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第5章 疑惑へようこそ(新2日目)
5ー7 夜 チャンドリカ(新2日目)
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シャワーを浴び終わる。
天井のカメラから部下が自分の裸を見ていただろうが、同性なら何の問題もない。鍛えたスタイルは見せつけて自慢したいくらいだ。締まったウエスト下には薄く腹筋が見え、背中側も小ぶりな腰への曲線は我ながら見事だと思っている。
寮という名の牢獄とモニター室との往復ばかりの監視人には得られないボディだ。
作業用に水色のTシャツと紺のジャージに着替えた。
シャワーヘッドでユニットバス天井の点検口を下からつつくとぽかりと穴があく。大丈夫、「ルール」は守っている。接着されないのが仕様なので壊してはいない。
直径三十センチ強、少しばかり楕円を帯びた開口部からまずはタブレットを差し入れる。
次にハンガーふたつをガムテープで繋げ、よじったタオル二枚を結んだ「昇降セット」のハンガー部分を開口の端にさし掛ける。タオルを握ってからは少しばかり体力がいる。腕の力で少しよじ登ると体を揺らして勢いをつけ、両足をハンガーと反対側の開口部に上げる。成功した!
「……っっ……っ……」
タオルを握ったまま足を先に進め、尻がユニットバスの天井に乗っかれば後は楽だ。
ここへの納入前に倉庫で散々練習した甲斐があった。
完全に開口部を通った時の時間はタブレットで二十三時五十八分。
ユニットバスの周りには天井用の化粧板が貼られている。コンクリートと天井板との間は約七十センチ、梁の走っている部分だけが狭いが這えば問題なく移動出来る。
タブレットの光で自室と廊下を区切る梁あたりを照らすと、あらかじめ蛍光塗料で書いておいた部屋の位置を示す数字と記号が現れる。
ルールを守り、日付が変わったのを確認してから移動を始めすぐ目標の部屋に着く。ユニットバスの開口部から侵入、昇降セットはそのままにポケットに差し込んでおいた拳銃を握り、音を立てぬようバスルームのドアを開く。
暗い寝室には空調の低い音のみが響いていた。
出発前に画像を確認した時、目標は枕を横抱きに上掛けシーツの中で体を縮こまらせて眠っていた。腹が立つほどの余裕だ。
一度バスルームの床に置いたタブレットを左手に取る。
(うっ)
バスルームが乾ききっていなかった。濡れた感触が気持ち悪い。
掴みかかられない程度の距離までベッドに近づく。ハリーの二の舞はごめんだ。
タブレットの明かりで様子を見ると先ほどと同じ姿勢で横たわっている。
立ち位置と狙う方向を定め、またタブレットをカーペット上に置く。
両足を開いて力を入れ、両手でしっかりと拳銃を握って狙いを付けた。
ダン! ダン、ダン!
