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第5章 疑惑へようこそ(新2日目)
5ー4 洗濯の流儀(新2日目午後)
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パッ、パッ!
一枚ずつ布巾を引き延ばし乾燥機へ入れていく。
白い布巾には縦横にボールペン跡が残るが思った以上に目立たない。再利用はいけそうだ。
しばらく視線を感じた後、ようやく背中から声がかかった。
「この後洗濯はいつするつもり?」
「わからない」
パッ、パッ。パサッ。
「だいたいの目安はあるでしょう」
「ラクシュミ」
手を止めて振り向く。
「この状況で明日以降の予定を立てる気にはなれない。その時聞いて」
今夜の会議で、または夜「狼」に噛まれ明日はいないかもしれないのに。
「近いうちに洗濯物が出る予定だから、頼みたいんだけど」
「お断り。洗濯ぐらい自分でして」
がっと目と眉が吊り上がる。
「洗濯機の使い方がわからなければ教えるよ。ここのはシンプルで使いやすいと思う。ただ、」
怒りをこらえる様子を平穏に眺め続ける。
「そのワンピースは洗濯機が使えない生地かもしれない。タグの表示を調べた方がいい」
国内有名ブランドの、綿以外に何か入っているような涼しげな生地だ。
(やっと着替える気になったのか)
普段着ているような上質な服が揃っていない(のだろう)ことに同情はするが―
「ドライ表示だったら、これにはドライモードがないから部屋で手洗いした方がいい。洗濯機が使える物だったとしても他の色物とは分けた方が無難」
洗濯機を指す。
「それと襟元は擦り洗いをした方がいいと思う」
「うちのメイドは洗濯機を使っているから大丈夫でしょう」
(使用人扱いか)
そしておそらく自覚してもいない。
「なら、そのお家のメイドさんがやっているのを思い出してやってみたら」
乾燥機をスタートさせるとごおっと機械音が響く。
「しらを切るのは止めて。私の分の洗濯も頼むって言っているの!」
「だからお断りっていったの。一番最初に」
期せずふたり当時に腕を組む。
「クリスティーナ。私は今あなたが言ったような知識を持っていない。技術がある人に頼んで何が悪いの?」
一瞬切り返し方を失った。
「人にはそれぞれの『仕事』がある。皆が出来ることを分担し合うのが社会でしょう」
諭す調子を聞く間に反論を組み立てる。
「洗濯してアイロンをかける。掃除してきれいにする、お料理をする。こういうものは人間誰もが知っていなくてはならない基礎だと私は思う。お金の数え方やスマホの使い方と同じ」
微笑んでみせる。
「ラクシュミが知らないことがあるなら、ここは別に見ている人もいないし、やってみるといいよ」
口うるさい親戚も誰もこの場にはいない。
「連中」は監視し続けるがあるべき生き方を説教したりはしない。
「……」
目を見開き今度は向こうが絶句する。
「あなたが洗濯するついででいい、って言ってるつもりなんだけど」
(とうとう理屈を失ったか)
「私の洗濯物には血が飛んでるかもしれないし、肉汁が落ちてるかもしれない。一緒でいいの? わざわざ分ける気はないよ」
ざっと目を動かしてみせるとラクシュミの顔色が変わった。
くるりと足から背を向ける。
言ってから気づいたが今は血が飛んだ服はない。例の邸宅に置き去りだ。
心なし肩をいからせ気味の背中に声を低めて告げた。
「後で話がある。この『リアル人狼ゲーム』の進行について」
先ほど思いついたアイデアを相談したい。反応してもらえなくてもいいか、くらいの気だったが、ラクシュミは精一杯の理性的な視線で振り向いた。この自制心は大したものだ。
(その前に洗濯くらいで激怒しないでほしいけど)
「アビマニュとジョージと一緒に話したい。夕食前に」
占いで「白」が出た人間という意図はすぐ飲み込んだようだ。
「わかった」
自室へと廊下を歩くラクシュミに追われるようにダルシカが奥に移動する。各ドアのレバーを拭いていたようだ。そこまでこまめにしなくともと思うが丁寧な作業ぶりは微笑ましい。ラクシュミとは大違いだ。
手前でさっと動いて閉まった扉は、
(アンビカの部屋だ)
会話を聞いていたのか。
このアイデアは誰が「人狼」でも変わらない。「狼」も「象」も自分たち「村人」も、それこそ出来ることを持ち寄って分担すればいい。
正直どこまで現実的かもわからない。まずは「白」の面々に考えを聞きたい。
アビマニュ、ラクシュミ、ジョージ。彼らはそれぞれ自分とは異なる視点を持っている。
背後の乾燥機の音に天井扇風機の音や下階の男性たちの気配がかき消される。
