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幕間(インタルミッション)
幕間 プレイヤー独白(中)
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13番 エクジョット
まるで卵の殻の中。起こっていることがわからない。
幽霊になったように出来事が自分を通り抜けていく。不安でうずくまりそうだ。
とはいえ身振り手振りで声をかけてきたり、見守ってくれる人もいる。「会議」では隣の席から手を替え品を替え簡単な単語で懸命な伝達がある。
それだけでありがたい。ただ、
(小学校、もう少し通っておけばよかったかな)
畑はどうなっているだろう。収穫は上手く進んでいるか、植え替える苗は順調に育っているのか、虫は大発生していないか。気になってたまらないがそちらは元々父や親戚筋に頼んである。
あちらこちらの村の人々と集ってムンバイに行き、地元議員の口利きで政治家と会い、座り込んでスローガンを叫ぶ。
『所帯を持つ前に、お前も広い世界を見てくるといい』
父はそう言い、首都デリーまでは行かずムンバイのみで行動して帰る組に自分を送り出した。
(広い世界っていったい何だろう)
パンジャーブ州の外に出るのは初めてだった。
テレビで見るインド門や向かいのタージマハールホテル、チャトラパティー・シヴァージー・マハラージ・ターミナス駅といった光景を目にすればニュースの中の人になった気分だ。実際、座り込みの写真は新聞に載り現地で買ったそれを争って覗き込む。
翌日、ヒンディー語が達者なある村の村長が自分たちを非難した論調の記事だと指摘し、「新聞紙」は食べ残しを包むのに使われた。
エクジョットはわからない。
この国は世界でも有数の成長を遂げているという。
人が飢えたら豊かさも成長もない。自分たち農家を大事にしない政治とは何なのか。
成長とは何なのか。
ムンバイには洋服姿の女も多い。インドの女性はサリーやサルワール・カミーズの方が美しく見えると思うがなぜ外国の服を好んで着るのだろう。
一方でもし婚約者の土産にするとしたら、サルワール・カミーズより洋服の方が喜ばれる気がした。ブラウスというのか、クリスティーナが着ているような丈の短い上着を贈ってみたい。
女の人にとって結婚は男以上の一大事だ。
予定までに戻らなかったらあの人はどれほど不安だろう。回りから責められたりしないだろうか。
服は大げさでも何かいい土産はないかと左右目を動かしていた。村の大事な役目だというのに物見遊山気分になり、気が付いたら仲間に遅れ、ここにいる。
婚約者のためにも家の畑のためにも、生きて村に帰りたい。
アビマニュやイムラーン、ラクシュミにクリスティーナらの積極的に発言する顔。
ラジェーシュが短く彼らに何か返す言葉。
『ヒンディー語は読めませんので英語の方から内容を確認します。わかりにくい時はお伝えください』
ザハールの丁寧な通訳。
彼を失い、言葉は灰色のもやの向こうでただの音となって響く。
それでも命がけで働く彼らのように自分にも出来ることはないか。そう思ってー
17番 ジョージ
最初の夜「処刑」に手を出したのは同情心だ。
若い学生が、リンチめいた暴行でボロ布同様になったのを見ていられなかった。
子どもらに任せたら酷い方向に進みいずれもっと混乱する。大人の自分が最低限の秩序を守った方が安全だ、とは後から思い付いた。
二日目の会議から部屋に引き上げた時、また気付いた。
誰もが手を汚したくはない。処刑の役目を引き受け続ければ投票で選ばれる可能性が減る。
「ゲーム」の中で勝者になる方が、警察や軍に救出されたり、自力で脱出を果たすより自分にはありがたい。(脱出は首輪を処理しないと無理だとスンダルが言っていたので、この選択肢は事実上なしだ)
「連中」の論理なら、ここで起こったことは金と引き換えに封印される。
そうでなければ自分は犯罪者だ。