三発。
銃の反動を手首に感じたまま部屋の入口にあるスイッチを入れると、ベッド上で目を開き片手を半端に伸ばした目標の姿が目に入った。
タッタッと近づき手袋をした手で首元に触れる。脈はない。成功だ。
電気を消すついでに部屋のドアを十センチほど開けてすぐに締める。
万一廊下の天井板が落ちて実はドアが開けなかった、などのアクシデントがあったなら侵入ルートが疑われる。
(別にバレても構わないんだけどね)
接着していないユニットバスの開口からはプレイヤーも天井裏に昇れる。既定時間の「人狼」以外が自室の範囲から出たらすぐに処分するだけだ。
来たルートで自室に戻り、バスルームに降り立った時間は〇時十一分。
再度シャワーを浴びるとうさぎ柄のパジャマでベッドに潜る。隠しカメラは外側に折り込み、シーツの下でタブレットからチーフ席PCに接続する。
モニター室でも目標の殺害を確認したようだ。
一発目は急所を外し、目を覚ました目標は訴えるように手を延ばして死体になった。言おうとしたのは「待って……」か「約束が違う」か。
(約束なんて守る訳ない)
チーフ席PCにはハリーの診察結果も届いていた。
放置すれば失明の可能性もあったが今処置すれば問題ないとのこと、ほっとする。
部屋を出る前に見た時には、彼が「火の部屋」外で現場監視員たちに保護され、車を乗り換えて病院に着いたところまでが報告されていた。
ハリーが今夜の会議で、とりわけ中盤以降やる気を失っていたのは感じていた。あれでは「人狼」嫌疑からは逃れられない。本気なら彼の頭脳であの程度で済ますはずはない。
早く「処刑」対象になってこの場を去り治療を受けたかったのだろう。
昨夜はリアルタイムで動画を追っていた。
ハリーが自室に逃げ戻ることに成功し、モニター室からの操作でサラージが処分された後すぐタブレットから連絡を入れたが、返信はなかった。
モニター室からの報告要請にも反応がない。
プレイヤー用の首輪では脈を確認しているので生存は間違いない。
直接様子を見てくれとの自分への依頼は、ハリーとの役割分担を説明して断った。
ようやく理由がわかったのは昼になってからだ。
プレイヤーたちと部屋へ様子を見に行った時、光で目が痛い、タブレットはとりわけたまらないとハリーは訴えた。これは自分へのメッセージだとチャンドリカは理解した。
状況報告どころかメッセージの確認すら出来ないのなら仕方がない。
投票結果が出て、ハリーはロハンとプラサットに引き立てられて火葬室に入り、反対側のドアから監視員が救出してから20分のカウントへのスイッチが入れられた。
このように便利な仕組みだが、生々しい殺人場面や無惨な死体を顧客たちが見る機会が減ったと文句も出ている。今夜の自分も含めて「人狼」は確実性と安全確保の点で銃ばかり使いたがるが、工夫が必要そうだ。
潜入スタッフを当てる掛けの期限はやむを得ず今夜までに短縮されたが、それでもあまり意味のない結果になりそうでブックメーカー部は文句たらたらだ。
『なら次はあなた方から『ゲーム』に入ってみる?』
と返したら詫びを入れてきたが。
潜入前、カトリックのハリーがヒンドゥー教徒になりすますためと請われて講義をしたが、発揮される機会もなかった。
『別に変えなくてもいいのではと思うのですが』
『キリスト教徒が多すぎる。世間の割合からあまり外れたくないんだ』
キリスト教徒は犠牲者が出ていないため、そのままハリーが加われば四人になるところだった。彼のこの手の細かいこだわりは尊敬する点だが、ともあれ残るのは自分のみだ。途中退場した彼とは違い、最後まで残った勝者として「ゲーム」を終えよう。
会社は必ずそれに報いるだろう。実力主義がこの職場の良い点だ。
学生時代、学費と生活費稼ぎにコールセンターで働いていた。最初に就職した先が法改正のあおりで潰れた時、一時しのぎにと戻ろうとした。新しい業務を立ち上げるから正規スタッフにならないかと誘われたが、そこに法的問題があることもほのめかされた。
『それがもし、この国を売るようなことでしたら乗れません。私は愛国者です』
『それと明らかに人々を不幸にするよような、例えばダムを破壊して何万人が犠牲になるようなことも出来ません』
