真訳・アレンシアの魔女 下巻 石碑巡りたち

かずさ ともひろ

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石碑巡り・その終焉

01話 石碑の秘密

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 ぽつ、ぽつと雨粒が鼻の頭に当たる。

「これは……雨?」

 僕とユーリエがポータルを抜けると、そこは人の手が入っていない荒れた地だった。
 これまでのような現実じゃない。
 僕とユーリエはアレンシアの、どこか違う場所に転送されていた。
 背後には白く輝くポータルがあり、湖が広がっていた。

「ここ、どこだろう?」

「あれ……『条件付与転移の魔法ディフテレポータル』だったわ。最上級魔法よ」

「なにそれ? ただの『転移の魔法テレポータル』じゃないの?」

 僕は立ち上がって、ユーリエに手を伸ばす。
 ユーリエは僕の手首を握って、立ち上がった。

「『条件付与転移の魔法』は、あらかじめ魔法陣に転移させる条件を打ち込んでおくことで、特定のものだけに発動させるものよ。たとえば陽種族ロウレイスは通すけど闇種族エヴイレイスは通さない、とかね」

「なるほど、そんな魔法もあるんだ」

 さすがは魔導士。
 魔法に関する造詣ぞうけいが深い。

 僕も上級魔法は使えるけれど、知らない魔法の方が多い。
 本当は免許がないと使ってはいけないものだし。

「ねえカナク、こっちきて」

「うん?」

 僕の目の前には、小さな白い花が絨毯じゆうたんのように広がっている
 左手は広場になっていて、土がしだったけれど、かつてそこに建物があったという残滓ざんしとして、岩の基礎が四角く摘まれているのがいくつもあるのが見えた。右前方は坂道になっており、すっかり草で覆われてしまっていたけれど、僕はこの景色に見覚えがあった。

「ここって最初に見た、あのセレンディアの石碑が見せた幻術の場所?」

「あの丘の上に行けば全く同じかどうかわかると思うけど、多分、ここは現実の、アレンシアの……マールの村跡地だと思う」

「そんな……それが本当なら、ここはマール信徒にとって“聖地”だ。そんな神聖な地に、どうして僕らがここに通されたんだろう」

「ディゴバ・アンダーグラウンドの石碑がチェックをしていたわ。その条件に適合するもののみ、ここに転送するようにね」

「僕らはそれに合致した、と?」

「うん」

 ユーリエが雨粒を気にせず、顔を上げる。
 すみれ色の髪がれてまとまって、普段よりも綺麗きれいに見えた。

「ねえカナク、あそこからなにか感じない?」

「え、なにかって……ん、は? これって……まさか!」

「うん」

 ユーリエが運ずく。
 まさかの、マールの石碑だ!

 つまりアレンシアには、マールの石碑が四つではなく、五つあったってことなのか!?

「え、え……?」

 僕は困惑しながら、辺りを見る。
 あまりの出来事に、呆然ぼうぜんとその気配がする方を眺めた。

 間違いない。
 これまで見てきた石碑と同じ感じがする。
 石碑巡り。

 それはアレンシア各地にある、あかつきの賢者と呼ばれる魔法使いの祖・マールが建てた四つの石碑を巡礼し、今では神としてあがめられているマールをしのぶものだ。
 でもマールは一〇〇〇年後に現れるユーリエの心を石碑に刻み込んだ。
 もしかしたら僕と、いや僕じゃない、ユーリエに向けて、なにか言葉を残したかったのかもしれない。

「行くしかないね」

「うん。でもその前に聞かせて」

 ユーリエは僕の目を、のぞんできた。

「カナクは不思議な人。ここまで一緒に旅をしてきて、いろんな経験をしてきたけど、カナクはまだ、なにかを私に隠してるよね」

「!?」

 それ、は……。

「ねえカナク、私の気持ちは石碑に暴かれちゃった。だからさ、あなたの秘密をここで教えてよ。それから一緒に、石碑を見よ?」

「で、でも……もし、もしもだよ? ユーリエが僕の秘密を知って、嫌いになっちゃったら――」

「それは絶対にない!」

 ユーリエが僕の言葉を遮った。

「私はずーっと、カナクのことが好きだった。たとえカナクが闇種族エヴイレイスだったとしても、嫌いになることなんか絶対にない。優しくて、素敵で、面白くて、弱々しく見えるのに、すっごく強くて。こんなに素敵な人、他にいないんだから!」

「ユーリエ……」

「カナク、大好き」

「く……」

 ここまでだ、と思った。
 肩にいた草人が飛び跳ねて、僕はローブとシャツを脱ぐ。
 上半身は裸で、ズボンとブーツという格好だ。

 それらを地面に置くと、草人がちょこんと乗っかった。
 その隣に、ユーリエの草人もきた。
 本当に二人はなかよしだ。

「か、カナク?」

 ユーリエが顔を赤くして驚く。
 それもそうだろう。こうやって明るい場所でこの身体をユーリエに見せるのは初めてだ。
 僕の身体は細いけれど贅肉ぜいにくは一切なく、凝縮された筋肉の塊だった。

「君が言う通り、僕は普通の人間じゃない。いや、人間ですらない。それを今、君に見せるよ」

 僕は周囲からマナを吸い込む。
 魔法と違って集めるんじゃない。
 強制的に僕の体内に収められるんだ。
 そしてまったマナを使って封印された僕の本性を、解き放つ――

「いっ!」

 その瞬間。
 どどど、と、三回、僕の身体が浮く。
 それと同時に、僕の背中に冷たい痛みが走った。

 これ、は?
 背中に手を回す。
 そこには……。

 三本の矢が、深く刺さっていた。
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