妻と息子を人殺しの身内にする訳にはいかない。
だから窓から見える岩山と館の位置と方角をわざと違えて書いた紙飛行機を飛ばした。
ガキ共は本当のことを書いたかもしれないが、自分の記述で混乱し「ゲーム」終了に救助が間に合わなければいい。
罪の重さに口には出さず主に祈った。
18番 イムラーン
(アッラー。ぼくは恐いです。不安です)
いったい何が起こっているのか、未だに把握出来ない。
同胞は、最初の夕の名前もわからない男の死にセファ・アイシャと女性が続き今ではファルハしか残っていない。
(その外でもプージャさんが亡くなって……ラディカは、ラクシュミさんが止めなければ酷いことになるところだった)
子どもの頃から父と同じ軍人になりたかった。祖国に身を捧げる人生は素晴らしい。
だが今は進路に迷っている。本当に軍人がやりたいこと、自分がするべきことなのか。
ー守れなかった。
これでは軍人などとても務まらない。
それとも、だからこそ軍に入り今度こそ周りの人たちを守れる男になるべきなのか。
(……)
『覚えておいて』
『私たちは誘拐事件の被害者』
『悪いのは犯罪者』
繰り返されたクリスティーナの言葉。
初日の夜のシドの笑顔や声が胸に残って消えない。
イムラーンは誓った。
せめて、奴らとの闘いからは一歩も引かない。
「ぼくに何が出来ますか?」
(アッラー、アッラー、アッラー、アッラー)
21番 ラディカ
目立たないこと。それは自分のような者が無難に暮らす知恵だ。
職場のどこからか不良品が出れば、話し声が大きい人や評判の美人、ちょっと頭が良い子などが意味なく引っ張られ叱られる。
ラディカは背が低いことと髪色が欠点だが、顔もスタイルもあまり人目を引かない。声は通りやすいがしゃべらなければ問題ない。
風邪気味になったのは自分だけではなく、三日目にはあちらこちらから咳や鼻をすする音が聞こえた。たまたま熱が高く上がってひとり寝込むことになったのだが、外の人と比べてそこまで健康管理に問題があったとは思えない。なのにー
あの男が乗り込んで来た時には身がすくんだ。
ラクシュミが怒鳴り付けてくれたので何もなかったのだが、会議で話題にされると自分のその手の姿を皆が想像しているようで身の置きどころがなかった。プージャの気持ちが少しはわかる。
だが「ゲーム」のことを考えたら自分から死のうとしてはいけないと思う。よくわからないが同じ陣営の人の迷惑になる気がする。
ラクシュミやアンビカ、クリスティーナと自分を励ましてくれた人たちにも悪い。
(ラクシュミさん、言い方がちょっと恐いけど)
初日に賞金のことを聞いた時、
「欲しい!」
と興奮した。
(母さんの薬で出来た借金も返せる。弟や妹たちも上の学校に行ける!)
だが今はまず殺されたくない。
そのためにはこの「ゲーム」に真剣になるしかないのだろうか。
24番 ロハン
ここまで物事が上手くいかないことはなかった。
自分からは何をする必要もない。家のことは地元でも学校でも皆知っている。
俺はモテる。
誤解されているようだが、無理矢理迫ったことなど一度もない。寄って来る女たちをなだめて仲裁するのが面倒なくらいだ。
(何てったって見た目もいいしな)
顔はまあまあくらい、かもしれないが、古武術の道場に通って鍛えた体を女たちはうっとりと見上げてくる。親の七光りでも知事閣下の威光でも何でもない、自分が作り上げたボディだ。
これまた誤解されている気がするが、常に親父や知事閣下を持ち出したりはしていない。
道場には本物の才能を持った男たちがいて、彼らは称賛に値する。父を通せば道場代表として地方大会くらいには出場出来るだろうが、無意味なことはしない。
この妙な所に引っ張り込まれて一日、二日。いい男の自分に誰ひとり女が寄って来ないのが不思議だった。遠くからの熱い視線もない。
そこでこう理解した。
高校生年代の女の子たちは恋愛慣れしておらず、男の口説き方すら知らない。初々しいものだ。
そこで自分から声を掛けた。Win-Winだろう?
