処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます

ひなた翠

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第六章:碧眼の光に導かれ

残り香を散らす熱

「――清めてくれ」

 カイルが低く、掠れた声で告げた。エリオットの細い腰を強引に引き寄せ、額を合わせた至近距離で、碧い瞳が真っ直ぐに射抜いてくる。

「触れられた感触が、反吐が出るほどに気持ち悪い。あいつの匂いが、肌に纏わりついて離れない。お前の匂いで、すべてを跡形もなく塗り潰してくれ」

 その瞳に、冗談の類を孕んだ色は微塵もなかった。本能に突き動かされた、切実なまでの懇願だった。

「……ここで、か」
「ここでだ」

 場所は王宮の執務室であった。議会の開会までは、一刻の猶予もない。扉一枚を隔てた廊下の向こうでは、多くの官僚や貴族が行き交っているはずだった。

「……鍵は」
「かかっていない」
「かけろ」

 カイルは即座に腰から手を離し、大股で扉へと向かった。金属質の硬い音がして錠が下ろされる。その間に、エリオットは部屋の奥に鎮座する重厚なソファへと身を沈めた。

 戻ってきたカイルは、忌々しそうに軍服の上着を脱ぎ捨て、白いシャツ姿になっていた。レオンの移り香が染みついた上着が床に無造作に落ちる。カイルはその亡骸を見下ろし、不快そうに眉を寄せた。

「後で速やかに洗浄させる」
「大袈裟な男だな」
「大袈裟なものか。お前以外の匂いに汚された服など、一刻も身に纏いたくないのだ」

 迷いのない言葉だった。この男は常に真っ直ぐで、その純粋な強さに、エリオットは幾度となく救われてきた。

 カイルがソファに片膝を突き、エリオットを押し包むように覆い被さった。革張りのソファが重苦しく軋み、エリオットの背中が柔らかいクッションに深く沈み込む。カイルの大きな手がシャツの裾から滑り込み、熱を帯びた腹筋を撫で、脇腹を辿り、胸元へと這い上がってきた。

 唇が重なった。自分自身の匂いでカイルのすべてを上書きするように、深く、貪るような口付けだった。侵入した舌が口腔の奥を執拗に舐め上げ、エリオットの舌と熱く絡み合う。肺の空気が尽き果てるまで唇を離さず、離れた瞬間にまた飢えたように重ねた。カイルの唾液の味がした。決して甘くはない。だが、それが愛するカイルの味であると認識するだけで、胸の奥で渦巻いていた不快な炎が、静かに鎮まっていくのを感じた。

「……っ、カイル、息が――」
「もう少しだけだ」

 唇は顎のラインを滑り、剥き出しの首筋へと移った。鎖骨を愛しむように舐め上げながら、カイルの指先がエリオットのうなじへと回った。そこに刻まれた番の噛み痕――永遠の契約を証明する証を、指の腹で優しく、しかし執拗になぞる。舌が首筋を湿らせ、同時に指先が敏感な痕を撫でた瞬間、全身に電流のような戦慄が走った。

「あ――っ」
 腰が不随意に跳ねた。前後の刺激が同時に脳を焼き、甘い痺れが背骨を駆け上がっていく。

「ここを愛でれば、お前の身体は即座に無防備な反応を示すな」
「分かっていて……弄んでいるだろう……」
「当然だ」

 カイルの手がシャツを強引に捲り上げ、胸元まで押しやった。露わになった乳首に熱い唇が落ちる。舌先で転がされ、吸い上げられるたびに、下腹部の奥に甘美な痺れが溜まっていく。もう片方の先端も指先で執拗に弄られ、二箇所を同時に責め立てられる快感に、思考は白く霧散しかけていた。

 カイルの手が、互いのベルトを外した。衣服が乱れ、肌と肌が直接触れ合う面積が広がっていく。執務室の空気は冷ややかであったが、カイルの体温が接している場所だけが、焦げるような熱を帯びていた。

「脚、開けるか」
「……このような場所で、それほど広げたら――」
「ソファの狭さは承知している。だが、もう一刻も猶予がない」

 カイルの指が背後に回り込んだ。そこはすでに、溢れ出た蜜で湿り気を帯びていた。番のフェロモンに、本能が抗いようもなく反応したのだ。カイルの指が入口を優しく解しただけで、秘液が溢れ出し、容易に二本の指を飲み込んだ。

「もう、これほどまでに濡れている」
「口に出すな」

「俺が触れれば、すぐさまこうなるな」
「黙れと言っている……」

 カイルは愉悦を湛えて笑い、指を動かした。粘膜の奥を擦り上げられるたびに、甘美な波紋が全身へと広がり、声を殺し続けるのが困難になっていく。執務室の壁は厚いが、声を荒らげれば廊下にまで響く恐れがあった。エリオットは唇を強く噛み締め、漏れ出る喘ぎを喉の奥で押し殺した。

 三本目の指が加わり、十分に準備が整えられた頃、カイルは指を抜いてエリオットの腰を抱き上げた。ソファの上でエリオットの脚を自らの腰に回させ、硬く昂ぶった先端を入口へと押し当てる。

「入れるぞ」
「……早く、しろ」

 一息に、最奥まで貫かれた。内壁が大きく押し広げられ、背中が革のソファに強く押しつけられる。クッションが悲鳴のような音を立て、エリオットの口から堪えきれない吐息が漏れた。

「ぁ――っ、あ……」
「声を出すなと言ったのは、お前だろう」

「……っ、お前が、躊躇いなく一気に入れるからだ……」
「我慢の限界だったのだ。お前が早くしろと誘うから」

(何という子ども染みた言い訳だ。王太子ともあろう男が……あ、動くな。まだ慣れていないうちに、動くな――)

