リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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第5章 疑惑へようこそ(新2日目)

5ー5 女たちの語らい 附:会議の前に踊る(新2日目夜)

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『21:40 第三礼拝室前廊下』
 包丁くじを当てた!
 時間まで礼拝室で聖書をめくっていたが目が滑って頭に入らない。こういう時にこそ必要なのにと思えば情けない。そのまま受け渡し時間となり聖書を丁寧に閉じて礼拝室のドアを開けると、
「あ!」
 広間側から小走りに廊下へ入ってきたアンビカとぶつかりそうになった。
 ぱっと首からのけ反って彼女は距離を取る。
(……)
「大丈夫? ドアぶつからなかった?」
「大丈夫だよ」
 尋ねれば目を細めて微笑み、白い布巾を開いて包丁を上下に返し確認を促す。頷くと包み直して手渡してくる。腕を延ばしてー
 すぐに紺色のカーディガンの内側に収め、腕で軽く抑えた。

 そのまま留まったアンビカの視線を真っ直ぐに受け止める。少しして彼女は口を開いた。
「私は、クリスティーナさんへ近寄らないことに故がないと知ってる。だけど、それを破ってもし息子やうちの人に何かあったらと思うと……恐い」
 一度口を引き結ぶと、
「私は、臆病だ」
 注いでいた視線を下に落とす。
「無理して近づくことないよ」
 穏やかに返す。
「……ただ、ひとつお願いしていいかな。息子さんには、理由がないことを乗り越えられるように教えてあげて。お母さんとして」
 ゆっくりとその目が見開かれる。
「っっ!」
「!」
 柔らかい弾力がぶつかった。
 アンビカは首にすがり付いていた。続いて腕を肩から背中に回し力を込めてハグをする。
(……)
「あったかい。それにいい匂いがする」
 温かいのは同感だ。こそばゆくて、うれしい。だが、
「匂いは皆同じだよ。石鹸もシャンプーもアレだけだもの」
 ここにあるのはアーユルヴェーダ系の同一ブランドのみ。日に日に皆が同じ香りを振り撒き出すのを妙なものだと感じていた。
「ううん! クリスティーナお姉さんがいい匂いなの!」
 だがアンビカは言い張った。


「本当は大学に行きたかった」
 広間の端、礼拝室近くでクッションを置くすぐ近く隣り合って床に座る。
「あ、でもお姉さんみたいに勉強したいことがあったんじゃない。大学を出たらいい仕事に就けるかなとか、社会の中で格が上がるかなとか、見栄だよね」
 首を傾げてアンビカは笑う。
 将来の利益のために進学を志すのを見栄とは言わない、と自分は思う。厳し過ぎる。
「勉強はしたんでしょう。英語、とてもきれいだから」
「アハハ……。あれは、子どもの時全然駄目でこのままだと授業についていけなくなるって、Desiの家庭教師をつけてもらっていたの」
 先生が優秀だったとぱたぱた手を振る。


 父親が、早いほどいい縁談があるという考えなのは知っていた。
 高校卒業の年になっても何も言われなかったので大丈夫かと思い始めた頃、
『こんないい話はないぞ』
 と見合いが持ち込まれ、
「私はあきらめた」
 アンビカの声音は穏やかだ。
「うちの直接の取引先ではなかったから、利害関係で出た話じゃないのはいいかなと思った」
 会えば断る理由もなく速やかに話は進んだ。

「うちの学年で進学しなかったのは四人だけ」
 卒業と同時に結婚したのはアンビカともうひとり。彼女とはSNSでやり取りし時々買い物に出かけてはお茶を飲んでおしゃべりを楽しんだ。だが、
「その子は義理のご両親、特にお舅さんと上手くいかなくって。
『アンビカが悪いんじゃないってわかってるけど』
 私のことを憎んでしまいそうだからって、今は連絡をお休み中なの」
 進学した友人たちともSNSで繋がるが、
「……皆、課題やレポートで大変そう」
「最初は大変だと思う。大学のレベルに慣れるまではね」
(……)
 孤独とまではいかなくても淋しい気持ちが胸に伝わる。
 夜の会議は刻々と近づく。不安と恐れが自分たちに「本来いるべき場所」を語らせる。彼女は家、自分は大学。
「でもお 義父とうさんとお義母かあさんがいい人なのは本当。夫も口数は少ないけど誠実で優しくて尊敬出来る人」
 染めた頬は確かに幸せそうだ。
「息子も可愛いし不満はないよ」
 上げた顔の中で目が少し潤んだ。
「私、あの家に帰れるかな」
 意味はわかる。戻った女が家に受け入れられるかは、力を持つ者の判断次第だ。
「いい方たちなら大丈夫だよ。……もし、戻るまで少し準備が必要になったら、私の所に来て」
 お金はないけれど数日なら寮のゲストルームで匿える。
「ありがとう。でも私は実家とか親戚とか頼る所はいっぱいあって、大人だし自分で動ける。それよりも」
 無事に戻れたなら、
「未成年の子たちを助けてあげよう」
 ドゥパタで顔を拭って言う。
「そうだね」
 ここにいる間に女たちで連絡先を交換するのが良さそうだ。
「!」
 広間から歌声が流れ出した。定番のダンス曲で、主に男性たちが歌いながら踊り始めたようだ。
 ふたりで顔を見合わせて微笑む。
 音楽は心の爆発、今まで発生しない方が不自然だった。