ここでの「金」は会議での「票」だ。
自分の銀行口座には、「人狼ゲーム」とやらをやらされる羽目になった他の全員の持ち金合計より多い金額が入っていると自負するが、今ここでは無意味だ。
ただし「プレイヤー」に対しては、で「ゲーム」を主催する奴らには違う。
私室で繰り返し自分の身元を調べろ! 困るのはお前らだと上方に語りかけた。
当初は信じられなかったのかもしれないが金と人を大々的に使える連中だ、調べが付かない能なしではないだろう。ないと信じたい。
間もなく、身元の確認が取れ次第連れ出され解放される。と昨日からずっと待っていた。
女たちの視線にロハンは確かな「殺意」を感じ取った。
これは洒落にならない。
古武術の州大会や決勝大会で垣間見る、闘争心とはまた違うその種の目。試合に現れる警察官や軍人、裏社会の連中など命のやり取りをしている彼らと同じ光が自分に突きつけられた。
何でこんなことになったのだろう。
弟分として仲良くなったプラサットは興味津々で女の話に耳を傾けていた。ならば一緒に楽しもうと思ったのに、女共とはまた違う困ったような悲しいような目で女神さまがどうだとかほざいた。
きっと親のいうことを頭から信じ込んでいて、洗脳が取れないのだろう。困ったお子ちゃまだ。
『お前、何下手に出ているんだよ』
二日目、ここでの初めての朝からプラサットは妙に女たちに遠慮するようになった。詰問すると有り得ない言い訳をした。
『ああ?! お前幾つだ』
『十七です』
『いい加減ガキみたいな妄想は止めろよ』
高校卒業前だとこれほどガキ臭いものだろうか。
女たちには助け合いの心がないのか。
気位が高く面倒臭そうなラクシュミやクリスティーナ、人妻のアンビカ(さすがにまずい)はともかく、他の女の子たちならいい男の俺とお近づきになれて、その場で気分が乗ればカーマスートラへ突入するのも悪くない、どころか良い取引だろうに。
既に刀を構え終わり、相手の隙を見定めるような女たちの目。
ゾッとする。
クシャトリヤにしても戦闘的過ぎるラクシュミに見た目と違ってババアのクリスティーナ、建築オタクのファルハー
(煽りやがって)
とにかく状況は理解した。
身を守るのが最優先。本来は虎のように勇敢な俺だが、解放までは兎のようにおとなしく身を縮めよう。プラサットも一緒にとねだろうと思ったのだがどうしたものか。
(誰かが、俺の書いた紙飛行機拾ってくれるのでもいいんだけどよ)
25番 プラサット
男なら喧嘩のひとつも出来て当たり前、殴り合いはそこそこやれる。
初日の夜自分は調子に乗った。「ルール」の範囲内なら、つまり建物机椅子などをぶっ壊さなければどう暴れてもいい! 素晴らしい。
すかしたパキスタン野郎を引っ掴んでドアから引き離し、ラジェーシュとサミルと三人がかりで蹴ったり殴ったり浴びせた挙げ句ぐったりしたところで二階廊下から投げ落とした。
普通は殺すまでの喧嘩はしない。後が恐い。
だが天からの声はむしろ「殺せ」と言った。沸き立つ血のままに階段を駆け下りたが声を出す間もなくジョージが最後の一撃を下す。おいしいところだけ取って少しずるい思った。
刀を抜けと言われて怖じ気づいた。当然のように男たちが尻込みする中、プラサットはその勇姿を見たー
