リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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第4章 繰り返しへようこそ(新1日目)

4ー3 新1日目会議(下)

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「……酷え話だ」
 ゴパルの向こう、16番席からのジョージの声は思ったより冷静で、だが枯れていた。
「用済みになったら見捨てるってのか……。何人か気付いているんだろう? 今回はモニター台に収納がない。火葬室の隣には室名が書いていないスペースがふたつあって今はシャッターが降りている」
 このテーブルの場所に近い方の階段室の隣部分についてだ。タブレットの配置図を見直す。
 キリスト教の礼拝室でレイチェルと祈りを捧げた時の彼の真剣な横顔をふと思い出した。
「今回の投票後の『処刑』、いや殺しには違いないが、は方法が変わるんだろうな。『連中』が首輪で殺すって話もあるって食堂で言ってましたよね、クリスティーナさん?」
「あくまでフィクションの中の話だけどね」
 処刑が決まるや否や首輪が締まり皆が見守る中でむごたらしく死んでいく、という漫画を読んだことがある。
「こんなことは子どもにやらせたくない。わたしは男で最年長だから、引き受けるべき義務として行っただけだ」
 改まった言い方でジョージは語る。
「もしわたしを排除したなら、次の最年長はマーダヴァンかな。命を守る仕事なのにな」
「……」
「それともあなたはモダンな考え方のようだから、クリスティーナさん? 女性でも構わないかもしれませんね」
(……)
 探しても言葉が出ない。
 偽善者め、と突きつけられた気がした。
(ああ神様)
 心の中で手を組む。
 自分が夜の庭で花を摘み、平穏とはどう繕っても言えない死に顔のアイシャを悼みつつ髪を飾った時、ジョージは既に罪を引き受けていた。彼よりも三つ上、この場最年長の自分だが掃除や洗濯、鶏を締めることならともかく人を殺すことを引き受けるとは言えなかった。
(他人にやらせておいて、殺すこと殺されることだけに慣れる)
 罪深さに押し潰されそうだ。
「女の人に押しつけようなんて最低ですっ!」
 イムラーンが抗議する。
(ジョージは悪くないよ、イムラーン)
「君は、いざとなれば覚悟があるだろうからな」
「はい」
 返事は強い。
「君でもいい。わたしは君は若過ぎると思っていたがな……」
 語尾が小さくなる。

