真訳・アレンシアの魔女 下巻 石碑巡りたち

かずさ ともひろ

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第三の石碑 レゴラントの町

07話 ばれた!

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 翌日、僕らは再びレゴラントの町を目指し、水を切って進む舟のように、繁茂する草を切り裂いて歩く。

 オーガとの戦いの後は、旅の疲れと『強制深昏倒の魔法ディープフォールレスト』の影響で、ユーリエは朝までぐっすり眠っていた。
 でも、その後が違った。
 昨日までの元気がなく、一言も口をきかずに、俯き加減で僕の後ろをついてくる。

 なんだろう。
 怒っているような、不機嫌なような、落ち込んでいるような。
 ご飯はきっちり食べたから、体調は悪くないと思うけれど。

 そんな悶々とした思いを抱きながら歩いて行くと、やがて深い草原を抜けて、急に岩肌が露出した大地へと変わった。

「これなら見通しもいいし、並んで歩けるね」

 作り笑いをする僕。

「…………」

 反応なし。
 しゅん、と心が冷える。

 仕方なく肩を落として歩き出すと、僕の左にユーリエが並んできた。
 なんなんだろう。

 あ……。
 思い当たる節が、一つだけあることに気づいた。

 ユーリエは僕が思っている以上に賢い。
 もしかしたら昨日、僕が銀獣人であることに感づいたのかもしれない。

 だとしたら、最悪だ。

 でも、それなら僕の前から姿を消していないとおかしい。
 だって自分を食べようとした存在と一緒にいたいなど、思わないはずだ。

「ユーリエ、どうしたの? 今朝から調子が悪そうだけど。その、昨日のことなら……」

 僕の言葉にユーリエは、大きな目を見開いて微かに口を開くと、また、かくん、と首を垂れた。

「違うのカナク。いや、違わないけど……その、いろいろ考えさせられてね」

 落ち込んでいる、の、かな?

「もし良かったら、聞かせてくれる?」

「良くなくても、これから聞いてもらうけどねっ!」

 !?
 ユーリエの雰囲気が一変した!?

「まず一つ。私が落ち込んでいるのは上位魔法とはいえ、魔物が使う魔法にあっさりかかっちゃったこと。なにがカナクを守るよ、有言不実行ほど情けないことはないわ。お腹が熱くなるほど、自分に対して怒ってるの。本当にごめん」

「あ、ああ……いいんだよ。大丈夫だったから。気に病まないで」

 そっか、だから怒っているような落ち込んでるような、わけがわからない不思議な雰囲気になってたんだ。
 納得した。

「それでさ、カナク。私がかけられたのは『強制深昏倒の魔法ディープフォールレスト』だよね?」

「そうだと思うよ」

「それが二つ目。魔導士じゃないカナクが、どうしてそこまで上級魔法に対抗できるのかな?」

「う……!」

「三つ目。私の隙を突いて魔法をかけたほどの魔導師が、どうしてカナクを眠らせなかったのか?」

「う、ううぅ……」

「四つ目。それほどの魔導師をカナクは無傷で倒した。上級魔法を使うほどの相手なら、私でも無傷じゃすまない。傷は負ったけど『完全治癒の魔法コンヒーリング』を使ったのかな、とも思ったけれど、これは上級魔法だから、辺りのマナが乱れているはず。ところがそんな様子はなかった。そのカナクはどうやって戦ったのかな?」

 まさに、波状口撃。
 しかも痛いところしか突いていない。

 でも、確かにユーリエの疑念は全てもっともだ。
 どうやって答えようかと思っていたら、ユーリエは言葉を紡いだ。

「ま、そこまではどうでもいいや」

「どうでもいいんだ!?」

 ユーリエ。
 時々、本当に君がわからないよ。

「それより大問題なのは、五つ目!」

 まだあるの!?

「目覚めた時、私は上着だけ脱がされてたの。格別に暑かったわけじゃなかったし、むしろ土の洞穴はひんやりしてた。ということは……その……私を、脱がしたのって、カナクしかいないよね?」

「あっ!?」

 しまったぁ、痛恨の失敗だ。

 あの時のことを猛烈な勢いで回想する。
 確かに僕は欲望に負けて、ユーリエの服を脱がしてしまった。
 そしてユーリエを舐めて……その後、マントを掛けた。
 ユーリエが、そのままの格好の状態で。