ロハンの兄貴は自分のような我流とは違い、本格的に心身を鍛えている尊敬すべき男だ。女の子にももててデートも本格的に進んでいる。この手のことには興味津々、後々の参考にと聞きまくった。
『この中では誰とやりたい?』
ソファーの上、バナー作りに精を出す広間の面々を見回しロハンが囁く。
『いやそういうのは……』
動揺した。ここでどうこうというのは刺激が強すぎる。
『好みのタイプってのはねえのか?』
『バーイ、おれ失恋したばかりなんです』
同級生に好きな子がいたが、別のクラスの奴とよく一緒にいるとの噂があった。ただのゴシップだと笑っていたが、本当にふたりは付き合っていて、一緒にお茶を飲んだり映画を見に行ったりしているとそれはもう事細かな話を数日前に聞かされた。
そりゃ辛かったな、と兄貴は背中を叩いてくれた。
殴られて殴り返せないのは弱虫だと思っている。だがそれは男の世界だ。
弱い女の人に暴力を振るうなどあってはならない。
その手の馬鹿からは身を挺して守るのが男の役割だ。
思っていたから女性たちの告発に、ロハンが認めて開き直ったことにはショックを受けた。強い奴に拳を入れられてぶっ飛んだようなダメージだ。
(何で?)
武道で身も心も鍛えたなら、聖仙に近くなってそういうことはしないイメージだったのに。
監禁されたまま「天井の声」の言いなりになるのはまた腹が立つ。
『私たちは誘拐事件の被害者』
『悪いのは犯罪者』
邸回りにずらりと垂らした「旗」や紙飛行機から連絡が行き、助けが来るか。
運命を人に任せず、どうにかしてこの館から脱出するか。
それまでは「人狼ゲーム」から逃げられない。
おれ、死にたくねえよ。母ちゃん。
27番 ダルシカ
今回の試験は進路決定に重大な影響を及ぼす。なのにもう三日も勉強出来ていない。
頭の中で公式や化学式を思い出し、問題集の演習を記憶でなぞりプログラムのアルゴリズムを繰り返し設計、「ルールブック」の英文表記を使って英作文の練習をする。
だが手元に材料がなければ能率は最低、偏りは最大だ!
成績は良い方だ。親はIT関係に進学することを希望している。
もっともインド工科大はとても無理なレベルで、近所の大学の工学部に自宅から通えということらしい。
本当は、大学で文学を勉強してみたい。物語を読むのが大好きなのだ。
(クリスティーナお姉さんは、素敵だと思う)
恐くて家ではとても口に出せないその希望のためにも、より成績を上げて進路の自由度を広げておきたい。その大事な試験前だったのだ。
宛がわれた部屋のクローゼットには洋服もたくさんあった。
家では特別な場合(作業で汚れるなど)でなければ許されないが、一度普段着として洋服を着てみたかった。
早速黄色いシャツとジーンズと大学生のような組み合わせを選んでみたが思ったより落ち着かない。サルワール・カミーズとたいして布地は変わらないのに、胸元が無防備で風が通る気分だ。
エアコンのせいかもしれない。
他の人々同様に咳き込み出して、倉庫から日本製で高機能だと話題とユニク○のカーディガンを取って羽織ってみた。程よく暖かくて心地良い。
(慣れたらこんな感じの服も悪くないかな)
とキャンパスで講義を聴く自分を想像する。
早くここから自由になるのはどうしたらいいのか。
どうすれば皆の役に立てる?
