例えば、こんな学校生活。

ARuTo/あると

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 事件現場近くの図書館に到着した頃には既に少数の人集りができ始めていた。如月らしき人物が落下死した事件現場は芝生で整えられた図書館の吹き抜け中庭である。
 下校時刻が迫っているにも関わらず、ガラス越しにも野次馬が多数散見でき、俺は恐る恐る人集りを通り過ぎると、そこには女子高生と思われる服を着た【人形】が倒れ込んでいた。
 つまり、
 落ちたのは生身の人間ではないし、ましてや如月本人でも無い。叫び声の後、中庭に素早く遺体に見せかけた人形が置かれただけなのだ。
 膝立ちに人形を観察していると、階段を駆け下りた影響か、息を切らしながら女子三人組が現場に到着した。
「ちょっと、そこの男子どきなさいッ」
 三人組のリーダーであろう女に軽く手で横に突き飛ばされる。
 女は膝をたたんで低い姿勢になると同時に「はっ?」と疑念混じりの空虚な声を出した。
「えっ、嘘、え?もしかして、これ…人形?」
 先程まで恐怖に狩られ、明日の我が身も想像できなかったであろう女は事件性が無いと知り得た途端、ほっ、と胸を撫で下ろした。
 その表情には笑みさえも滲み出ていた。
 連れの女二人も寄ってきて、
「これ、人形じゃん。よ、良かったぁ~。一時はどうなることかと」
 片方は目を潤わして安堵した。
「…にしても、誰がこんな悪戯を仕掛けたんだか。これ地味に問題になるんじゃない?」
 この女は悪戯と言えども一線を越えていると判断したのか、問題を指摘し始めた。
 問題なのはお前だ。
 お前らだ。
 去ってゆく野次馬とは反対方向に歩を進めた。芝生の繊維一つ一つを踏みしめ、女どもの背後に近づくと俺は口火を切った。
「ああ。確かに問題になるなあ。お前らが」
 急に湧き出た陰湿な煽り口調。リーダーらしき人物が勢いよく振り向く。
「え、は…はぁ?誰ですか貴方は」
 自身には一切の負が無いとばかりに、乾いた声音が疑念とともに返された。
「答える義理はない」
 女グループは「何こいつ、キモ」だとかぶつくさ話し合ってたかと思うと、一人の女が気付いたのか、腰辺りで小さく指差して、
「こいつ…確か、特別候補生の自己紹介で長文ベラベラ喋ってた奴じゃない?」
 どうやら声質だけで見抜いたようだが、そんな事は今関係ない。
 語気を強めて、
「聞こえなかったか?お前達は問題になるんだよ。処分を食らうんだよ」
「は?だから貴方さっきから何言ってんの?…問題?私達は何事か確認しにきただ、」
 間髪入れず俺は言った。
「イジメてたんだろ。女子生徒を。如月さんを」
 女三人の瞳孔が開き始めた。
「クラスでも気付いている奴はちらほらいる。バレないとでも思ったか?」
「何、正義ぶってんのよ。今時、そんな人恥ずかしいよ」
「論点をずらすな。お前達の動向は大体把握している。SNSとかいうネット空間だろうとな」
 目の色は疑念から確信へと変わり、険悪なものとなった。
 こいつは何か知っている。端くれの女が勘付いた。
「もしかしてこの悪戯。こいつの仕業じゃない?」
 敵意の目の色だ。
「そうだ。一連の問題を解決する為に俺は正義を振りかざしたんだよ」
 女は鼻で笑って、
「貴方、正義を勘違いしてない?これは只の悪戯。貴方の方がよっぽど問題を起こしているじゃない」
 俺は懐疑の笑みを浮かべた。
「貴方の方が、ね。何かしらの自覚はあるみたいだな」
「…ッ」
 リーダー格らしき女が唇を浅く噛んだ。
 こいつらは事の問題をはぐらかし続けるだろう。ならば俺はほんの少し、自覚という行動意志を引き出すしかない。
「如月さんがどんな気持ちで生活していたか。どういう結末を選択したか。お前達に分かるか?」
「…。それは―――」
 口が開くのを待たずに俺は言った。
「自殺だよ」
「は…貴方何言って、」
「その時は幸運にも偶然通りかかった俺が阻止した。これは…ただの悪戯なんかじゃないんだ。起こり得る出来事だったんだよ」
 端くれの女が口に手を当てながら、悲痛の声を上げる。
「そ、そもそも貴方に助ける義理なんかないじゃない。何?偽善者なの?」
 その通りと言ってしまえば空虚にも終わる話だが、俺には確かな意志がある。口を開きかけた瞬間、美しくも鋭利な声音が通った。
「その辺でよろしいですかね」
 響きこそ淀みがなく、存在感に周囲が静止した。嗚咽さえ漏らしてはいけない様な緊張に包まれ、声の主は凛とした佇まいで野次馬から這い出た。
 流れるような黒髪ロング、片方の髪は軽くゴムで縛られており、制服では無くジャージ姿、錦織小雪合である。
 彼女は周囲を一瞥した後、倒れ込む人形に着せられた制服を見るなり、一瞬、俺を睨みつけた。
 それについては致し方ない事だ。あとでたっぷり叱られる覚悟で御座います…。
 錦織はため息を一つつくと、呆然と立ち尽くす女三人に対して言った。
「初めまして。私の名前は錦織小雪合。そこの男子生徒と同じ特別候補生です」
 リーダー格らしき女が我に返ったように顔を上げ、他二人に耳打ちしたかと思うと、
「貴方達、本当馬鹿だね。入学当初から思っていたけれど、やっぱり特別候補生って問題児ばかりで"期待"のかけらも無い。いいとこ停学処分でも喰らうのかしら」
 半ば勝ち誇った顔で、周囲の空気を我がものにしようとしていた。
 対して錦織は落ち着いた口調で「それはどうかしら」と表情一つ変える事なく言って、
「最初の言葉ブーメランです。貴方達三人は一線を超えました。この事実は停学どころか退学も視野に入れなければならない程、重大な問題です」
 錦織は最早、抗う行為自体無意味とばかりに厳粛な態度をとっていた。
 リーダー格の女はこの黒髪美少女にも全てを見透かされていると悟ったのか、冷や汗が滲んでいるようだ。そして最後の抵抗とばかりに犯人特有の"お決まりのフレーズ"を放ったのである。
「証拠も無いのにどうやって私達を処分するんだか」
 俺は鼻で笑うと、
「あんたら本当に馬鹿だな。この学校のセキリュティシステムは他高校に比べて群を抜くほど高いって知ってんだろ?つまりは監視カメラを大量に張り巡らせているのは大前提って訳だ」
 続いて錦織が、
「映像による証拠もさる事ながら、クラスでの聞き込みでも多数の証言があります」
 言い終えたのと同時に錦織の背後の野次馬から、背丈が少しばかり高い女性が這い出た。そう、綾崎先生である。
「貴方達のした事は決して軽いものではありません。この場で関係ある者は全員職員室に来て貰います」
 普段の柔らかい印象は無く、声音は場を制すのに十分な真面目さだった。
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