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第二章:囚われの日々
二度目の逃走
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扉が閉まる音を聞いた瞬間、僕の心臓は激しく波打ち始めた。
唇を噛み、じっと時計の針が進むのを見つめる。時間だけが容赦なく過ぎていった。焦燥感が胸の奥から湧き上がり、喉を締め付けてくる。
のんびりしている場合ではない。
昨夜から今朝にかけて、シオンは隙あらば僕に触れてきた。
時間さえあれば、僕を抱きにこの部屋へ戻ってくる。シオンの琥珀色の瞳に映る執着の色は、まるで獲物を逃すまいとする肉食獣のような光を宿していた。
身の危険を感じる。早く逃げなければ。
窓の外に目を向けると、中庭で衛兵たちが訓練をしている様子が見えた。剣を交える音が微かに響いてくる。二階の高さは決して低くないが、下は芝生が敷かれている。足を怪我するかもしれないが、幽閉されるよりはましだ。
原作のスピンオフでは幽閉されたユーリは、最終的にラインハルトと番になる予定だった。
(全然、ストーリー通りじゃない!)
扉がノックされる音に、僕は跳ね上がった。
「失礼いたします」
侍女たちが入ってきた。掃除をしに来たらしい。
ベッドにいる僕は邪魔なので、部屋の隅へと移動した。
三人の侍女が、シーツを抱えて部屋の掃除を始める。ベッドのシーツを剥がし、新しいものに取り替えていく。窓を開け放ち、新鮮な空気が部屋に流れ込んできた。風が髪を撫で、カーテンが揺れる。
僕は何気ない様子を装いながら窓辺へと移動した。下を見下ろす。高さはやはりある。だが、跳べないほどではない。侍女たちはベッドメイキングに夢中で、僕の方を見ていなかった。
(今しかない!)
心臓が口から飛び出しそうなほど激しく鳴る。手すりに手をかけ、窓枠に足をかける。風が頬を撫で、高さを実感させられた。躊躇している時間はない。目を瞑り、身体を前に投げ出した。
一瞬、無重力の感覚。風が耳元で唸りを上げる。
そして――。
地面に激突する衝撃が全身を襲う。芝生が身体を受け止めてくれたが、足首に鋭い痛みが走った。視界が一瞬白く染まり、息が詰まる。
「足、いったぁ……」
呻き声を上げ、地面に倒れ込んだまま動けなくなった。足首が熱を持ち、ズキズキと脈打つように痛む。
「きゃあああっ!」
背後で侍女たちの悲鳴が響いた。
(ああ、足が痛くて動けない)
早くこの場から去らないとなのに。
「ユーリ!」
シオンの声が響いた。
血の気が引く。窓にシオンの姿が現れ、琥珀の瞳が僕を捉えた。怒りと驚愕が入り混じった表情。侍女の悲鳴を聞いて駆けつけたに違いない。
(――もうバレた)
痛みを堪え、僕は立ち上がろうとした。足首が悲鳴を上げ、体重を支えられない。それでも、ここで蹲っていては捕まるだけだ。
足を引き摺りながら、城門へ向かって歩き出した。足を引きずるたびに痛みが走るが、歯を食いしばって耐える。汗が額に滲み、呼吸が荒くなる。
「衛兵! ユーリを捕まえろ!」
シオンの大声が城の外へと響き渡った。
窓からシオンの姿が消える。階段を駆け下りてくるに違いない。城門まではまだ遠い。足を引きずる速度では、すぐに追いつかれる。
昨日は隠れてやり過ごそうとしたが、香りで居場所を特定されてしまった。シオンには隠れても無駄だ。
視界の端に、馬小屋が見えた。
(馬だ!)
