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3話 武闘会
しおりを挟む身体中が重い…。
寝ていた体を置き上げると、何かが自分へ突っ込んでくる衝撃に完全に目が覚めた。
「やっと目が覚めたのですね!」
「えっと…エレメス?」
私は今まで寝込んでいたようだが原因が全く思い出せない。
何がどうなっているのか困惑しているとエレメスは私に水を渡し、これまでのことを説明してくれた。
どうやらナターシアと出会った教会から帰ろうとした途中で倒れてしまったらしい。聖力に当てられたのか、何か他に原因があったのか。
「セボルトがサーシャを抱えて連れてきた時は驚きましたよ。魔力の消費が激しかったようで枯渇寸前だったんですから」
「魔力の消費?」
まさか、あの空間が私の魔力を浄化していたのだろうか。私は闇の魔力を持ちながらも何故か聖力を持ち、聖力の方が強かったりする。そんな私があの数十分で寝込んでしまうほど浄化されたと思うと震えてくる。
それにしてもこの数日間で寝込みすぎでは…。
体を大切にしよう。
「セボルトがサーシャに魔力を分けてくれたから良かったものの…」
「セボルトが魔力を?」
「あのセボルトでも、さすがにサーシャの魔力を完全に回復させることは出来なかったようですけどね。あ、この後授業がありますがまだ安静にしててくださいね」
「はーい」
エレメスは最後に絶対安静にですよ、と一言残し急いで部屋を出て行く。
私でもこんなに浄化されたなら、私のように闇の魔力を好むセボルトも魔力が枯渇しているはず、それなのに私に魔力を…?
急いで着替えるとセボルトの部屋に向かった。私よりセボルトの方が重症かもしれない。
東棟の階段を降りセボルトの部屋の戸を叩く。返事は帰ってこない。中で倒れているのではないかと心配になり許可を得ずに恐る恐る扉を開けた。
見渡すとソファの上で寝転がっているセボルトがいた。
「…寝てるだけだよね」
セボルトに近寄り顔の前で手を振った。起きる様子はないけれど息はしてる。
胸を撫で下ろし魔力回復のポーションを机に置き出て行こうとするが、腕を捕まれ心臓が止まりそうなほど驚いた。
「お、起きてたの?!」
「嗚呼。それで、魔王の娘さんは授業をサボって遊びに来たのかね?」
「…心配して損した。魔王の娘は優等生なので授業に行きますね」
しかし腕を離してくれる様子はなく、肩に重みを感じ顔を顰めた。
振り返ろうとするがセボルトに振り返るなと止められる。
「人に寄りかからないでくれませんか?」
髪に触られたかと思うと胸元で薄紫色の雫玉がキラキラと輝いた。
これって…セボルトの魔石だ。
「ちょっとした虫除けさ」
「虫除け?」
セボルトの魔力は誰が見ても強いと思える物。敵から私を守るための御守りと言ったところだろうか。
それにしても綺麗に加工されている…。
「肩身離さず持っているんだね」
「…受け取っておきます」
「ほら、さっさと授業に戻りな」
シッシッと追い払われ部屋を出ていく。けれど、感じた違和感に足を止め振り返った。
「今度はなんだい」
「まさか、私に魔力を分け与えたうえに、これを作って自分を追い込んだの?」
「…さぁ、なんの事だか。いい子ちゃんは早く授業に戻りな」
あっという間に追い出されセボルトの部屋の戸が勢いよく閉まる。
しばしの間キョトンとしていると胸元で光る魔石を軽く握りしめ部屋に戻った。
そうしてあの騒動から1ヶ月が過ぎ、その間何一つ問題は無く、授業以外でセボルトに会うことすら無かった。
最近は実家に戻っているという情報を手に入れた。
あのセボルトに実家があったのか。てっきり親が居ないとか闇を抱えたキャラだと思っていたけど違うみたい。
「1ヶ月にして授業が難しくなって来ましたね」
「そうだね」
廊下を歩いていると、武闘会の宣伝をするピクシーに気が付いた。ピクシーの飛んだ跡がキラキラと光る文字になっている。
『5/12舞踏会開催 参加者募集』
