リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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第2章 バトルフィールドへようこそ(2日目)

2ー4 神のご加護を(2日目ディナー)

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 説明も何もない。あのアナウンスを聞けば男性陣もおおよそ理由は察する。
 そして階下では新たなプロジェクトが始まっていた。
「軍でも旅客機でも、ドローンでも上空を通ることがあったらー」
 イムラーンとプラサット、エクジョットの三人でシーツに大きく、
『HELP』
 と書きあげた。イムラーンの部屋の窓から垂らしたが「警告」はなかった。助けを求めるところまで「ゲーム」の想定内ということだろうか。
 庭園の埋葬していない部分にもスコップで大きく「HELP」を描いた。

 館内にはペンキがなく太字のマジックだけで塗りつぶすので手間はかかる。トマトを潰すことも検討されたが、食糧を減らす危険性と濃くは染まらず上空からはよく見えないと却下された。
「どんな小さな可能性でもいいから救出につながる手がかりを増やしましょう。アッラーのご加護でどれかが助けを導くかもしれません」
 一枚ではなく最低でも四方に、またヒンディーと各言語でも欲しいと彼は言った。
「タミル語は僕が描きます、アッカ」
 と笑う顔を見ると気持ちは回復してきたようだ。

 イムラーンはもうひとつ食材を使う提案をしてきた。
「女の人の方には針ってありますか?」
 とまず尋ねてきたが女性方にもない。凶器になり得る物はことごとく排除する方針らしい。そして、
「期待するのは褒められたことでないとはわかっています。ですが……建物の周りにはおふたり分の遺体があります。それが獣の類いを引き寄せることを考えたんです」
 遠く塀上の柵にかかったままのシヴァムの遺骸では無理だが、ベランダすぐ下のサミル遺体を漁りに来たら上からメッセージ付きの針を落とす。刺さったらやがて見た誰かが警察に通報してくれるかもしれない。
 ちくり。胸は痛むが主旨は理解出来る、どころか賛成だ。
「刺さらねえだろ」
 広間にはいたが作業には加わらずソファーにもたれるロハンが突っ込む。いつも以上にこちらへの目つきが悪い。
「怒って襲ってきたらどうしますか? ガラスぐらい壊せる動物はいるようにい思いますが」
 ある者は大テーブル上で塗りつぶし作業に、別の者は床でシーツに文字の輪郭と思い思いに作業に加わる。ダルシカがマジックを動かしつつ疑問を述べた。
「うるせえな。だったら上に上がって部屋に閉じこもってればいいだろ。水差すなよ」
 プラサットがわめきダルシカは首をすくめる。
「いっそ象の群れでも来てガラスもドアも滅茶苦茶に踏み破ってもらえないかな」
「それこっちも踏まれるぞ」
「上に逃げるんだよ。象は階段上れないだろうが」
「こんな階段踏み潰して粉々ですよね」
「食事はどうするの? それに『会議』は一階なのに」
「どっちにしろコレがあるから簡単には逃げられないよ」
 スンダルが首輪に触れる。
 逃げるべき集落の方向もわからない。
 象も草のない所には来ない。塀の外は延々と続く乾いた赤い大地、よくあるデカンの風景だ。
「って、この塀を越えられる動物いる?」
 しかも柵の上には電流が走る。クリスティーナは塗り作業をしながら呟いた。
「ですので食材庫の肉を外に投げておびき寄せるのはどうかと」
 肉には余裕があると言ったアンビカはもう台所に入っている。
 針が無理なら布に助けを求めるメッセージを書いて一緒に飲み込ませ、糞として輩出されたのを誰かが目にしたらー
「投げればいける人もいるんじゃないでしょうか。ジョージさん、クリケット好きだっておっしゃってませんでしたか?」
「私は『見る』のが好きなんだ。早く帰ってリーグ戦が見たいよ」
 テーブル上で作業しながらぼやくのに男たちの何人かが同調した。
 結局、肉で引き寄せるのは食糧を減らし、獣の種類によっては自分たちも危険にさらされかねないこと、庭園に埋葬した遺体を掘り返されるのを避けるためにも止めることとなった。
「風で飛んでも同じでは?」
 とスケッチブックやノート、野帳の切れ端に各自メッセージを書く。