ーダルシカは決然と前を向く。
眠るように横たわったシドの遺体。前の晩の彼の笑顔。ラクシュミとイムラーン、クリスティーナとアビマニュの間に行き交った議論。
大好きな物語たち。友達と行く時だけ許される映画。
ブックバンドで厚い本やノートを重ねて小脇に抱え、レンガ造りのキャンパスを新しい友人たちとしゃべりながら歩く。
その夢を失うことになっても。
ここで死ぬことになってもー
<注>
・クシャトリヤ 武士カースト
まるで卵の殻の中。起こっていることがわからない。
幽霊になったように出来事が自分を通り抜けていく。不安でうずくまりそうだ。
とはいえ身振り手振りで声をかけてきたり、見守ってくれる人もいる。「会議」では隣の席から手を替え品を替え簡単な単語で懸命な伝達がある。
それだけでありがたい。ただ、
(小学校、もう少し通っておけばよかったかな)
畑はどうなっているだろう。収穫は上手く進んでいるか、植え替える苗は順調に育っているのか、虫は大発生していないか。気になってたまらないがそちらは元々父や親戚筋に頼んである。
あちらこちらの村の人々と集ってムンバイに行き、地元議員の口利きで政治家と会い、座り込んでスローガンを叫ぶ。
『所帯を持つ前に、お前も広い世界を見てくるといい』
父はそう言い、首都デリーまでは行かずムンバイのみで行動して帰る組に自分を送り出した。
(広い世界っていったい何だろう)
パンジャーブ州の外に出るのは初めてだった。
テレビで見るインド門や向かいのタージマハールホテル、チャトラパティー・シヴァージー・マハラージ・ターミナス駅といった光景を目にすればニュースの中の人になった気分だ。実際、座り込みの写真は新聞に載り現地で買ったそれを争って覗き込む。
翌日、ヒンディー語が達者なある村の村長が自分たちを非難した論調の記事だと指摘し、「新聞紙」は食べ残しを包むのに使われた。
エクジョットはわからない。
この国は世界でも有数の成長を遂げているという。
人が飢えたら豊かさも成長もない。自分たち農家を大事にしない政治とは何なのか。
成長とは何なのか。
ムンバイには洋服姿の女も多い。インドの女性はサリーやサルワール・カミーズの方が美しく見えると思うがなぜ外国の服を好んで着るのだろう。
一方でもし婚約者の土産にするとしたら、サルワール・カミーズより洋服の方が喜ばれる気がした。ブラウスというのか、クリスティーナが着ているような丈の短い上着を贈ってみたい。
女の人にとって結婚は男以上の一大事だ。
予定までに戻らなかったらあの人はどれほど不安だろう。回りから責められたりしないだろうか。
服は大げさでも何かいい土産はないかと左右目を動かしていた。村の大事な役目だというのに物見遊山気分になり、気が付いたら仲間に遅れ、ここにいる。
婚約者のためにも家の畑のためにも、生きて村に帰りたい。
アビマニュやイムラーン、ラクシュミにクリスティーナらの積極的に発言する顔。
ラジェーシュが短く彼らに何か返す言葉。
『ヒンディー語は読めませんので英語の方から内容を確認します。わかりにくい時はお伝えください』
ザハールの丁寧な通訳。
彼を失い、言葉は灰色のもやの向こうでただの音となって響く。
それでも命がけで働く彼らのように自分にも出来ることはないか。そう思ってー
17番 ジョージ
最初の夜「処刑」に手を出したのは同情心だ。
若い学生が、リンチめいた暴行でボロ布同様になったのを見ていられなかった。
子どもらに任せたら酷い方向に進みいずれもっと混乱する。大人の自分が最低限の秩序を守った方が安全だ、とは後から思い付いた。
二日目の会議から部屋に引き上げた時、また気付いた。
誰もが手を汚したくはない。処刑の役目を引き受け続ければ投票で選ばれる可能性が減る。
「ゲーム」の中で勝者になる方が、警察や軍に救出されたり、自力で脱出を果たすより自分にはありがたい。(脱出は首輪を処理しないと無理だとスンダルが言っていたので、この選択肢は事実上なしだ)
「連中」の論理なら、ここで起こったことは金と引き換えに封印される。
