処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます

ひなた翠

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第一章 目覚め

眠れない夜の出来事

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 ――眠れる気がしない。

 柔らかいベッドの中で何度も寝返りを打ち、天蓋の布を見つめ、目を閉じ、また開ける。前世のせんべい布団では一秒で意識を失えたのに、公爵の寝具は身体を包み込みすぎて逆に落ち着かなかった。

(非モテど陰キャが、悪役公爵とか……どう考えても配役を間違えてるとしか思えない)

 魂を分配する神様は、老眼かなにかだろうか。ちょっと手元がくるって、間違えました――とかじゃない限り、小心者の社畜が悪役に徹して行動できるわけがない。

 前世の自分をいじめ抜いてきた部長あたりが適任だと思うが。

 コンコン。
 ノックの音に、思考が止まった。

 蝋燭はほとんど燃え尽き、暖炉の残り火だけが部屋を薄く照らしている。使用人がこの時間に主人の部屋を訪ねることは、この身体の記憶にはなかった。

「……誰だ」
「レオンです」

 扉越しの声は、か細く震えていた。

「怖い夢を……見てしまって。一人では眠れなくて」
 声が掠れていた。

(……そりゃそうだろう。あんなことをされた後で安眠できるわけがない)

 胸の奥が痛んだ。ベッドから出て、扉を開けた。

 エリオットの上着を羽織り、裸足のまま廊下に立っている。亜麻色の髪が乱れ、大きな瞳は潤んでいて、唇が微かに震えていた。月明かりが廊下の窓から差し込み、レオンの白い肌を青白く照らしている。

(こんな格好で廊下を歩いてきたのか。裸足で——こいつは、靴をレオンに与えてないのか?)

「入れ」

 短く言って、扉を大きく開けた。レオンが小さく頷き、部屋に滑り込む。冷えた足先が石の床を踏むたびに、ぺたぺたと薄い音が鳴った。

「すみません……ご迷惑を——」
「いい。座れ」

 ベッドの端を示した。レオンがおずおずと腰を下ろす。記憶を探れば、以前のエリオットは、レオンを自分のベッドに上げることはなかったようだ。そもそもレオンをあの部屋から出すことさえも許してはないようだ。

「毛布を使え。足が冷えてるだろう」

 毛布を一枚渡した。レオンが受け取り、裸足の足を包むように身体を丸めた。上着と毛布に包まれた姿は小さく、十八歳の少年というよりも、迷子の子どもに見えた。

「……どんな夢だった」
「エリオット様が、いなくなる夢です」

 レオンの声は静かだった。毛布の端を握りしめたまま、膝の上を見つめている。

「朝になったら、また元に戻っているんじゃないかって。今日の優しいエリオット様は夢で、明日目が覚めたら、また……」

 言葉が途切れた。唇を噛み、俯く。肩が小さく震えている。

(今日一日だけ優しくされて、明日には元通りに虐待される。そう感じるのも無理はない)

「元には戻らない」
 ――多分。

 この身体では、柔らかい言い方ができない。だから事実だけを述べた。

「俺は、もうお前を傷つけない。明日も、明後日も。それだけは——約束する」

 レオンが顔を上げた。蝋燭の残り火に照らされた瞳が揺れている。信じたいのに信じきれない表情をしているように見える。唇が動きかけて、止まった。

 沈黙が数秒続いた。

 レオンの手が伸びた。毛布の中から白い指が出て、エリオットの手に触れた。指先は冷たかった。廊下を裸足で歩いてきた身体が、まだ冷えきっている。

「温めてください」
 声が変わっていた。

 震えは残っていたが、その下に、別の温度が混じっている。指先がエリオットの手首を掴み、毛布の中に引き込んだ。

「身体が冷えて……眠れないんです」

 二人の距離が縮まった。レオンの身体がベッドの中に潜り込み、エリオットの隣に横たわる。冷えた足先がエリオットの脛に触れ、ひやりとした感触が走った。

(近い……というか同じベッドに——)

 レオンが身体を寄せてきた。胸に顔を埋めるように。上着越しにエリオットの心臓の上に頬を当て、鼓動を聞いている。

「速い。エリオット様の心臓、すごく速い」
(当たり前だ。この状況で平静でいられる人間がいたら紹介してほしい)

 こんな経験、したことがない。前世では布団に横になるときは一人だった。誰かの温もりなんて感じたことがない。

「ここも……痛いんです」

 レオンの手がエリオットの手を取り、下腹部に導いた。毛布の中で、寝衣の裾を超えた先に、温かい肌があった。恥骨の上あたりに、エリオットの掌が押し当てられた。

「さっきは途中だったでしょう?」

 囁くような声だった。「さっき」とは、転生の瞬間に中断された行為のことを言っているのだろう。鞭で打ち、性的な行為を強要しようとして、エリオットの意識が途切れて止まった——あの続きを、レオンは求めている。

