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第2章 バトルフィールドへようこそ(2日目)
2ー3 デスゲームの品格(2日目午後)
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プージャが血を流す壁までは数メートル。しかしー
(「ルールブック」では他人の個室に入ることは出来ない)
「前を通ったらすすり泣きとも唸りともつかない声が聞こえた。心配でノックをしたが返事がなかったのでドアを開けたそうよ」
騒ぎで出て来たラクシュミがベンガル語でアイシュから聞き取った話を訳す。
「助けてあげないと……」
アンビカの言葉が震える。
「どうにも出来ない」
ラクシュミはとりわけ低い声で言った。
「放っておくしかないでしょう。これは彼女の選択。……『武士』がいない今、誰が死んでも直接の問題はないし」
「そういうこと、言わない方がいいと思う」
プージャから目は離さないままクリスティーナは言った。
「何なの、きれいごとの説教?」
「違う」
強く言う。
「他人は死んでいいと公言するような人は会議で票を集めやすい。人狼ゲームでは」
と首をラクシュミに向ける。
「私は、あなたはそういう人じゃないと思う」
意識して目を柔らかくして付け加えたのは処世術だ。ご忠告どうも、と不機嫌に返したラクシュミの顔が驚きに変わった。はっと首を戻すと、
「ダルシカ!」
艶のある黒髪を背の上で揺らし彼女は部屋に足を踏み入れていた。プージャの前にひざまずき両脇に腕を差し入れて立ち上がった時、
『警告! 警告! ルール違反です』
いつもの声が天井から響いた。
(この子まで!)
「お姉さん駄目っ!」
前のめりになったクリスティーナはファルハに腰を引かれ止められる。
ダルシカは一歩、二歩と後ろ向きで歩いたところで転んだ。仰向けになった上にプージャに倒れ込まれ動きが取れなくなる。まずい。
(プージャは結構背があるから)
それより小さいダルシカには体を支えきれなかった。
「ダルシカ早くっ! こっち」
パンパン手を叩く。
『警告! 警告! ルール違反です』
『他人の部屋に入ってはなりません!』
もがき身を起こしかけていた突然ダルシカが崩れ落ちた。
(!)
「ダルシカあっっ!」
「いやーーーーっ!」
女性たちから悲鳴があがる。口元に当て強ばった手はそのままでクリスティーナは注視する。プージャの力ない体の下、ダルシカの腕が動いた。
(ああ)
薬の注入は「処理」ではなくまだ「警告」だ。だがその先も時間の問題となる。
「救急箱持って来る!」
飛び出そうとしたマーダヴァンを、
「あんたが行く必要はない。オイ怪我人だ! 救急箱持って来い」
ラジェーシュが制し下の広間に向かって叫ぶ。
「緊急事態です、室内への立ち入りを許可してください!」
頭の中で素早く考えをまとめシャンデリア向こうの黒いスピーカーへ叫んだ。
『許可出来ません。ルールブックの通り他人の部屋に入っては-』
「あなたたちは『ゲーム』の円滑な運営に責任を持つって言ってませんでした? 怪我をした人を助けてはいけないというルールはなかった。参加者同士の争いでもない」
人狼漫画を思い出しながら矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
「管理も出来ていない、ルールにもない、これはあなたがたの責任でしょう? 『プレイヤー』を保護して『円滑』に『ゲーム』を進めるためには彼女のケアが必要です。一分でいいから侵入許可をくださいっ!!」
わずかの沈黙の後、
「ただ今より一分間、ひとりのみ許可します」
「シーツ三枚、一枚そこに敷いて!」
叫ぶと部屋に飛び込んだ。鼓動は早く部屋の中で目が踊る。落ち着け!