この学園では一大イベントとして5月頃に武闘会が行われる。学年、学部関係なく、それぞれ競い合う大会。最近は上位になる者が固定されているとか。6年制となれば固定されるのも当たり前か。
「今回の武闘会は1年が実力者ばかりなので楽しいものになると言われているんですよ」
「へぇ、それは楽しみだね」
「…サーシャは参加しないのですか?」
「私はいいかな。みんなマジッククリスタル目当てでしょ?私には必要ないし」
マジッククリスタルはこの大会の優勝賞品で、魔力の原石と言われるもの。お目にかかれないほど高値で売られているから皆欲しがるはずだ。それに、魔力切れを起こした時に使ってもまだまだ余裕があるほど魔力が込められているらしい。
けれど、魔力切れに使うよりもっといい使い方があるのだがこの世界ではほとんどの人が知らない話。
「そうですか…サーシャも参加するのではと楽しみにしていたのですが」
「魔力のぶつかり合いに参加する気は無いよ。それよりその後の舞踏会じゃない?優勝した者をお祝いするとか」
同日に開催される舞踏会もこの学園の一大イベント。
だが、この舞踏会ではパートナーが必須で一人だと変な目で見られるとか聞いた事がある。それなら参加しない方がマシなのだが、舞踏会では様々な料理が出ると聞いているから必ず参加したいところ…。
「パートナーって女同士でもいいんだよね?!」
「あ、私は既にパートナーが居ますから無理ですよ」
「裏切り者…一人で参加するのもな…」
「お前まだパートナー居ないのか」
その声に振り向くと茶髪の少年、ユグ・セフィルが立っていた。
ユグ・セフィルは筆記は置いといて、体力テストを全て満点という高得点を出したという脳筋の優等生だ。
「そういう君もパートナーは決まってないだろ」
こちらに来るなりセフィルにグサリとダメージを与えるサヌス・ジョルジュ。青髪が特徴的なイケメン紳士な少年なのだが、この顔には裏がありそうで少し苦手。
「あぁ?そんなの俺ならすぐ見つかるし?まぁ、そんなに見つからないってんなら…」
「ユグ様!」
私とエレメスは突然大声を上げ飛んでくる女子生徒に気が付き咄嗟に避けた。
突っ込まれたセフィルはバランスを崩したものの何とか耐え女の子を抑える。流石期待されている優等生なだけある。
「シャルティア!お前急にくるなって…!」
「そう怒らないでくださいな。あ…この娘はいい噂が無いのですよ。ほら、あのセボルトとかいう怪しげな教師と仲良くしていると聞きますし。あの教師は試験で死人を出したと聞きましてよ、それなのにまだ居るなんて…裏で手を回しているんじゃなくって?」
どこでそんな噂が流れているのか。
シャルティアとは試験後たまに顔を合わせていたが、セフィルと仲良くなってから私をライバル視してきたちょっと面倒臭いタイプ。
それにしてもそこまでセボルトを悪く言う必要は無いはずだ。現に何も悪い事はしてない訳だし…多分。
「ちょっと言い過ぎ…」
思わず言い返そうとしたが、誰かに口を塞がれてしまうと体重が後ろから伸し掛り倒れそうになる。
こういう事をするのはこの学園で1人しか居ないだろう。
「そうだね。私とサーシャはそこらの生徒よりかは仲がいいかもしれないね」
「セボルト先生?!」
突然現れたセボルトにその場にいたみんなが動揺する。特にシャルティアは青ざめてしまう。セボルトを馬鹿にしたんだ、その張本人に聞かれたのだから無理もないか。
「帰ってきていたのですね」
「さっき帰ってきたばかりさ。それより、授業が始まるようだが良いのかね?」
そう言われ授業のことを思い出した私たちは急いでその場を後にした。
この後の授業は怒らせてはいけないという怖い教師の授業だ。遅れるわけにはいかない。
花火のような爆発音が会場内に響き渡る。
武闘会当日。世界中から生徒たちの戦いを見ようと観客が集まっている。
実行委員会に入っていた私は見回りをしていたのだが、ある団体に気が付き柱の影に隠れた、魔王城の人達だ。まさか私が出場すると思って来てる?!