(待て。待ってくれ。社畜陰キャ童貞には無理難題すぎる。前世で女性の手すら握ったことがないのに、なぜ美少年に手を握られ、さらには大きくなったアレを触っているなんて――)

 心の中が嵐のように激しく動揺していても、顔の表情筋は一切、動いていない。この身体は感情を表面に出さない。感情と表情筋の連動が遮断されている。

掌は下腹部に押し当てられたままで、レオンの体温が指先から腕を伝って登ってくる。

「エリオット様は今日、優しくしてくださいました。ご飯も、お薬も。だから——」

 レオンが起き上がった。毛布の中で身体を翻し、エリオットの上に跨る。細い太腿が腰の両側に降り、寝衣の裾が開いてシーツの上に広がった。暗い部屋の中で、暖炉の残り火だけがレオンの輪郭を赤く照らしている。亜麻色の髪が肩に落ち、上着が片方の肩からずり落ちて、鎖骨と鞭の跡が露わになった。

「——お礼がしたいんです」

(なぜ俺が下なんだ。いやそもそも同意も何も——前世で三十二年間、誰の上にも下にもなったことがない人間に、いきなり美少年に跨ってこられても……)

 頭の中は豪雨のひどい嵐だったが、身体は別の反応を示していた。

 レオンの体重が腰に触れた瞬間、下腹部に血が集まり始めた。意思とは無関係に、この身体はレオンの匂いと温度と重みに反応する回路ができているようだ。前の持ち主が作った回路だろう。何度もこの少年と交わり、この少年の身体を覚え、この少年の上で、あるいは下で、快楽を重ねてきた記憶が身体に刻まれている。

「あ……もう、硬くなってる」

 レオンの声に、微かな驚きが混じった。腰の下で膨らんでいくものを感じ取り、甘い笑みが唇に浮かぶ。

「優しいエリオット様でも、ここは正直なんですね」

 レオンの指がエリオットの寝間着の前を開いていく。慣れた手つきだった。露わになった腹筋の上を、指先が下へ下へとなぞっていき、腰紐に触れた。

(止めなければ。止めるべきだ。この子はさっきまで鞭で打たれていた。傷だらけの身体で、こんなことを——)

 レオンの指が腰紐を解き、布の下に滑り込んだ瞬間、思考が白く弾けた。細い指が直接触れる。冷たくも熱くもない、丁度いい温度の指先が、すでに硬くなったものの輪郭をなぞっていく。根元から先端へ、先端から根元へ。焦らすような速度だった。

「大きいですね……いつもと変わらない」

 レオンが呟いた。「いつも」という言葉が、この身体の過去を物語っていた。何度もこの指で触れ、何度もこの手で握り、その度に主人の機嫌を窺いながら奉仕してきたのだろう。

 レオンが腰を浮かせた。自分の寝衣の裾をたくし上げ、下着をずらす。準備は既にできていた。太腿の内側に光る筋が伝い、入り口は濡れて柔らかくなっていた。怖い夢を見てここに来たはずの少年の身体は、最初からこうなることを見越していたかのように整っている。

(……怖い夢って、本当に?)

 疑念が一瞬よぎったが、レオンがエリオットのものを手で掴み、自分の入り口に宛てがった。

「待——」
「大丈夫。僕の身体は、エリオット様に合わせてできてますから」

 ――沈んだ。

 ゆっくりと、レオンの身体がエリオットを呑み込んでいく。狭い内壁が押し広げられ、圧迫と熱が同時に襲ってくる。レオンの喉から声が漏れた。苦しそうな、けれどどこか恍惚とした声。眉が寄り、唇が開き、息が荒くなる。

 根元まで沈みきった時、レオンの全身が震えた。背中が反り、ずり落ちた上着の下に鞭の跡が蝋燭の残り火に浮かぶ。

「ん……っ、はぁ……」

 レオンが目を開けた。潤んだ瞳がエリオットを見下ろしている。暗い部屋の中で、暖炉の赤い光だけがレオンの頬を照らしていた。

「動きますね」
 腰が動き始めた。

 小さく、ゆっくりと。レオンが自分のリズムで腰を揺らしている。上下ではなく、円を描くように。内壁がエリオットのものを締め付けながら、角度を探るように動く。快感が下腹部から背骨を這い上がり、頭の芯に響いた。

