原作では幽閉される悪役Ωなのに、最強αに溺愛監禁されました

ひなた翠

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第三章:発情と絆

ヒート後の朝

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 朝日が眩しい。

 ぐったりした身体で目を覚ますと、窓から差し込む光が部屋を照らしていた。身体のあちこちが痛い。

 腰が重く、太腿に鈍い痛みが残っていた。シーツは乱れ、枕は床に落ちている。部屋中に甘い香りが充満していて、昨夜までの激しさを物語っていた。

 隣を見ると、シオンが僕の腰を抱いて眠っている。黒に近い濃紺の髪が乱れていた。いつもは冷徹な表情も、今は穏やかだ。疲れ切っているようで、規則正しい寝息を立てている。

(乱れに乱れてしまった――)

 シオンには無理させてしまったと思う。何度も求めて、乱れて、シオンに抱かれ続けた。あんなに欲に溺れるなんて思わなかった。

 ヒートが終わり、冷静な思考に戻った今、恥ずかしさがこみ上げてくる。あんな声を出して、あんな姿を晒して。シーツを握りしめ、シオンの名前を何度も叫んだ。

 こんなの初めてだ。

「ヒートってすごい」

 思わず独り言が漏れる。転生前の自分もそれなりに欲は強いほうだと思っていたが、ヒートはそれ以上だった。
 細い身体で、よくもまあシオンの大きいものを何度も受け入れていたなと、自分でも感心してしまう。

 シオンの優しさを思い出す。

 ヒートの間、シオンはずっと僕のそばにいてくれた。食事を口まで運んでくれ、汗を拭いてくれ、髪を梳いてくれた。「大丈夫か?」と何度も確認してくれて、自分本位に走ることはなかった。痛がれば動きを止め、疲れていれば休ませてくれた。

(優しかったなあ)
 城でぶつかって、追いかけられた頃とは大違いだ。

 オメガの匂いとフェロモンで理性を保つのは厳しかったと思うのに、流されずに僕の身体を一番に考えて行動してくれたのが嬉しかった。

 首の後ろに手をやった。指先が肌を撫でるが、何もない。滑らかな肌だけが触れる。

 噛み跡がない。

(……え?_ 噛んでない?)

「番にしなかったんだ――」

 独り言のつもりだったが、声に気づいてシオンが目を開けた。琥珀の瞳が僕を捉え、優しく微笑む。

「ちゃんとユーリの気持ちを確かめてからじゃないと番にしたくないと思ったから」

 シオンの手が伸びてきて、僕の頭を撫でる。大きく温かい手が、髪を優しく梳いていく。

「シオン、ありがとう。僕の気持ちも考えてくれて」

 お礼を言いながら、僕は自分からキスをした。唇を重ね、優しく触れる。シオンが驚いた表情になり、琥珀の瞳が大きく見開かれる。

「だってユーリはラインハルトが好きなのだろ?」
 シオンが不安そうに問いかける。

「――え?」
 思わず聞き返す。

(何を言っているんだ、シオンは)

「前にラインハルトの頬に触れて、顔を真っ赤にさせてた」

 ちょっと不機嫌そうに語るシオン。眉が寄り、唇が尖っている。拗ねているようにも見えた。

「ああ、あれは。綺麗な顔だなって思ってたら無意識で触っていて、自分で自分の行動に驚いただけ。シオンに手を掴まれるまで、触れていることに気づいてなかった」

 正直に答える。嘘をついても仕方がない。

(確かに転生前の僕の好みはラインハルト先生だが――)

 だからって、この身体になってから恋をするようなドキドキがラインハルト先生のまえで起こるかと言われれば……とくにない。

 ドキドキしたり、身体が疼くような感覚が起きるのはシオンだ。

「それって無自覚に惹かれているんじゃないか?」
 シオンが食い下がる。

「惹かれてるというより……羨ましいに近いのかな? 僕は無理やり線の細い華奢な体型を維持しているけど、ラインハルト先生は別に気にかけなくてもあの美貌だから。真似できない」

 素で醸し出す艶のある色気は、持って生まれたものだ。『ユーリ』では出せない。

「真似する必要はないだろ」
「――シオンは何もわかってない」

 ムッとして言うと、シオンが驚いた表情になった。琥珀の瞳が見開かれ、口が僅かに開く。

「婚約発表の場でお前に選ばれなければいけないという重圧はすごいんだからな? 僕は男で最初から論外。選ばれる枠に入れるようにしなくちゃいけないっていう家族や親族の圧は本当に大変なんだから」

