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第三章:発情と絆
ヒートの予兆
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捻挫してから一週間が経った。
足首の腫れはすっかり引き、部屋の中を自由に歩き回れるまで回復した。だが、シオンの監視は続いている。
どこに行くにもシオンはついてくる。何度も懇願し、トイレだけは一人で行かせてもらえるようになった。
(監禁状態なのは変わらないけど)
一時期は、仕事も同じ部屋でやっていたが、今は本来の執務室に戻っていた。
朝、目覚めると身体に異変があった。
(なんか……やばいかも)
身体が妙に熱っぽく、額に汗が滲んでいる。シーツが肌に張り付き、寝衣が汗で湿っている。呼吸が浅く、心臓が早鐘を打っている。身体がやたらと敏感で、布が擦れるだけで肌がゾクゾクした。
(これってもしかしてヒート?)
隣で寝ているシオンの香りが、いつもより強く感じられる。甘く濃密で、脳が蕩けそうになる香り。
無意識にシオンの身体に顔を埋め、深く息を吸い込んでいた。もっと欲しい。もっと深く。シオンの匂いを求めて、身体が勝手に動いてしまう。
ヒートがくるかもしれない。
「ユーリ?」
シオンの声が耳に届く。腕が僕の身体を引き寄せ、額に手が当てられる。
「熱がある。それに、香りが……」
シオンの声が掠れる。琥珀の瞳が熱を帯び、呼吸が荒くなる。もしかしたら、僕の匂いに反応しているのかもしれない。
「ラインハルトを呼ぶ」
シオンがベッドから起き上がり、扉へと向かう。廊下に控えている家臣に命令を下す声が聞こえた。
シオンが戻ってきて、再び僕の隣に横たわった。優しく抱きしめられ、額にキスを落とされる。
「大丈夫だ。すぐに診察してもらおう」
低く優しい声が、僕を安心させてくれる。シオンの腕の中で、身体の熱が少しだけ和らいだ気がした。
しばらくして、扉がノックされる音が響く。
「失礼します」
ラインハルト先生が部屋に入ってきた。白い医療官服を纏い、カバンを手にしている。長い白銀の髪が揺れ、氷のような青い瞳が僕を見つめた。
シオンが僕から離れるとベッドから出ていく。
「診察をしましょう」
ラインハルト先生がベッドに近づき、僕の額に手を当てる。冷たい指先が熱を確認し、脈を測る。
シオンは当然のようにベッドの脇に立っていた。ラインハルト先生の一挙手一投足を監視するように、鋭い視線を向けている。
「シオン、外に出てくれ」
ラインハルト先生が静かに言った。
「なぜだ」
「ヒート前の検診になるから、内診をしないといけない。さすがに君がいる前では、ユーリ君も落ち着かないだろう」
ラインハルト先生の言葉に、シオンの表情が険しくなる。琥珀の瞳が光り、顎に力が入る。
「内診……お前が、ユーリの中を触るのか」
「医療行為だよ」
「嫌だ」
「シオン、ユーリ君の身体が一番大事なんですよね? ヒートを乗り切るためには、きちんとした診察が必要だと思うんだけど」
ラインハルト先生の静かな説得に、シオンは唇を噛んだ。僕を見下ろし、それからラインハルト先生を睨みつける。
「……分かった。何かあったら、すぐに呼べ」
渋々部屋を出ていくシオン。扉が閉まる音が響き、部屋には僕とラインハルト先生だけになる。
「相変わらず執着がすごいね」
ラインハルト先生が苦笑しながら呟いた。
「久しぶりの内診だから、痛かったら言うんだよ」
僕はズボンと下着を脱ぎ、ラインハルト先生の前で足を開いた。
彼の指が、ゆっくりと中に入ってくる。ヒートになりかけている身体は敏感で、医師の内診でも声が上がってしまう。
「あっ……」
指が動くたびに、甘い痺れが走る。身体が勝手に反応し、腰が浮く。一通りの作業を終わると、そっと指を引き抜いてくれる。
蜜が糸を引いていくのが見えて、恥ずかしかった。
「一つ聞いてもいい? 中が随分と柔らかいけど――シオンとやった?」
直球な質問に、僕の顔が真っ赤になった。頭を左右にブンブンと振る。
