リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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第3章 カオスへようこそ(3日目)

3ー2 幽霊の仕事(3日目午前)

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「私は昨日ラクシュミを占った」
 作業のため大広間に少しずつ人が集まる。大方出揃ったところでテーブル1番の席からクリスティーナは話し始めた。
「結果は『村人』と出た。彼女は『狼』ではない』
 「漂泊者」や象陣営の可能性は残っているがと付け加える。すぐそこで救援バナー(誰かが、助けを呼ぶためのシーツの旗をそう呼び始めた)を作っていたイムラーンが手を止め小さく息を吐いた。
「本人には先に話して来た」
 部屋を訪ねて告げると、だから言っただろうとばかりの顔で頷いた。

「これまで『人狼』だったら手強いと思う人を占ってきた。ラクシュミは昨日票を集めたから、今日の会議のためにも知りたかった」
 選択自体は間違っていないと思っている。
「だけどこれで二回『狼』を外した」
 占星術師に期待される大きな仕事は「人狼」を見つけ出すことだ。
「私はそういうのがあまり上手くないのかもしれない。だから、今夜は誰を占ったらいいとか、こういう条件はどうかとかアイデアがあったら私にこっそり教えて!」
 自分に足りないことは人の助けを借りる。
「こっそりですか?」
「『人狼』に逆利用されるかもしれないから」
 いぶかしげに呟いたマーダヴァンはテーブル横の床上で規則的に手を動かしバナーの文字を塗っている。
「何だよ! 『人狼』も被害者だとか言って結局はあなたも殺せって側に回ったんじゃないですか」
 作業には加わらないもののいつも広間に居るロハンが、ふんぞり返ってソファーからあざける。
「『人狼』を見つけたらまず向こう側はどうだったのか話を聞くよ。でも、その後はあなたが言う通りだね」
 素直に認められ拍子抜けしたようだ。がソファーセットがあるのは二階部屋の下にあたる場所で少し暗くよくは見えない。
「結果は投票で決めることで私だけがどうっていうんじゃないけど、でも殺さないと言ったら逃げだろう」
 一呼吸おいて。
「死にたくない。一昨日の夜も昨日の夜もとても恐かった」
 共用ノートに目を落とす。気遣わし気な視線を送ってくれる人々に小さく微笑んでから、
「自分がそうだから、『殺せ』って言うのはやはりおかしいと思う」
 『人狼』役も『象』陣営も全く同じ立場だから。
「それでも自分は『村人』陣営の人たちを守るために『殺せ』と指差す。それは認めるよ」
 暗がりの下のロハンにも微笑んだが顔を背けたのしか見えなかった。

 早々と空席になった1番の座席には共用の記録ノートが置いてある。クリスティーナは自分のノートから昨日の事実を写し連ねていた。他には二組がテーブルの左右に分かれ救援バナーの文字を塗り、あとの人間は床にシーツを広げてバナー作りに励む。
「ごめん! 誰か『幽霊』のこと教えてもらえる?」
 書くからとノートを指差す。
 今朝は焦った。皆が顔色を変えて口々に話す「幽霊」がわからない。耳をそばだてやっとタブレット絡みらしいとわかった時ファルハに聞かれ、
『枕の下にタブレットを置いて寝たからー』
 言って呆れ顔をされた。


 今朝も生き延びたとわかって一安心、すぐベッドを降り服の後ろにセットしたタブレットを回収した。録画を止めてアプリを終了した途端、
『警告! 警告! ルール違反です。警告! 警告! ルール違反です。プログラムを改変することは貸与した設備の破壊と同じとみなし禁止します』
 文章の繰り返しで画面が埋め尽くされた。覚えがない警告に体が固まる。文字向こうに緑の輪郭のボックスと何か文章が見えたが、確認出来ないうちに警告と共に消滅して元のホーム画面に戻った。
 ーと、録画していたことは隠して話した。


「僕はまだ眠れていなくて、」
 十二時を少し過ぎた時、アビマニュはテーブル上で充電中のタブレット画面が光ったのに気付いた。見ると緑の線で囲まれたチャットボックスが開かれている。

『ナマステ。私はマートゥリー。皆でお話出来るチャットを作ってみた。まずは自分の名前を入れて返信して。返してくれた人からつなげていくから』


 思わずタブレットを手放した。
「布団の上で良かったです」
 と首を落とす。
「あの時は驚いたわ」
 ファルハが言えば、
「おれ、ベッドから転げ落ちた」
 お陰で今朝は腰が痛いとジョージが顔をしかめる。
 ここにいる中ではアビマニュとスンダル、ファルハが返信してみたが反応はなく、数分後に上から警告文で埋め尽くされると間もなく画面は暗くなり、やがて通常のホーム画面に戻った。