ダルシカは尺取り虫のように足を動かしプージャを乗せたまま頭の方向へ移動しようとしていた。先にプージャを移動させようと思ったがダルシカ以上に小さい自分では二の舞になる。
「引っ張るよ!」
ダルシカの腕の下に両腕を差し入れぐっと握ると腰から体重をかけて手前に引いた。一回、二回。三回で誰かが後ろから自分の腰を引っ張ってくれて楽になった。
「こっちへ!」
横倒しに廊下のシーツ上にプージャを転がす。待ち構えていたマーダヴァンが彼女の腕を取った。
「ダルシカ、しっかり!」
這って出てくるのを抱きかかえ室外へ促す。
「早く!」
部屋の外に転がり出てもまだ苦しげだ。かがめた背を擦ってやる。愕然とした表情の彼女に、
「警告の薬の注入だね。私も昨日やられた。時間が立てば戻るから」
と言ってやる。
(プージャは……)
「女の人、誰か水を!」
「パーニー(水)」
「パーニー!」
部屋が近いアイシャがシャワールーム備え付けのバケツに水を汲んできてマーダヴァンの横に置いた。
『一分間が過ぎました。以降入室を禁じます。また、今後同様なことがあった場合入室は許可しないと決定しました。プレイヤーの皆様にはよりよい『ゲーム』のために健全な心身を保つ努力が求められます』
(はあっ? 何の冗談)
頭を沸騰させながら今の台詞に「奴ら」が短い間に仲間内で話し合った気配を感じた。
どんな奴らがどこで、背後にはー?
「待って! 今夜の会議について聞きたい。あんな所から場所を変えてください」
『許可しません』
叫んだラクシュミに拍子抜けするほど簡単に返しアナウンスはプチリと切れた。
包帯を巻き手首の位置を心臓より上にするよう注意を告げるとマーダヴァンはプージャのそばを離れた。
「ドクターではないのできちんとしたことは言えませんが……。病院だったら輸血するレベルではないかと」
囁く彼の向こうでプージャの顔色は確かに青い。
「そんなに悪いんですか?」
アンビカが尋ねる。
「ですから、わたしでははっきりしたことはわかりません。ただ、『いい』と言ったら嘘になってしまいます」
「……ごめんなさい。ここは病院じゃないし設備も何もないから本職の方でも勝手が違いますよね」
うなだれる。マーダヴァンもやりきれないのか少し目を落としたがすぐ気を取り直して女たちを見回した。
「水と、出来たなら栄養のあるものを食べさせてください。排尿があるかもしれませんから男がいたら辛いでしょう。……広間にいますから何かあったら呼んでください」
マーダヴァンは男たちをまとめて下に促し自分も階段を降りていった。
なだめ慰めつつプージャから聞き出したところによるとーその多くはアンビカの功績だー経過は以下のようになる。
プージャは着替える時、まずは上、次に下だけと分けて脱ぎ着せず、また下着を着けておいてもいい時でも全部脱いで「すっぽんぽん」になるのが癖なのだそうだ。
(何かまた豪快な)
昨夜もそのようにクローゼットのパジャマへ着替えた。朝も同様だ。
今朝になって何人もが部屋での行動で「警告」を受けた話を聞いた。ヘアピンを仕込もうとしたクリスティーナに、窓の鋼板を壊せないか試そうとしたレイチェルもそうだ。
個室の中も監視されているとプージャはようやく気が付いた。それまではまさかそこまではしないと勝手に思い込んでいたという。
考え悩んでいた昼に、ベジタリアン食堂でプラサットが「警告」を受けた話を耳にした。昨夜脱出用の道具になるかとシェーバーの替刃を分解して細工しようとしたという。
プージャとは違い私室も監視されていると考えた彼は、便器に座って本人曰く、
『ケツを拭く感じで』
足の下で手を動かした、ところで警告を受けて薬に倒れた。
『フルチンで死んだら洒落にならねえ』
『女の人もいる食堂でそういうの止めたら?』
マーダヴァンが止めたが今度こそプージャは血の気が引いた。便器に座った足の下も見ているのだとしたら、監視カメラに映っているのはー
息が吸い込まれる音だけ三階廊下に響いた。
