リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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第4章 繰り返しへようこそ(新1日目)

4ー4 新しい処刑(新1日目会議後)

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『今夜処刑されるのは11番と決まりました。初日ですので処刑方法について説明します。なお、処刑される者は手段を選ぶことが出来ます。他のプレイヤーはその希望に従ってください』
 11番席のアルジュンを見た。
 ここからは今は顔が見えない。手先は小さく揺れている。
 今夜、初めて自分が票を投じた人間が殺されるー
(ああ神様)
 心の中で手を組む。そしてはっとした。
 この少年の恥ずかしがり屋らしいところも、のんびりとした話し方も、すぐに下がる眉も全て神が創り愛したもの。他の誰でもない、アルジュンという命は過去にもこれからもいない。
 かけがえのない命を軽んじる者を神は決してお許しにならないー
 重い衝撃がクリスティーナを殴り飛ばす。


『クリスティーナのこと、いつも祈っているからね』
『祈っているだけじゃだめ。行動するの!』
『……何も出来ないこともある。大人になればわかるよ』
『そうやって我慢して我慢して、私の孫の孫くらいで幸せになれるの? それまで私も私の子どもも皆不幸なまま人生を終わらなきゃらないの? そんなの我慢出来ない!』
 だから闘う。


 今まだ出来ることはないか。
 テーブルの面々を静かに見回すー実際には観察する。
 誰が「人狼」か、誰が「役持ち」で「象」なのか。小さなことでも集まれば事実が浮かび上がる、かもしれない。
 本来の「敵」、奴らはどう出るか。
 その出方で彼らの組織、規模、背景ー尻尾が掴めるかもしれない。ダルシカが家具のひとつからも正体を探ろうとしたように。


 ガラガラガラ。
(!)
 耳を驚かす音にはっと顔を上げる。
 長方形の建物の短辺方向、このテーブルに近い方の階段室隣でシャッター三つが同時に上がった。
 建物の左右には等間隔の柱が並び、その間はちょうど中央に一本入った幅と柱間隔が短くなっている。
 左側手前がベジタリアン食堂、右端が階段で、その間左の幅広いシャッターと、中ふたつの狭いシャッターが開いた。
 現れた金属の扉がぱかりと外に開くと、内側の扉が今度は横に開く。
『室内側から向かい右から火の部屋、水の部屋、風の部屋となります』
 よく見えない。席を立ち、アルジュンの背の後を過ぎて扉に近づく。
『火の部屋は火葬室も兼ねていて、二十分の間燃やし続けることが出来ます』
 中を覗く。
「前の火葬室と同じ?」
 後から来ていたアビマニュに聞く。自分は火葬の様子をあまりよく見ていない。
「ぴったり同じかはわかりませんがよく似ています」
(!)
 と内部の目の上の高さ、金属のプレートが目に止まった。

『水の部屋では内側がいっぱいになるまで水を注ぎます。1時間から1時間半で満杯になる見込みです』
 声に合わせて移動しこちらもドアから中を見る。ユニットバスや上階の個室パネルに似た黄色い壁の内側は透明な仕切りとドアで二重になっている。この中に水を注ぐということか。
「きゃっ!」
 天井の灰色の口から水の奔流が落ちた。跳ねた水が反対側から覗き込んでいたダルシカのジーンズの裾にかかる。水はすぐに止まり、アナウンスは最後の部屋に移る。
『風の部屋では首を紐にセットしてから台座にあるスイッチを押します。誰か蹴ってみてください。黒い台座の上部にある黄色い突起です』
 入口すぐの天井から首が入る大きさの白い縄がぶら下がる。真下にプラスチックの黒い台座があり、
 ボン! 
 指示通りにジョージが足幅の濃い黄色部分を蹴ると一瞬で台が奥にスライドした。レール上を動くらしい。

