現世転生 -異世界から来た魔法使い-

瓢箪独楽

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「ちくしょぉ、まだヒリヒリするぞ」
 額をさすりながら、正司が恨めし気な目で俺を見る。
「悪かったって。でもあれくらいしないと魔法なんて信じられなかったろ?」
「ぐ…… まぁ確かに」
 不満ありありな表情を続けながらも、正司は言われた通りに顔の前の人差し指とにらめっこしている。
「しかしお前が元魔法使いで、さらにはその当時の記憶を残したまま転生してるとはなぁ…… 正直な所、まだ半分は疑ってるよ……」
 俺は自分の個人的な秘密を正司に明かした。もっとも心情的に隠しておきたい部分は秘密のままだが、それは仕方ない事だろう。別に正司を信用していないわけではなく、ただ誰にも言いたくない部分だっただけの話だ。
「そう言うけど、何だかんだちゃんと言われた通りにするのな」
「目の前で見せられたからな…… それにこんな状況だろ? 出来る事を増やしておきたいんだよ」

 魔法の存在を知った後、正司はある提案を出した。それは俺に魔法を習うというものだった。俺がその提案を即答で受け入れたのは、正司の持つ魔力が思ったより高かったからだ。感情で魔力が暴走するのは俺自身痛い程知っている。だからせめてその制御を教えておこうと思ったわけである。もっとも感情的になってしまえばそれがおろそかになるわけだが…… まぁ出来ないよりは出来た方が良いだろう。
「で、どうだ? 大事なのはイメージだぞ」
「それは分かってるんだけどさぁ…… んんー、指先がピリピリするだけで一向に進展しないんだよなぁ」
 いつの間にか随分と低くなった太陽の光が、教室の俺達の影をにゅんと長くしていた。
「……そろそろ切り上げようか。最初は誰だってそんなもんだし、それに俺達には他にも出来る事があるだろ?」
「え? ……ああ、結構時間経ってたんだな。そろそろ夜の炊き出しの準備か」
「そういう事だ」
 既に席を立ち歩き出していた俺に遅れて、額に汗をにじませた正司も腰を上げた。
「疲れたか?」
「んー…… まぁ多少は。でも、勉強で集中するよりは何倍もマシだ」
「ハハッ…… だよな」
 俺達は大変動前と同じように笑い合いながら教室を後にした。


     
「ごめんなさい! 一人一杯で我慢してください!」
 炊き出しを配っていた少女が申し訳なさそうな表情で避難者に謝っている。断られた避難者が申し訳なさそうに一礼してその場を離れる。
「おかわりか…… まぁおいそれとは許可出来ない状況だよなぁ」
 手にした雑炊に視線を落とした正司が呟いた。
「そうだな。大変動の規模が日本全土を襲ったなんていう眉唾な噂も、今となっては笑えなくなってきたし……」

 俺達を取り巻く環境はかなり厳しい状況だった。結界内の家にあるテレビやパソコンも、電源が入ったとしても電波が入らない。それはこの避難場所が陸の孤島となっている事を表していた。俺が持っているスマホにも例外なく圏外の文字。
 何の情報もなく今までとは違う生活を強いられ、次々に増える死傷者を見せられ続けるのは精神的にかなり堪える。避難所となっている学校の雰囲気は刻刻と良くない方向へ向かっていた。
「せめて何かしら政府からの救援情報とかが入ってくれば、もう少し違うのかもしれないけどな……」
 俺がそう言ったのを最後に、俺たちは暫く無言で雑炊を口に運び続けた。