「マーダヴァンよりぼくの方がひとつ年上ですね。あなたの次の年長者はぼくです」
 ゴパルが申し出た。
「なら、人殺しを非難した君がこれからは人殺しをするのか」
 クリスティーナとマーダヴァンへにはなかった皮肉味が混ざる。
「まさか」
 あざける口調。
「ぼくはまず確かめますよ。あなたたちは処刑しないと殺されると言いますが、どこでわかったんです?」
「ルールブックにある」
 タブレットを見てページ数を示す。
「それだけですか?」
 クリスティーナではなくテーブルの皆に目を遣る。
「誰も確かめていないんでしょう。なのに人を殺すなんて、そちらの方が信じられないです」
 ゴパルの非難に、隣合うディヴィアとウルヴァシは視線を合わせて頷く。
「今日は、投票が終わっても「処刑」に移らないで様子を見るべきです」
「確かめる価値はある」
 同意した。
 山ほどのリアル人狼ものフィクションが頭にあったからすぐ殺されると思い込んだ。
 だが初日、「上」からは早く処刑を完了しろとのアナウンスはあったが、首輪を使った脅しはなかったのではないか。
「部屋に戻る時間がある。長くは待てない。一番遅くて十時五十分だ。その時他にいなければ……僕が『処刑』を実行してもいい」
 アビマニュが強くテーブルを睨む。
「『処刑』の方法だの誰がやるかとかは今議論することじゃない」
 ラクシュミの表情は険しい。彼女は殺すことに躊躇はないのだろうか。
(血が飛び散ったフロアに足を踏み入れるのも嫌なほど「清浄」が好きなのに)
 ーというか、あなた何日その服着ているの?
「『狼』は夜は殺されないから投票だけ逃れればいい。ジョージが処刑役を買って出たのはその対策とも考えられる」
「初めからそうじゃない。後からは、そういう気も少しはあった」
 ジョージの口元に浮かんだのはわずかの苦笑か。
「決まりですね」
 ほら見たことかという目でゴパルが彼を見る。
 何か違う! 言葉を必死で探すがー
「ともかく今日の投票先はジョージかラジェーシュ。私はラジェーシュの方が怪しいと思うけれど、それぞれが思う人に票を投じればいい。他に何かある?」
 ラクシュミの問いにダルシカが高く挙手したが先にレイチェルが話し出した。
「前にあんまりしゃべらない人は怪しいって言ってた気がします。サラージさんとウルヴァシさんは、ほとんどお話してません」
「お前なあ!」
 ラジェーシュが呆れ顔になる。
「男はくっちゃべらないって言っただろうが!」
 男が皆『人狼』になっちまうとだと以前と同じようにラジェーシュは叱った。
「サラージは普通の男ってだけだろう」
 レイチェルは亀のように首を縮める。 
「様子を見ていました」
 そのサラージは静かに話し出す。かなり低いのが地の声らしい。
「この中には『人狼』って人殺し役の人間もいるんでしょう。何を話したら彼らに目を付けられるのか、わからないうちは下手にしゃべらない方がいいと判断したんです。怪しまないでもらえるとありがたいですが」
(それはわかる)
 彼は冷静でむしろ評価できる。それが本当ならば。
 サラージは調子を変え、
「アビマニュとクリスティーナさんはこのゲームに詳しいんですよね。でしたら教えてくれませんんか? 何を言ったら『狼』に狙われるんです?」
「自分を狙ってくれって指名すれば効果てきめんに殺してくれるわよ」
 ラクシュミがうそぶく。
「それは、そちらで唯一確実に『狼』に殺されたという人の話ですね。他には?」
(彼も「ゲーム」把握が速いな)
 ラクシュミ並みだ。
「……『狼』が嫌う役を持っていると明かせば殺される可能性が高くなります。一番は『武士』」
 人狼の仕事を直接邪魔する役だから。
「次に『タントラ』、それから私の『占星術師」が来て、あとはそれ以外の『聖者』と『兄弟』」
「会議で『人狼』だと指摘したのにその夜の投票で『処刑』出来なかった時、報復を受ける可能性は高くなる」
 アビマニュも加えた。
「それとレイチェル、その話は時期が早すぎると思うよ。目が覚めたらいきなりゲームをやれとか言われて、殺すの殺されるのの話が出て実際に亡くなる人を見てって段階で話せって言ったって難しいよ。何日もあまりしゃべらないか、無難な話題ばかりでごまかす人がいたら考える必要はあるけど」
 言葉のハードルがある年少のトーシタ以上に、勤め人のはずのサラージとウルヴァシの発言は確かに少ない。
(だけどこれを初日に言われてしまうと「演技」されてしまうんだよね)
 観察で「人狼」を見つけ出すには不利になる。
「最初からしゃべれたのなんて、『ゲーム』を知っているおふたりを覗けばラクシュミさんくらいじゃなかったっけ。君だって一番始めの会議ではほとんど何もしゃべってなかったと思うけど」
 スンダルの指摘に、
「もうわかりました。ごめんなさいっ」
 レイチェルはまた謝る。

「……私は職業病みたいなもの。状況を確認して、わかっていない人がいたら必要なことを周知する、って毎日仕事でしているから」
 言い訳らしいがラクシュミらしい堂々とした話しぶりだ。
「それはわかります。私も似たようなポジションで、気にかかって仕方ないことがたくさんあります」 
 ディヴィアが頷き、ゴパルも同様だと付け加える。
「逆にもう三日、今日が実質『リアル人狼ゲーム』の四日目になるのにあまりお話していない方もいるようですが。ラディカさん?」
 ゴパルが顔を向けた。
「ラディカはヒンディーがそう得意じゃないんだ」
 アビマニュがかばう。ロハンの件の被害者が誰かは新入り組には明かしていない。その必要もない。
「考えることは、得意じゃないので、皆さんの前でお話するようなことはなかったんです」
 きれいで高めの声は小さくともよく通る。
「ラディカ、やっぱり通訳入れる?」
 トーシタとエクジョットは隣席のイムラーンとクリスティーナがそれぞれ英語、ヒンディー語の筆記で内容を伝えている。ラディカは会議ではファルハのテルグ語通訳に頼ってきた。だがそれ以外の時間はヒンディー語でわりとスムーズに会話している。
『皆さんがヒンディーを話すのを聞いていたら、わーっと学校の時のことを思い出して結構話せるようになったみたいです』
 とのことで、今日の会議ではわからなくなったら挙手してファルハに尋ねるが逐語訳は入れないと事前に取り決めていた。
「大丈夫です」
 今のところ通訳は不要だとラディカが頭を下げる。