チャンドリカは正義感が強いんだ、とボスは面白そうに言った。
『最大多数の最大幸福を求めるのかな』
『何が最大なのか私には曖昧に思えます。自分が立つこの場から判断することしか出来ません』
その答えに満足したとボスは採用を決め、チャンドリカをこの業務のオープニングスタッフへと招いた。
初めて人を殺したのはいつだっただろうか。
無教養な人間だからこそ雇った監視人たちの中に、「舞台」設営に関わった人夫たちに、中途半端に賢くふるまおうとして業務妨害する者が出た時だ。
後から聞けばボスやハリーたちは自分を心配したそうだが、何のことはない。
人は弱者から死んでいく。
子どもの頃、仲間と工夫して団地の水道の水漏れをなくす方法を思い付いた。結果、団地の水道代は減ったが、そこから水を取っていた別の住人たちが死んだ。
飢饉が発生し、熱波が到来した時死ぬのは金がなく、まともな家がない者たちだ。交通事故は良い車に乗れない者たちが犠牲になり、政治家の気まぐれで法が変われば気鋭のベンチャービジネスはあっという間に終わり、放り出された自分も弱者だった。
生き残るために必要なのは強くなること。
『リアル人狼ゲーム』のようにルールが定まったお行儀のいい実験室とは違う、本物の戦いが世界にはあふれている。連れて来られただけで弱者で、ここですら生き延びられないような奴は遠からず死ぬ。馬鹿な監視人たちと同じレベルだ。
悔しければ努力して這い上がってくればいい。
(私のように)
明日からは面白い趣向が始まる。顧客の方々が気に入ってくれるといいのだが。
天井のカメラから部下が自分の裸を見ていただろうが、同性なら何の問題もない。鍛えたスタイルは見せつけて自慢したいくらいだ。締まったウエスト下には薄く腹筋が見え、背中側も小ぶりな腰への曲線は我ながら見事だと思っている。
寮という名の牢獄とモニター室との往復ばかりの監視人には得られないボディだ。
作業用に水色のTシャツと紺のジャージに着替えた。
シャワーヘッドでユニットバス天井の点検口を下からつつくとぽかりと穴があく。大丈夫、「ルール」は守っている。接着されないのが仕様なので壊してはいない。
直径三十センチ強、少しばかり楕円を帯びた開口部からまずはタブレットを差し入れる。
次にハンガーふたつをガムテープで繋げ、よじったタオル二枚を結んだ「昇降セット」のハンガー部分を開口の端にさし掛ける。タオルを握ってからは少しばかり体力がいる。腕の力で少しよじ登ると体を揺らして勢いをつけ、両足をハンガーと反対側の開口部に上げる。成功した!
「……っっ……っ……」
タオルを握ったまま足を先に進め、尻がユニットバスの天井に乗っかれば後は楽だ。
ここへの納入前に倉庫で散々練習した甲斐があった。
完全に開口部を通った時の時間はタブレットで二十三時五十八分。
ユニットバスの周りには天井用の化粧板が貼られている。コンクリートと天井板との間は約七十センチ、梁の走っている部分だけが狭いが這えば問題なく移動出来る。
タブレットの光で自室と廊下を区切る梁あたりを照らすと、あらかじめ蛍光塗料で書いておいた部屋の位置を示す数字と記号が現れる。
ルールを守り、日付が変わったのを確認してから移動を始めすぐ目標の部屋に着く。ユニットバスの開口部から侵入、昇降セットはそのままにポケットに差し込んでおいた拳銃を握り、音を立てぬようバスルームのドアを開く。
暗い寝室には空調の低い音のみが響いていた。
出発前に画像を確認した時、目標は枕を横抱きに上掛けシーツの中で体を縮こまらせて眠っていた。腹が立つほどの余裕だ。
一度バスルームの床に置いたタブレットを左手に取る。
(うっ)
バスルームが乾ききっていなかった。濡れた感触が気持ち悪い。
掴みかかられない程度の距離までベッドに近づく。ハリーの二の舞はごめんだ。
タブレットの明かりで様子を見ると先ほどと同じ姿勢で横たわっている。
立ち位置と狙う方向を定め、またタブレットをカーペット上に置く。
両足を開いて力を入れ、両手でしっかりと拳銃を握って狙いを付けた。
ダン! ダン、ダン!