他の女たち同様クリスティーナも青ざめる。
「わたし、もうお嫁さんになれない……」
プージャの細い頬から口元へ涙が伝った。
女性として見られたくない姿をさらしたと気付き彼女は自死を図った。方法は窓の鍵のばねが少し強かったので、そこに手首を挟み込み鍵の先端をめり込ませて切ったという。
互いに脅えた目を合わせたところでボンボンボンと太鼓の音が上から響いた。
『当ゲームの品格が疑われる件ですので伝えておきます。私共は必要上全ての場所を監視しています。シャワールームも例外ではありません。ただし女性の部屋は女性監視員が、男性の部屋は男性監視員が担当しています。また、私共の顧客は皆様のゲームでの熱闘を楽しみにしているのであって、それ以外の品位のない期待は持っておりませんし私共も映像の提供はしていません』
録画もゲーム終了に従い消去している。
『ただしプレイヤーが『ルール』に反する行為をした場合は、ゲームの流れに直接関係するためプライベートな場所の映像でも提供する場合があります』
奴らの言う「ルール」を侵さなければ恥ずかしい映像が第三者に流されることはない。デスゲームに品格を持ち出すのも馬鹿にした話だが、ポルノ的な扱いはしていないと「声」は主張した。
男も女も、林の木のようにたくさんの影がクリスティーナたちを見下ろす。そのイメージにふたをした。
(とりあえず信じよう。でなきゃやってられない)
本当は同性にだって見られたくはないが今はそっちも流しておく。
「良かったね、プージャ。見ているのは女の人だけだって。……お嫁さんになれるよ。だから頑張って」
私だってなれたんだからと励ますアンビカにプージャは弱く微笑んだ。
年長組ークリスティーナとファルハとアンビカに加え申し出たダルシカの四人で交替して三階廊下のプージャに付き添うこととなった。
「ベジタリアン食堂の方でキチュリ(お粥)を作ってあげることは出来ませんか」
アンビカの依頼にベジ食堂組は始め反応しなかった。次に、
「私はキチュリは出来ません……。作り方も覚えてないです」
うつむくダルシカの長い睫がきれいに陰を作る。
「レシピなら書くよ! あれは簡単でベジでもノンベジでも同じー」
「ダルシカっ!」
ラクシュミが叱りつけた。何か耳元でささやくとダルシカは目を丸くし、何度か頷いてから口を引き結んだ。
「昨日シドも言ってたけどこっちは色々大変なの。あなたがいい台所の主人なのはわかるけど、」
とアンビカを見て、
「こちらはそう上手くいってない。軽々しく言わないでもらいたいの」
「ごめんなさい」
(そんな叱るようなこと?)
「今夜の会議の時に事情は説明します」
とダルシカに顔を向け、
「それまでベジ食堂の方のことは一切しゃべらないで」
念押しする。
(会議には出席する気になったのか)
それは安心だ。だが口止めの理由がわからない。
「ラクシュミ。『武士』はいないとはまだ限らない」
自室に去ろうとした彼女を追った。
「はあ? いたら昨日あの子、シドを守ったはずでしょう。馬鹿じゃないの」
目の内に一瞬傷みの色が走ったのに彼女もシドの犠牲にダメージを受けていると気付く。
「あなたが『人狼ゲーム』を把握したのは会議でわかった」
経験者に近い理解度だった。
「でも皆が皆そうじゃない。日本の人狼ものからの知識で言えば『武士』はモニターかタブレットの表示で守る人を決めるのだろうけど、」
表示が出てもその大事さがわからなかったか、または、
「ヒンディー語と英語だけの指示文を読めなかったのかもしれない」
はっと目を泳がせる。
「考えておいて。それと論証の……朝言ってた『人狼』ではない説明のことだけどパートナー、相方との話し合いは出来てる?」
村人の役のカミングアウトは「狼」の噛みの対象になりやすい。彼女はともかくもうひとりの「兄弟」はその危険性を理解しているのか。
「何の話?」
きょとんとした。
「……あなたは何もわかっていない」
次に明らかな侮蔑の目線を送られた。
(『兄弟』じゃない?)
