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第3章 カオスへようこそ(3日目)
3ー3 プレイヤーの仕事(3日目午後)
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(マートゥリーは自分の能力を駆使した「仕事」で命を落とした。
ある意味シドも同じ。
私は死にたくないと恐がってばかりでー)
昼食前後は人の動きがばらける。まずアビマニュに、シドが死んだ部屋での弾痕について聞く。やはり誰も確認していないとのことだった。
「誰が気にしてたんですか?」
少し迷ったが彼は村人でなくても「象」陣営、狼を暴こうとする姿勢に直ぐの敵対はないだろうと明かす。
「ダルシカ」
「ああ。彼女色々考えているみたいですね。目の付け所もユニークだし」
もっと積極的に話してくれてもいいのにと軽く加えた。
次にイムラーンを捕まえる。
「私『薬莢』ってわからないんだけれど、昨日の発砲の後どこかに落ちてた?」
「それはないですよ」
笑って否定する。
「あのタイプの銃は排莢動作、つまり自分で排出しないと出ないんです。ジョージさんはやっていませんでしたからどこにもありません」
これもなぜ気にするのかと聞かれて、シドを撃った銃と同じか確認出来るかと思った、と答える。彼はシドの部屋を見ておらず、薬莢や弾痕についてもわからないと告げてから言った。
「慣れている人なら薬莢を放置しないし、慣れていなければ排莢しないのでお考えの役には立たないかもしれません」
ダルシカにそれらを耳打ちすれば、
「わかりました」
丁寧に礼をする。何かを決意したような目で、だがそれ以上は語らなかった。
(もし彼女が「狼」だったら? 私たちがどこまで自分たちの正体に迫っているか探るために頼んだとしたら?)
いいや。事実はどの陣営でもいずれわかる。知られて困ることは言っていないはずだ。
合間にラディカの様子を見に行った。焦げ茶がかった量のある髪を慌てた様子で結ぶ姿に悪いことをした気になる。幸い、先に食堂から運ばれたサグチキンはかなり減っていて回復の途上にあるようだ。
「早く家に帰ってマンゴーいっぱい食べたいです」
皿に添えられていたマンゴーを一番先に食べたと笑う。
「本当だね。思いっきりマンゴー食べたいよね」
「だからサグ(青菜)は減っています。これからは余り出せないかもしれません。人参? は大丈夫ですけど」
アンビカがエクジョットと押し問答をしている。根菜らしき絵で何か説明しているが通じていない。少し見ていて気付いた。
「もしかして、青菜が足りないなら作る、って言ってますか? 根菜を土に植えたいんですか?」
「ジー! ジー!」
エクジョットは何度も首を振った。初日の会議での食糧に余裕がないという話を覚えていたのだろう。根菜の頭の部分を植えればが葉が育ち野菜の足しになる。
「そうだよね。あなたはプロだものね」
エンジ色のターバンの下、エクジョットは珍しくにこにことしている。
昨日から会話を交わす姿はほとんど見ない。言葉が通じないからある意味当然だ。
日本語はそれなりに覚えたつもりでも留学当初はもやの中にいるようだった。異常な事態の下でエクジョットはもっと堪えているだろう。それでも彼は自分が出来ることを探し出した。ただ、
「『庭園』で育てるのは嫌がる人が出ると思う」
倉庫にあったプランターを使うこととし、なるだけ建物側、つまり「墓」から離れた場所の土を使うこととなった。今日準備して明日植え付けるつもりらしい。
ガラス戸の外、吟味しつつプランターに土を入れるエクジョットを眩しく見た。
昼食後は一度部屋に戻って考え事や残っていたチュートリアルの翻訳作業にあてた。一段落つけば広間に降りバナーの文字塗りにまた加わる。
「今日はどう投票したらいいのかわからない。ラクシュミさんは『狼』じゃないって話だし」
イムラーンがぼやけば、
「『聖者』の『祝福』があったなら『村人』陣営はかなり切羽詰まってきたかもしれない」
アビマニュも深刻な顔で言う。
「今日の投票で『村人』が選ばれてしまって、『狼』がふたりいて夜それぞれ成功したら、マイナス3」
広間の空気が強ばる。
「で今夜は3日目の夜なんだ。忘れている人もいるかもしれないけど、ルールブックにはふたつの役の『変成』が書かれている」
村人陣営の役なしからひとりが『狼』へ、もうひとりが『武士』へ。
「つまり明日の朝までに村人が最悪マイナス4、一気に四人減ることだって有り得るんだ」
頭を掻きむしる。
クリスティーナも含め何人かが目を上げて面々を見渡した。今ここで動き話している中から明日は四人を失うかもしれない。死骸になるかもしれない。
怒りと焦りが腹の下で沸騰する。
「一方で僕たちは情報をほとんど持っていない。わかっているのはー」
と共用ノートの文章をアビマニュが読んだ。午後早くから皆でやりとりしてまとめたという。