「最近は教育もどんどんオンラインになってきた」
 学位を取れる大学はまだ少ないが遠くない内に当たり前になる。
 また日本に住むことは出来なくても、オンラインで研究に参加出来るかもしれない、と夢見ている。だからアンビカも、
「いつからでも勉強出来るようになるよ」
 口にしてからはっとする。
「ごめんなさい。今は新しい道を選んで進んでいるんだものね」
 押しつけがましかったかもしれない。本当に自分はいつも考えなしだ。
「……私は、家庭を切り盛りしたりお子さんを育てたりすることの本当の苦労はわからないから」
 まだ未知の世界だ。
 アンビカは明るい笑い声を立てた。
「それは私も同じ! クリスティーナさんが学位を取るのにどれだけ苦労したか、本当のところはわからないもの」
「頑張るのは頑張ったけど苦労とは感じなかったな」
 曖昧に首を傾ける。
 自分の立てた疑問には究極のところ自分しか答えられない。
 美しく悲しく歌い上げる日本の物語ストーリーと比べたなら、自分たちインド神話ストーリーから新しいものが読み出せるのではと思った、と説明する。
「ファルハやスンダルの分野とは違って文学はすぐには答えが出来ない」
 十年二十年は当たり前、
「私はまだ基礎固めの段階」


 先ほど「白」三人にアイデアを伝えたが反応は意外だった。
 ラクシュミは肯定的で、ただ、
『私はそちらの分野はわからない。立案はあなたが責任を持って」
 と投げ返した。
 アビマニュはどの程度効果があるのかと一番懐疑的だった。
 ジョージはお金の流れの点でいけるだろう、と積極的な姿勢を見せた。
『最近わかってきたところですが……。夢見がちなことを言う人かと思ったら結構リアリストなんですね』
 多少皮肉交じりかもしれないが気にせず笑い飛ばした。
『貧乏だったから!』
『貧乏だからこそ現実を直視しない空想家は何人も見ました。あなたは現実派だから成功したんでしょう』
(成功?)
 ジョージからはそう見えるのだろうか。
 貧乏なら頭を押さえ付けられて現実という地面を這いずらざるを得ないー思い込んでいたが違うのか。

 身に付けた技術で収入を得ているという意味では「成功」か。
 だが今はまだ語学講師だ。研究者・学者として認められ、プロフェッサーになって初めて成功者だと思う。
 自分の問いに自分なりに答えが出て、それが人々を軛から解き放つ力になれたならー

 ひとりでも、ふたりでも。
 沢山の人が幸せになれたならもっとうれしい。
 そう実感出来たなら、世間の評価など関係なく自分の「仕事」を全うした本物の「成功者」になれる。
 道は遠い。このような所で断ち切られる訳にはいかない。
「一歩一歩、積み上げてる」
 真っ直ぐ前を見て語った自分にアンビカがまた首に腕を回してきた。



 包丁を部屋に置いて戻っても広間の歌と踊りはまだ終わっていなかった。
 会議の前、それくらいしないとという気持ちはよくわかる。
「酒も飲まずに『Alcoholia』が踊れるか~!」
 叫ぶロハンにイムラーンが嫌な顔を見せる。
 自分が近寄るなりぎょっと動きを止めるロハンに、
「リティクは踊れるでしょう?」
 耳打ちして、
「リティクSir.と比べられても-」
 呟きは無視、通り過ぎて自分も踊りの輪に入る。
 スンダルはキレはあるが左右手足ばらばらなダンスで暴れ、エクジョットはのびのびと、ダルシカとレイチェル、ロハンとプラサットはそれぞれ組んで踊ってリズムと笑顔を合わせる。
 ラディカの高い声での歌は先ほどから男性たちの声にかき消されずよく響く。
 (私は歌の方は……ほどほどに)
 音だけでなくリズムもよく外すことはよく知っている。
 回転すれば、つまらなそうな顔で席から眺めるラクシュミの顔がちらりと見えた。


 と、彼女がするすると広間に進み出て手のひらを下に抑える仕草をする。
 声と動きが止まったところで、
「タ・タ……」
 自分でリズムをとりながら静かに踊り出した。
(……)
 チェンナイでよく見たものとは違う北部の古典舞踊だ。
 手で作った印が空を舞い、上げた足が静止してはタタとカーペットの床を叩く。
 台所から姿を見せたアンビカらリズムのわかる者は拍手で、またテーブルを叩いてラクシュミの舞いに合わせる。
(!)
 クリスティーナはただただ見つめた。
 寺院彫刻が時空を越えて現前したようだ、と言葉になったのは大地の神への感謝で締め舞踊が終わった後だ。
 拍手の中、ラクシュミは何事もなかったようないつもの顔で真っ直ぐテーブルへ戻って行く。
「美しい……」
 通り過ぎる彼女に零すといつになく柔らかい表情で微笑んだ。
『会議の五分前になりましたー』
 無粋なアナウンスが余韻を切り裂き現実に引き戻す。


 最後は誰ともなく全インド的に流行った映画のダンス曲が歌われだした。
 普段のように体力を使い果たしたらこの後頭が働かなくなる。出来る限り省力を試みた。
 それでも今は手足に籠もる命が体を踊らせる。
 不安を踏み、恐怖を腕で切り「英雄の歌」をヒーローでもヒロインでもない自分たちが歌う。
 床を蹴り、飛び跳ねては身を反らす。
 ヒンディー語版で歌う者が一番多いが自分とイムラーンはタミル語版を、本家テルグ語はさすがファルハとラディカがノリノリだ。カンナダ語で歌い踊るトーシタと目が合い笑むと瞬時に表情を凍らせた
 アンビカとラクシュミに温められた心を冷やす反応の真意は、間もなくの会議で知らされた。

 
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