ふと、近くを歩いていたセボルトに気が付き腕を引っ張ると柱の影に隠れるよう指示を出した。
「追手でも居るのかね」
「そういう訳では無いんだけど、あそこにいるのってパパだよね?」
「パパ…あぁ、魔王のことか」
変装してはいるが、禍々しいオーラが出てしまっている魔王一行。生徒たちが完全に警戒している。
「もしかして私も出場するって思って来ちゃったのかな?」
「違うだろう」
「でも魔王自ら学園に足を踏み入れたとしたら大問題なんだよ?!それほど楽しみに娘の活躍を見に来たってことじゃないの?!」
「……そうだな、なら出場してみればいい」
「え?」
一度魔王一行を見つめ考えると、魔王より魔王らしい不敵な笑みを浮かべ私の出場を決めてしまう。そうして私はあっという間に急遽出場することになったのだった。
この日のためと練習してきた魔法は何一つない。言わば、魔王城で身を守ることしか教えて貰わなかった私には防御魔法しかないのだ。
いっその事大爆発を起こして会場ごと吹き飛ばしてしまおうか。
「悪い方には向かうんじゃないよ」
「また心を読んだ?でも私には…」
「…なら、一つだけ闇の呪文を教えてあげようか」
「闇の呪文?」
セボルトから耳打ちされた長ったらしい呪文を頭に叩き込むと小さく頷いた。
そうして迎えた1戦目は運がいいのかセフィルでは無く魔法科の生徒だった。しかし油断は禁物。
「貴方がサーシャね。噂で聞いてるわ」
「そ、そうですか…」
ゲネブ・プロヴィス。事前にセボルトから聞いた情報では、魔薬作りが趣味と聞いている。多分仕掛けてくるのは魔薬関係の魔法。
くれぐれも魔薬には気を付けろとセボルトから何度も注意された。そして、もしセボルトがサーシャの相手ならばまずは魔法を封印してくると。
「それじゃあ、いくよ」
服のポケットから小瓶を手にすると私に向かって走ってくる。
やはり聞いていた通り魔薬を使っての攻撃だ。投げて当たる距離に来るとすぐに小瓶を投げて来た。小瓶は地面に落ち光り輝く液体が漏れ出す。
今度はこっちだ。すぐに終わらそうとセボルトから教えてもらった呪文を呟く。しかし、魔法は発動することは無かった。
「ぐふっ、気付かないの?私が投げたのは魔法封じの魔薬。てっきりセボルト先生からアドバイスを貰っていると思ってたけど違うみたいね。いや、貴方が馬鹿なだけかな」
液体に触れると発動すると思っていたのだが、どうやら空気に触れているだけでも発動するようだ。
けれど、魔法が封じられたからと言って他の手段がない訳では無い。
「貴方は私を楽しませてくれると期待していたのに残念」
「なんでそこまで期待してるのかは分からないけど、そう簡単にやられるつもりは無いよ」
それにしても私とセボルトの関係がなぜこんなにも広まっているのだろうか。
そんな事を考えていると、突然目の前が爆発し後ろに倒れ込んだ。
「ぐふふ、私を前に考え事なんて許さない!」
そう言うなり次々と私を追うように爆発が起こり続ける。逃げるのに必死でこれ以上できる事が無い。
え?怖すぎなんだけど?!
必死に逃げていると、目の前を飛んできた光に気がついた。咄嗟にその光を掴み息を吹きかけ光は体を手に入れ私の周りを飛び回った。
「精霊?!なんで精霊使いじゃないのに精霊を実体化できるの?!」
「あ、えっと…」
つい精霊を呼び出してしまったが、光だけの低級精霊を体を持つ中級精霊にできるなんて精霊使いでも珍しい力だった。思わずすぐに終わらせようと精霊の力でゲネブを眠らせるとその場に倒れ込む。
こんな終わり方で良いのかなとは思うけど、この力のことを深く探られたくはない。ふと、魔法が展開された事に気が付きセボルトを見た。
後々聞くと私が精霊に力を貸してもらい眠らせた記憶は消え、開始早々魔法で眠らせるという手荒な戦法をしたことになっていた。
「もうちょっと良い戦法にはならなかったの?」
「精霊を使って眠らせた奴が何を言うのかね」
「うっ、それは咄嗟に…」
モジモジとしながら言うと私の手に乗る精霊に笑いかけた。
精霊との契約を得意とするママの力を少しだけ受け継いでいるため、そこら辺にいる低級精霊に体を与え力を借りる事ができる。契約はまだ無理だけど。
「それよりパパとママは?!」
「あぁ、そう言えば忘れていた。校長室に居るはずだ」
「校長室に?」