ーーーーー
<確実なこと>
・シド 村人か象
「漂泊者」・「象使い」の可能性有り/「子象」の可能性あり
・クリスティーナ 村人 「占星術師」
・アビマニュ 村人か象
「漂泊者」・「象使い」の可能性有り/「象」・「子象」の可能性あり
・ラクシュミ 村人か象
「漂泊者」・「象使い」の可能性有り/「象」・「子象」の可能性あり
<ほぼ確実なこと>
・シヴァム 「狼」
ーーーーー
(対抗がないから私の役と占いが「事実」扱いされているだけ)
壊れ物の「確実さ」に氷の冷たさを首筋に感じる。ゲーム経験者のアビマニュはわかっていて混乱(と騙り)を誘発しないよう書いている。
「『狼』になっちゃったら、どうすればいいんだろう」
レイチェルが零す。
「死にゃいいんだよ。投票集めてやるから」
「止めなさい!」
「君!」
飽きもせずソファーにいるロハンの戯れ言を口々に注意する。
「でも、僕もそれは恐いよ」
アビマニュに何人かも頷く。
(アビマニュもラクシュミも、本人たちが主張する通り役なしの「村人」だったら、明日から「狼」に変成する可能性もあるんだ)
何て手強い。そしてやり切れない思いが胸を流れる。彼らだけでなく今能力のない村人として脅えている誰かが、明日には殺されているかもしれずまたは、
「お前は殺す側だ!」
と告げられるかもしれない。
「『占星術師』だけじゃなくて霊能……『タントラ』の情報もあれば違う。『狼』に狙われる確率も高くなるから、あくまで自己責任で名乗り出てってことだけど」
アビマニュの言葉の後、カラカラと天井扇風機の音が響く沈黙が広がる。
自分が見てきた人狼ゲームでは霊能者は真っ先に票を集めるか、早くに噛まれることが多かった。
(……)
「ソレそんなに重要っすか? その晩死んじまった人の『正体』が見られるんですよね」
ソファー近くの床でプラサットが訝しむ。
「『狼』の残りの数を推定出来るのは強い」
言えばアビマニュも、
「『村人』か『狼』かがわかれば、会議での言動や投票先とかから情報がとれる」
貴重だよと説いた。
「夜に『狼』に襲われやすくなるから名乗り出られないってことだよね。だったら、匿名で伝えてもらったらどうだろう?」
投票箱を作ったらとはファルハの提案だ。
「筆跡でバレるぞ」
とラジェーシュ。
「なら紙にあらかじめ『昨夜の犠牲者は 村人 狼』って書いておいて、○を付けてもらう。上から布か何かで隠して、全員が必ず一回は手を入れて丸で囲む動作をする、ってしたらいけるんじゃない?」
「いいですね」
「賛成!」
「じゃ、紙作ろうか」
(それはー)
眉を寄せる。アビマニュも渋い顔をした。自分より先に口を開く。
「情報は誰が見た、って確かなソースがないと意味がない。『狼』が違う方に○を付けて混乱させることも考えられる」
「『狼』は知っているのかよ?」
「わかるはずだ。十二時から三時の間に部屋を出られるのは彼らだけ」
「人狼」の「仕事」の相談もするだろうし、複数いるなら必ずその時間に顔を合わせる。誰が「狼」かは互いに知っているとアビマニュはプラサットに説明した。
「僕は賛成出来ない」
「私も。『狼』陣営じゃなくて『象』陣営でも混乱させるために嘘を書くかもしれない。第一『タントラ』が残っているかも確かじゃない。死んだ人たちの中にいたかもしれないんだよ」
最初の犠牲者たちの中に、またはセファやアイシャといった言葉の問題があった人たちが「タントラ」でモニター画面の説明を追い切れなかったのかもしれない。
(偽りの情報が信じられたら場は崩壊する)
ふたりで反対したが多勢に無勢、実行された。
ファルハが書いた紙は1番の座席札にタオルをかけた下へ置かれる。
「九時半までに全員一度はここに手を入れて。ラクシュミさんにはタオルを被せたまま私が持って行く」
(……)
アビマニュが無言で視線を流してくる。小さく首を振った。
「どういうアクションが出るか、そこから情報を取ろう」
低く伝えた。
夕方にならないうちに予定の救援バナーは完成した。遠くから見えるためには三階から、と何ということなく各言語のバナーが話者の女性に預けられた。ラクシュミが三階廊下で下書きをし広間の数人で塗りつぶしたベンガル語バナーは彼女に、タミル語バナーはクリスティーナ、テルグ語バナーはファルハに渡される。
残りのヒンディー語バナー二枚はアンビカとレイチェルに、今度は「SOS」と書いた英語版は男性たちが三階ベランダから吊すことになった。
強い日差し、灼熱の熱気が入る窓から垂らして挟んで閉め、内側をガムテープでバタバタと留める。窓枠の木にはとりわけよく接着したので何カ所もしっかり貼った。
(どうか誰かが見つけてくれますように)
手を組んで祈った。
作業も終わり掃除をした方がいいとの話が出た。ペンのインクがはみ出たテーブル、床にはゴミや埃も目立ってきた。考えれてみれば血で汚れた箇所は清めても普通の掃除はしていない。
「じゃ、かかろうか」
腰を上げる。
