昔の恋を忘れましょう

ひなた翠

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エピソード3 凛

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『社長との約束で、クライアントとは関係を持たないの』
『あのダサ男と? 黙ってればバレないだろ』
『私にとって社長は絶対なの。ルールは破れない。それに社長はダサくない』

 壁一枚向こう側でのやり取りが聞こえてくる。

 蓮が、口説いている。
 好みの女性らしい。

 陽葵の代理できた山野 理沙。
 黒いロングの髪を優雅に巻いてあり、掻き上げる仕草は色っぽかった。
 パンツスーツだって、なぜか妖艶に見える。黒のピンヒールがいやに恰好よくて、目を奪われた。

 私もこんな風になりたかった。

 仕事のできる女に。
 容姿だけじゃない。能力も実力もある女になりたかった。

 応接室のソファに座ったまま、私はギュッと握りこぶしをつくった。

 フレアなスカートが憎らしく見えてしまう。

『社長、社長って。君、社長の女?』
 蓮の言葉に私はピクッと肩が反応した。

 陽葵の? おんな?

 だって陽葵は、あのギャルと付き合ってるんじゃ?

『社長は下賤なことはしない。女を、部下を……所有物扱いしない。婚約者が隣の部屋にいるのを知っていて、他の女を口説くような卑劣なことはしない。だから私は、社長のもとで働いてる。パーティのことで折り入っての話がないのなら、私は失礼します』
 カツカツと足音がして、私のもとに山野さんが戻ってきた。

 ソファに座りながら、「あなたも大変ね。これじゃあ、社長が来たくなくなるのもわかるわ」と小さく声で囁いた。

「え?」
 陽葵が来たくなくなる? どういうこと?

「社長がクライアントとの打ち合わせを代理に任せるなんて珍しいのよ。自分の目で見て、感じて、それを仕事に活かすのが得意だから。萌香の言う通り、クライアントとヤッたのかと思ってたけど。クライアントが男なら、それも無いし。あなた、社長と同級生なんでしょ? やりずらいって言ってた意味がわかった。だからって、私を代理にするのも、間違ってるわ。ああいう男が一番嫌いだって知ってるのに」

「やりずらい?」
 ただ私と寝たから、顔を合わせずらいだけだと思うけど。

「ええ。社長は優しいから。同級生でも、婚約者に冷たくされてるのなんて見たくないんでしょ。あ! わかった。私が代理になった理由。あなたにわかってもらうため。婚約者がひどい男だって。早く次の男を探したほうが幸せになる、って伝えたかったのよ」
「あの……言っている意味が」
 わからない。

 陽葵が私に伝える? ただまた、抱きたくなるから来ないんでしょ?
 抱いた罪悪感があるから、逃げてるだけでしょ?

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