 これで明確になった。
 マートゥリーは最初の夜、皆で話すためのチャットのプログラムを組んで「上」に首輪で殺されたのだ。
「だけど何で昨日の夜……」
「時限プログラムだったんだと思う。それも別のプログラムの下に隠す形の」
 マートゥリーの組んだプログラムを見て連中は彼女を殺した。だがそちらは目眩ましで本命がチャットだったのだろうとスンダルが低く言った。
「私たちのタブレットはふたつのWi-Fiネットワークにつながっている」
 設定からわかるでしょうとファルハは言う。連中がタブレットを監視し投票結果などを一律に流すためのもので、二つ目は予備か。
「そこを経由して皆をつなぐ仕掛けを作って、でも見つかっちゃったんだ」
 辛そうに目を細めた。
(マートゥリーは自分の持つ能力で仕事を果たした。奴らに妨害されてしまったけれど)
 ならば自分は何をした。何を成し遂げられた?
 ぷすぷすと針で刺されたように胸が痛む。


 プージャの死が「狼」によるものかはここでも議論になった。
 昨日の朝セファの部屋はとても暑かった。マートゥリーの部屋はそこまでではないが暑かった。
 連中は部屋の住人が死ぬと空調を消すらしいので室温は死亡時刻を類推する助けになる。ただし「狼」の殺害なら十二時から三時の間だがセファもマートゥリーも違うので時刻は絞れない。
「いくらインド工科大生といってもプログラムを組むのは十分や二十分では出来ないと思います。短く見繕っても一時間? でしょうか」
 もっとかかるかもとスンダルが軽く返したのに頷きながらダルシカは二度咳き込んだ。
「ダルシカ。寒かったらドゥパタでも羽織っていた方がいい。ラディカも寒気から熱が上がったみたいだよ」
 マーダヴァンが手は休めずに顔だけちらりと彼女に向ける。ラディカは今朝食堂でめまいを訴え、熱が38度近くあったため今は自室で寝ている。
「ドゥパタだけとかいいんでしょうか?」
 サルワール・カミーズ三セットでなくばらして着ていいのかと心配している。薬莢やDNA鑑定のことを述べたかと思えばこの古風さ、ダルシカは不思議な人だ。今日も美しく揺れる三つ編みの黒髪を眺めて思う。
「いいと思うよ。でも気になるなら三階の倉庫にカーディガンもあるからそっちを着たら?」
 と自分の紺の上着を袖から引っ張る。現在インド進出大攻勢中のユニク○ものを見つけ、日本でよく着たと懐かしくなって茶色のシャツブラウス上に羽織ったがそれで良かった。自分も鼻の奥が少しゆるくなっている。
「二十四時間クーラーの効いた中なんて普通でも体がおかしくなる。ましてこの状況じゃね。無理しない方がいいよ」
「それでは、取ってきます」
 ダルシカはぱたんと立ち上がり素直に上へ向かった。
 クリスティーナが授業を受ける講義棟や仕事先の教室には空調が入っているが寮にはない。多くの人間にとってクーラーは職場や学校にあればいい程度だろう。ダルシカやラディカに限らず今朝はあちらこちらで咳が聞こえるのも不思議ではない。
「ずっとエアコンの中にいるのに慣れているのはロハンくらい?」
 金持ちはドア・トゥー・ドアの移動だろう。
「俺だって、学校に行くのやダチとつるむ時はバイクだ」
 憮然とした声が響く。
「だったら君も上に着た方がいいんじゃないか」
 Tシャツは寒そうだとマーダヴァンが指摘する。胸にロゴが入った白いTシャツは筋肉質な体を否応なく強調している。袖が普通の半袖より短いタイプなのが余計寒そうだ。
「……格好悪いだろうが!」
 アビマニュがわざとらしい大きなため息を吐いた。一方マーダヴァンは変わらぬ調子で、
「君の意志は尊重するよ。だけど今は普通の時じゃない。部屋で体調が悪化してもわたしたちは助け出せないんだ。ラディカも、本人と相談してドア近くに寝てもらっている」
 倉庫のマットレスを彼が運び、その上にラディカが自分のベットの布団を持って来て寝ているという。頭の横に水のペットボトルを置いていると聞くとプージャを思い出して不穏な気持ちになる。大丈夫、ラディカは大怪我ではなくただの風邪だ。
「オイ! 何か見繕って来い」
 結局ロハンは床で字の塗りをしていたプラサットに命じた。彼が忠犬のように階段を上がっていくのを見ればアビマニュの真似をしたくなるが、抑えない程度の大きさのため息に止めた。