「倉庫にロボット掃除機があったから使ってみない? 日本で話を聞いたことがあるけどこういう広い所なら向いていると思……」
「ロボット掃除機あるんですか!」
早く言ってくださいとスンダルが文字通り飛び込んできて、のけ反った。
「こんなモードもあるんだ。ふ~ん」
電源を入れた掃除機の設定を座り込んだスンダルが次々と操作する。
「ジャパン・ロボット、って人型じゃない?」
レイチェルが両手を振る仕草をする。
「これは日本製じゃない」
苦笑した。入っているのは北欧メーカーの名前だ。
「ロボットっていうのは機械の自動制御のことだよ。これは違うけど、日本のロボット技術は凄いんだ! 留学したなんてうらやましい。お姉さん文学やっているんですよね、何でまた日本に?」
「……日本文学を勉強しに」
「あ……。何か済みません」
スンダルは珍しく多弁だ。その間も手は素早くボタンを押し設定画面を注視する。
「だからロボットって言ってもラジニの姿で歩きまわったりはしないんだよ」
レイチェルに笑う。
「息子の代わりに老人の世話もしてくれないしね」
「見たんですか」
彼女は顔を輝かす。
「題材が題材だから」
「……あれね。出てくる『日本人』がなんちゃって日本人だって話題になってた」
「お姉さんも見たんですね」
レイチェルがぽっと目を開く。
「日本の映画祭で見た。面白かったね」
「『ロボット』はわかりますけど、そっちも映画? ですよね」
アビマニュが聞く。
「そう。タイトルがそのまま『ジャパン・ロボット』。父親の介護を日本製ロボットに任せるって話」
「タミル映画ですか」
「ううん、マラヤラム」
「……よく見ますね」
「映画好きなんだ。レイチェルも?」
振るとはいと笑みを見せ、一方アビマニュは少しばかり呆れ顔をした。
「設定は出来ました。良い感じで働かせられそうですよ」
今にも掃除機を動かしかねないスンダルを慌てて止める。
「ちょっと待って。掃除は上から! 埃払いとテーブルの拭き掃除が済んでからでお願い!」
「こっちも充電がもうちょっとかかりそうですから、大丈夫です。ただ、試運転をこの辺でやっててもいいですか」
ワクワクという言葉を背負い倉庫前を指差す。まるでエサを前にした犬だ。
「OK!」
拭き掃除類を終えた後一階はスンダルに任せた。ある意味彼にはもう手が付けられない。
(本当に機械が好きなんだな)
掃除用具の入った倉庫にあったロボット掃除機を二階・三階でも使うのはラクシュミが嫌うだろう。各階倉庫には普通の掃除機もあったが廊下にコンセントが少なく、そこまで散らかってもいないので箒で掃いてモップで仕上げることとした。
ザッ、ザッ!
三階廊下でダルシカが仇のように箒を叩き付けている。今までは掃除に加わっておらず今回初めて志願してきたがあれはない。
(箒が傷む)
「箒の使い方、少し違うと思う。見てて」
「……箒くらい使ったことはあります」
柄を握りしめてうなだれる。
(そうなんだ)
初日の服装などから箒に手を触れたことがない家の子女だと思っていた。
「あなたが使ったことがあるのはこういう箒でしょう」
両手を横に開いて大きさを示す。よくある室内用の箒は、外用の竹箒の柄を切ったような形で少し細い素材が束ねられ大理石床のゴミ払いには向いている。けれども、と頷いたダルシカに続ける。
「これは掃く……払い飛ばすんじゃなくて、床に沿わせてゴミを移動させる感じ。日本の寮にあったから慣れているんだ。いい?」
そっと箒を受け取ると、廊下の部屋側から広間側へさっさっと掃いていく。
「そうすると、ゴミが片側に溜まるだけになってしまいませんか?」
「そう。だから先へ移動させて……って繰り返して順番にきれいにしていく」
少し見せてから箒を返す。おっかなびっくりといった調子だったダルシカはすぐに使い方を飲み込んだ。
「そうそう上手くなった!」
「本当に、きれいになりますね」
「何やっているの! 止めなさい」
ガタン!
ダルシカの背のすぐ向こう、部屋のドアが開いてラクシュミが鬼の形相で寄ってきた。
「クリスティーナ。掃除を若い学生に押しつけるのは止めなさい」
向き合う自分とダルシカの間に入り込んで腕を組む。
「この子は掃除をするような人間じゃない」
相変わらずぐさぐさ人を刺す言葉を吐くものだ。
「ダルシカが自分でやりたいって言って来たんだけど」
引かず見上げ返す。ダルシカも頷いているが、
「年長者に言われたら断れないでしょ。あなたは先生もやっているから、十代の子に指示するのは慣れているでしょうし」
と意に介さない。
ぎゅっ。ダルシカは箒を抱き締めると次に自分に手渡し、いきなりラクシュミの前にひざまずいた。
「お姉さんお願いします。私から掃除を取り上げないでください」
手を足先に延ばすのをラクシュミが慌てて足を引く。
「止めて。それはもっと年長の人にやるもの。私はまだそんな年じゃない」
「済みません」
立ち上がるとまたうなだれる。
「私はまだ何も成し遂げていない」
(え?)