低く下がった電球の笠が並ぶ暗い廊下をクリスティーナはじっと見つめた。
一枚ずつ布巾を引き延ばし乾燥機へ入れていく。
白い布巾には縦横にボールペン跡が残るが思った以上に目立たない。再利用はいけそうだ。
しばらく視線を感じた後、ようやく背中から声がかかった。
「この後洗濯はいつするつもり?」
「わからない」
パッ、パッ。パサッ。
「だいたいの目安はあるでしょう」
「ラクシュミ」
手を止めて振り向く。
「この状況で明日以降の予定を立てる気にはなれない。その時聞いて」
今夜の会議で、または夜「狼」に噛まれ明日はいないかもしれないのに。
「近いうちに洗濯物が出る予定だから、頼みたいんだけど」
「お断り。洗濯ぐらい自分でして」
がっと目と眉が吊り上がる。
「洗濯機の使い方がわからなければ教えるよ。ここのはシンプルで使いやすいと思う。ただ、」
怒りをこらえる様子を平穏に眺め続ける。
「そのワンピースは洗濯機が使えない生地かもしれない。タグの表示を調べた方がいい」
国内有名ブランドの、綿以外に何か入っているような涼しげな生地だ。
(やっと着替える気になったのか)
普段着ているような上質な服が揃っていない(のだろう)ことに同情はするが―
「ドライ表示だったら、これにはドライモードがないから部屋で手洗いした方がいい。洗濯機が使える物だったとしても他の色物とは分けた方が無難」
洗濯機を指す。
「それと襟元は擦り洗いをした方がいいと思う」
「うちのメイドは洗濯機を使っているから大丈夫でしょう」
(使用人扱いか)
そしておそらく自覚してもいない。
「なら、そのお家のメイドさんがやっているのを思い出してやってみたら」
乾燥機をスタートさせるとごおっと機械音が響く。
「しらを切るのは止めて。私の分の洗濯も頼むって言っているの!」
「だからお断りっていったの。一番最初に」
期せずふたり当時に腕を組む。
「クリスティーナ。私は今あなたが言ったような知識を持っていない。技術がある人に頼んで何が悪いの?」
一瞬切り返し方を失った。
「人にはそれぞれの『仕事』がある。皆が出来ることを分担し合うのが社会でしょう」
諭す調子を聞く間に反論を組み立てる。
「洗濯してアイロンをかける。掃除してきれいにする、お料理をする。こういうものは人間誰もが知っていなくてはならない基礎だと私は思う。お金の数え方やスマホの使い方と同じ」
微笑んでみせる。
「ラクシュミが知らないことがあるなら、ここは別に見ている人もいないし、やってみるといいよ」
口うるさい親戚も誰もこの場にはいない。
「連中」は監視し続けるがあるべき生き方を説教したりはしない。
「……」
目を見開き今度は向こうが絶句する。
「あなたが洗濯するついででいい、って言ってるつもりなんだけど」
(とうとう理屈を失ったか)
「私の洗濯物には血が飛んでるかもしれないし、肉汁が落ちてるかもしれない。一緒でいいの? わざわざ分ける気はないよ」
ざっと目を動かしてみせるとラクシュミの顔色が変わった。
くるりと足から背を向ける。
言ってから気づいたが今は血が飛んだ服はない。例の邸宅に置き去りだ。
心なし肩をいからせ気味の背中に声を低めて告げた。
「後で話がある。この『リアル人狼ゲーム』の進行について」
先ほど思いついたアイデアを相談したい。反応してもらえなくてもいいか、くらいの気だったが、ラクシュミは精一杯の理性的な視線で振り向いた。この自制心は大したものだ。
(その前に洗濯くらいで激怒しないでほしいけど)
「アビマニュとジョージと一緒に話したい。夕食前に」
占いで「白」が出た人間という意図はすぐ飲み込んだようだ。
「わかった」
自室へと廊下を歩くラクシュミに追われるようにダルシカが奥に移動する。各ドアのレバーを拭いていたようだ。そこまでこまめにしなくともと思うが丁寧な作業ぶりは微笑ましい。ラクシュミとは大違いだ。
手前でさっと動いて閉まった扉は、
(アンビカの部屋だ)
会話を聞いていたのか。
このアイデアは誰が「人狼」でも変わらない。「狼」も「象」も自分たち「村人」も、それこそ出来ることを持ち寄って分担すればいい。
正直どこまで現実的かもわからない。まずは「白」の面々に考えを聞きたい。
アビマニュ、ラクシュミ、ジョージ。彼らはそれぞれ自分とは異なる視点を持っている。
背後の乾燥機の音に天井扇風機の音や下階の男性たちの気配がかき消される。
低く下がった電球の笠が並ぶ暗い廊下をクリスティーナはじっと見つめた。
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