『これらの部屋は外側からは開きません。ただし、処刑者以外の者を故意に閉じ込めようとした時などはこちらから開けますので、悪用は出来ません。また、処刑完了した死体はこちらで引き取りプレイヤーの手は煩わしません』
(庭もなくて閉じ込められているからー)
 ジョージが指摘した通り処刑方法は完全に変わった。
 かえって死者の尊厳が損なわれるようで胸がざわつく。
『二十二時三十分から二十三時の間と、朝五時から七時の間、処刑以外で死亡したプレイヤーの死体もこの三室のどこかに収められたなら当方で処理します』
「埋葬!」
 アビマニュが叫んだ。
「様子を見る間、時間がある。五人は今弔った方がいい」
 階段室横、シーツが掛けられた五つの遺体に目をやる。
『11番、三つの部屋のどちらを希望しますか』
「…………嫌だ」
『希望がないようなので他のプレイヤーが部屋を選んで処刑を完了してください。では」
 ぷちりと放送が切れた。
「様子見ですよ。動かないでくれ」
 ゴパルがテーブルを見回して警告する。
「こっちは別件です! 亡くなった方を弔います」
 アビマニュが振り返りがてら叫んだ。


「水の部屋を使ったらどうか? そこは、苦しすぎる」
 処刑には良くない。
 ジョージの言葉に同意し、アビマニュは彼とふたりで遺体を運ぶ。
「待ってください!」
「遺髪を!」
 ダルシカとクリスティーナの言葉が重なった。
「手袋取ってくる」
 振り向くとうつむき出したアルジュンの姿が見える。
「おれが取ってきます。二階の方が近いですから」
 プラサットが階段へ走りやがて男性フロアの共同倉庫から白い手袋を抱えてきた。その間にテーブルの自分の席から筆談用に置いた布巾を持って来る。
「そんなに握り込んだらコンタミが……」
 ダルシカが顔を曇らせる。
「かっつり握ってしまっているから、プラサットさんの手の細胞とかが着いちゃってるかもしれないんです」
 指摘された彼は困ったように双方の顔を見る。
「握った上下の手袋はそのままで、ぱかっと開いて中は落としてくれる?」
「……はっ?」
「いいから落として」
 床を指す。薄緑のカーペットの上にぱさっと白手袋が落ちた。
「プラサットありがとう。ダルシカ、半分ずつ使おう。布巾に包んで、そこに性別や容姿の特徴も記入して」
「はいっ!」

 1(エーク)、2(ドー)、3(ティーン)……
 ダルシカが左、自分が右の遺体から髪の取得を開始する
「何やっているんだ!」
 ゴパルの叫びに、
「遺髪を!」
「髪を取ってる」
 またダルシカと重なって答える。女性の小さな悲鳴はウルヴァシかディヴィアか。横目に見えるトーシタではない。
「君たちは-」
 手を止めずひとりひとりの命の証をしっかりと引き抜く。
「DNA鑑定が出来ます!」
 ダルシカも手を動かしながら叫ぶ。
「どこにDNA鑑定が出来る設備があるっていうんです?」
 棘のある声、これはディヴィアだ。
「警察の捜査が入った時に」
 叫ぶというより響かせてダルシカは答えた。
 ひとり分を終え手袋を替えて二人目に移る。
「この人たちを大切に思う人がいる」
 髪を引き抜く合間にテーブルにちらりと視線を向け、また手元に戻す。
「姿を消した大事な人のことを今必死で探し回っている。行方不明で終わるのではなくせめてここにいたと証明出来るように、こうしてる」
「だったらクリスティーナさんも死んだら髪を引き抜いてもらうんですね」
「……そうだね」
 ディヴィアへの答えが少し遅れたのはためらったと思われたかもしれない。違う。
(私のことを必死に探す人は出るだろうか?)

 低い岩山と乾燥した大地。遠い緑の木々。
 屋根を連ねる家々。
 大人たちは耐えている。
 心を麻痺させようとしても苦しみは消えない。子どもにだってわかる。胸がいっぱいで破裂しそうだ!