もう二歩下がって部屋側を背にして横からダルシカを見る。
「何故そんなに掃除しようと思うの? 人にはそれぞれ自分の『仕事』がある」
(……)
「掃除は掃除をする役目の人たちに任せればいい」
言葉がクリスティーナの体に上からぎりぎりと差し込まれる。顔色が変わったのも隠せていないだろう。
「それは今あなたがやるべきことなの?」
「はい」
思いがけずしっかりした声だった。すぐのその答えはラクシュミにも意外だったようで小さく眉を上げる。
「掃除をすれば、館の中にどんな物が置いてあるか、どういう家具や設備が選ばれているかよく見ることが出来ます。そこからあの人たちのことやこの場所についてわかるかもしれません。それを探りたいと思いました」
人差し指で上を指す。
(そういうことか)
「それは掃除をしなくても出来るでしょう」
時間はたくさんある。昼間は館内のどこを歩き回っても自由だ。
「おっしゃる通りです。でも、掃除をしながらならば一番細かく見られると思いました。ですから私には掃除が必要なんです。お願いします許してください」
「っもう。あなたの信仰についてはよく知らないけれど、大丈夫なの?」
「はい。ここで掃除をすることでは何の命も奪いません。わかることがあったら皆の助けになるかもしれないです。元々、箒を使うことは私たちの伝統の中にあります」
「それは知っている」
ジャイナ教の出家僧には箒で前を払って歩く者がいる。気付かずに虫やごく小さな命を殺してしまわないためだ。
「もし私が掃除をするなって言ったらどうするの」
「ラクシュミさんの目の届かないところでやります」
(よくもまあ)
堂々たるものだ。
「そういう人間は見るのも嫌だというならずっと姿を隠して出来る限り遠くにいます。何ならシーツを被ってー」
「そんなことは言ってない。見たくないとも全然思っていない。私そういう考えはないから」
ラクシュミは途中で切り込む。
「頼むからシーツは止めて。ただでさえ幽霊騒動があったのに、ハロウィンの仮装みたいな格好でうろつかれたら適わないわ」
「前が見えなくて危ないしね。病院にも行けないからそこは気を付けないと」
自分も口を挟む。ダルシカは頬を染めて自分たちに謝った。
結局ラクシュミは折れた。ダルシカが庭園側一番奥まで離れて掃き掃除を再開したのを見つつ、「タントラ」の紙が回ってくるだろうことを伝えた。
「何でそんな馬鹿なことするの。いくらでもでっち上げられる。意味がない」
「アビマニュと私も反対したけどほとんどの人が賛成したから」
「……」
不機嫌に眉をしかめる。
「もしこれで混乱が起きたら、協力お願い」
より声を落とす。
「って何しろって言うのよ」
口調はきついがラクシュミも声を低めた。
「何が起こったか事実を把握して、そこから考えつく可能性を話してくれればいい」
「いつもやってる」
「知ってる」
ドアを閉める時に、
「どうせあなたは、私は恵まれていて何でも簡単に手に入ると思っているんでしょう!」
バタン!
捨て台詞を吐かれた。
「私、努力する人は好きだよ」
ドアの外で言ったのが聞こえたかどうかは知らない。
思いがけないことだがラクシュミと自分は似ている。違うのは、
(人の役目は生まれで決まるのではないと思っている)
代々どんな職業だったか、何の信仰をしてきたか。先祖はどこで暮らして、貧乏か金持ちか。
(神様はそんなことで人を分けてお造りにならない)
私の仕事は私だけのもの。
助けを求めようとしたシヴァム、命をかけた提案をしたシド、チャットボックスを組んだマートゥリー。
食糧の足しに栽培を考えるエクジョット。ロボット掃除機を操るスンダル。おいしい料理を提供するノンベジ食堂の主人アンビカ。
そしてダルシカは館内の観察で手がかりを掴もうとしている。
今日の会議はどう流れるだろう。役のカミングアウトはあるか、「タントラ」用紙はどうなるか。
(私は、今夜は誰を殺せと指差す?)
夕飯までは時間があるが空が薄暗くなるにつれ気持ちも重くなる。視界ははっきりせず、手の感覚が他人事のようでふわふわする。
(落ち着け、自分)
クリスティーナは広間の1番座席に座った。
「1番、初日最初に脱出を挑んで殺された。2番シド。高校生。初日の会議で勇敢な提案をして夜に「狼」に噛まれた。3番ラジェーシュ、鉄工職人。4番プージャ。カレッジ学生。慎み深い女性。自ら負った傷で命を落とした。5番アンビカ。主婦ー」
「何しているの」
ファルハが寄ってくる。再度館内を回ったが、
『問題は建物より首輪だ』
とスンダルと話していたのを聞いている。
「覚えておこうと思って。このノートを持って外に出られるかはわからないから」
日本の人狼物ではたいていゲーム終了時に意識を失わされていた。そのような時ノートも取り上げられるかもしれない。
「頭の中のものは奪えないから。全部は覚えられなくても、繰り返せばどこか覚えていて……家族が探していたら伝えられるかもしれない」
「それいいね。私もやる!」
やがてレイチェルにマーダヴァン、ジョージ、ダルシカとプラサットと次々と加わり、軽い節を付けて「プレイヤー」たちを謡っていく。生きている人は名前と学生か仕事程度。亡くなった人はその人について簡潔に。
「お姉さん、さっきと節が違います」
遠慮がちにプラサットが言う。彼は2日目以降なぜか自分に好意的になった。余程初日の夜が恐ろしかったのだろう。「お姉さん」という呼びかけもヤクザ映画の「姐さん」に近い感じで複雑な心境だ。
「特に節回しは決めてないんだけど」
するとファルハが尋ねてきた。
「確かにちょっとふらふらかも。悪いけど、あんまり歌は得意じゃない?」
「実は」
カラオケでは笑いを取るばかりだったことをそっと思い出す。
「じゃあ、覚えるのにも丁度いいし二回り目から私が謡ってもいい?」
二回り、三回りとリードをとる人間を変えて続ける。間もなく四回り目となる時、
「ストップ! 動かないで!」
三階からラクシュミの太く裂くような声が響いた。
「女子は至急三階に集合!」
廊下から首を出して叫び、もう一度。
「女子全員、三階に集合!」
ここから夜の会議は大嵐となった。
<注>
・マラヤラム語 インド南部ケララ州の公用語。
マラヤラム映画界は、ボリウッドとして知られる北インドムンバイや、南インドのタミル(ラジニカーント出演「ロボット」など)・テルグ(「RRR」「バーフバリ」など)映画界と比べると規模が小さい。
ある意味シドも同じ。
私は死にたくないと恐がってばかりでー)
昼食前後は人の動きがばらける。まずアビマニュに、シドが死んだ部屋での弾痕について聞く。やはり誰も確認していないとのことだった。
「誰が気にしてたんですか?」
少し迷ったが彼は村人でなくても「象」陣営、狼を暴こうとする姿勢に直ぐの敵対はないだろうと明かす。
「ダルシカ」
「ああ。彼女色々考えているみたいですね。目の付け所もユニークだし」
もっと積極的に話してくれてもいいのにと軽く加えた。
次にイムラーンを捕まえる。
「私『薬莢』ってわからないんだけれど、昨日の発砲の後どこかに落ちてた?」
「それはないですよ」
笑って否定する。
「あのタイプの銃は排莢動作、つまり自分で排出しないと出ないんです。ジョージさんはやっていませんでしたからどこにもありません」
これもなぜ気にするのかと聞かれて、シドを撃った銃と同じか確認出来るかと思った、と答える。彼はシドの部屋を見ておらず、薬莢や弾痕についてもわからないと告げてから言った。
「慣れている人なら薬莢を放置しないし、慣れていなければ排莢しないのでお考えの役には立たないかもしれません」
ダルシカにそれらを耳打ちすれば、
「わかりました」
丁寧に礼をする。何かを決意したような目で、だがそれ以上は語らなかった。
(もし彼女が「狼」だったら? 私たちがどこまで自分たちの正体に迫っているか探るために頼んだとしたら?)