(これは……まずい。身体が、勝手に——)

 腰が浮きそうになるのを歯を食いしばって堪えた。だが身体は正直だった。下腹部の筋肉が勝手に収縮し、レオンの動きに合わせるように脈打っている。この身体は、この快楽を知っている。この角度を、この締め付けを、この温度を。

 レオンの動きが変わった。

 ゆっくりだった腰の動きが、速くなる。上下に大きく、一度抜きかけてから深く沈むリズム。毛布が落ち、濡れた音が暗い部屋に響き、レオンの声が甘く漏れる。

「あっ……エリオット様……気持ちいい……」

 レオンの声が耳朶を打つたびに、思考が溶けていく。内壁が締まり、最奥が先端を食むように吸い付いてくる。

(考えろ。考えるんだ。俺は、この状況を、冷静に——冷静に——)

 レオンが身体を前に倒し、エリオットの胸に手をついた。角度が変わり、一段深い場所に届いた。

「っ——」

 声が出た。自分の声に、自分で驚いた。低い、掠れた声が喉の奥から勝手に漏れている。顔は無表情のままなのに、声だけが制御を外れた。

「いい声……もっと聞かせてください」

 レオンが腰を打ちつけるように動いた。一度、二度、三度。そのたびにエリオットの身体が跳ね、シーツを掴む指が白くなる。快感が波のように押し寄せ、引いて、また押し寄せる。波の間隔がどんどん短くなっていく。

(——だめだ。もう——)
 限界だった。

 下腹部に熱が集中し、身体の中心が灼けるように熱い。レオンの内壁が律動的に締まり、引き絞るように圧迫してくる。逃げ場がない。頭が白くなり、思考という思考が消え、残ったのは下腹部の熱と、レオンの体温と、繋がっている場所から伝わる脈動だけだった。

「——っ」
 声にならない声と共に、身体が弾けた。

 腰が跳ね上がり、レオンの奥深くに注ぎ込む。意識が白く飛び、視界から天蓋が消えた。どのくらい続いたのかわからない。長い痙攣が背骨を貫き、指先から力が抜けていく。

 息が荒い。心臓が肋骨を叩いている。天蓋がゆっくりと視界に戻ってきた。

 レオンがまだ上に乗っていた。繋がったまま、エリオットの胸に手をついて、荒い呼吸を整えている。頬は赤く、瞳は潤み、唇が薄く開いていた。達した余韻で身体が微かに震えていたが、その瞳の奥に鋭く光るものは快楽だけではなかった。

(俺を……見ている? いやずっと見ていた?)

 エリオットの反応を、一つ残らず見ていたように感じる。濡れた瞳がエリオットの一挙手一投足を捉えている。

「……エリオット様」
 レオンが身体を屈め、エリオットの耳元に唇を寄せた。甘い吐息が耳朶に触れる。

「今日のエリオット様、いつもと全然違う」

 囁きには、確信があった。それでいて新しい玩具を見つけた子どものような、好奇心を隠しきれない声音も混じっていた。

「でも、僕は——」

 レオンが繋がったまま、もう一度腰を揺らした。まだ硬さの残るエリオットの熱を呼び起こすように、内壁が蠢く。使い終わった後の敏感な場所を刺激され、エリオットの背中が反った。

「——どんなエリオット様でも、好きですよ」
 その言葉が本音なのかどうかはわからない。

 行為に満足したのか、レオンがようやく身体を離した。

 繋がりが解かれた瞬間に零れ落ちたものが、シーツに白い染みを作る。レオンは気にした様子もなく、隣に横になる。

(……前世で三十二年間、女性とまともに目も合わせられなかった男が、転生初日に美少年に騎乗位で搾り取られた。何だそのあらすじは。自分の人生のはずなのに意味がわからない)

 レオンは当然のように布団に潜り込み、小さく身体を丸める。

「今日は……ここで寝てもいいですか」
「……好きにしろ」

 エリオットの返答に満足したのか、レオンが安心したように微笑むと目を閉じた。数分もしないうちに、小さな寝息が聞こえてくる。

(この子は、あの行為の最中にずっと俺を観察していた。前のエリオットとの違いを測っていた。達する瞬間も、声が漏れた瞬間も、全部――)

 背筋に、快楽とは別の種類の震えが走った。

(明日だ。全部、明日考える。とにかく今は——寝る)

 目を閉じた。隣のレオンの体温が、毛布を隔ててかすかに伝わってくる。一人で横になっていたときは、眠れそうになったのに。隣に人の体温があるだけで、瞼が急に重くなり意識を手放した。
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