「やってません。ただ……あいつのがでかいから、慣らさないと無理って言ったら毎晩あいつが……指で」
鋭い指摘に恥ずかしくなり、声が震えてしまった。
「ふうん、開発中ってわけね。あと一つ、疑問があってね。研究者としては気になるところなんだけど――」
ラインハルト先生の表情から笑みが消える。氷のような青い瞳が、真剣な光を宿す。
「ユーリ君、転生者?」
「――なんで、それを!」
驚きで声が裏返る。心臓が激しく鳴り、呼吸が止まる。
「ああ、やっぱり。これで僕の仮説に筋が通る」
納得したようにラインハルト先生が大きく頷くと、満足そうに笑みを作った。
「ラインハルト先生……あの――」
「ああ、大丈夫。誰にも言うつもりもないから。僕もまあ、君と同じ転生者なんだ。この物語の原作を知ってたから、不思議でたまらなくてね。これで納得だよ。それと匂いの違いにも疑問があって。君を纏う匂いが婚約発表の一ヶ月前から変わってた。ストレスかと最初は思ったんだけど、転生した本来の君の匂いだとするなら、納得できるなあって。匂いが変わって、シオンの本能を刺激したって感じかと思うと、辻褄が合ってすっきりだ」
ラインハルト先生が「ああ、良かった」と言わんばかりににっこりと笑った。純粋に謎を解き明かしたいだけのようだ。
「転生者ってたくさんいるのでしょうか?」
「今のところ、僕とユーリ君くらいだと思うけど」
「そうなんですね」
同じ境遇の人がいると思ったら心の奥にある孤独感が和らいだ気がした。
「ユーリ君は大変だね。ただでさえベータからオメガになった特異体質な上に、転生までして……。今回が初めてのヒート経験になるんでしょう?」
「転生してから初めてです。以前の『ユーリ』はヒートのときどんな感じでしたか?」
「普通」
「はい?」
「プライドの塊な子だったからね。一人のときは苦しんでいたのかもしれないけど、他人の目があるときはクールに振る舞っていたよ。ヒートなのかと疑うくらい。症状を抑える薬はあげてたけど、それでもそこそこ辛かったと思うんだけどね。まあ、今回はつらくてもシオンがいるだろうし、大丈夫かな」
にっこりと笑うラインハルト先生。
「あいつの欲が強すぎて、今から怖いですよ、僕は」
ラインハルト先生が大声で笑い出した。肩を震わせ、涙を拭う仕草をする。
「まあ、シオンは初恋みたいなもんだしなあ」
苦笑しながら呟く。
「初恋?」
声がひっくり返った。
「原作ではあまり描かれてなかったけど、シオンは父親みたいにあちこちに愛人を抱える気はないんだよ。なにかと問題や争いの種になるからねえ。女性たちの喧嘩で醜い争いも見てきてるし、母の悲しい表情も見ていた。だから妻となる人以外と行為はしないと決めてるみたい。そんなあいつが、毎晩君の隣で寝て、身体を気遣って中をほぐしているなんて本気としか言いようがないねえ」
ぷぷぷっとおかしそうに笑うラインハルト先生は、嬉しそうだった。
「なのに君といったら、逃げることばっかりで。遠目から見ていて、まるでコントで笑えた」
ラインハルト先生の言葉に、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。全身が熱くなり、耳まで燃えるようだ。
「随分と仲良く話してるんだな?」
低く不機嫌な声が響いた。
顔を上げると、むすっとしたシオンが立っている。琥珀の瞳が光り、ラインハルト先生を睨みつけていた。
「内診、終わってるのに……いつまでもこんな奴に下半身を晒すな」
シオンがラインハルト先生の視界から僕の身体を遮断するように、布団をかけた。乱暴な言い方だが、布団をかけてくれる手つきは優しくかった。
「診察結果は?」
シオンの目つきはとても鋭い。とても医師に対して質問するときの表情ではなく、まるで敵を前にしたような険しさだ。
「今夜にでもヒートになるから、シオンは仕事の調整をしておくといいよ。最低でも三日間は、仕事をしなくてもいい状態にしておくこと。ユーリ君はヒートで身体がつらくなるから、シオンがカバーするように」