 殴られたら痛いと叫ぼう。踏まれたらふざけるなと拳を振り上げよう。
 彼らはそもそも踏んでいることにすら気付いていないから。

 腕を組んで見下ろしたラクシュミ。アンビカの作った笑顔ー


(長髪、後ろひとつ縛り。中肉中背)
 布巾に特徴を書くペン先が滑る。
 説明の時に聞こえたタミル語は男性の声だった。遺体の中におそらくタミルの民同胞がいる。
(……)
 シヴァムの笑顔を思い出す。忙しく動くのは人を「殺す」罪悪感をごまかすためか、日本人狼の常套文句で「恐ろしい夜がやって」来るのを考えないためか。

『投票から五分が過ぎました。速やかに処刑を完了させてください』

 遺髪採取を済ませた遺体からアビマニュとラジェーシュが「水の部屋」に運ぶ。ふたりとも片足を外に残し、中に入れた遺体に手を延ばし体重をかけて奥に押し込むのは用心してだろう。
 アナウンスが流れた直後に全部の遺体を納め終わり、ラジェーシュが最初にスライドの透明なドアを閉じて丸いハンドルを回し、次に外開きの金属の扉を閉めた。
(……)
 今のところ「上」は動かない自分たちに何もしない。
 だがいつ首に薬の衝撃がくるかわからない。またも自分の体を蝕むか、一撃で命を奪うかもしれない。
 足が震えては止まることの繰り返しだ。

「女の子、ネパールの人だったかもしれません」
 タブレットに撮った写真をダルシカが示す。
 犠牲者にはひとり女性がいた。学生風の品の良いサルワール・カミーズを着た少女で、男性たちが倒れた後に木の覆いを椅子で叩き壊して「連中」の毒に殺された。
 金の縁取りの入ったリボン、灰色のしっかりした縫製のサンダル。
「リボンにMade in Nepalってあったので」
 確かめるとサルワール・カミーズはインド製だったが、サンダルと太い腕輪がネパール製だった。ムンバイ住みでネパール製品を多用する者はあまり多くない。
(外国人かも)
 せめて郷里に帰りたかっただろうに。
「布巾に書いた?」
「はい」

「狂っている……」
 この声はウルヴァシか。
「狂っているのはこの場を作った犯罪者連中。私たちは生き延びるために全力を尽くすだけ」
 返す。スンダルが、
「亡くなった人たちを放置する方が酷いよ」
 広間や共用の場所は夜間空調が切られ、遺体は一晩で見た目を変える。自分たちはそれも経験してきたと説明する。
「慌ただしく『処理』しているみたいで不愉快なのもわかる。だけど俺は、彼らの姿が変わり果てないうちに弔ってあげたいって思う」
 どういう人か知ることもなかったけどね、と加える。
「ここは文字通り閉鎖された場所です。ご遺体が傷めば病気の源にもなりかねません」
 マーダヴァンが切り出した。
 ストレスで免疫力は下がっている。冷房漬けもあって既に古株組は体調を崩し気味だ。
「この状況で感染症が蔓延したら、殺される前に悲惨なことになります」
 穏やかな彼の声。
「ドクターはいない。たいした経験もない看護師のわたしと家に置くような応急セットだけです」
 目を伏せて、
「それぞれの信じた神に送られる形で弔ってさしあげられないのは、わたしも申し訳ないとは思いますが」
「一応マントラは唱えたぞ」
 ロハンがぽつりと言う。
(この野郎のマントラに意味があるのかはわからないけど)
 ヒンドゥー教徒の慰めになるならそれもいい。