いいや。事実はどの陣営でもいずれわかる。知られて困ることは言っていないはずだ。
合間にラディカの様子を見に行った。焦げ茶がかった量のある髪を慌てた様子で結ぶ姿に悪いことをした気になる。幸い、先に食堂から運ばれたサグチキンはかなり減っていて回復の途上にあるようだ。
「早く家に帰ってマンゴーいっぱい食べたいです」
皿に添えられていたマンゴーを一番先に食べたと笑う。
「本当だね。思いっきりマンゴー食べたいよね」
「だからサグ(青菜)は減っています。これからは余り出せないかもしれません。人参? は大丈夫ですけど」
アンビカがエクジョットと押し問答をしている。根菜らしき絵で何か説明しているが通じていない。少し見ていて気付いた。
「もしかして、青菜が足りないなら作る、って言ってますか? 根菜を土に植えたいんですか?」
「ジー! ジー!」
エクジョットは何度も首を振った。初日の会議での食糧に余裕がないという話を覚えていたのだろう。根菜の頭の部分を植えればが葉が育ち野菜の足しになる。
「そうだよね。あなたはプロだものね」
エンジ色のターバンの下、エクジョットは珍しくにこにことしている。
昨日から会話を交わす姿はほとんど見ない。言葉が通じないからある意味当然だ。
日本語はそれなりに覚えたつもりでも留学当初はもやの中にいるようだった。異常な事態の下でエクジョットはもっと堪えているだろう。それでも彼は自分が出来ることを探し出した。ただ、
「『庭園』で育てるのは嫌がる人が出ると思う」
倉庫にあったプランターを使うこととし、なるだけ建物側、つまり「墓」から離れた場所の土を使うこととなった。今日準備して明日植え付けるつもりらしい。
ガラス戸の外、吟味しつつプランターに土を入れるエクジョットを眩しく見た。
昼食後は一度部屋に戻って考え事や残っていたチュートリアルの翻訳作業にあてた。一段落つけば広間に降りバナーの文字塗りにまた加わる。
「今日はどう投票したらいいのかわからない。ラクシュミさんは『狼』じゃないって話だし」
イムラーンがぼやけば、
「『聖者』の『祝福』があったなら『村人』陣営はかなり切羽詰まってきたかもしれない」
アビマニュも深刻な顔で言う。
「今日の投票で『村人』が選ばれてしまって、『狼』がふたりいて夜それぞれ成功したら、マイナス3」
広間の空気が強ばる。
「で今夜は3日目の夜なんだ。忘れている人もいるかもしれないけど、ルールブックにはふたつの役の『変成』が書かれている」
村人陣営の役なしからひとりが『狼』へ、もうひとりが『武士』へ。
「つまり明日の朝までに村人が最悪マイナス4、一気に四人減ることだって有り得るんだ」
頭を掻きむしる。
クリスティーナも含め何人かが目を上げて面々を見渡した。今ここで動き話している中から明日は四人を失うかもしれない。死骸になるかもしれない。
怒りと焦りが腹の下で沸騰する。
「一方で僕たちは情報をほとんど持っていない。わかっているのはー」
と共用ノートの文章をアビマニュが読んだ。午後早くから皆でやりとりしてまとめたという。
ーーーーー
<確実なこと>
・シド 村人か象
「漂泊者」・「象使い」の可能性有り/「子象」の可能性あり
・クリスティーナ 村人 「占星術師」
・アビマニュ 村人か象
「漂泊者」・「象使い」の可能性有り/「象」・「子象」の可能性あり
・ラクシュミ 村人か象
「漂泊者」・「象使い」の可能性有り/「象」・「子象」の可能性あり
<ほぼ確実なこと>
・シヴァム 「狼」
ーーーーー
(対抗がないから私の役と占いが「事実」扱いされているだけ)
壊れ物の「確実さ」に氷の冷たさを首筋に感じる。ゲーム経験者のアビマニュはわかっていて混乱(と騙り)を誘発しないよう書いている。
「『狼』になっちゃったら、どうすればいいんだろう」
レイチェルが零す。
「死にゃいいんだよ。投票集めてやるから」
「止めなさい!」
「君!」
飽きもせずソファーにいるロハンの戯れ言を口々に注意する。
「でも、僕もそれは恐いよ」
アビマニュに何人かも頷く。
(アビマニュもラクシュミも、本人たちが主張する通り役なしの「村人」だったら、明日から「狼」に変成する可能性もあるんだ)
何て手強い。そしてやり切れない思いが胸を流れる。彼らだけでなく今能力のない村人として脅えている誰かが、明日には殺されているかもしれずまたは、