「ねえ、教えてくれない? あのオーガとの戦いの後に、なにがあったの?」

 この期に及んで、言い逃れはできないだろう。
 僕は歩きながら、銀獣人以外の事実は話そうと決めた。

「昨日、ユーリエを眠らせたのは、上級魔法を使うオーガ・シャーマンだったんだ」

「え、うそ!?」

「嘘じゃないよ。どうしてこんなところにいるのかわからないくらいの術者で、上級魔法を使うハイレベルなオーガだった。だって、魔導士のユーリエを眠らせちゃうくらいなんだから」

「あ、う、それはごめん」

「いや、相手が上手だったことに加えて、不意打ちだったから仕方ないよ。あの時に戦った六体のオーガは囮だったんだ。互いに三体倒して、油断したところを狙われたんだ」

「じゃあさ」

「うん?」

「なんでカナクは眠らされなかったの?」

 ぬあ!
 そうだよ。ユーリエがそういう疑問を抱くのは当然だ。
 まいった。
 どうやって返事しよう……。

「そ、それは、『強制深昏倒の魔法ディープフォールレスト』が範囲魔法じゃなかったからだと思うよっ。だってさ、あの後、僕が出した土巨人で気絶させたオーガ三体が起きてきちゃったんだ。もし範囲魔法で僕やユーリエを攻撃していたら、気絶したオーガもダメージを受けちゃうからじゃないかな?」

「ふーん……納得は出来ないけれど、そこはまあいいや。それで、カナクは一人で三体のオーガとオーガ・シャーマンを相手にしたと」

「は、はい」

「それで勝ったと」

「はい」

「凄いね」

 僕が素直に返事をすると、ユーリエから意外な言葉が出ていた。

「ねえ正直に答えて。カナクって、わざと魔導士の免許を取ってないでしょ?」

「それは……うん」

「どうして? はっきり言って、カナクは私よりずっと魔法の才能があるわ! 魔法学校に通う生徒だもん。魔導士になるのが目的だったと思うんだけど、違うの?」

「そこははっきりさせておくよ。僕が魔法学校に入ったのは、マールのことを学ぶためだよ。マール経典に書かれていることは聖神殿で学べる。でも、マール最大の偉業は闇種族エヴイレイス陽種族ロウレイス、わけ隔てなく魔法を教えたことだよ。だから魔法を知ることで、より深くマールを知れると思ったんだ。そしてマールの魂を魔法から学んで、石碑巡りのための準備期間にしたかったんだ」

「カナクって、本当にマールのこととなると凄いね」

「あっ! ご、ごめん」

「ううん、素敵だと思うわ」

 ユーリエが、ようやく笑顔を僕に向けてくれた。

 ちょうど昼だし、僕らはここで休憩することにした。
 鞄の中から、ドライフルーツと水を出してユーリエに渡す。

 すると、ユーリエは地面をぱんぱん、と叩いた。
 ここに座れ、という意味だろう。

 僕は大人しく、ユーリエが指定した場所に食べ物と水筒を持って座る。
 すると、背中に温もりを感じた。
 ユーリエが、背中合わせにして座ってきた。

「カナクが困ってるの、伝わったわ。だから、あのオーガたちとどう戦ったとかは訊かないよ」

「!……あ、ありがとう」

 むう。
 随分と突然な撤退だった。
 もっと糾弾されると思ったから、脂汗が止まらなかったけれど。

「でもね、これだけは答えて」

「なに?」


「カナクって昨晩、意識のない私に……いたずらした?」


 ぶー、と、口から水を拭きだした。
 うわああ、勿体ない!

「そそ、そんな、絶対にしてない! なんでそんな!?」

「だって、私の身体から、か、カナクの匂いがするんだもんっ!」

 ……今回、最大の失敗だ。
 そうだよ。
 僕は銀獣人の姿で、ユーリエの身体を舐め回してしまった。
 その時の唾液が、そのまま――。

「ご、ごめん。汚いよね!」

「そんなことはないけど、なにをしたの?」

 ああ、失言の連鎖。
 僕の頭は大混乱だ。

「う、うう、ごめん……実は……舐めちゃった」

 小さい声で認める。

「ええっ! 私を舐めた!?」

「ううぅ」

「カナク」

「はい」

「えっち」

「…………」

 違う!
 違うんだけど!
 まったく言い返せない!

「そっかぁ、だからこんなにカナクの匂いがするんだ……」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 なんかもう、それしか言えなかった。
 まさか“食べようとした”なんて言えないし。
 昨晩、きちんとしていれば。
 本当に悔やまれる。

「その……やっぱり軽蔑するよね。嫌になるよね……ごめん」

 背中から温もりが消える。
 ユーリエが僕から離れたんだ。

 僕は膝を抱えて、項垂れた。
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