速さは馬に頼ればいい。方向を変え、馬小屋へ向かって移動し始めた。シオンは城門へ向かったと思い込んでいるはずだ。急に目的地を変えたのだから、多少は時間稼ぎになる。
足を引き摺りながら、必死に馬小屋へと向かう。だが、身体が思うように動かない。痛みで視界が霞み、息が上がる。
背後から複数の足音が近づいてくる。
(やばい……来るの早くない?)
振り返る間もなく、身体が地面に押さえつけられた。三人の衛兵が僕の腕を掴み、地面に押し付ける。芝生の匂いが鼻をつき、土の味が口に広がる。抵抗しようとするが、力で敵うはずもない。
「放せ!」
叫ぶが、衛兵たちは僕を押さえつけたまま動かなかった。地面に頬を押し付けられ、呼吸が苦しい。
「ユーリ!」
低く、恐ろしい声が響いた。
身体が強張る。振り返ると、シオンが立っていた。琥珀の瞳が光り、獣のような鋭さで僕を見下ろしている。
息を切らしているが、表情は冷徹そのものだった。無謀な逃走劇だとは思っていたが、馬小屋にすら辿り着けずに捕まるとは。足を怪我しただけで、何も得られなかった。
シオンが衛兵たちに手で合図を送ると、僕を押さえつけていた力が緩んだ。すぐに、シオンの腕が僕の身体を抱き上げる。強い力で抱きしめられ、息苦しかった。
「なぜ逃げる」
耳元で囁かれる声は、怒りと悲しみが混ざり合っていた。
「二階から飛び降りるなんて、馬鹿なことをして!」
(逃げないと、そのでっかいのを無理やり入れられるんだろ?)
シオンの手が僕の足首に触れた瞬間、鋭い痛みが走って声が漏れる。
「っ……」
腫れ上がった足首を見たシオンの表情が歪む。
「ラインハルトを呼べ」
衛兵の一人に命令を下す。昨日よりも強い力で抱きしめられ、逃げられないように腕に力が込められていた。
「逃げるなと言っただろ」
低い声で責められるが、シオンの瞳は酷く寂しそうだった。怒りよりも、悲しみの色が濃い気がする。琥珀の瞳が揺れ、僕の顔を見つめていた。
再び部屋へと連れ戻された。ベッドに下ろされ、シオンは扉に鍵をかける。
「当分、監視を強化する」
宣言するように言い放たれ、僕は唇を噛んだ。
(――詰んだ)
しばらくして、扉がノックされる音が響いた。
「婚前の検査ならとっくに済んでるよ?」
軽い調子の声と共に、ラインハルト先生が部屋に入ってきた。長い白銀の髪を後ろで束ね、白い医療官服を纏っている。氷のような青い瞳が僕を一瞥し、それからシオンを見た。
「足を診てくれ。二階から飛び降りたんだ」
シオンが説明すると、ラインハルト先生の表情が僅かに変わった。眉を上げ、シオンを見つめた。
「――え? シオンのが大きすぎて拒否されたの?」
「あ?」
シオンの表情が一瞬で険しくなり、ラインハルト先生を睨みつけた。琥珀の瞳に殺気が宿り、部屋の空気が一気に冷たくなる。
「冗談だよ。相変わらず通じないね」
ラインハルト先生が苦笑しながら、僕の元へと近づいてきた。白衣の裾が揺れ、消毒液の匂いが微かに漂ってくる。ベッドの縁に腰を下ろし、僕の足を優しく持ち上げる。
シオンもまた、ラインハルト先生の隣に立った。
「え? なに?」
ラインハルト先生が訝しげに振り返る。
「監視する」
シオンが短く答える。
「お前はすぐにいかがわしいことをする」
「……医者だけど」
「医療行為以外はさせない」
仁王立ちで上から見下ろしてくるシオン。威圧感が凄まじく、ラインハルト先生は呆れた表情を浮かべた。
「君ってそこまで、嫉妬深い男だったっけ? まあ、いいけど」
適当に返事をして、ラインハルト先生が僕の足を診察し始めた。優しく足首に触れ、腫れ具合を確認する。指先が患部を撫でると、痛みが走った。
「……あっ」
思わず声が出る。
「ん?」
シオンの視線がラインハルト先生に突き刺さる。琥珀の瞳が細められ、鋭さに磨きがかかる。
「医療行為ね! 折れてないかの確認! それにユーリ君は快感で声が出たわけじゃないから、痛くて声が出たの!」
ラインハルト先生が慌てて説明する。シオンの視線は相変わらず鋭いままだが、ラインハルト先生は気にせず診察を続けた。