『投票の五分前になりました。皆さん、考えは決まりましたか。投票の五分前ー』
 ウルヴァシが頭を両手で覆った。隣でディヴィアが喉を鳴らす。
「残り時間が少ない。ダルシカ、さっき手を挙げてたよね。手短にまとめられるかい」
 アビマニュが振る。
「はい。11番、アルジュン君。あなたは『狼』ですよね」
 表情を変えずに言った。
(何を…)
「や、役は言っちゃいけないんだろう?」
 アルジュンは裏返った声で叫んだ。
(え?)
「根拠は」
 ラクシュミの詰問。
「私たちの『役』は変わっていない。そうですよね」
 正確には古株の十六人皆がそう主張した。
 自分がまた「占星術師」だったことから確認すると、皆変わっていないと言った。
「私もやはり『村人』で同じです。それなら前と同じ席番号には同じ役が割り振られているのではないかと考えました」
 ダルシカは抑揚なく続けながら折っていたカーディガンの袖口を伸ばす。
「『人狼』と『武士』は人数が増えましたから、前に『村人』だった番号のうち四つはそちらに変わっているでしょう。ですが元からの『人狼』は変わらないはずです。前の11番はタミルの男の子で、早くに殺されましたがまず間違いなく『狼』でした」
(……)
「アルジュン君。あなたは『人狼』ですね」
 推論は確からしくも思えるし危なっかしくも感じる。
「だ、だから『役』は言っちゃいけないってあなたたちが散々言ってきたんじゃないですか!」
 これで人を殺せと言っていいのか。新入りたちに突きつけられた重みが自分を逡巡させる。
「……それは原則だとも言ったよ」
 とりあえず冷静さを失っているアルジュンに助け船を出す。
 全ての可能性を全ての人に伝える。これは間違っていない。
「『危ないけれど、『処刑』を逃れるために『村人』の役を明かすって手はある」
 アビマニュに目をやると彼も頷く。
「『武士』については『人狼』から優先的に攻撃されるから微妙なところ。私が『占星術師』だから、『タントラ』か『聖者』か『兄弟』の役を持っていたなら自己責任で言ってもいい。今夜『人狼』に狙われやすくはなるけど、この会議では『処刑』されずに済む。……アルジュン、何か言うことはある?」
 生徒に向かうように優しく促す。

 新たな「初日」から占星術師だとカミングアウトしたくはなかった。けれども前の『ゲーム』で知られている以上、自分の役を伏せて新入り組に経過を説明することが出来なかった。
「役は言わない。言いません!」
 気圧されたように椅子の背に体を押しつけアルジュンはオウムのように繰り返した。
 ダルシカの切り出し時は半信半疑だったが、彼の反応は不器用過ぎるようでもあり、言い逃れようがなく切り抜け方がわからないとの反応にも見えた。
「わたしは『人狼』ではない。誓うよ」
 低いジョージの声がテーブル上によく響いた。
「わたしを排除したなら『村人』陣営は損をする。よく考えた方がいい」
 顔を上げる。
「最悪の展開を予想することをわたしたちはアビマニュから学んだ。処刑と夜でふたりずつ『村人』が殺され、『象』と『狼』が全員無事だとしたらー」
 白紙に書き付けてから話す。

・2日目朝 計20名 村人12 狼5 象3 
・3日目朝 計18名 村人10 狼5 象3
・4日目朝 計16名 村人7 狼6 象3(「変成人狼」あり) 

「4日目の夜には『村人』の敗北が決まる」
「……とりあえず、今日は『聖者』さんに『祝福』してもらうというのはどうなんですか」
 ウルヴァシがおずおずと切り出した。
「誰も『狼』に殺されずに済むんですよね」
「それはー」
 クリスティーナだけでなく、
「ちょっと待って」
「それは最悪、初日から」
 アビマニュとラクシュミも異議を唱える。
「ツケが明日以降に回ってしまうの。『狼』が五人残っていたなら明日の夜一気に五人殺されてー」