そうでなければ自分は犯罪者だ。
妻と息子を人殺しの身内にする訳にはいかない。
だから窓から見える岩山と館の位置と方角をわざと違えて書いた紙飛行機を飛ばした。
ガキ共は本当のことを書いたかもしれないが、自分の記述で混乱し「ゲーム」終了に救助が間に合わなければいい。
罪の重さに口には出さず主に祈った。
18番 イムラーン
(アッラー。ぼくは恐いです。不安です)
いったい何が起こっているのか、未だに把握出来ない。
同胞は、最初の夕の名前もわからない男の死にセファ・アイシャと女性が続き今ではファルハしか残っていない。
(その外でもプージャさんが亡くなって……ラディカは、ラクシュミさんが止めなければ酷いことになるところだった)
子どもの頃から父と同じ軍人になりたかった。祖国に身を捧げる人生は素晴らしい。
だが今は進路に迷っている。本当に軍人がやりたいこと、自分がするべきことなのか。
ー守れなかった。
これでは軍人などとても務まらない。
それとも、だからこそ軍に入り今度こそ周りの人たちを守れる男になるべきなのか。
(……)
『覚えておいて』
『私たちは誘拐事件の被害者』
『悪いのは犯罪者』
繰り返されたクリスティーナの言葉。
初日の夜のシドの笑顔や声が胸に残って消えない。
イムラーンは誓った。
せめて、奴らとの闘いからは一歩も引かない。
「ぼくに何が出来ますか?」
(アッラー、アッラー、アッラー、アッラー)
21番 ラディカ
目立たないこと。それは自分のような者が無難に暮らす知恵だ。
職場のどこからか不良品が出れば、話し声が大きい人や評判の美人、ちょっと頭が良い子などが意味なく引っ張られ叱られる。
ラディカは背が低いことと髪色が欠点だが、顔もスタイルもあまり人目を引かない。声は通りやすいがしゃべらなければ問題ない。
風邪気味になったのは自分だけではなく、三日目にはあちらこちらから咳や鼻をすする音が聞こえた。たまたま熱が高く上がってひとり寝込むことになったのだが、外の人と比べてそこまで健康管理に問題があったとは思えない。なのにー
あの男が乗り込んで来た時には身がすくんだ。
ラクシュミが怒鳴り付けてくれたので何もなかったのだが、会議で話題にされると自分のその手の姿を皆が想像しているようで身の置きどころがなかった。プージャの気持ちが少しはわかる。
だが「ゲーム」のことを考えたら自分から死のうとしてはいけないと思う。よくわからないが同じ陣営の人の迷惑になる気がする。
ラクシュミやアンビカ、クリスティーナと自分を励ましてくれた人たちにも悪い。
(ラクシュミさん、言い方がちょっと恐いけど)
初日に賞金のことを聞いた時、
「欲しい!」
と興奮した。
(母さんの薬で出来た借金も返せる。弟や妹たちも上の学校に行ける!)
だが今はまず殺されたくない。
そのためにはこの「ゲーム」に真剣になるしかないのだろうか。
24番 ロハン
ここまで物事が上手くいかないことはなかった。
自分からは何をする必要もない。家のことは地元でも学校でも皆知っている。
俺はモテる。
誤解されているようだが、無理矢理迫ったことなど一度もない。寄って来る女たちをなだめて仲裁するのが面倒なくらいだ。
(何てったって見た目もいいしな)
顔はまあまあくらい、かもしれないが、古武術の道場に通って鍛えた体を女たちはうっとりと見上げてくる。親の七光りでも知事閣下の威光でも何でもない、自分が作り上げたボディだ。
これまた誤解されている気がするが、常に親父や知事閣下を持ち出したりはしていない。
道場には本物の才能を持った男たちがいて、彼らは称賛に値する。父を通せば道場代表として地方大会くらいには出場出来るだろうが、無意味なことはしない。
この妙な所に引っ張り込まれて一日、二日。いい男の自分に誰ひとり女が寄って来ないのが不思議だった。遠くからの熱い視線もない。
そこでこう理解した。
高校生年代の女の子たちは恋愛慣れしておらず、男の口説き方すら知らない。初々しいものだ。
そこで自分から声を掛けた。Win-Winだろう?