「魔王だからね。流石に無下にはできないさ」
私たちはすぐに中央塔にある校長室へ向かうとそこには見覚えのある顔が勢ぞろいしていた。
入学してから2ヶ月も経っていないのに凄く久しぶりに会った気がする。
「やっと来たかね」
校長のシュラザード・ゼネルは私を見ると優しそうに微笑み目の前に居る魔王城からの客人を見る。
ママから聞いてはいたけれど、私の師匠でもあるシュウが本当にここの校長をしていた事に驚いたけれど今はそれどころでは無い。
「パパ、ママ…」
「待ってたわよ」
両手を広げるママに飛び付くと私の額にキスを落とした。黒く綺麗な髪が私の顔に落ち目を閉じた。
ホームシックでは無いけれど目の前に家族が居ると思いが込み上げてしまう。後ろに居たパパに振り返るとセボルトがパパに軽く会釈をし挨拶してるのが見えた。
そこら辺はしっかり挨拶するんだ。その光景を見ていると、パパが私を見て小動物のように寂しそうに見てくるから私はパパを抱き締めた。あの魔王が娘大好き人間なんて知られたらイメージが崩れ落ちるだろうな。
「それで、なんでここまで?」
「もちろん娘に会うためよ。でもまさか、出場してるとは思いもしなかったわ」
「え?」
てっきり出場すると思って来たのかと思ったが、単純に私に会いたくて来たらしい。
一度ここに足を踏み入れたら許可が出ない限り外には出られなし、外部の者が入る事も禁じられている。この機会を逃したくはなくて来たと…。
「それにしても魔法に頼らずに精霊を使うなんて流石私の娘ね。どんな精霊と契約できるのか楽しみにしてるのよ」
「契約って…」
目を輝かすママに苦笑いで返した。
何人もの精霊と契約してるママには分からないかもしれないが、精霊と契約するのはとても大変な事なんだよ。
「あ、そう。目的はそれだけじゃないのよ。これを渡したくてきたの」
そう言って渡して来たのは大きな黒い箱。開けてと言わんばかりに期待の眼差しを向けてくるため、机に箱を置き開けた。中には透き通るほど綺麗なレースがふんだんにあしらわれた青いドレスが入っていた。
「これ、どうして…」
「ほら、この後舞踏会があるんでしょ?どうせ準備もしていないと思って持ってきたのよ」
そう言えばパートナーのことばかり気にして肝心のドレスのことをすっかり忘れていた。青ざめるとママはクスクスと笑って私の頭を撫でてくれる。
結局パートナーは見つから無かったけどね。
「本当に準備をしてなかったようね」
呆れてそうだけど優しげな眼差しを向けるママに何度もお礼を言った。パートナーが居ない上にドレスが無いとなれば参加どころの話ではない。
「さて、私たちは無事渡せたし行くわ。これ以上ここにいたら一部生徒は気づいてしまうからね」
娘との別れを惜しむように私の手を離そうとしないパパの腕を引っ張ると魔王城御一行はゾロゾロとその場を後にした。少しばかりパパに申し訳なさを感じ、すぐに校長室から出たがその場に姿は無かった。転移魔法で帰ってしまったようだ。
今度はいつ会えるかな。
終わりを告げた武闘会の優勝者はユグ・セフィルだった。
他の出場者に希望を与えることなく簡単に蹴散らし余裕の優勝。私はと言うと戦う理由が無くなり一回戦目で棄権、優勝するつもりは元々無かったから。
そして舞踏会は始まり、その楽しげな音楽は部屋にまで聞こえてきた。パートナーが居ないため誰も迎えに来ることはなく1人せっせとドレスを着ていた。
「そろそろ行かないとエレメスたちが心配しちゃうだろうな」
ドレスを軽く持ち上げ椅子から立ち上がると鏡の前で手袋を身に付け最終確認をした。
よく見るとレースに宝石のような物が付いており青いドレスは月明かりに照らされ夜空のようにキラキラと輝いていた。ちょっと派手じゃないかな。
いつもは顔の横の髪は結んでいたけれど、今日は大人っぽく見せたくてあえて何もいじらず綺麗な青いリボンを頭の横に付けた。
「やっぱり童顔…。悪役令嬢のくせにかっこよさが全くない」
自分の頬を両手で包む。でも私はこの顔すごく好きだよ。
最後に頬を軽く叩き気合を入れると部屋を出た。
広い廊下は誰一人おらず、静かで暗いまま。怖い、なんて気持ちは無い。むしろ綺麗とさえ思ってしまう。
会場に着くとあまり目立たないよう裏からこっそりと入りエレメス達がいるテーブルに近付いた。