 遺体のことは理解出来る、と切り出したのはサラージ。
「おれはある会社と社長宅の両方の警備をやってますがー」
 ある時競合会社の雇ったならず者に社長邸が襲われた。使用人二名は広い邸内の倉庫で死んでいて、
「翌々日に発見されたのは臭いから。冬でもそうだからまして……」
 とアビマニュらの行動に理解を示す。
「この場が狂っている、ってクリスティーナさんの主張はよくわかった」
 ゴパルが指の背で眼鏡の弦を上げる。
「さっきの訴えで警察が動いて、速やかに助けが来ることをぼくは祈るよ」
 気休めだろう。警察の動き方など誰もがよく知っている。今日のうちに駆け付けるなどまずない。
「早く来て欲しい。助けて……」
 ウルヴァシが目の縁を拭った。


「時間があるから言っておきます。ジョージさん、さっきの計算は間違っていました」
「はっ?」
 席に戻ったアビマニュが切り出した。
 アルジュンは相変わらず凍ったようで時々顔だけを左右に動かす。
「『象』は三人ではありません。陣営としては三人ですが、『象使い』は村人カウントなので勝敗を決める際は村人として計算します」
「ああ!」
 頭に手をやるジョージ。少し軽い感じは投票での処刑を逃れたからか、今日からは手を汚す必要がなくなったためか。
(「人狼」だから投票でさえ殺されなければ死なないから?)
 わからない。
「ちょっと待ってよ!」
 ディヴィアが抗議の声をあげる。 
「今は命がかかった状況なの。亡くなった方のお弔いはともかく、そんな話は後にするべきじゃないの?!」
 アビマニュとジョージを交互に睨む。
「ここは狂っているのかも知れない。だけど自分まで狂うことはない。私は、まともな人間のままでありたい」
 語尾強く言い切り、隣でウルヴァシがうんうんと首を振る。
 このふたりは女性によくある仲良しさん状態を早くも作り上げたようだ。
 十代のダルシカとレイチェルもベジの台所で苦労するのもあってか何かと一緒にいるが、意見となればそれぞれの考えを表明する。
 こちらはディヴィアが影響下におきウルヴァシが依存しているようだが、いい社会人がと少しばかり眉をひそめたくなる。
「『ルール』を正しく理解しなければ命に関わるのよ。アビマニュの話はどうでもいい雑談とは違う」
 指摘したのはファルハだ。
「何か反応があったらすぐに対処しましょう」
 アビマニュの明るい声は意識してだろう。ふっと視線を上げ『連中』を暗示する。
「状況を忘れるべきでないのはディヴィアさんのおっしゃる通りです。ただ、これから三十分もせずに僕たちはばらばらの部屋に分かれます。その後生きて話が出来る保証はありません」
 あっとディヴィアが目を見開く。美人という顔だちではないがなかなか映える雰囲気だ。経理の中でもまとめ役的な職務らしいがこの存在感なら適任だろう。
「話せる機会は無駄にしたくないんです、わかってください。今が何の時間か忘れているわけじゃない」
 とアルジュンに目をやる。
「ここに連れて来られる前から『人狼ゲーム』を知っていた彼とクリスティーナさんの指摘は大切なの」
 ラクシュミも主張した。
「出来る限り聞いておきたい。アビマニュは論理的な議論をと努力する人だからその意味でも聞く価値がある」
 暗に自分が非論理的だと言われている気もするが、まあいい。
「わかるけど……。結構時間はあったのに今話すべきことだとは思わないよ。そういうことは事前に議論した方がいいんじゃないか」
 ゴパルは言い募る。
「そうですね。明日からは昼前にも一度会議を持ちましょうか。その時生きている人で相談しましょう」
 アビマニュの返しにアンビカが悲しげに唇を歪め、イムラーンは眉をひそめウルヴァシが手を口元にあてる。
(恐がっているけど彼女は理解している、か)