「お前は殺す側だ!」
と告げられるかもしれない。
「『占星術師』だけじゃなくて霊能……『タントラ』の情報もあれば違う。『狼』に狙われる確率も高くなるから、あくまで自己責任で名乗り出てってことだけど」
アビマニュの言葉の後、カラカラと天井扇風機の音が響く沈黙が広がる。
自分が見てきた人狼ゲームでは霊能者は真っ先に票を集めるか、早くに噛まれることが多かった。
(……)
「ソレそんなに重要っすか? その晩死んじまった人の『正体』が見られるんですよね」
ソファー近くの床でプラサットが訝しむ。
「『狼』の残りの数を推定出来るのは強い」
言えばアビマニュも、
「『村人』か『狼』かがわかれば、会議での言動や投票先とかから情報がとれる」
貴重だよと説いた。
「夜に『狼』に襲われやすくなるから名乗り出られないってことだよね。だったら、匿名で伝えてもらったらどうだろう?」
投票箱を作ったらとはファルハの提案だ。
「筆跡でバレるぞ」
とラジェーシュ。
「なら紙にあらかじめ『昨夜の犠牲者は 村人 狼』って書いておいて、○を付けてもらう。上から布か何かで隠して、全員が必ず一回は手を入れて丸で囲む動作をする、ってしたらいけるんじゃない?」
「いいですね」
「賛成!」
「じゃ、紙作ろうか」
(それはー)
眉を寄せる。アビマニュも渋い顔をした。自分より先に口を開く。
「情報は誰が見た、って確かなソースがないと意味がない。『狼』が違う方に○を付けて混乱させることも考えられる」
「『狼』は知っているのかよ?」
「わかるはずだ。十二時から三時の間に部屋を出られるのは彼らだけ」
「人狼」の「仕事」の相談もするだろうし、複数いるなら必ずその時間に顔を合わせる。誰が「狼」かは互いに知っているとアビマニュはプラサットに説明した。
「僕は賛成出来ない」
「私も。『狼』陣営じゃなくて『象』陣営でも混乱させるために嘘を書くかもしれない。第一『タントラ』が残っているかも確かじゃない。死んだ人たちの中にいたかもしれないんだよ」
最初の犠牲者たちの中に、またはセファやアイシャといった言葉の問題があった人たちが「タントラ」でモニター画面の説明を追い切れなかったのかもしれない。
(偽りの情報が信じられたら場は崩壊する)
ふたりで反対したが多勢に無勢、実行された。
ファルハが書いた紙は1番の座席札にタオルをかけた下へ置かれる。
「九時半までに全員一度はここに手を入れて。ラクシュミさんにはタオルを被せたまま私が持って行く」
(……)
アビマニュが無言で視線を流してくる。小さく首を振った。
「どういうアクションが出るか、そこから情報を取ろう」
低く伝えた。
夕方にならないうちに予定の救援バナーは完成した。遠くから見えるためには三階から、と何ということなく各言語のバナーが話者の女性に預けられた。ラクシュミが三階廊下で下書きをし広間の数人で塗りつぶしたベンガル語バナーは彼女に、タミル語バナーはクリスティーナ、テルグ語バナーはファルハに渡される。
残りのヒンディー語バナー二枚はアンビカとレイチェルに、今度は「SOS」と書いた英語版は男性たちが三階ベランダから吊すことになった。
強い日差し、灼熱の熱気が入る窓から垂らして挟んで閉め、内側をガムテープでバタバタと留める。窓枠の木にはとりわけよく接着したので何カ所もしっかり貼った。
(どうか誰かが見つけてくれますように)
手を組んで祈った。
作業も終わり掃除をした方がいいとの話が出た。ペンのインクがはみ出たテーブル、床にはゴミや埃も目立ってきた。考えれてみれば血で汚れた箇所は清めても普通の掃除はしていない。
「じゃ、かかろうか」
腰を上げる。
「倉庫にロボット掃除機があったから使ってみない? 日本で話を聞いたことがあるけどこういう広い所なら向いていると思……」
「ロボット掃除機あるんですか!」
早く言ってくださいとスンダルが文字通り飛び込んできて、のけ反った。
「こんなモードもあるんだ。ふ~ん」
電源を入れた掃除機の設定を座り込んだスンダルが次々と操作する。
「ジャパン・ロボット、って人型じゃない?」
レイチェルが両手を振る仕草をする。
「これは日本製じゃない」
苦笑した。入っているのは北欧メーカーの名前だ。
