愛とは。恋とは。

ひなた翠

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「ちょっと東雲先生、どいて」
 身体の大きい東雲の肩を引っ張った柊木が、ベッドの奥へと来る。

(こないで……)

 シルバーの指輪がついた手で、柊木が額を触り、首を触ってくる。吐き気がこみ上げてきて、「うっ」と必死に喉の奥で押しとどめた。

「あすな……」
 目を細めている東雲が、消え入りそうな声で名前を呼んでくれる。

「眩暈を起こしたときに打ちどころが悪かったのかも……検査しといたほうがいいと思う。東雲先生、病院に……」

 柊木が振り返るが、虚ろな目をしている東雲が茫然と立っていた。名前を呼ばれたのに気づいてないようだった。

「冬夜くん!」
「……あ、なに?」

「病院! 連れて行かないとって言ってるの」
「ああ、わかった。車で連れて行ってくる」

「大丈夫? 冬夜くんも同じような顔になってるけど?」
「平気。車、持ってくる」

 青白い顔で苦笑した東雲が、保健室を出ていった。

 小さくため息をついて東雲の背中を見送った柊木が、振り返ると再度、明夏の顔色を覗き込んできた。

「東雲先生が慌てて西森君を支えようとしたんだけど……間に合わなくて。打ちどころが悪くないといいんだけど。東雲先生も先生よねえ。受け持ちの授業、全部自習に切り替えて、ずっと西森君に付きっきりで」
「……そこまで?」

「お昼ご飯も食べずにずっと、よ」
(なんで……)

 柊木の温かい手が額に触れる。

「熱はなさそうね。でも顔色は良くない。無理しないでね」
「病院……行かなくても大丈夫です」

「駄目よ。検査をしといて損はないから。そうだ! 西森君の下駄箱から靴、持ってこなくちゃね」
 ぱちんと手を叩いた柊木が、小走りで動き出した。下駄箱に言ってくれたのだろう。

 靴くらい一人で取りに行けるし、病院だって行かなくてもいい。原因はわかってる。心因性だから。ただの嫉妬だ。

 こんなにも東雲に想いを寄せてしまうとは思わなかった。軽い気持ちだったのに。婚約者のいる男が、女子高校に落ちるのかどうかっていうお遊びだった。

 クソ真面目教師がどんどんと淫乱に落ちていく様を見て、笑ってやるつもりだった……のに、今ではすっかり自分のほうが感情に溺れている。淫乱になったのは明夏のほうだ。

 東雲に抱かれていたい。東雲のただ一人の恋人になりたい。独占されていたい。こんな女みたいな感情が、己の心にあるなんて思わなかった。

 ガラガラと外へと通じる窓が開くと、東雲が保健室に足を踏み入れた。周りを見渡してから、ベッドに座っている明夏に視線を合わせた。

「柊木先生は?」
「靴を取りに行ってくれました」

「そうか。先に車の乗ってるか」
 明夏のいるベッドまでくると、肩と膝の裏に両手を差し込んで、横抱きをしてきた。

「ちょ……! 歩けるし」
「汗臭いが、今回は我慢して」

「だからっ……」
「身体が冷たい。明夏、寒い?」

「……ああ、うん」
(降ろしてよ。一人で歩けるのに)

 明夏の言葉も聞かずに、東雲は窓から外に出ると横づけしてある車の助手席に乗せてくれた。
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