『助けて! 誘拐されたたくさんの人が監禁されています。 白い壁の大きな邸宅です。警察に届けてください』
 末尾に名前と今日の日付を書き入れる。シーツにも寄せ書きをしてぐるぐるまとめて結び、結び目にメッセージの紙の数々を挟み込む。風の流れを考えて南側の庭園からイムラーンが投げて失敗、塀の内側に落ちる。頼んでエクジョットに変わりもう一度投げると今度は見事に塀の外に越えた。
「おお!」
 どうか人の目に触れる所にまで飛んでいきますように。
 いい人に見つかり警察に持ち込んでもらえますように。濃い色に暮れた空の下クリスティーナは祈った。


 夜の帳が降りれば館の空気も重くなる。
 夕食の食堂は、朝よりも昼よりもぴりついた雰囲気が漂う。その中で言葉を選びながらクリスティーナはラクシュミの話をアビマニュに伝えた。
「『兄弟』って、カードだと『恋人』にあたるんでしたか?」
「カードの種類によっても違うのかもしれないけど『共有者』の方が近いと思う」
「僕はそんなに多い人数でのプレイはしていないんです。十人以下がほとんどでした」
 「村人」「人狼」「占い師」「霊能者」の基本的な役でのゲームが多く「共有者」が入るものでは遊んだことがない。
「クリスティーナさんが見たゲームでは、『共有者』はどうカミングアウトしていましたか」
「パターンは三つ」
・CO(カミングアウト)しない
・ふたり同時にCO
・ひとりでCO
 そのうち、
「カミングアウトはなしで、票が集まりそうになると自分は『共有者』だって名乗るのが一番多かった。ふたり同時にカミングアウトして自分たちが村人だって証明するのが時々」
 狼陣営に騙られないために効果的なCO方法だ。
 アビマニュとは暗黙の了解で役を「騙る」ことを口にしていない。「騙り」が出た途端に事態は混乱して、少なくとも村人には不利になる。ただの遊びなら騙りこそゲームの醍醐味を作るのだろうが「リアル」ではたまらない。「狼」や「象」たちがこの手に気付かなければいいと思いつつ、誰かはいずれ思い当たるだろう。
 とはいえ自分の命がかかる「ゲーム」でリスクのある「騙り」に手を出すかは疑問だとも思う。
 自分は希望的観測に引っ張られ過ぎているだろうか?
「『共有者』なら確実な村人の証明になる。って僕たち人狼経験者は考えますが、そうでなければ『占星術師』や『タントラ』役を明かすことも証明だと思うかも知れません」
 騙りを考えなければということだ。
「そっちか」
 しまった、自分が「占星術師」で信頼が得られるか心配していたのでそのアイデアは抜けていた。ラクシュミは「タントラ」か「聖者」なのか。
「別の可能性として、ラクシュミさん自身が『武士』で自分の身を守るのも兼ねて『武士』はいないと主張しているという可能性も……いや駄目だ! それじゃ昨日のことが説明出来ないし、この先の会議でカミングアウトしたら意味がない」
 頭を抱える。

「『武士』はまだいる可能性もあるんですね」
「誰もがラクシュミみたいにあっという間にゲームの全体像を把握出来る訳じゃない」
 彼女は驚異的だと肩をすくめる。
 インド国内でMBAを取ったというだけで出身校などは言わないが、かなり上位の出だろう。クリスティーナが行ったチェンナイの大学も日本の大学院もどちらも大好きな学校だが世界ランキングに並ぶ類いではない。彼女の出身校はランクに並ぶレベルかもしれない。海外に出たことはないというが、
「英語もカナダ育ちのあなたに次ぐ」
「少し表現は丁寧ですけど、こちらに来ても全く問題ないですよ」
 自分も含めインド人は母語に発音が引っ張られ「インド英語」になる。R音が強い巻き舌になるのが有名だが、ラクシュミには癖がない。ちなみに次にきれいな英語を話すのはアンビカだ。
 昨夜部屋へ入る時間前後に流れた旋律について、
『夜のラーガね。時間も合ってる』
 と彼女は吐き捨てるように言っていた。
 自分が古典音楽を聞くようになったのは大学でチェンナイに出て来てから。ホールに通うにつれ魅了されるようにはなったが、耳で聞いてラーガがわかるレベルには全く達していない。
 立ち居振る舞いや衣服も含め、彼女がかなりの家庭で教養を身に付けて育ってきたのはよくわかる。そのラクシュミなら把握出来ることも多くの人間には(少なくともすぐには)無理だ。
「モニターやタブレットの文章を読むのが難しかったのかもしれない。一応、会議でもう一度説明するつもり」
 わざと早口で言う。今いる中でヒンディー・英語の読みが苦手そうな筆頭はエクジョットで次にアイシャ。ラディカは短い文章を読むのは大丈夫なように思える。
 ならば候補はエクジョットとアイシャに限られてしまう。「武士」はもういない可能性もあるのだから下手に聞きつけて本人たちが余計な心配をしないようさっと飛ばした。