「わかった。他に気をつけることは?」
「がっつかないこと。シオンのは通常サイズじゃない上に、ユーリ君は華奢なんだ。ヒート中は欲が強くなるのに、君が暴走して荒々しく抱いてごらん? 身体は欲しているのに、傷のせいで中に入れられないなんてお互いに拷問になるから。そこは十分に気をつけるように」
ラインハルト先生が「ね?」とシオンを小突く。
「……わかった」
シオンは間を置いて返事をした。不服そうに唇を尖らせている姿が可愛く見えた。
「ユーリ君には、少量でもエネルギー補給できるメニューを用意しておくからちゃんと食べるように」
「はい、ありがとうございます」
ラインハルト先生はカバンを手にすると、部屋を出ていった。白衣が翻り、扉が閉まる音が響く。
「随分、楽しそうに会話してたな」
頬を膨らませて、シオンが拗ねていた。子供のような表情に、思わず笑いそうになる。
「僕が誤解していることを教えてくれたんだ」
「誤解?」
「シオンにはたくさんの取り巻き女性がいて、僕はいつか捨てられるって思ってたから」
「は?」
シオンの声が上擦る。琥珀の瞳が大きく見開かれる。
「シオン、キスが上手いから。そういう経験が多いのかって誤解してた。もともと女性が恋愛対象だっただろ? そういう奴はすぐに女性との恋愛に戻る。僕はシオンに捨てられたら、行く場所なんてないから」
「……捨てるわけないだろ! キスが上手いとか下手とか……そういうのがわかるほうが、他で経験してんじゃないのか?」
「……」
(――あ)
鋭い指摘に僕の思考がストップした。
「経験があるのか? ああ? もしかしてラインハルトか」
「違う! ないないない……ないから。経験が」
転生前の僕にはあるけど。『ユーリ』としては、清く正しく生きている。
「そうやって焦るのが余計に怪しい」
目を細められる。疑念の色が濃くなる。
「う、上手いって思ったのは気持ちよかったからそう思っただけで、僕はシオン以外とはキスしたことないから」
「――嘘っぽい言い訳だな。ま、そういうことにしておく」
不満そうに言うと、シオンが甘い蕩けるようなキスをしてくれた。唇が重なり、舌が侵入してくる。深く、丁寧に、口内を舐め上げられる。
「このキス、好き?」
唇が離れ、吐息が混ざり合う。
「……うん」
「俺は、ユーリ以外とは誰とも経験してない。信じてほしい」
「――わかった」
「ユーリ、好きだ。愛してる」
ベッドに押し倒され、首筋に唇が押し当てられる。吸われ、舐められ、甘噛みされる。初めてつけられるキスマーク。肌に痕が残っていくのが分かる。
このまま最後までいくのかと思ったら、シオンが顔を真っ赤にして欲情したまま、ベッドから離れた。
「シオン?」
「ヒートが本格的にくる前に、仕事を片付けてくる」
「わかった。待ってる……けど、シオンの上着、貸して」
「あ、ああ」
不思議そうな顔をしながら、シオンが着ている上着を脱いで渡してくれた。
僕はそれを抱きしめると、クンクンと匂いを嗅いだ。シオンの香りが染み付いていて、安心する。
「待ってるね」
「ああ、できるだけ早く帰るから」
額にキスをすると、シオンが部屋を出て行った。扉が閉まり、静寂が戻ってくる。
僕はシオンの上着を抱きしめたまま、ベッドに横たわった。身体の熱は徐々に高くなっていった。
足首の腫れはすっかり引き、部屋の中を自由に歩き回れるまで回復した。だが、シオンの監視は続いている。
どこに行くにもシオンはついてくる。何度も懇願し、トイレだけは一人で行かせてもらえるようになった。
(監禁状態なのは変わらないけど)
一時期は、仕事も同じ部屋でやっていたが、今は本来の執務室に戻っていた。
朝、目覚めると身体に異変があった。
(なんか……やばいかも)
身体が妙に熱っぽく、額に汗が滲んでいる。シーツが肌に張り付き、寝衣が汗で湿っている。呼吸が浅く、心臓が早鐘を打っている。身体がやたらと敏感で、布が擦れるだけで肌がゾクゾクした。
(これってもしかしてヒート?)