 プージャの死亡時間が午前三時以降なら「狼」による夜の仕事ではない。
「私は昨日、アイシャの口を閉じさせた。その時のぬくもりとそこまで大きな違いはないように思えた」
 今朝触れたプージャの頬の話だ。
「変な言い方だけど、少し冷めている程度の感じだった」
「アンビカさん、部屋もそう暑くなかったんですよね?」
 アビマニュが尋ねる。
 今朝最初にプージャの部屋を開けたのはアンビカで、その後数分でファルハ、クリスティーナとやってきたという。
「部屋の温度は……廊下より高かったけど、マートゥリーの時ほど暑くはなかった。あくまで私の感覚だけれど」
 緊張気味に言う。
「亡くなれば体温は下がっていく。一方室温は空調が切られて暑くなる。ある程度上がれば遺体も温められてしまうから余計難しい」
 首を横に振る。
「アンビカの話なら室温の影響はあまり考えなくていいんじゃないかな。仮定の数字を使ってだけど室温変化について計算してみた」
 と数式を書いた紙一枚をファルハが示す。 
「プージャは明け方近くに亡くなったってことでいいと思う」
「私も同感」
 ファルハに同意する。プージャの頬からの直感で、朝五時のわずかな前に亡くなったのではとずっと思っていた。
(ああ)
 だから余計悔しい。もう少しずれていたら手当が出来て何とか持ちこたえられたかもしれない。それは無理でもひとりで淋しく逝かせずに済んだー

 プージャは今苦しみも恥ずかしさもなく庭園前に眠っている。
 火葬室には昨夜入れたマートゥリーとシドの遺体がある。あの小部屋は今夜の会議後まで開かない。
 自分たちキリスト教徒が礼拝室にいる頃、ヒンドゥー教徒たちは昨夜最初に火葬に回しシドたちの遺骸と入れ替えで出した二体を仮埋葬した。彼らの手伝いも受け入れつつムスリムのイムラーンとファルハはアイシャを埋葬している。
 死体ばかりが禍々しい館に積み上がっていく。
(こんなもの、見て楽しいって奴らのことは本当わからない!)

「皆さん! 風がかなり出てきました。今なら紙飛行機も飛ぶかもしれません!」
 タタタと階段を回り降りてきたダルシカが明るい声で言った。自分と同色だが丈長タイプのカーディガンが似合っている。身長があるのがうらやましい。
「お、行こうか!」
 真っ先に立ち上がったのはスンダル、続けて何人かが階段へ向かう。
「北西から吹いているようです。玄関側にお部屋がある女の人は自分の所から飛ばした方がいいかもしれません。あとの方は三階のベランダから飛ばせます!」
 昨夜の紙飛行機のことを話すと何人か自分もやりたいと言ったが朝方は風がほとんどなかった。ある程度風が吹いていて三階からなら、塀を越え敷地の外へ飛ばすのも難しくない。
「ロハン。あんた、礼はするって書いて飛ばしたらどうだ」
 移動ついでにラジェーシュがソファー前で立ち止まる。
「オレのところは工房のやり繰りでカツカツだが、あんたなら礼金もたんまり払えるだろ。おやじさんの電話番号でも書いておいたら効果があるんじゃねえか」
 ラジェーシュが階段に去った後も少し考えていたらしい。
 それはちょっと暑いのでは、と思われる灰色の模様編みセーターをプラサットから受け取って頭から被り、紙を広げてロハンは書き込み始めた。
(私ももう一通書くか)
 昨夜のものはおそらく敷地内に落ちた。
 助けを求めるなら風の吹いている間がチャンスだ。ノートから一枚引きちぎり正方形にして、大学院やカレッジ、その上司など各種連絡先を列挙し始める。
 館は閉じていても外には風が吹いている。
 悪趣味な「人狼ゲーム」の外で世界は動いている。澱んでいた気持ちが吹き飛ばされたようだ。
 書き終わると三階のベランダへ行き、柵の上のシヴァム、土に転がるサミルに十字を切ってから勢い良く紙飛行機を飛ばした。ぴゅう、ぴゅううと左右に揺れながら白い紙飛行機は柵を越えやがて見えなくなった。






 
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