「……なぁ瑛太。お前の魔法でなんとかならねぇの? 状況打破ってとこまでじゃなくてもさ…… せめて食糧の心配とかさ……」
 空になった器を地面に置いて正司が言う。俺はその問いにすぐには答えず、少しだけ考えてから口を開く。
「どうだろうな、難しいと思う」
 そう答えたが、実際は可能だと考えていた。
 だが、魔法を使って人々を助けるのは心情的に拒否感があった。それは多分、いまだぼやけている前世の記憶が関係しているだろう事は何となく分かっていた。
「そっか…… まぁ、出来ないものは仕方ないよな。……まぁ、俺たちは俺達の出来る事をしていくって事だな!」
 正司はパンと両ひざを叩いて立ち上がり、炊き出し用のテントが集まる方向へ歩いて行った。
 離れていく正司の背中に向かって、俺は小さくごめんと呟いた後、同じようにテントの方へと向かう。
 本来ならこれだけの人が集まって居ればがやがやと騒がしいものだろうが、今は所々で話声が聞こえるだけ。傷つき、家族に食事を食べさせてもらっている人や、二人寄り添い暖をとる兄妹を見ながら俺は無言で歩いた。
 そんな時、俺の視界の隅で何かが動いた気がした。目を凝らして違和感のあった場所を見つめる。すると、皆が食事する運動場から少し離れた校門の付近で、何かがもぞもぞと動いている。校門で燃える松明の炎が揺れたせいでそう見えたとも思えるが…… いや、多分何かが…… 居る――。
 俺は自然に息を潜め、の様子をじっとうかがう。校門と見比べるに、およそ小学生くらいの大きさの影が徐々にこちらに近づいてきている。
 ジリ…… ジリ……
 黒い影が持つ二つの赤黒い点が、何かを探るように左右をウロウロしている。
「何だあいつ…… 生存者か……?」
 小さく呟いた後、俺は足を踏み出した。嫌な予感は全身の毛が逆立つ程に感じている。だがもし生存者だったら…… 俺は足を進めずにはいられなかった。徐々に近づくにつれぼやけていた輪郭がはっきりしていく。
 背筋の曲がった子供ほどの背丈。尖った耳に…… 手に持っているのは…… こん棒?
「嘘だろ…… あ、あれは……」
 相手との距離が十メートル程まで近づいた頃、運動場から届いた薄明かりがその姿を明らかにさせる。そこには、この世界では誰も見た事が無いくせに知名度だけはやたらと高い存在が居た。
「な、なんでこの世界にゴブリンが…… ハッ――!?」
 慌てて後ろを振り返る………… 良かった、誰もまだ気づいていないみたいだ。
 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、すぐさまゴブリンに向かい直し魔法を発動する。
いんとばり!」
 俺とゴブリンを含む限定的な範囲を、外から認識されない様に隔離する。
「ギギ……?」
 状況を把握できないのか、ゴブリンが奇怪な声を発しながら首を傾げている。
「これでオーケーだなー。ふぅ…… 全く予想していなかった事で焦ったけど、能々よくよく考えてみればたかがゴブリンか」
 腰に手を当てて俺は長めに息を吐いた。それからゴブリンの方を見据えて、取れないと分かっているコミュニケーションを取ってみる事にした。
「お前何しに来たの?」
「ギギ…… ギッ!」
「まぁ通じないよな、わかってたけど」
 ワザとらしく肩を落とす俺とは対照的に、ゴブリンはウォーミングアップでもするかのようにこん棒を持った右腕をブンブン回している。
「やる気かぁ…… それは別に良いけど、ちょっと知りたいことがあるから本気気味で行くぞ」
 そう言うや否や俺は地面を強く蹴った。
 魔力で右手を輝かせながら疾走する俺と、同じように前進を始めたゴブリンの距離がグングン近づく―― そして二人の姿が交錯する時、先に仕掛けた俺の右手をギリギリで躱したゴブリンが、ニタァと下卑た笑みを浮かべてそのこん棒を力いっぱい振り下ろす――
「なっ――!? …………なーんてな」
 振り下ろされたこん棒が俺の体にめり込む瞬間、今までそこに在った俺の体は粉々に崩れ、驚いた表情のゴブリンを残して霧の様に消える。
「グ、ギ……? …………ガッ!?」
 俺を探す様に宙を彷徨っていたゴブリンの瞳が突然、恐ろしい物でも見たかのように見開かれた。
「悪いな、ちょっと記憶覗かせてもらうぞ」
 背後に現れた俺の右手の指先が、既に第一関節までゴブリンの後頭部に突き刺さっていた。指先に魔力を込めると、ゴブリンは身体をブルブルと痙攣させた後、全身を弛緩させて気を失った。

 ……
 …………
 ………………。

 目を瞑り、流れ込む記憶の断片を辿る。
 目を背けたくなる光景が俺の頭に流れ込み、その都度吐き気に襲われる。逃げようとする男性に無慈悲に振り下ろされるこん棒、既に魂を手放しているのに引きずり回される老人。

 ――クッ…… この世界の人達だよな……

 挫けそうになる自分を奮い立たせながら反吐の出る記憶を探り続けると、一つ気になる記憶を見つける事が出来た。
 大変動で亡くなったのだろう、左半身を失くし地面に横たわる少年と、その傍でしゃがみ込む痩せ型で白髪交じりのスーツ姿の中年男。
 男が少年の頭部に手をかざすと、淡い魔力の光が少年の全身を包み込む。やがて光は収まり、男は立ち上がりその場を離れて行った。このゴブリンは男に着いてその場を離れた様だが、途中で一度背後を振り返り少年を見た。

 ────なっ!?

 振り返ったゴブリンの視界に、先程まで横たわっていた少年の姿は無かった。代わりにそこに立っていたのは、緑色の肌に尖った耳を持つゴブリンの姿だった。  
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