ここでの「金」は会議での「票」だ。
自分の銀行口座には、「人狼ゲーム」とやらをやらされる羽目になった他の全員の持ち金合計より多い金額が入っていると自負するが、今ここでは無意味だ。
ただし「プレイヤー」に対しては、で「ゲーム」を主催する奴らには違う。
私室で繰り返し自分の身元を調べろ! 困るのはお前らだと上方に語りかけた。
当初は信じられなかったのかもしれないが金と人を大々的に使える連中だ、調べが付かない能なしではないだろう。ないと信じたい。
間もなく、身元の確認が取れ次第連れ出され解放される。と昨日からずっと待っていた。
女たちの視線にロハンは確かな「殺意」を感じ取った。
これは洒落にならない。
古武術の州大会や決勝大会で垣間見る、闘争心とはまた違うその種の目。試合に現れる警察官や軍人、裏社会の連中など命のやり取りをしている彼らと同じ光が自分に突きつけられた。
何でこんなことになったのだろう。
弟分として仲良くなったプラサットは興味津々で女の話に耳を傾けていた。ならば一緒に楽しもうと思ったのに、女共とはまた違う困ったような悲しいような目で女神さまがどうだとかほざいた。
きっと親のいうことを頭から信じ込んでいて、洗脳が取れないのだろう。困ったお子ちゃまだ。
『お前、何下手に出ているんだよ』
二日目、ここでの初めての朝からプラサットは妙に女たちに遠慮するようになった。詰問すると有り得ない言い訳をした。
『ああ?! お前幾つだ』
『十七です』
『いい加減ガキみたいな妄想は止めろよ』
高校卒業前だとこれほどガキ臭いものだろうか。
女たちには助け合いの心がないのか。
気位が高く面倒臭そうなラクシュミやクリスティーナ、人妻のアンビカ(さすがにまずい)はともかく、他の女の子たちならいい男の俺とお近づきになれて、その場で気分が乗ればカーマスートラへ突入するのも悪くない、どころか良い取引だろうに。
既に刀を構え終わり、相手の隙を見定めるような女たちの目。
ゾッとする。
クシャトリヤにしても戦闘的過ぎるラクシュミに見た目と違ってババアのクリスティーナ、建築オタクのファルハー
(煽りやがって)
とにかく状況は理解した。
身を守るのが最優先。本来は虎のように勇敢な俺だが、解放までは兎のようにおとなしく身を縮めよう。プラサットも一緒にとねだろうと思ったのだがどうしたものか。
(誰かが、俺の書いた紙飛行機拾ってくれるのでもいいんだけどよ)
25番 プラサット
男なら喧嘩のひとつも出来て当たり前、殴り合いはそこそこやれる。
初日の夜自分は調子に乗った。「ルール」の範囲内なら、つまり建物机椅子などをぶっ壊さなければどう暴れてもいい! 素晴らしい。
すかしたパキスタン野郎を引っ掴んでドアから引き離し、ラジェーシュとサミルと三人がかりで蹴ったり殴ったり浴びせた挙げ句ぐったりしたところで二階廊下から投げ落とした。
普通は殺すまでの喧嘩はしない。後が恐い。
だが天からの声はむしろ「殺せ」と言った。沸き立つ血のままに階段を駆け下りたが声を出す間もなくジョージが最後の一撃を下す。おいしいところだけ取って少しずるい思った。
刀を抜けと言われて怖じ気づいた。当然のように男たちが尻込みする中、プラサットはその勇姿を見たー
ロハンの兄貴は自分のような我流とは違い、本格的に心身を鍛えている尊敬すべき男だ。女の子にももててデートも本格的に進んでいる。この手のことには興味津々、後々の参考にと聞きまくった。
『この中では誰とやりたい?』
ソファーの上、バナー作りに精を出す広間の面々を見回しロハンが囁く。
『いやそういうのは……』
動揺した。ここでどうこうというのは刺激が強すぎる。
『好みのタイプってのはねえのか?』
『バーイ、おれ失恋したばかりなんです』
同級生に好きな子がいたが、別のクラスの奴とよく一緒にいるとの噂があった。ただのゴシップだと笑っていたが、本当にふたりは付き合っていて、一緒にお茶を飲んだり映画を見に行ったりしているとそれはもう事細かな話を数日前に聞かされた。
そりゃ辛かったな、と兄貴は背中を叩いてくれた。
殴られて殴り返せないのは弱虫だと思っている。だがそれは男の世界だ。
弱い女の人に暴力を振るうなどあってはならない。
その手の馬鹿からは身を挺して守るのが男の役割だ。
思っていたから女性たちの告発に、ロハンが認めて開き直ったことにはショックを受けた。強い奴に拳を入れられてぶっ飛んだようなダメージだ。
(何で?)