・3日目朝 計14名 村人6 狼5 象3

「3日目の夜が来る前、会議後の処刑終了時点で『村人』の敗北で終わってしまう。ジョージのシミュレーションよりもっと悪い」
 解説しながら自分でも胸が悪くなる。済みませんと申し訳程度ウルヴァシが頭を下げた。
「あなたがまだこの忌まわしい場所の『ルール』をわかっていないのは当たり前のことだから、気にしないで。これからも気が付いたことは教えてくれるとうれしい」
 微笑んで見せる。アビマニュが、
「ここに『聖者』役の人がいるなら言っておく。『祝福』は『人狼』の残り人数が1人にならない以上、使っては駄目だ」
 確認しながら皆の様子を伺うが反応はない。前の時を含めいったい「聖者」は誰だったのだろう。「武士」も「タントラ」もいるのか、今回亡くなった中に入ってしまったのか。
 今度も役のカミングアウトはクリスティーナ以外はない。

「『敵』は短期決戦を考えているのかもしれない。食料在庫の話は聞いた?」
 アビマニュが言ったのは食材が前の初日より大幅に少ないとのアンビカの嘆きだ。
「野菜やアタにギーは前と同じくらい」
 つまり元々豊富ではないとアンビカは説明する。しかも、
「レトルトや加工食品系がかなり少ないから心配になった」
 食材庫まではクリスティーナも入ったが、前は壮観だったミネラルウォーターやスナック袋の並びがそれほどではない数に減っていた。
「今の人数なら一週間ほど。頑張って節約して、男の人たちにはちょっと我慢してもらって十日に延ばせるかっていうところです」
「……気を付ける」
 ファルハが肩をすくめる。彼女の食べる量は男性とトップを争うくらいだそうで、台所でアンビカから注意を受けているのが食堂でも聞こえた。
「ファルハだけじゃなくてみんなね」
 アンビカは微笑む。
「ベジの方も同じですか?」
「前の時の食材をきちんと覚えている人がいないから、比べられないけどー」
 ラクシュミの言葉にダルシカが俯く。
「今回の量はアンビカが言ったのと同じくらい」
 「血の汚れ」がなくなりラクシュミが台所に復活したのだろう。いつまで続くかはわからないが、ベジタリアン組にとっては慣れているらしい彼女の台所入りは幸運だ。
(「今の人数なら」って言った通り、減っていったならもう少し持つだけろうけど……)
 その自分の考えにまた嫌気がさす。
 ここにいる皆が平等に、訳もなくいきなり誘拐されてきた被害者同士、全員助かることが目標だ。なのにまたゲームに巻き込まれている。
(これでは「奴ら」の思うつぼ)
 暗い天井から下がる照明の笠が陰を落とす。

 どこかの大金持ちの「顧客」とやらに向けたビジネスとして「リアル人狼ゲーム」を見世物にしているのなら、前の邸宅の爆発と火事は大きなマイナスだろう。
 そこで金を使い過ぎたのか、高級ホテルめいた上質な白シーツは露店で売っていそうなおなじみの柄シーツへ、クローゼットの服の量も質も落ち、食材も同様。
 賭博の存在を指摘したのはラジェーシュだったかサミルか、ならば「連中」は顧客の怒りをおそれ「ゲーム」を中止出来ない。
 代わりに「人狼」を増やして速く勝負が着くよう工夫したのだろうか。
 連中への怒りは腹の下の熾火をして燃え続ける。

 今度の11番の少年も『人狼』役を宛がわれたのか。
「アルジュン。君も役は明かさなくても『人狼』でないと誓うことは出来る」
 ジョージが呼び水をさす。
 アルジュンは首を横に振るかと思いきや耐えるようにぶるっと震えそのまま口を継ぐんだ。
 何故反応しない。否定しない。やはり、
(今度の11番も『狼』なの?)
「もしかしたら、ジョージとアルジュンが『狼』?」
 上から目線で訊くラクシュミ、飽きたとの反応の何人か。だがその表情は硬い。間もなく会議の時間が終わる。
「おれは『人狼』じゃない。『村人』ならばおれに投票することは自分の首を絞めることだ」
 いつもの調子に戻ってジョージが念押ししたところで、
『二十二時半、投票の時刻になりました。今から一分間の間に今夜処刑したいと思う人の番号を入力してください』
 アナウンスが始まった。
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