 エリオットの思考など構わず、カイルは腰を引き、再び深く突き入れた。ソファの脚が床を擦り、鈍い音が部屋に響く。エリオットは反射的にカイルの強靭な肩を掴み、歯を食いしばった。しかし、鼻を抜けていく甘い声までは制御しきれない。

「声など、我慢する必要はない」
「先ほど、出すなと――」
「撤回する。お前の声を、もっと聞かせてくれ」

(どちらなのだ。勝手すぎる……あ、そこ、だめだ、そこは――)

 内壁の一点を正確に擦り上げられ、視界が白濁した。カイルの腰の動きが速度を増していく。ソファが激しく揺れ、革の擦れる音と肉体がぶつかり合う卑猥な音が執務室を満たした。窓の外では王宮の庭園が春の日差しを浴び、官僚たちが何食わぬ顔で議場へと向かっているはずだった。しかし、そのような外界の喧騒など、もはや意識の端にも留まらなかった。

「カイル……カイル……もっと……」
「もっと、か?」
「もっと深く……お前に残った残滓を、すべて、俺の匂いに変えてしまいたい――」

 カイルの碧い瞳に、激しい情熱が灯った。突き込みはより深く、より狂おしくなり、ソファが壁に当たって大きな衝撃音を立てた。エリオットの脚がカイルの腰に縋りつくように巻き付き、踵がその背を強く押した。より深く、最深部へ。カイルの細胞に染みついた微かな残り香を、己の存在ですべて塗り潰したかった。

 カイルがエリオットの両手を掴み、ソファの肘掛けの上で指を固く絡めた。指を繋いだまま激しく腰を叩きつけられ、繋ぎ合わせた指に力がこもる。互いの関節が白くなるほどに握り締め合いながら、カイルの動きは最終的な加速へと入った。

「一緒に――」
「ああ――っ!」

 絶頂が訪れた。熱い内壁がカイルを狂おしく締め上げ、下腹部の奥で甘美な爆発が弾ける。声はもはや制御不能となり、カイルの肩に顔を埋めて叫んだ。カイルも同時に、熱い奔流を最奥へと注ぎ込んだ。体内に満たされる熱を感じながら、エリオットの肢体は長い間、快感の余韻に震え続けた。繋いだ指は、最後まで離れることはなかった。

 ソファの上で汗ばんだ身体を重ね合わせたまま、荒い吐息が交錯する。エリオットはカイルの首筋に鼻を寄せ、深く、何度も息を吸い込んだ。

「……よし。俺の匂いしか、しない」
「清まったか」
「清まった。完璧だ」

 満足げに告げたエリオットの声には、どこか誇らしげな響きがあった。呆れたい気持ちもあったが、全身を支配する心地よい痺れが、まともな反論を許さない。ソファの革は汗で湿り、床には乱雑に脱ぎ捨てられた衣服が散乱している。王太子の執務室とは到底思えぬ惨状であった。

 窓から差し込む光の角度が、緩やかに変わっていた。

「……議会が、始まっているのではないか」
「とうに始まっている頃だろうな」

 カイルの口調には、焦燥の欠片もなかった。ソファに深く身を委ね、エリオットの腰を抱き寄せたまま、穏やかな表情を浮かべている。

「もう、今日はこのままでいいだろう」
「よくない。俺は領地の復興計画を、今日中に承認させる予定だったのだ」
「明日出せ。俺が即座に承認する」

「王太子権限の、著しい私的利用ではないか」
「番としての特権だ」
「そのような特権は、法典のどこにも記されていない」

「今、俺が定めた」

 もはや、反論する気力さえ湧かなかった。身体は鉛のように重く、カイルの心地よい体温に包まれたまま、このソファから動くことを拒んでいた。

「……お前、レオンの匂いを口実に、情事に及んだのではないか」
「口実などではない。俺は純粋に、お前を抱きたかっただけだ」

 あまりにも直接的に言われ、エリオットは言葉を失った。頬が熱く焼けるのを感じたが、無表情を貫く鉄面皮だけが救いだった。

「……まだ、繋がったままだが」
「分かっている。中があまりに心地よくて、また昂ぶってきたのだ。もう一度してから、帰るとしよう」

(何を言っているのだ、この男は)

 カイルの腰が再び蠢き始めた。結合したままの最奥で、硬度を取り戻した熱が内壁を押し広げる。エリオットの身体がびくりと跳ね、敏感になった粘膜が反射的に締めつけた。

「ま、待て。議会が――」
「もういいと言っただろう」
「俺が許していない……あ、動くなと言って……っ」

 カイルの唇が、抗議の言葉を封じるようにエリオットの唇を塞いだ。舌が熱く絡み合い、エリオットの気力は甘やかな快楽の海へと沈んでいく。腰はゆっくりと、しかし確実に動き始め、先ほどの激情とは異なる穏やかで深い悦びが、腹の底から広がっていった。

 もはや、議会のことなど、意識の彼方へと消え去っていた。

「……屋敷に帰れば、もっと激しく愛してやるからな」

 耳元で囁かれた低い声が、鼓膜を心地よく震わせた。その響きに呼応するように、下腹部にまた新たな熱が灯る。

「……底なしの欲求か、お前は」
「お前が相手であれば、幾らでも湧いてくる」

 カイルが笑った。それは王太子の冷徹な仮面を脱ぎ捨てた、エリオットの番としての、純粋で無邪気な笑顔であった。
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