武道で身も心も鍛えたなら、聖仙に近くなってそういうことはしないイメージだったのに。
監禁されたまま「天井の声」の言いなりになるのはまた腹が立つ。
『私たちは誘拐事件の被害者』
『悪いのは犯罪者』
邸回りにずらりと垂らした「旗」や紙飛行機から連絡が行き、助けが来るか。
運命を人に任せず、どうにかしてこの館から脱出するか。
それまでは「人狼ゲーム」から逃げられない。
おれ、死にたくねえよ。母ちゃん。
27番 ダルシカ
今回の試験は進路決定に重大な影響を及ぼす。なのにもう三日も勉強出来ていない。
頭の中で公式や化学式を思い出し、問題集の演習を記憶でなぞりプログラムのアルゴリズムを繰り返し設計、「ルールブック」の英文表記を使って英作文の練習をする。
だが手元に材料がなければ能率は最低、偏りは最大だ!
成績は良い方だ。親はIT関係に進学することを希望している。
もっともインド工科大はとても無理なレベルで、近所の大学の工学部に自宅から通えということらしい。
本当は、大学で文学を勉強してみたい。物語を読むのが大好きなのだ。
(クリスティーナお姉さんは、素敵だと思う)
恐くて家ではとても口に出せないその希望のためにも、より成績を上げて進路の自由度を広げておきたい。その大事な試験前だったのだ。
宛がわれた部屋のクローゼットには洋服もたくさんあった。
家では特別な場合(作業で汚れるなど)でなければ許されないが、一度普段着として洋服を着てみたかった。
早速黄色いシャツとジーンズと大学生のような組み合わせを選んでみたが思ったより落ち着かない。サルワール・カミーズとたいして布地は変わらないのに、胸元が無防備で風が通る気分だ。
エアコンのせいかもしれない。
他の人々同様に咳き込み出して、倉庫から日本製で高機能だと話題とユニク○のカーディガンを取って羽織ってみた。程よく暖かくて心地良い。
(慣れたらこんな感じの服も悪くないかな)
とキャンパスで講義を聴く自分を想像する。
早くここから自由になるのはどうしたらいいのか。
どうすれば皆の役に立てる?
ーダルシカは決然と前を向く。
眠るように横たわったシドの遺体。前の晩の彼の笑顔。ラクシュミとイムラーン、クリスティーナとアビマニュの間に行き交った議論。
大好きな物語たち。友達と行く時だけ許される映画。
ブックバンドで厚い本やノートを重ねて小脇に抱え、レンガ造りのキャンパスを新しい友人たちとしゃべりながら歩く。
その夢を失うことになっても。
ここで死ぬことになってもー
<注>
・クシャトリヤ 武士カースト
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ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
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