だったらどうやって。
「クリスティーナ」
彼女は腕を組むと向こうに目をやる。つられて振り向くとシーツの上のプージャにファルハがミネラルウォーターを勧めている。
「男の人たちはあの子の理由を求めてくると思うけど、そのまま正直に話しちゃ駄目よ。……海外から帰った人は女性としての慎みを忘れていることが多いから」
「私が留学していたのは日本。東アジアの仏教国。あのあたりは私たち以上に慎み深いよ」
日本についてよく知る人はここにはいないようだから、これくらいの大嘘ついてもいいだろう。
「……シーツで覆うくらいの配慮はあるようだしね」
褒めたのか皮肉かわからない口調で言い今度こそ彼女は背を向けた。すっと背筋を伸ばした歩みは女たちの中でも一番の貫禄だと改めて思う。
プージャを寝かせた廊下の手摺りには目隠しとして二枚のシーツを垂らした。
吹き抜けに入る陽光に赤みが増してきた。夜が近づいて来る。
<注>
・キチュリ インドのお粥。豆とスパイスを入れて煮る。
(「ルールブック」では他人の個室に入ることは出来ない)
「前を通ったらすすり泣きとも唸りともつかない声が聞こえた。心配でノックをしたが返事がなかったのでドアを開けたそうよ」
騒ぎで出て来たラクシュミがベンガル語でアイシュから聞き取った話を訳す。
「助けてあげないと……」
アンビカの言葉が震える。
「どうにも出来ない」
ラクシュミはとりわけ低い声で言った。
「放っておくしかないでしょう。これは彼女の選択。……『武士』がいない今、誰が死んでも直接の問題はないし」
「そういうこと、言わない方がいいと思う」
プージャから目は離さないままクリスティーナは言った。
「何なの、きれいごとの説教?」
「違う」
強く言う。
「他人は死んでいいと公言するような人は会議で票を集めやすい。人狼ゲームでは」
と首をラクシュミに向ける。
「私は、あなたはそういう人じゃないと思う」
意識して目を柔らかくして付け加えたのは処世術だ。ご忠告どうも、と不機嫌に返したラクシュミの顔が驚きに変わった。はっと首を戻すと、
「ダルシカ!」
艶のある黒髪を背の上で揺らし彼女は部屋に足を踏み入れていた。プージャの前にひざまずき両脇に腕を差し入れて立ち上がった時、
『警告! 警告! ルール違反です』
いつもの声が天井から響いた。
(この子まで!)
「お姉さん駄目っ!」
前のめりになったクリスティーナはファルハに腰を引かれ止められる。
ダルシカは一歩、二歩と後ろ向きで歩いたところで転んだ。仰向けになった上にプージャに倒れ込まれ動きが取れなくなる。まずい。
(プージャは結構背があるから)
それより小さいダルシカには体を支えきれなかった。
「ダルシカ早くっ! こっち」
パンパン手を叩く。
『警告! 警告! ルール違反です』
『他人の部屋に入ってはなりません!』
もがき身を起こしかけていた突然ダルシカが崩れ落ちた。
(!)
「ダルシカあっっ!」
「いやーーーーっ!」
女性たちから悲鳴があがる。口元に当て強ばった手はそのままでクリスティーナは注視する。プージャの力ない体の下、ダルシカの腕が動いた。
(ああ)
薬の注入は「処理」ではなくまだ「警告」だ。だがその先も時間の問題となる。
「救急箱持って来る!」
飛び出そうとしたマーダヴァンを、
「あんたが行く必要はない。オイ怪我人だ! 救急箱持って来い」
ラジェーシュが制し下の広間に向かって叫ぶ。
「緊急事態です、室内への立ち入りを許可してください!」
頭の中で素早く考えをまとめシャンデリア向こうの黒いスピーカーへ叫んだ。
『許可出来ません。ルールブックの通り他人の部屋に入っては-』
「あなたたちは『ゲーム』の円滑な運営に責任を持つって言ってませんでした? 怪我をした人を助けてはいけないというルールはなかった。参加者同士の争いでもない」
人狼漫画を思い出しながら矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
「管理も出来ていない、ルールにもない、これはあなたがたの責任でしょう? 『プレイヤー』を保護して『円滑』に『ゲーム』を進めるためには彼女のケアが必要です。一分でいいから侵入許可をくださいっ!!」
わずかの沈黙の後、
「ただ今より一分間、ひとりのみ許可します」
「シーツ三枚、一枚そこに敷いて!」
叫ぶと部屋に飛び込んだ。鼓動は早く部屋の中で目が踊る。落ち着け!