足首を丁寧に触診し、骨に異常がないか確認していく。指先が動くたびに、鈍い痛みが広がる。
「捻挫だね。しばらくは安静にすること。足に負担のかかるようなことはしない。歩くときは杖を使うこと。一応、固定してあるけど、無理はだめだから」
ラインハルト先生が包帯を取り出し、丁寧に足首を固定していく。白い布が巻かれていき、患部が圧迫される感覚がある。適度な締め付けが、痛みを和らげてくれた。
包帯を巻く手つきは優しく、慣れた動きだった。細い指が器用に動き、結び目を作っていく。白銀の髪が肩から滑り落ち、青い瞳が真剣に足元を見つめている。整った顔立ちに、思わず見入ってしまう。
幽閉されていたら、ラインハルト先生が番になっていた。スピンオフ作品ではユーリとラインハルト先生は運命の番として結ばれ、子供まで授かるという話になっていたらしい。
(綺麗な人――)
そう思った瞬間、僕の手が勝手に動いていた。
ラインハルト先生の頬に触れる。
白く冷たい肌。滑らかで、触れた指先に感触が伝わってくる。ラインハルト先生の青い瞳が驚きに見開かれ、僕を見上げた。
「は?」
不機嫌な声が響いた。
シオンの手が僕の腕を掴む。強い力で引き寄せられ、ラインハルト先生から引き離される。
「なに、今の?」
低く、恐ろしい声で問われる。琥珀の瞳が僕を睨みつけ、怒りの炎が揺らめいている。
ハッとして、僕は顔が熱くなるのを感じた。
(何をしているんだ、僕は。無意識に手が伸びてしまった)
説明のしようがない。口を開くが、言葉が出てこない。シオンの視線が突き刺さり、呼吸が浅くなる。
シオンの機嫌が目に見えて悪くなっていく。眉間に皺が寄り、口元が引き締められる。
「あとは俺がやる」
ラインハルトを追い出すように扉へと促す。ラインハルト先生は苦笑しながら荷物をまとめ、部屋を出ていった。扉が閉まる音が響き、部屋には僕とシオンだけが残された。
シオンが包帯を巻き直し始めた。ラインハルトよりも力が入り、少し痛いほど締め付けられる。だが、文句は言えない。
黙って、シオンの手つきを見つめる。大きな手が器用に包帯を巻いていき、結び目を作っていた。
「しばらくはここで仕事をする」
シオンが唐突に言った。
「――え? なんで……」
「安静なのだろ? 面倒は俺が見る。移動するときは俺に言え。杖なんか使うな。俺が運ぶ」
「いや、そこまでしなくても」
「――文句は言わせない。そう決めたから」
ギロリと睨まれ、言葉が喉に詰まる。シオンは扉の外に控えている部下を呼び、命令を下し始めた。
「この部屋で執務ができるようにしろ。机と椅子を運べ。必要な書類もすべてここへ持ってこい」
部下たちが慌ただしく動き出す音が聞こえる。
完全に逃げ道を封鎖された。
(まじで詰んだじゃん、これ)
僕はベッドに倒れ込み、天井を見上げた。白い天井が視界いっぱいに広がる。四六時中、シオンに監視される生活になる。
すべてシオンの目の届く範囲で過ごさなければならない。絶望感が胸に広がり、呼吸が苦しくなった。
原作よりも酷い展開になっている。
僕はどうすればいいんだ。翡翠色の瞳から、涙が零れそうになった。
唇を噛み、じっと時計の針が進むのを見つめる。時間だけが容赦なく過ぎていった。焦燥感が胸の奥から湧き上がり、喉を締め付けてくる。
のんびりしている場合ではない。
昨夜から今朝にかけて、シオンは隙あらば僕に触れてきた。
時間さえあれば、僕を抱きにこの部屋へ戻ってくる。シオンの琥珀色の瞳に映る執着の色は、まるで獲物を逃すまいとする肉食獣のような光を宿していた。
身の危険を感じる。早く逃げなければ。
窓の外に目を向けると、中庭で衛兵たちが訓練をしている様子が見えた。剣を交える音が微かに響いてくる。二階の高さは決して低くないが、下は芝生が敷かれている。足を怪我するかもしれないが、幽閉されるよりはましだ。
原作のスピンオフでは幽閉されたユーリは、最終的にラインハルトと番になる予定だった。
(全然、ストーリー通りじゃない!)