「ロボットっていうのは機械の自動制御のことだよ。これは違うけど、日本のロボット技術は凄いんだ! 留学したなんてうらやましい。お姉さん文学やっているんですよね、何でまた日本に?」
「……日本文学を勉強しに」
「あ……。何か済みません」
スンダルは珍しく多弁だ。その間も手は素早くボタンを押し設定画面を注視する。
「だからロボットって言ってもラジニの姿で歩きまわったりはしないんだよ」
レイチェルに笑う。
「息子の代わりに老人の世話もしてくれないしね」
「見たんですか」
彼女は顔を輝かす。
「題材が題材だから」
「……あれね。出てくる『日本人』がなんちゃって日本人だって話題になってた」
「お姉さんも見たんですね」
レイチェルがぽっと目を開く。
「日本の映画祭で見た。面白かったね」
「『ロボット』はわかりますけど、そっちも映画? ですよね」
アビマニュが聞く。
「そう。タイトルがそのまま『ジャパン・ロボット』。父親の介護を日本製ロボットに任せるって話」
「タミル映画ですか」
「ううん、マラヤラム」
「……よく見ますね」
「映画好きなんだ。レイチェルも?」
振るとはいと笑みを見せ、一方アビマニュは少しばかり呆れ顔をした。
「設定は出来ました。良い感じで働かせられそうですよ」
今にも掃除機を動かしかねないスンダルを慌てて止める。
「ちょっと待って。掃除は上から! 埃払いとテーブルの拭き掃除が済んでからでお願い!」
「こっちも充電がもうちょっとかかりそうですから、大丈夫です。ただ、試運転をこの辺でやっててもいいですか」
ワクワクという言葉を背負い倉庫前を指差す。まるでエサを前にした犬だ。
「OK!」
拭き掃除類を終えた後一階はスンダルに任せた。ある意味彼にはもう手が付けられない。
(本当に機械が好きなんだな)
掃除用具の入った倉庫にあったロボット掃除機を二階・三階でも使うのはラクシュミが嫌うだろう。各階倉庫には普通の掃除機もあったが廊下にコンセントが少なく、そこまで散らかってもいないので箒で掃いてモップで仕上げることとした。
ザッ、ザッ!
三階廊下でダルシカが仇のように箒を叩き付けている。今までは掃除に加わっておらず今回初めて志願してきたがあれはない。
(箒が傷む)
「箒の使い方、少し違うと思う。見てて」
「……箒くらい使ったことはあります」
柄を握りしめてうなだれる。
(そうなんだ)
初日の服装などから箒に手を触れたことがない家の子女だと思っていた。
「あなたが使ったことがあるのはこういう箒でしょう」
両手を横に開いて大きさを示す。よくある室内用の箒は、外用の竹箒の柄を切ったような形で少し細い素材が束ねられ大理石床のゴミ払いには向いている。けれども、と頷いたダルシカに続ける。
「これは掃く……払い飛ばすんじゃなくて、床に沿わせてゴミを移動させる感じ。日本の寮にあったから慣れているんだ。いい?」
そっと箒を受け取ると、廊下の部屋側から広間側へさっさっと掃いていく。
「そうすると、ゴミが片側に溜まるだけになってしまいませんか?」
「そう。だから先へ移動させて……って繰り返して順番にきれいにしていく」
少し見せてから箒を返す。おっかなびっくりといった調子だったダルシカはすぐに使い方を飲み込んだ。
「そうそう上手くなった!」
「本当に、きれいになりますね」
「何やっているの! 止めなさい」
ガタン!
ダルシカの背のすぐ向こう、部屋のドアが開いてラクシュミが鬼の形相で寄ってきた。
「クリスティーナ。掃除を若い学生に押しつけるのは止めなさい」
向き合う自分とダルシカの間に入り込んで腕を組む。
「この子は掃除をするような人間じゃない」
相変わらずぐさぐさ人を刺す言葉を吐くものだ。
「ダルシカが自分でやりたいって言って来たんだけど」
引かず見上げ返す。ダルシカも頷いているが、
「年長者に言われたら断れないでしょ。あなたは先生もやっているから、十代の子に指示するのは慣れているでしょうし」
と意に介さない。
ぎゅっ。ダルシカは箒を抱き締めると次に自分に手渡し、いきなりラクシュミの前にひざまずいた。
「お姉さんお願いします。私から掃除を取り上げないでください」
手を足先に延ばすのをラクシュミが慌てて足を引く。
「止めて。それはもっと年長の人にやるもの。私はまだそんな年じゃない」
「済みません」
立ち上がるとまたうなだれる。
「私はまだ何も成し遂げていない」
(え?)