「では続けます。前にクリスティーナさんが言ったことなのですが、ひとつ訂正が必要ではないかと。『狼』は夜に襲えなければ『象』だとわかる、とおっしゃっていたと思うのですが、区別は付かないんじゃないでしょうか」
(あ!)
 自分も席に戻りアビマニュの話を聞き、誤りに気付く。
 夜の「噛み」でドアが開かなかったとして狙ったのが「象」だったからか、「武士」の守りが成功したのか、
「『聖者』が『祝福』をかけたのかもわからないと思います」
「……ごめんなさい。アビマニュの言う通りだ。訂正します」
 頭を下げる。
「それって、どういう意味があるんです」
 ディヴィアが問う。彼女は確認しないと気が済まない性癖らしい。
(いいことだと思う。とりわけ、このとんでもない所では)
「最初のカウントの話だったら、ジョージさんの計算より『村人』が負ける日にちが少し先になるという訂正です。余裕がないことには変わりありません。後の話は、僕たち『村人』と『象』陣営は誰が味方かすらわからない、『人狼』は味方が誰かだけはわかるってことです」
「それがどう『ゲーム』に影響します?」
「『狼』が『象』を計画的に処刑へ誘導することはあまり起きない、というくらいかな」
「……理解出来ていない。でも覚えてはおく」
 ディヴィアは生真面目に答えた。
(私たちは何をやっている?)
 少年に死ねと突きつけ、動揺を放置し、彼が生きられないかもしれない未来を相談するー

『投票から十分が過ぎました。速やかに処刑を完了させてください』

 皆の視線がぱらぱらとアルジュンに動きまた散る。
 彼は白い椅子の上でより身を縮める。
「ジョーテーシュ(インド占星術)で悪い日だとは知っていたんだが。お参りに行っておけばよかったか」
 サラージが嘆き、
「私は……、私が連れて来られた日は、将来につながる良い流れがあるって出ていたのに」
 レイチェルは口を尖らせラジェーシュが、
「災難でしかないよな」
 と慰める。日常の何でもない光景のようだ。
 何事も起きない空虚で一見平穏な時間が流れ、

『投票から十五分が過ぎました。速やかに処刑を完了させてください。このまま処刑がなされない場合は『ゲーム』の秩序を乱す者として全員を排除します』

 寒いほど効いた空調の下、膝で握った拳の中に手汗を感じる。とうとう警告をー
 ガタン。
 衝撃が体に走った。力が抜けた頭がテーブルクロスの上に叩き付けられる。視界が一気に暗く狭まり異様な胸の締付けに死の恐怖が頭をよぎる。
「っっっ!」
 お前の体は毒が乗っ取った、その証だと嘲笑して走る去るような耳後ろの脈の速さに無意識でブラウスの胸を掴む。
 ふうっと息遣いが聞こえて隣でエクジョットが身を起こし出すのが見えた。

『二十二時五十分までに処刑実行への動きが見えない場合、『ルール』違反としてプレイヤー全員を排除します』
 とつとつ。軽くテーブルが叩かれた。
 エクジョットが心配気な目で覗き込んでいる。
「ティーケ」
 大丈夫、とやっと声を絞り出し力の入りきらない腕で支えつつ身を起こす。
 一斉に首輪から例の薬を注入されたようだ。
 トーシタは両手で肩を抱いて大きな呼吸を繰り返している。ディヴィアはまだ起きださないが手がテーブル上を探り、その隣でウルヴァシが魂が抜けたように呆然と開いた目で凍りつく。
 サラージはテーブルの端を握り締めぎゅっと前方を睨む。
 左隣でゴパルは身を起こしながら咳き込んだ。
「薬の注入。これはまだ警告だから命に別状はないと思う」
 小声で告げるとまだ定まらない視線で頷く。
(アルジュンは注入されなかった?)
 彼は椅子の上でかしこまったまま、柔和で真面目そうな、学校では良い生徒だろうと思わせる横顔が見える。
 今の薬の脅しは、彼を殺せとの「連中」からのメッセージだからだろう。
 歯の根が合わない。小さな震えはもう止まらない。