「あ、サーシャやっと来たのですね」
「うん、用意に手間取っちゃって」
アハハと笑いながら周りに目を向けると見られていることに気がつき壁の方を向いた。
幼い頃から私が狙われていた原因、魔王の力である魅了の力が着飾った事で増してしまっているみたい。最近はコントロール出来て来たと思ってたけど、やっぱり地味な装いじゃないと視線を集めてしまうんだよな。
「…魔王の娘も大変ですね」
「うん」
「サーシャじゃ…お前にしてはいいんじゃないか」
と、顔を赤らめそっぽを向くセフィル。
武闘会で優勝したセフィルでも魅了の力には抗えないみたい。
「それ褒めてる?」
「ユグは素直じゃないね」
クスクスと笑いながら近付いてきたサヌス。女子生徒から大人気なサヌスが居ると痛いほどの視線を感じるので出来れば離れて頂けると…。
3人が話している最中、私は辺りを見渡した。この舞踏会には生徒だけではなく教師も参加している。だがセボルトの姿はどこにもない。まぁ、こんな騒がしい舞踏会とか好きじゃなさそうだし仕方ないか。
エレメスに持ってきて貰ったジュースを手に取ると雰囲気に慣れず気分展開に庭に繋がるテラスに出た。綺麗な満月。
「…サーシャには悪い虫が付きやすいですね」
そう言って近寄ってきたエレメスはニコリと笑みを見せ、私から飲み終わったジュースのグラスを受け取る。
「悪い虫?」
「はい、悪い虫です」
「サーシャ」
突然名前を呼ばれ振り返るとそこにはセボルトが立っていた。舞踏会には参加していないようでいつもの姿だ。
「私はワインを貰ってきますね」
「あ、うん」
エレメスの後姿を見つめ見送るとセボルトに目を向ける。
「何かあったの?」
セボルトは私の傍に来るなり突然手を引きテラスから出て庭を歩く。いつも歩幅を合わせてくれていたのに今日はやけに早歩きだ。
「ちょっ、ちょっと待って。ドレスを着てるから追い付け…」
振り返ったセボルトは倒れ込むように私の肩に顔を乗せ寄りかかってきた。支えきれずにその場に座り込むように崩れる。
セボルトからこんな事されるとは思いもせずおかしな行動に困惑する。
「えっと…何かあったの?」
「…しばらくこのままでいてくれて」
ふと、セボルトの魔力が珍しく弱く揺れているのを感じ軽くセボルトを抱きしめた。あんなに怖く恐ろしかったセボルトの魔力は今じゃ子供のように震えていて不安定だ。
「ねぇ、何があったのかは教えてくれないの?」
その答えに返答は無かった。
静かなせいで舞踏会の音楽がよく聞こえる。そろそろ終わりのようで落ち着いた曲が流れている。
「……サーシャ、もう誰かと踊ったのかい?」
「ううん、さっき来たばかりだから」
「…なら、私と踊ってくれないかい?」
そう言ってセボルトは立ち上がり私の手を引き立たせる。
先程のセボルトはどこへ行ったのやら、もついつものセボルトに戻っている。弱々しいセボルトは少し可愛いと思ったのにな。
差し出された手に自分の手のひらを置くと、手を引かれリードされるがまま音楽に合わせ踊った。
「ねぇ、セボルト」
「なんだい?」
「私、もっと強くなりたいの。反勢力のこともあるし、このままじゃ多分私だけじゃなくて周りも不幸にしてしまうから」
これは未来を知っているから言えること。
乙女の嗜好の悪役にいい未来は無い。待っているのは死んでも尚苦しむ未来。そして、未来を知る私でも知らない敵が現れた。今はまだ物語の道を外れているが、この話には強制力があるかもしれない。なら、私は自分の力で全てを覆したい。
「…君が強くならなくともいいと私は思うけどね」
「確かに私の周りには強い味方が沢山いる。それでも自分の手で歩みたいんだ」
これは自分の欲望。
前世はなるようになればいい、そう思って生きてきた。だから、今世では自分の力で全てを解決したい。変わりたい。
「だから、これからもよろしくね」
「…嗚呼」
音楽が終わると同時に私たちは離れお辞儀をする。
顔を上げた時にはセボルトはもう居なかった。
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作者ツイッター: twitter/minori_sui
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