「今日の投票、どうします?」
  アビマニュの愛嬌のある目がくるりと陰った。
「同数投票はもう無理でしょうか」
「駄目に決まっているだろ? 隣の奴に命なんぞ預けられるか。自分の『命』だぞ!」
 ラジェーシュが奥のテーブルから怒鳴った。
「正直私も怖い」
 ファルハが隣で言い、向こうでレイチェルも頷く。今夜のメインはダルとチキンカレー。トマトベースのこのチキンは好みからすればややまろやか過ぎる。よりクリーミーにすると日本人が好きそうな味になりそうだが、コリアンダーとカルダモンの利かせ方は絶品でこれを最後の晩餐にするのなど絶対嫌だ! と思わされてしまう。
『このチキン最後の味の調整はアンビカがしたの。それでこれだけ美味しくなるんだから凄いよね!』
 もっと生きて、ファルハとアンビカが作ったこの食事と同じように美味しい料理をたくさん食べたい。温かいチャパティをちぎり、ざらざらした手触りを楽しみつつ小皿からダルをすくい上げて口に運ぶ。いつもながら豆は香ばしい。
(皆同じ。死にたくなんかない)

「ファルハでもそう思うんだものね」
「?」
 ノートを膝上に広げ、
「ファルハは9番だから隣は8のスンダルと10のマーダヴァン。ゲームを理解して適切な行動を取ることでは今いる中でも信頼出来るふたりだね」
「ダブルチェックしたらどうでしょうか。隣の席のテンキーなら見られると思うんですよ」
 当のスンダルが奥のテーブルから椅子の背に腕をかけ振り返る。
「入力したら隣に見てもらうことにして」
「オレの隣なんていねえよ」
「3番ラジェーシュさんの隣は1・2番と続けて空席だ」
 ノートを確かめつつ頷く。クリスティーナも左隣は15番サミルで空席、右12番は一番ヒンディー語が苦手なエクジョットだ。
「悪いがオレはお隣さんへの投票にはのらない。勝手にやってくれ」
 ラジェーシュが念を押す。
「そうすることになりますかね」 
 一度目を落としたもののならばとアビマニュは有志でのプランを話し出した。クリスティーナは同調したが、
「今日の会議でどんな話が出るか、ラクシュミがどう自分の『白』を証明するか。情報が出揃ってから私は判断したい」
 と告げた。
(私、恐いんだ)
 誰かに、
『お前は死ぬべきだ』
 と票を入れることがだ。実行されるとわかっていながら死ねと指さすことは、殺人に加担するのと同じ。殺されるのが嫌ならしてはいけないことだ。ぎりぎりまで投票出来なかった女の子の話をリアル人狼の漫画で見たことがあるが、今正にその気持ちで胸が苦しい。
 既に殺人に手を染めた「人狼」と、全く様子がわからない「象」陣営は今どう考えているのだろう。今夜の食事を味わっているだろうか。
 さりげなく食堂を見回し、添えられたキチュリに匙を差し入れながらクリスティーナは思いを巡らせた。



<注>
・チェンナイ 南インド、タミル・ナードゥ州の州都。旧名マドラス。
・ラーガ インド古典音楽の旋律の法則、旋法、型。
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