扉がノックされる音に、僕は跳ね上がった。
「失礼いたします」
侍女たちが入ってきた。掃除をしに来たらしい。
ベッドにいる僕は邪魔なので、部屋の隅へと移動した。
三人の侍女が、シーツを抱えて部屋の掃除を始める。ベッドのシーツを剥がし、新しいものに取り替えていく。窓を開け放ち、新鮮な空気が部屋に流れ込んできた。風が髪を撫で、カーテンが揺れる。
僕は何気ない様子を装いながら窓辺へと移動した。下を見下ろす。高さはやはりある。だが、跳べないほどではない。侍女たちはベッドメイキングに夢中で、僕の方を見ていなかった。
(今しかない!)
心臓が口から飛び出しそうなほど激しく鳴る。手すりに手をかけ、窓枠に足をかける。風が頬を撫で、高さを実感させられた。躊躇している時間はない。目を瞑り、身体を前に投げ出した。
一瞬、無重力の感覚。風が耳元で唸りを上げる。
そして――。
地面に激突する衝撃が全身を襲う。芝生が身体を受け止めてくれたが、足首に鋭い痛みが走った。視界が一瞬白く染まり、息が詰まる。
「足、いったぁ……」
呻き声を上げ、地面に倒れ込んだまま動けなくなった。足首が熱を持ち、ズキズキと脈打つように痛む。
「きゃあああっ!」
背後で侍女たちの悲鳴が響いた。
(ああ、足が痛くて動けない)
早くこの場から去らないとなのに。
「ユーリ!」
シオンの声が響いた。
血の気が引く。窓にシオンの姿が現れ、琥珀の瞳が僕を捉えた。怒りと驚愕が入り混じった表情。侍女の悲鳴を聞いて駆けつけたに違いない。
(――もうバレた)
痛みを堪え、僕は立ち上がろうとした。足首が悲鳴を上げ、体重を支えられない。それでも、ここで蹲っていては捕まるだけだ。
足を引き摺りながら、城門へ向かって歩き出した。足を引きずるたびに痛みが走るが、歯を食いしばって耐える。汗が額に滲み、呼吸が荒くなる。
「衛兵! ユーリを捕まえろ!」
シオンの大声が城の外へと響き渡った。
窓からシオンの姿が消える。階段を駆け下りてくるに違いない。城門まではまだ遠い。足を引きずる速度では、すぐに追いつかれる。
昨日は隠れてやり過ごそうとしたが、香りで居場所を特定されてしまった。シオンには隠れても無駄だ。
視界の端に、馬小屋が見えた。
(馬だ!)
速さは馬に頼ればいい。方向を変え、馬小屋へ向かって移動し始めた。シオンは城門へ向かったと思い込んでいるはずだ。急に目的地を変えたのだから、多少は時間稼ぎになる。
足を引き摺りながら、必死に馬小屋へと向かう。だが、身体が思うように動かない。痛みで視界が霞み、息が上がる。
背後から複数の足音が近づいてくる。
(やばい……来るの早くない?)