ダルシカは尺取り虫のように足を動かしプージャを乗せたまま頭の方向へ移動しようとしていた。先にプージャを移動させようと思ったがダルシカ以上に小さい自分では二の舞になる。
「引っ張るよ!」
ダルシカの腕の下に両腕を差し入れぐっと握ると腰から体重をかけて手前に引いた。一回、二回。三回で誰かが後ろから自分の腰を引っ張ってくれて楽になった。
「こっちへ!」
横倒しに廊下のシーツ上にプージャを転がす。待ち構えていたマーダヴァンが彼女の腕を取った。
「ダルシカ、しっかり!」
這って出てくるのを抱きかかえ室外へ促す。
「早く!」
部屋の外に転がり出てもまだ苦しげだ。かがめた背を擦ってやる。愕然とした表情の彼女に、
「警告の薬の注入だね。私も昨日やられた。時間が立てば戻るから」
と言ってやる。
(プージャは……)
「女の人、誰か水を!」
「パーニー(水)」
「パーニー!」
部屋が近いアイシャがシャワールーム備え付けのバケツに水を汲んできてマーダヴァンの横に置いた。
『一分間が過ぎました。以降入室を禁じます。また、今後同様なことがあった場合入室は許可しないと決定しました。プレイヤーの皆様にはよりよい『ゲーム』のために健全な心身を保つ努力が求められます』
(はあっ? 何の冗談)
頭を沸騰させながら今の台詞に「奴ら」が短い間に仲間内で話し合った気配を感じた。
どんな奴らがどこで、背後にはー?
「待って! 今夜の会議について聞きたい。あんな所から場所を変えてください」
『許可しません』
叫んだラクシュミに拍子抜けするほど簡単に返しアナウンスはプチリと切れた。
包帯を巻き手首の位置を心臓より上にするよう注意を告げるとマーダヴァンはプージャのそばを離れた。
「ドクターではないのできちんとしたことは言えませんが……。病院だったら輸血するレベルではないかと」
囁く彼の向こうでプージャの顔色は確かに青い。
「そんなに悪いんですか?」
アンビカが尋ねる。
「ですから、わたしでははっきりしたことはわかりません。ただ、『いい』と言ったら嘘になってしまいます」
「……ごめんなさい。ここは病院じゃないし設備も何もないから本職の方でも勝手が違いますよね」
うなだれる。マーダヴァンもやりきれないのか少し目を落としたがすぐ気を取り直して女たちを見回した。
「水と、出来たなら栄養のあるものを食べさせてください。排尿があるかもしれませんから男がいたら辛いでしょう。……広間にいますから何かあったら呼んでください」
マーダヴァンは男たちをまとめて下に促し自分も階段を降りていった。
なだめ慰めつつプージャから聞き出したところによるとーその多くはアンビカの功績だー経過は以下のようになる。
プージャは着替える時、まずは上、次に下だけと分けて脱ぎ着せず、また下着を着けておいてもいい時でも全部脱いで「すっぽんぽん」になるのが癖なのだそうだ。
(何かまた豪快な)
昨夜もそのようにクローゼットのパジャマへ着替えた。朝も同様だ。
今朝になって何人もが部屋での行動で「警告」を受けた話を聞いた。ヘアピンを仕込もうとしたクリスティーナに、窓の鋼板を壊せないか試そうとしたレイチェルもそうだ。
個室の中も監視されているとプージャはようやく気が付いた。それまではまさかそこまではしないと勝手に思い込んでいたという。
考え悩んでいた昼に、ベジタリアン食堂でプラサットが「警告」を受けた話を耳にした。昨夜脱出用の道具になるかとシェーバーの替刃を分解して細工しようとしたという。
プージャとは違い私室も監視されていると考えた彼は、便器に座って本人曰く、
『ケツを拭く感じで』
足の下で手を動かした、ところで警告を受けて薬に倒れた。
『フルチンで死んだら洒落にならねえ』
『女の人もいる食堂でそういうの止めたら?』
マーダヴァンが止めたが今度こそプージャは血の気が引いた。便器に座った足の下も見ているのだとしたら、監視カメラに映っているのはー
息が吸い込まれる音だけ三階廊下に響いた。
他の女たち同様クリスティーナも青ざめる。
「わたし、もうお嫁さんになれない……」
プージャの細い頬から口元へ涙が伝った。
女性として見られたくない姿をさらしたと気付き彼女は自死を図った。方法は窓の鍵のばねが少し強かったので、そこに手首を挟み込み鍵の先端をめり込ませて切ったという。
互いに脅えた目を合わせたところでボンボンボンと太鼓の音が上から響いた。
