真訳・アレンシアの魔女 下巻 石碑巡りたち

かずさ ともひろ

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第四の石碑 ディゴバ

09話 ディゴバの石碑

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 そこは氷の世界だった。

 位置的にはアレンシアの北にある“大氷山脈”だろう。
 ここはどうやら広場になっているようだ。

 先の方には山道が見えるが、その手前に置かれた石像の方に目を奪われた。
 五メルを優に超える巨人で、真っ白の肌と薄い青の髪、そして長い髭《ひげ》を生やしている。顔半分には炎のような刺青いれずみが彫られ、僕の身長の二倍はあろうかという大剣を背中に装着し、細身ながらも盛り上がった筋肉が、ただものじゃないことを物語っていた。

 そしてその石像の前に、石碑がふわふわと浮いていた。

「これは……」

「フロージアの、ディルギノ氷公」

 ユーリエが石像を見上げながらつぶやいた。

闇種族エヴイレイスのパワーバランスは、この当時と今とじゃ大きく違ったわ。今でこそ闇種族エヴイレイスでは最弱の立場であるフロージアだけど、マールが生きた時代のアレンシアはその圧倒的な力でログナカン、トロル、ダークエルフを従えていたのは、このフロージアだと言われてる。そして中でもディルギノ氷公はフロージア時代の最盛期を築いた絶対王だった」

「うん。でもそのバランスを破壊したのがマールだった。マールは力が弱くても大きな効果を得られる“魔法”をアレンシアに広め、このディルギノ氷公と直接対決して打ち倒した。フロージアは魔法を操ることができない種族だったから、マールとの一騎打ちの後、急速に衰退した。だからジェド連邦が誕生しても、フロージアの地位は最も低いままだ」

 ユーリエは学校で、僕は聖神殿で学んだ知識を口にする。
 マールとディルギノ氷公の戦いは伝説になっている。故に闇種族エヴイレイスらはなによりもマールを崇敬し、畏怖し、邪神殿を建ててまつっているという。

 記録によるとマールの種族は人間だ。
 そのちっぽけな人間が闇種族エヴイレイスの絶対王を倒したのだから、伝説にもなる。

「それよりカナク、石碑!」

「ああ、そうだった!」

 僕とユーリエは自然と手をつなぎ、石碑に近づく。
 石碑は僕らに応え、バシュッという音と共に、魔法陣を宙に出した。

 ○ ● ○ ● ○ ●

 こんなに幸せなことがあっていいんだろうか。
 彼が好きな人。
 それは、私だった!
 そうであればどんなにいいかと願っていたことが、まさか現実になるなんて。
 なんて、なんて幸せなんだろう!
 彼は傷ついた闇種族エヴイレイスですら、躊躇ためらうことなく助けるような人だった。
 私も彼のように、困っている人がいたら迷わず手を差し伸べよう。
 彼が自然にやっていることを、私もやろう。
 私が使えるこの“魔法”を、アレンシア中に広めるんだ。
 そうすれば、私はもっと彼に近づける気がする。
 おもいはただ一つ。
 彼に、もっともっと好かれるために。
 永遠に、好きでいてもらえるように。
 彼のそばに、ずっといられるように。
 目的ができた私の身体には力が宿り、足取りも少し軽くなった。
 ああ、あなたに会いたいな。
                                                          双月暦五三八年 マール

 ○ ● ○ ● ○ ●

「ああ、もう間違いない。これは私だ。私の想いだ!」

 ユーリエが、僕の手をきつく握る。

「なんでマールが、一〇〇〇年後に現れるユーリエに対してこんな想いを……!?」

 その時。
 僕の脳裏に小さく、一つの可能性が浮かび上がる。
 いやでも、そんな……考えたくない。

 信じたくない。

 ユーリエもきっと感づいている。
 だから僕も、ユーリエの手を握り返した。

 傷ついた闇種族エヴイレイスを助けたって、ネウのこと?
 そんなにユーリエの中で、大きなことだったんだろうか。

 いや、その前に、本当にこれがユーリエの想いだとしたら、マールはなんでそんな個人に当てて、こんな大がかりな仕組みを作ったんだろう。
 この石碑一つ建てるのだって、すごく大変だったはずだ。

 マール経典によると、ドワーフの鉱山から産出されたマナを込められる石“黒石”に向かい、数ヶ月、座りっぱなしでマナを送り込み続けたという。そしてこの文章を書き記した魔法陣に、暗闇と情景を具現化する幻術を仕込む。

 その作業は、まさに命懸けだったという。
 そこまでして未来に残したかった言葉が、ユーリエの気持ち?
 たとえようのない違和感があったけれど、これが真実だ。

 マールとユーリエの間には、なにかがある。
 四つの石碑を見たから、この文章はしっかりと頭に刻み込まれている。
 セレンディアに戻ったら、マールの石碑について調べてみよう。

 などと考えていた、その時だった。

 魔法陣の内部、三列の、古語で書かれた詠唱文が高速で回転する。外周と内周は反時計回りに、中周は時計回りに回り出した。

「ユーリエ、これってなに!?」

「わかんない! 今まで、こんな構文はなかったもん!」

 困惑する僕らの前で、魔法陣の中の文章が消え、新たな文字が流れていく。


『ネンダイ』CHECK……OK。
『ニンズウ』CHECK……OK。
『サイショニミタセキヒ』CHECK……OK。
『ネンレイ』CHECK……OK。
『セイベツ』CHECK……OK。
『●●●●=XXXXXXX』CHECK……OK。
 ……CHECK……ALL_GREEN。
 SECRET・MAGIC_START……。


「なな、なんだなんだ!?」

 今までになかった展開に、動揺する僕。

「これ……最上級魔法よ!?」

「えっ?」

 ユーリエは意外にも、冷静だった。
 魔法陣はこれまでのものとは違って消えず、石碑から新たにマナを与えられて、詠唱文を刻み出す。

「うわあああああああああああああああ!」

 僕とユーリエはまばゆい光に包まれて、魔法陣に吸い込まれた。
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