振り返る間もなく、身体が地面に押さえつけられた。三人の衛兵が僕の腕を掴み、地面に押し付ける。芝生の匂いが鼻をつき、土の味が口に広がる。抵抗しようとするが、力で敵うはずもない。
「放せ!」
叫ぶが、衛兵たちは僕を押さえつけたまま動かなかった。地面に頬を押し付けられ、呼吸が苦しい。
「ユーリ!」
低く、恐ろしい声が響いた。
身体が強張る。振り返ると、シオンが立っていた。琥珀の瞳が光り、獣のような鋭さで僕を見下ろしている。
息を切らしているが、表情は冷徹そのものだった。無謀な逃走劇だとは思っていたが、馬小屋にすら辿り着けずに捕まるとは。足を怪我しただけで、何も得られなかった。
シオンが衛兵たちに手で合図を送ると、僕を押さえつけていた力が緩んだ。すぐに、シオンの腕が僕の身体を抱き上げる。強い力で抱きしめられ、息苦しかった。
「なぜ逃げる」
耳元で囁かれる声は、怒りと悲しみが混ざり合っていた。
「二階から飛び降りるなんて、馬鹿なことをして!」
(逃げないと、そのでっかいのを無理やり入れられるんだろ?)
シオンの手が僕の足首に触れた瞬間、鋭い痛みが走って声が漏れる。
「っ……」
腫れ上がった足首を見たシオンの表情が歪む。
「ラインハルトを呼べ」
衛兵の一人に命令を下す。昨日よりも強い力で抱きしめられ、逃げられないように腕に力が込められていた。
「逃げるなと言っただろ」
低い声で責められるが、シオンの瞳は酷く寂しそうだった。怒りよりも、悲しみの色が濃い気がする。琥珀の瞳が揺れ、僕の顔を見つめていた。
再び部屋へと連れ戻された。ベッドに下ろされ、シオンは扉に鍵をかける。
「当分、監視を強化する」
宣言するように言い放たれ、僕は唇を噛んだ。
(――詰んだ)
しばらくして、扉がノックされる音が響いた。
「婚前の検査ならとっくに済んでるよ?」
軽い調子の声と共に、ラインハルト先生が部屋に入ってきた。長い白銀の髪を後ろで束ね、白い医療官服を纏っている。氷のような青い瞳が僕を一瞥し、それからシオンを見た。
「足を診てくれ。二階から飛び降りたんだ」
シオンが説明すると、ラインハルト先生の表情が僅かに変わった。眉を上げ、シオンを見つめた。
「――え? シオンのが大きすぎて拒否されたの?」
「あ?」
シオンの表情が一瞬で険しくなり、ラインハルト先生を睨みつけた。琥珀の瞳に殺気が宿り、部屋の空気が一気に冷たくなる。
「冗談だよ。相変わらず通じないね」
ラインハルト先生が苦笑しながら、僕の元へと近づいてきた。白衣の裾が揺れ、消毒液の匂いが微かに漂ってくる。ベッドの縁に腰を下ろし、僕の足を優しく持ち上げる。
シオンもまた、ラインハルト先生の隣に立った。
「え? なに?」
ラインハルト先生が訝しげに振り返る。
「監視する」
シオンが短く答える。
「お前はすぐにいかがわしいことをする」
「……医者だけど」
「医療行為以外はさせない」
仁王立ちで上から見下ろしてくるシオン。威圧感が凄まじく、ラインハルト先生は呆れた表情を浮かべた。
「君ってそこまで、嫉妬深い男だったっけ? まあ、いいけど」
適当に返事をして、ラインハルト先生が僕の足を診察し始めた。優しく足首に触れ、腫れ具合を確認する。指先が患部を撫でると、痛みが走った。
「……あっ」
思わず声が出る。
「ん?」
シオンの視線がラインハルト先生に突き刺さる。琥珀の瞳が細められ、鋭さに磨きがかかる。
「医療行為ね! 折れてないかの確認! それにユーリ君は快感で声が出たわけじゃないから、痛くて声が出たの!」