「あんたらは俺たちの映像を見せ物にして、海外の金持ちに売り飛ばしているんだったよな」
 毒付くラジェーシュもいつもより口調が弱い。
「賭けもしてるんだろうよ。ここで全員殺しちまったら顧客の方々からクレームになるんじゃねえか」
 挑発的にコンクリートの天井を仰ぐ。
『あと四分。二十二時五十分には1から5番のプレイヤーを、五十五分には6から10番のプレイヤーを殺害します』
「!」
 テーブルに動揺が走る。処分でも排除でもなく、
(「殺す」と……)
 とうとう明言した。
 1番から5番にあたるのは3のラジェーシュと5のアンビカ、そして警備員サラージが2番だ。
(そんな……)


『残りの人数で十分楽しいゲームは出来ます』
(楽しい?!)
 クリスティーナの怒りを沸騰させた一瞬後、
『「リアル人狼ゲーム」においてルールは絶対です。違反プレイヤーへの警告は脅しではありません。賢明な行動を期待します』

 脅しではない。殺す。 と「上」は言っている。

 布巾に書いて押し出すとエクジョットが目を剥く。
「わかっただろう。もう限界だ」
 ジョージが立ち上がりアルジュンの席に回り腕を掴んだ。
「ロハン、手伝え」
 二人がかりで彼を立たせ三つの部屋の方に引きずっていく。
「嫌だ、嫌だ」
 左右に振る首の動きは次第に大きくなり背中から暴れるがロハンががつりと腕を固定し離さない。
「止めて!」
 ウルヴァシが半泣きで懇願、
「だったらどうする」
 ジョージが冷たく凄む。
「空いているのは火か風の部屋だ。どちらがいい?」
 ジョージは柔らかい口調でアルジュンに尋ねた。思わず立ち上がり身を乗り出して彼らを見る。
 天井扇風機の音がカラカラ響く時間が過ぎて、
「希望がないならそこだ。多分すぐ済む」
「!」
 引っ張り回すのも限界だったのだろう。火葬室へ勢いを付けてアルジュンを投げ込むと重たげな扉を音を立てて引き、すぐに外のドアも叩き付けて閉じる。
 バタン! ガタガタッ、と扉にぶつかる音がした。
 二秒ほどの後、扉右の黒い液晶に20の文字が点灯した。
(二十分……)
 前はあのような表示はなかったと的外れなことを思い、ドアにぶつかる音がすぐ聞こえなくなった意味に暗然とする。少年は今生きながら焼かれている。
 ジョージに「火葬」について指摘した時には残酷さが実感出来ていなかった。
(どうか、苦しまないで)
 偽善者めと自分を責める声がする。


 マーダヴァンが火葬室の扉の前にひざまずき合掌した。席から、立ったままと次々と祈りの姿勢がとられる。埋葬がないのならこれが最後の別れだ。
 両手を前にかざし目を閉じたイムラーンは懸命に口を動かし続ける。祈りの言葉かアッラーの名か。
 アンビカも眉を寄せ合わせた手に力を入れる。
 一方でこれで事は終わったと動き出す者たちもいた。ロハンはアビマニュに止められ、スンダルとプラサットが見張り役に付き添い処刑部屋とは反対側の階段へ歩き去る。


「それどこかへ動かして。ベジタリアン食堂はすぐそこなの」
 ラクシュミが「風の部屋」横に並べた遺髪の包みを指しダルシカに命じる。絡まれては可哀想かと足早に寄った。「火の部屋」の前で一瞬足を止めかけたが十字を切ることすら出来なかった。
 神は、愛するひとりひとりの命を奪うことを許さないー
「共同礼拝室で預かろう。私が持っていく」
 今回はヒンドゥー教徒とイスラム教徒の礼拝室以外は「その他」と広いカーペット敷きの部屋にまとめられている。