隣で寝ているシオンの香りが、いつもより強く感じられる。甘く濃密で、脳が蕩けそうになる香り。
無意識にシオンの身体に顔を埋め、深く息を吸い込んでいた。もっと欲しい。もっと深く。シオンの匂いを求めて、身体が勝手に動いてしまう。
ヒートがくるかもしれない。
「ユーリ?」
シオンの声が耳に届く。腕が僕の身体を引き寄せ、額に手が当てられる。
「熱がある。それに、香りが……」
シオンの声が掠れる。琥珀の瞳が熱を帯び、呼吸が荒くなる。もしかしたら、僕の匂いに反応しているのかもしれない。
「ラインハルトを呼ぶ」
シオンがベッドから起き上がり、扉へと向かう。廊下に控えている家臣に命令を下す声が聞こえた。
シオンが戻ってきて、再び僕の隣に横たわった。優しく抱きしめられ、額にキスを落とされる。
「大丈夫だ。すぐに診察してもらおう」
低く優しい声が、僕を安心させてくれる。シオンの腕の中で、身体の熱が少しだけ和らいだ気がした。
しばらくして、扉がノックされる音が響く。
「失礼します」
ラインハルト先生が部屋に入ってきた。白い医療官服を纏い、カバンを手にしている。長い白銀の髪が揺れ、氷のような青い瞳が僕を見つめた。
シオンが僕から離れるとベッドから出ていく。
「診察をしましょう」
ラインハルト先生がベッドに近づき、僕の額に手を当てる。冷たい指先が熱を確認し、脈を測る。
シオンは当然のようにベッドの脇に立っていた。ラインハルト先生の一挙手一投足を監視するように、鋭い視線を向けている。
「シオン、外に出てくれ」
ラインハルト先生が静かに言った。
「なぜだ」
「ヒート前の検診になるから、内診をしないといけない。さすがに君がいる前では、ユーリ君も落ち着かないだろう」
ラインハルト先生の言葉に、シオンの表情が険しくなる。琥珀の瞳が光り、顎に力が入る。
「内診……お前が、ユーリの中を触るのか」
「医療行為だよ」
「嫌だ」
「シオン、ユーリ君の身体が一番大事なんですよね? ヒートを乗り切るためには、きちんとした診察が必要だと思うんだけど」
ラインハルト先生の静かな説得に、シオンは唇を噛んだ。僕を見下ろし、それからラインハルト先生を睨みつける。
「……分かった。何かあったら、すぐに呼べ」
渋々部屋を出ていくシオン。扉が閉まる音が響き、部屋には僕とラインハルト先生だけになる。
「相変わらず執着がすごいね」
ラインハルト先生が苦笑しながら呟いた。
「久しぶりの内診だから、痛かったら言うんだよ」
僕はズボンと下着を脱ぎ、ラインハルト先生の前で足を開いた。
彼の指が、ゆっくりと中に入ってくる。ヒートになりかけている身体は敏感で、医師の内診でも声が上がってしまう。
「あっ……」
指が動くたびに、甘い痺れが走る。身体が勝手に反応し、腰が浮く。一通りの作業を終わると、そっと指を引き抜いてくれる。
蜜が糸を引いていくのが見えて、恥ずかしかった。
「一つ聞いてもいい? 中が随分と柔らかいけど――シオンとやった?」
直球な質問に、僕の顔が真っ赤になった。頭を左右にブンブンと振る。
「やってません。ただ……あいつのがでかいから、慣らさないと無理って言ったら毎晩あいつが……指で」
鋭い指摘に恥ずかしくなり、声が震えてしまった。
「ふうん、開発中ってわけね。あと一つ、疑問があってね。研究者としては気になるところなんだけど――」
ラインハルト先生の表情から笑みが消える。氷のような青い瞳が、真剣な光を宿す。
「ユーリ君、転生者?」
「――なんで、それを!」