『当ゲームの品格が疑われる件ですので伝えておきます。私共は必要上全ての場所を監視しています。シャワールームも例外ではありません。ただし女性の部屋は女性監視員が、男性の部屋は男性監視員が担当しています。また、私共の顧客は皆様のゲームでの熱闘を楽しみにしているのであって、それ以外の品位のない期待は持っておりませんし私共も映像の提供はしていません』
録画もゲーム終了に従い消去している。
『ただしプレイヤーが『ルール』に反する行為をした場合は、ゲームの流れに直接関係するためプライベートな場所の映像でも提供する場合があります』
奴らの言う「ルール」を侵さなければ恥ずかしい映像が第三者に流されることはない。デスゲームに品格を持ち出すのも馬鹿にした話だが、ポルノ的な扱いはしていないと「声」は主張した。
男も女も、林の木のようにたくさんの影がクリスティーナたちを見下ろす。そのイメージにふたをした。
(とりあえず信じよう。でなきゃやってられない)
本当は同性にだって見られたくはないが今はそっちも流しておく。
「良かったね、プージャ。見ているのは女の人だけだって。……お嫁さんになれるよ。だから頑張って」
私だってなれたんだからと励ますアンビカにプージャは弱く微笑んだ。
年長組ークリスティーナとファルハとアンビカに加え申し出たダルシカの四人で交替して三階廊下のプージャに付き添うこととなった。
「ベジタリアン食堂の方でキチュリ(お粥)を作ってあげることは出来ませんか」
アンビカの依頼にベジ食堂組は始め反応しなかった。次に、
「私はキチュリは出来ません……。作り方も覚えてないです」
うつむくダルシカの長い睫がきれいに陰を作る。
「レシピなら書くよ! あれは簡単でベジでもノンベジでも同じー」
「ダルシカっ!」
ラクシュミが叱りつけた。何か耳元でささやくとダルシカは目を丸くし、何度か頷いてから口を引き結んだ。
「昨日シドも言ってたけどこっちは色々大変なの。あなたがいい台所の主人なのはわかるけど、」
とアンビカを見て、
「こちらはそう上手くいってない。軽々しく言わないでもらいたいの」
「ごめんなさい」
(そんな叱るようなこと?)
「今夜の会議の時に事情は説明します」
とダルシカに顔を向け、
「それまでベジ食堂の方のことは一切しゃべらないで」
念押しする。
(会議には出席する気になったのか)
それは安心だ。だが口止めの理由がわからない。
「ラクシュミ。『武士』はいないとはまだ限らない」
自室に去ろうとした彼女を追った。
「はあ? いたら昨日あの子、シドを守ったはずでしょう。馬鹿じゃないの」
目の内に一瞬傷みの色が走ったのに彼女もシドの犠牲にダメージを受けていると気付く。
「あなたが『人狼ゲーム』を把握したのは会議でわかった」
経験者に近い理解度だった。
「でも皆が皆そうじゃない。日本の人狼ものからの知識で言えば『武士』はモニターかタブレットの表示で守る人を決めるのだろうけど、」
表示が出てもその大事さがわからなかったか、または、
「ヒンディー語と英語だけの指示文を読めなかったのかもしれない」
はっと目を泳がせる。
「考えておいて。それと論証の……朝言ってた『人狼』ではない説明のことだけどパートナー、相方との話し合いは出来てる?」
村人の役のカミングアウトは「狼」の噛みの対象になりやすい。彼女はともかくもうひとりの「兄弟」はその危険性を理解しているのか。
「何の話?」
きょとんとした。
「……あなたは何もわかっていない」
次に明らかな侮蔑の目線を送られた。
(『兄弟』じゃない?)
だったらどうやって。
「クリスティーナ」
彼女は腕を組むと向こうに目をやる。つられて振り向くとシーツの上のプージャにファルハがミネラルウォーターを勧めている。
「男の人たちはあの子の理由を求めてくると思うけど、そのまま正直に話しちゃ駄目よ。……海外から帰った人は女性としての慎みを忘れていることが多いから」
「私が留学していたのは日本。東アジアの仏教国。あのあたりは私たち以上に慎み深いよ」
日本についてよく知る人はここにはいないようだから、これくらいの大嘘ついてもいいだろう。
「……シーツで覆うくらいの配慮はあるようだしね」
褒めたのか皮肉かわからない口調で言い今度こそ彼女は背を向けた。すっと背筋を伸ばした歩みは女たちの中でも一番の貫禄だと改めて思う。
プージャを寝かせた廊下の手摺りには目隠しとして二枚のシーツを垂らした。
吹き抜けに入る陽光に赤みが増してきた。夜が近づいて来る。
<注>
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