中にいる。
 さすがに土の上で寝かせるのは気が引けたので『創増草花の魔法』を唱え、草花をユーリエの下にはわせ、ベッドとした。

 こうして改めて眺めると、ユーリエは本当に可愛かわいい。
 そっと、ほおに手を当てる。

「ん……」

 ユーリエが声をあげたので驚いたけれど、しっかり眠っていた。
 そんな、草花に守られているような美しい寝姿を目にして……涙があふれた。

 心の底からユーリエが大好きなんだろ?
 ユーリエを愛しているんだろ!?
 だったら負けるなよ!

 僕は敬虔けいけんなるマール信徒だろ?
 違うのか!

 あかつきの賢者マール。
 十日間以上滞在した町や村、五日間以上旅をともにしたものに、災禍を呼び込んでしまうという。
 その深紅の瞳と髪、魔法の力で“紅の魔女”と呼ばれ、恐れられた。
 過去の記憶を失いながらも“魔法”という素晴らしい法術を、アレンシア中に広めた。

 後年、楽しかった頃の記憶を思い出し、それを石碑に刻むことを目的に、歩き続けた。
 そんなマールの信徒が、一時の欲望に溺れて愛する人を食べてしまうなんてことをして、信徒など口にするのもおこがましい。

 ごめん。
 本当にごめん、ユーリエ。

 僕は涙を流しながら、二度とこんなことをしないよう、マールに誓った。
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