ラインハルト先生が慌てて説明する。シオンの視線は相変わらず鋭いままだが、ラインハルト先生は気にせず診察を続けた。
足首を丁寧に触診し、骨に異常がないか確認していく。指先が動くたびに、鈍い痛みが広がる。
「捻挫だね。しばらくは安静にすること。足に負担のかかるようなことはしない。歩くときは杖を使うこと。一応、固定してあるけど、無理はだめだから」
ラインハルト先生が包帯を取り出し、丁寧に足首を固定していく。白い布が巻かれていき、患部が圧迫される感覚がある。適度な締め付けが、痛みを和らげてくれた。
包帯を巻く手つきは優しく、慣れた動きだった。細い指が器用に動き、結び目を作っていく。白銀の髪が肩から滑り落ち、青い瞳が真剣に足元を見つめている。整った顔立ちに、思わず見入ってしまう。
幽閉されていたら、ラインハルト先生が番になっていた。スピンオフ作品ではユーリとラインハルト先生は運命の番として結ばれ、子供まで授かるという話になっていたらしい。
(綺麗な人――)
そう思った瞬間、僕の手が勝手に動いていた。
ラインハルト先生の頬に触れる。
白く冷たい肌。滑らかで、触れた指先に感触が伝わってくる。ラインハルト先生の青い瞳が驚きに見開かれ、僕を見上げた。
「は?」
不機嫌な声が響いた。
シオンの手が僕の腕を掴む。強い力で引き寄せられ、ラインハルト先生から引き離される。
「なに、今の?」
低く、恐ろしい声で問われる。琥珀の瞳が僕を睨みつけ、怒りの炎が揺らめいている。
ハッとして、僕は顔が熱くなるのを感じた。
(何をしているんだ、僕は。無意識に手が伸びてしまった)
説明のしようがない。口を開くが、言葉が出てこない。シオンの視線が突き刺さり、呼吸が浅くなる。
シオンの機嫌が目に見えて悪くなっていく。眉間に皺が寄り、口元が引き締められる。
「あとは俺がやる」
ラインハルトを追い出すように扉へと促す。ラインハルト先生は苦笑しながら荷物をまとめ、部屋を出ていった。扉が閉まる音が響き、部屋には僕とシオンだけが残された。
シオンが包帯を巻き直し始めた。ラインハルトよりも力が入り、少し痛いほど締め付けられる。だが、文句は言えない。
黙って、シオンの手つきを見つめる。大きな手が器用に包帯を巻いていき、結び目を作っていた。
「しばらくはここで仕事をする」
シオンが唐突に言った。
「――え? なんで……」
「安静なのだろ? 面倒は俺が見る。移動するときは俺に言え。杖なんか使うな。俺が運ぶ」
「いや、そこまでしなくても」
「――文句は言わせない。そう決めたから」
ギロリと睨まれ、言葉が喉に詰まる。シオンは扉の外に控えている部下を呼び、命令を下し始めた。
「この部屋で執務ができるようにしろ。机と椅子を運べ。必要な書類もすべてここへ持ってこい」
部下たちが慌ただしく動き出す音が聞こえる。
完全に逃げ道を封鎖された。
(まじで詰んだじゃん、これ)
僕はベッドに倒れ込み、天井を見上げた。白い天井が視界いっぱいに広がる。四六時中、シオンに監視される生活になる。
すべてシオンの目の届く範囲で過ごさなければならない。絶望感が胸に広がり、呼吸が苦しくなった。
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僕はどうすればいいんだ。翡翠色の瞳から、涙が零れそうになった。
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