 本当に辛い思いをしてきたのは僕ではなくて、本来の『ユーリ』なわけで。僕はその苦しみをたった一ヶ月間だけ経験しただけだ。

 転生してから婚約発表までの短い期間に、どれだけのプレッシャーがあったか。

「どんなふうに?」
 シオンが真剣な表情で尋ねてくる。

「……言わない」
「ユーリ、教えて」

 シオンの手が僕の手を握る。強く、優しく。

「とくに辛かったのは、体型維持だ。女性らしい体型のために、食事をかなり厳しく制限された。おかげですっかり小食になった。身体を鍛えるのも駄目だったから、一日の運動量も決められてた」

 言葉にすると、胸が締め付けられる。本来のユーリが受けた苦しみ。僕はその記憶だけを引き継いだにすぎない。
 シオンが黙ってしまう。

 僕の身体を確かめるように、全身を撫でていく。胸を、腹を、腰を。優しく、慈しむように。

「んあっ」
 敏感な場所に触れられ、声が漏れる。

「もし俺が選んでなかったら、ユーリはどうなっていたんだ?」
 シオンの声が震えている。

「――わからない。特異体質だから、王族の血筋のどこかしらに縁談を持ちかけていたんじゃないか。知らないけど」

 シオンが選ばなかったら幽閉されていたなんて、言えない。ここが物語の世界であることも、転生者であることも、シオンには言えない。

「まあ、もしかしたらラインハルト先生の研究対象として、あちこち弄られてたかもな」

 冗談めかして言うが、シオンの表情が険しくなった。琥珀の瞳が光り、顎に力が入る。苛立った表情だ。

「僕はシオンに選ばれたけど、逆にルナは選ばれなかった。すごく辛い立場になっていると思う。彼女が苦しい思いをしないように手助けしてほしい。とくに彼女は、選ばれるのがほぼ確定の状態からの転落だろ。僕が選ばれなかった状況とは大きく違うと思うから」

 ルナのことを思う。原作では主人公だった彼女。今はどんな気持ちで過ごしているのだろう。

「ユーリは優しいな」
「優しいわけじゃない。ただ気持ちがわかるだけ」

 僕はシオンから視線を外した。窓の外を見つめる。青い空が広がり、鳥が飛んでいた。
 選ばれなかった側の辛い気持ちは痛いほどにわかる。転生前の僕が、まさに選ばれなかった側の人間だった。

 付き合っていたのに……。
 僕だけを見てくれていると思っていたのに――。本当に愛していたのは、女性のほうだった。

 ああなるくらいなら、最初から僕の気持ちを受け入れなくて良かったのに。
 本人に会って文句ももう言えない。ただ心の傷だけが残って、静かに燻っている。

「ユーリ」
 シオンに名前を呼ばれると、上に覆い被さってきて真剣な表情で見つめられた。琥珀の瞳が僕を捉えていた。

「――今まで、申し訳なかった」
「……え?」
「気持ちがわかるって、俺が今までユーリに対して冷たい態度をあからさまにとってきたからだろ?」
「え、あ……あぁ、うん」

(違うんだけどな)

 選ばれない苦しみを、シオンが今まで冷たくあしらってきたことだと勘違いしたらしい。
 確かにシオンは冷たかった。男のオメガを軽蔑するような目で見ていたのも知っている。

「辛い思いをさせてしまった」

 今にも泣き出しそうな辛い表情で、シオンが僕を見て頬に触れた。大きな手が優しく頬を包み、親指が頬骨を撫でる。

「僕こそ、二度も逃げ出そうとしてごめん。もう逃げないから」
「ユーリ、愛してる」
「僕も、シオンが好きだよ」

 抱きしめ合うと、とろけるほどの甘いキスをした。舌が絡み合い、吐息が混ざり合う。シオンの体温が伝わってくる。

 朝日が部屋を照らし、窓の外からは鳥の囀りが聞こえ、風が木々を揺らす音が聞こえた。

「これから、ずっと一緒だ」
 シオンの言葉に僕は頷いた。温かい腕が僕を包み込み、安心感が胸を満たした。
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