 神は、殺しを許さないー
 頭の中で鐘のようにその言葉が鳴り響く。

「それでいい?」
 意図せず睨むようになった視線にラクシュミは顎で頷く。だがその目は少し潤んでいる。

 焼かれているひとりの少年ー
 柵に揺れた心優しい少年の遺体ー
 助けられず。
 人殺し。


 時刻は二十二時五十分。
「早く自分の部屋に上がった方がいい」
 アビマニュが残る人々を見回した。
「十一時には部屋に入るのが『ルール』だ。明日の朝五時まで鍵はロックされる。……前の時だけど、時間になっても外にいたひとりは『連中』に殺された。気を付けて」
 サミルのことだ。
「女の人は三階で時間がかかるから、余計に余裕もって動いてほしい」
 口調に疲れたような乾きが滲む。
 ひとりまたふたりと反対側階段へと去り、火葬室の扉少し遠くに立ちつくすクリスティーナへ、
「お姉さんも早めに。トーシタにも気をつけてあげてくれると助かります」
「わかった。Good night. See you next morning」
 視線を合わせ、同じ言葉を彼は返す。明日の朝また顔を見られるようにと。
「何がGood nightよ。こんなー」
「あなたはこの投票で殺されなかった。生き延びられてGoodでしょう?」
 ディヴィアに言い捨ててラクシュミも足早に階段へ向かう。
 扉前に座り込んでいたマーダヴァンが立ち上がって服の埃を払う。
 オンマニペメフム、オンマニペメフム……
 チベット仏教のマントラを唱えていたトーシタもようやく身を起こした。
 彼女に時計を指差す。
「Go」


「カンナダ語、聞けば少しわかるよ」
 共に階段を昇りつつタミル語で伝える。多分あちらも何となくわかるだろう。
「恐いよね。私も恐い」
「……混乱しています。わたしは村の近く……わかりません。ムンバイのことも何もかも、大人の方たちみたいには知りません。なんでこんな目に……のか。わたしも、あのアルジュンさんという人も……」
 少年の名を呼ぶ声が震えた。
「トーシタ。誰もこんな酷い目に遭う筋合いなんてない。悪いのは誘拐犯の連中」
 コンクリート剥き出しで蛍光灯の下がる天井を踊り場から仰ぐ。
「皆で生き延びよう。その方法を探そう」
 少女の頬に少しだけ笑みが浮かんだ。
「Good night. See you next morning」

 偽善者め。
 いや。
 神様。
 
 ー私は許しを請わない。

 その代わり、許し難い罪人たちと闘う力を私に。
 今ここで苦しむ私たちに力を与えてください。

 「奴ら」は経験を積んでいる。
 この国でいったい何人が「リアル人狼ゲーム」で殺されていったのだろう。

 罪人に鉄槌を下すあなたの「仕事」に私たちを使ってください。
 ーアビマニュ、ラクシュミ、ファルハ。アンビカ、スンダル。ダルシカ……
  ゴパル、ディヴィア。トーシタ……
 彼らの表情と声、姿。生きることにもがくそれぞれの「命」を思い浮かべる。その生命が断ち切られることがないように。

 役を明かしているのは自分だけ。「人狼」がゲームを飲み込んでいるならーそして最低ひとりはもう実質四日目だからー今夜もかなり危険だ。会議の場でしばしば襲った震えは殺す罪深さから、殺される恐怖に移っていたかもしれない。
 それでも。

 子どもの時、マハーバーラタのお話を聞いた最初から納得がいかなかった。
 何故カルナが非難されなくてはならないのか。彼は修練を重ね強い武士となった。
 御者の子だから? バラモンだと偽ったから?
 それに彼は本当は由緒正しい太陽神の子。
 母親は同じで血筋の良さは神の側の戦士パーンダヴァ兄弟と同じだ。

 人は皆等しく由緒ある、太陽スーリヤチャンドラと大地の女神の子だ。
 虎と素手で戦えなくとも弓を良く射るどころか引き開けなくても、我らは地を進む。
(一度闘うことを引き受けたなら、死ぬまで戦士)

 ー最後まで闘う。
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