驚きで声が裏返る。心臓が激しく鳴り、呼吸が止まる。
「ああ、やっぱり。これで僕の仮説に筋が通る」
納得したようにラインハルト先生が大きく頷くと、満足そうに笑みを作った。
「ラインハルト先生……あの――」
「ああ、大丈夫。誰にも言うつもりもないから。僕もまあ、君と同じ転生者なんだ。この物語の原作を知ってたから、不思議でたまらなくてね。これで納得だよ。それと匂いの違いにも疑問があって。君を纏う匂いが婚約発表の一ヶ月前から変わってた。ストレスかと最初は思ったんだけど、転生した本来の君の匂いだとするなら、納得できるなあって。匂いが変わって、シオンの本能を刺激したって感じかと思うと、辻褄が合ってすっきりだ」
ラインハルト先生が「ああ、良かった」と言わんばかりににっこりと笑った。純粋に謎を解き明かしたいだけのようだ。
「転生者ってたくさんいるのでしょうか?」
「今のところ、僕とユーリ君くらいだと思うけど」
「そうなんですね」
同じ境遇の人がいると思ったら心の奥にある孤独感が和らいだ気がした。
「ユーリ君は大変だね。ただでさえベータからオメガになった特異体質な上に、転生までして……。今回が初めてのヒート経験になるんでしょう?」
「転生してから初めてです。以前の『ユーリ』はヒートのときどんな感じでしたか?」
「普通」
「はい?」
「プライドの塊な子だったからね。一人のときは苦しんでいたのかもしれないけど、他人の目があるときはクールに振る舞っていたよ。ヒートなのかと疑うくらい。症状を抑える薬はあげてたけど、それでもそこそこ辛かったと思うんだけどね。まあ、今回はつらくてもシオンがいるだろうし、大丈夫かな」
にっこりと笑うラインハルト先生。
「あいつの欲が強すぎて、今から怖いですよ、僕は」
ラインハルト先生が大声で笑い出した。肩を震わせ、涙を拭う仕草をする。
「まあ、シオンは初恋みたいなもんだしなあ」
苦笑しながら呟く。
「初恋?」
声がひっくり返った。
「原作ではあまり描かれてなかったけど、シオンは父親みたいにあちこちに愛人を抱える気はないんだよ。なにかと問題や争いの種になるからねえ。女性たちの喧嘩で醜い争いも見てきてるし、母の悲しい表情も見ていた。だから妻となる人以外と行為はしないと決めてるみたい。そんなあいつが、毎晩君の隣で寝て、身体を気遣って中をほぐしているなんて本気としか言いようがないねえ」
ぷぷぷっとおかしそうに笑うラインハルト先生は、嬉しそうだった。
「なのに君といったら、逃げることばっかりで。遠目から見ていて、まるでコントで笑えた」
ラインハルト先生の言葉に、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。全身が熱くなり、耳まで燃えるようだ。
「随分と仲良く話してるんだな?」
低く不機嫌な声が響いた。
顔を上げると、むすっとしたシオンが立っている。琥珀の瞳が光り、ラインハルト先生を睨みつけていた。
「内診、終わってるのに……いつまでもこんな奴に下半身を晒すな」
シオンがラインハルト先生の視界から僕の身体を遮断するように、布団をかけた。乱暴な言い方だが、布団をかけてくれる手つきは優しくかった。
「診察結果は?」
シオンの目つきはとても鋭い。とても医師に対して質問するときの表情ではなく、まるで敵を前にしたような険しさだ。
「今夜にでもヒートになるから、シオンは仕事の調整をしておくといいよ。最低でも三日間は、仕事をしなくてもいい状態にしておくこと。ユーリ君はヒートで身体がつらくなるから、シオンがカバーするように」