もう二歩下がって部屋側を背にして横からダルシカを見る。
「何故そんなに掃除しようと思うの? 人にはそれぞれ自分の『仕事』がある」
(……)
「掃除は掃除をする役目の人たちに任せればいい」
言葉がクリスティーナの体に上からぎりぎりと差し込まれる。顔色が変わったのも隠せていないだろう。
「それは今あなたがやるべきことなの?」
「はい」
思いがけずしっかりした声だった。すぐのその答えはラクシュミにも意外だったようで小さく眉を上げる。
「掃除をすれば、館の中にどんな物が置いてあるか、どういう家具や設備が選ばれているかよく見ることが出来ます。そこからあの人たちのことやこの場所についてわかるかもしれません。それを探りたいと思いました」
人差し指で上を指す。
(そういうことか)
「それは掃除をしなくても出来るでしょう」
時間はたくさんある。昼間は館内のどこを歩き回っても自由だ。
「おっしゃる通りです。でも、掃除をしながらならば一番細かく見られると思いました。ですから私には掃除が必要なんです。お願いします許してください」
「っもう。あなたの信仰についてはよく知らないけれど、大丈夫なの?」
「はい。ここで掃除をすることでは何の命も奪いません。わかることがあったら皆の助けになるかもしれないです。元々、箒を使うことは私たちの伝統の中にあります」
「それは知っている」
ジャイナ教の出家僧には箒で前を払って歩く者がいる。気付かずに虫やごく小さな命を殺してしまわないためだ。
「もし私が掃除をするなって言ったらどうするの」
「ラクシュミさんの目の届かないところでやります」
(よくもまあ)
堂々たるものだ。
「そういう人間は見るのも嫌だというならずっと姿を隠して出来る限り遠くにいます。何ならシーツを被ってー」
「そんなことは言ってない。見たくないとも全然思っていない。私そういう考えはないから」
ラクシュミは途中で切り込む。
「頼むからシーツは止めて。ただでさえ幽霊騒動があったのに、ハロウィンの仮装みたいな格好でうろつかれたら適わないわ」
「前が見えなくて危ないしね。病院にも行けないからそこは気を付けないと」
自分も口を挟む。ダルシカは頬を染めて自分たちに謝った。
結局ラクシュミは折れた。ダルシカが庭園側一番奥まで離れて掃き掃除を再開したのを見つつ、「タントラ」の紙が回ってくるだろうことを伝えた。
「何でそんな馬鹿なことするの。いくらでもでっち上げられる。意味がない」
「アビマニュと私も反対したけどほとんどの人が賛成したから」
「……」
不機嫌に眉をしかめる。
「もしこれで混乱が起きたら、協力お願い」
より声を落とす。
「って何しろって言うのよ」
口調はきついがラクシュミも声を低めた。
「何が起こったか事実を把握して、そこから考えつく可能性を話してくれればいい」
「いつもやってる」
「知ってる」
ドアを閉める時に、
「どうせあなたは、私は恵まれていて何でも簡単に手に入ると思っているんでしょう!」
バタン!
捨て台詞を吐かれた。
「私、努力する人は好きだよ」
ドアの外で言ったのが聞こえたかどうかは知らない。
思いがけないことだがラクシュミと自分は似ている。違うのは、
(人の役目は生まれで決まるのではないと思っている)
代々どんな職業だったか、何の信仰をしてきたか。先祖はどこで暮らして、貧乏か金持ちか。
(神様はそんなことで人を分けてお造りにならない)
私の仕事は私だけのもの。
助けを求めようとしたシヴァム、命をかけた提案をしたシド、チャットボックスを組んだマートゥリー。
食糧の足しに栽培を考えるエクジョット。ロボット掃除機を操るスンダル。おいしい料理を提供するノンベジ食堂の主人アンビカ。
そしてダルシカは館内の観察で手がかりを掴もうとしている。
今日の会議はどう流れるだろう。役のカミングアウトはあるか、「タントラ」用紙はどうなるか。
(私は、今夜は誰を殺せと指差す?)
夕飯までは時間があるが空が薄暗くなるにつれ気持ちも重くなる。視界ははっきりせず、手の感覚が他人事のようでふわふわする。
(落ち着け、自分)
クリスティーナは広間の1番座席に座った。
「1番、初日最初に脱出を挑んで殺された。2番シド。高校生。初日の会議で勇敢な提案をして夜に「狼」に噛まれた。3番ラジェーシュ、鉄工職人。4番プージャ。カレッジ学生。慎み深い女性。自ら負った傷で命を落とした。5番アンビカ。主婦ー」
「何しているの」
ファルハが寄ってくる。再度館内を回ったが、
『問題は建物より首輪だ』
とスンダルと話していたのを聞いている。
「覚えておこうと思って。このノートを持って外に出られるかはわからないから」
日本の人狼物ではたいていゲーム終了時に意識を失わされていた。そのような時ノートも取り上げられるかもしれない。
「頭の中のものは奪えないから。全部は覚えられなくても、繰り返せばどこか覚えていて……家族が探していたら伝えられるかもしれない」
「それいいね。私もやる!」
やがてレイチェルにマーダヴァン、ジョージ、ダルシカとプラサットと次々と加わり、軽い節を付けて「プレイヤー」たちを謡っていく。生きている人は名前と学生か仕事程度。亡くなった人はその人について簡潔に。
「お姉さん、さっきと節が違います」
遠慮がちにプラサットが言う。彼は2日目以降なぜか自分に好意的になった。余程初日の夜が恐ろしかったのだろう。「お姉さん」という呼びかけもヤクザ映画の「姐さん」に近い感じで複雑な心境だ。
「特に節回しは決めてないんだけど」
するとファルハが尋ねてきた。
「確かにちょっとふらふらかも。悪いけど、あんまり歌は得意じゃない?」
「実は」
カラオケでは笑いを取るばかりだったことをそっと思い出す。
「じゃあ、覚えるのにも丁度いいし二回り目から私が謡ってもいい?」
二回り、三回りとリードをとる人間を変えて続ける。間もなく四回り目となる時、
「ストップ! 動かないで!」
三階からラクシュミの太く裂くような声が響いた。
「女子は至急三階に集合!」
廊下から首を出して叫び、もう一度。
「女子全員、三階に集合!」
ここから夜の会議は大嵐となった。
<注>
・マラヤラム語 インド南部ケララ州の公用語。
マラヤラム映画界は、ボリウッドとして知られる北インドムンバイや、南インドのタミル(ラジニカーント出演「ロボット」など)・テルグ(「RRR」「バーフバリ」など)映画界と比べると規模が小さい。
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