「わかった。他に気をつけることは?」
「がっつかないこと。シオンのは通常サイズじゃない上に、ユーリ君は華奢なんだ。ヒート中は欲が強くなるのに、君が暴走して荒々しく抱いてごらん? 身体は欲しているのに、傷のせいで中に入れられないなんてお互いに拷問になるから。そこは十分に気をつけるように」
ラインハルト先生が「ね?」とシオンを小突く。
「……わかった」
シオンは間を置いて返事をした。不服そうに唇を尖らせている姿が可愛く見えた。
「ユーリ君には、少量でもエネルギー補給できるメニューを用意しておくからちゃんと食べるように」
「はい、ありがとうございます」
ラインハルト先生はカバンを手にすると、部屋を出ていった。白衣が翻り、扉が閉まる音が響く。
「随分、楽しそうに会話してたな」
頬を膨らませて、シオンが拗ねていた。子供のような表情に、思わず笑いそうになる。
「僕が誤解していることを教えてくれたんだ」
「誤解?」
「シオンにはたくさんの取り巻き女性がいて、僕はいつか捨てられるって思ってたから」
「は?」
シオンの声が上擦る。琥珀の瞳が大きく見開かれる。
「シオン、キスが上手いから。そういう経験が多いのかって誤解してた。もともと女性が恋愛対象だっただろ? そういう奴はすぐに女性との恋愛に戻る。僕はシオンに捨てられたら、行く場所なんてないから」
「……捨てるわけないだろ! キスが上手いとか下手とか……そういうのがわかるほうが、他で経験してんじゃないのか?」
「……」
(――あ)
鋭い指摘に僕の思考がストップした。
「経験があるのか? ああ? もしかしてラインハルトか」
「違う! ないないない……ないから。経験が」
転生前の僕にはあるけど。『ユーリ』としては、清く正しく生きている。
「そうやって焦るのが余計に怪しい」
目を細められる。疑念の色が濃くなる。
「う、上手いって思ったのは気持ちよかったからそう思っただけで、僕はシオン以外とはキスしたことないから」
「――嘘っぽい言い訳だな。ま、そういうことにしておく」
不満そうに言うと、シオンが甘い蕩けるようなキスをしてくれた。唇が重なり、舌が侵入してくる。深く、丁寧に、口内を舐め上げられる。
「このキス、好き?」
唇が離れ、吐息が混ざり合う。
「……うん」
「俺は、ユーリ以外とは誰とも経験してない。信じてほしい」
「――わかった」
「ユーリ、好きだ。愛してる」
ベッドに押し倒され、首筋に唇が押し当てられる。吸われ、舐められ、甘噛みされる。初めてつけられるキスマーク。肌に痕が残っていくのが分かる。
このまま最後までいくのかと思ったら、シオンが顔を真っ赤にして欲情したまま、ベッドから離れた。
「シオン?」
「ヒートが本格的にくる前に、仕事を片付けてくる」
「わかった。待ってる……けど、シオンの上着、貸して」
「あ、ああ」
不思議そうな顔をしながら、シオンが着ている上着を脱いで渡してくれた。
僕はそれを抱きしめると、クンクンと匂いを嗅いだ。シオンの香りが染み付いていて、安心する。
「待ってるね」
「ああ、できるだけ早く帰るから」
額にキスをすると、シオンが部屋を出て行った。扉が閉まり、静寂が戻ってくる。
僕はシオンの上着を抱きしめたまま、ベッドに横たわった。身体の熱は徐々に高くなっていった。
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