三発。
銃の反動を手首に感じたまま部屋の入口にあるスイッチを入れると、ベッド上で目を開き片手を半端に伸ばした目標の姿が目に入った。
タッタッと近づき手袋をした手で首元に触れる。脈はない。成功だ。
電気を消すついでに部屋のドアを十センチほど開けてすぐに締める。
万一廊下の天井板が落ちて実はドアが開けなかった、などのアクシデントがあったなら侵入ルートが疑われる。
(別にバレても構わないんだけどね)
接着していないユニットバスの開口からはプレイヤーも天井裏に昇れる。既定時間の「人狼」以外が自室の範囲から出たらすぐに処分するだけだ。
来たルートで自室に戻り、バスルームに降り立った時間は〇時十一分。
再度シャワーを浴びるとうさぎ柄のパジャマでベッドに潜る。隠しカメラは外側に折り込み、シーツの下でタブレットからチーフ席PCに接続する。
モニター室でも目標の殺害を確認したようだ。
一発目は急所を外し、目を覚ました目標は訴えるように手を延ばして死体になった。言おうとしたのは「待って……」か「約束が違う」か。
(約束なんて守る訳ない)
チーフ席PCにはハリーの診察結果も届いていた。
放置すれば失明の可能性もあったが今処置すれば問題ないとのこと、ほっとする。
部屋を出る前に見た時には、彼が「火の部屋」外で現場監視員たちに保護され、車を乗り換えて病院に着いたところまでが報告されていた。
ハリーが今夜の会議で、とりわけ中盤以降やる気を失っていたのは感じていた。あれでは「人狼」嫌疑からは逃れられない。本気なら彼の頭脳であの程度で済ますはずはない。
早く「処刑」対象になってこの場を去り治療を受けたかったのだろう。
昨夜はリアルタイムで動画を追っていた。
ハリーが自室に逃げ戻ることに成功し、モニター室からの操作でサラージが処分された後すぐタブレットから連絡を入れたが、返信はなかった。
モニター室からの報告要請にも反応がない。
プレイヤー用の首輪では脈を確認しているので生存は間違いない。
直接様子を見てくれとの自分への依頼は、ハリーとの役割分担を説明して断った。
ようやく理由がわかったのは昼になってからだ。
プレイヤーたちと部屋へ様子を見に行った時、光で目が痛い、タブレットはとりわけたまらないとハリーは訴えた。これは自分へのメッセージだとチャンドリカは理解した。
状況報告どころかメッセージの確認すら出来ないのなら仕方がない。
投票結果が出て、ハリーはロハンとプラサットに引き立てられて火葬室に入り、反対側のドアから監視員が救出してから20分のカウントへのスイッチが入れられた。
このように便利な仕組みだが、生々しい殺人場面や無惨な死体を顧客たちが見る機会が減ったと文句も出ている。今夜の自分も含めて「人狼」は確実性と安全確保の点で銃ばかり使いたがるが、工夫が必要そうだ。
潜入スタッフを当てる掛けの期限はやむを得ず今夜までに短縮されたが、それでもあまり意味のない結果になりそうでブックメーカー部は文句たらたらだ。
『なら次はあなた方から『ゲーム』に入ってみる?』
と返したら詫びを入れてきたが。
潜入前、カトリックのハリーがヒンドゥー教徒になりすますためと請われて講義をしたが、発揮される機会もなかった。
『別に変えなくてもいいのではと思うのですが』
『キリスト教徒が多すぎる。世間の割合からあまり外れたくないんだ』
キリスト教徒は犠牲者が出ていないため、そのままハリーが加われば四人になるところだった。彼のこの手の細かいこだわりは尊敬する点だが、ともあれ残るのは自分のみだ。途中退場した彼とは違い、最後まで残った勝者として「ゲーム」を終えよう。
会社は必ずそれに報いるだろう。実力主義がこの職場の良い点だ。
学生時代、学費と生活費稼ぎにコールセンターで働いていた。最初に就職した先が法改正のあおりで潰れた時、一時しのぎにと戻ろうとした。新しい業務を立ち上げるから正規スタッフにならないかと誘われたが、そこに法的問題があることもほのめかされた。
『それがもし、この国を売るようなことでしたら乗れません。私は愛国者です』
『それと明らかに人々を不幸にするよような、例えばダムを破壊して何万人が犠牲になるようなことも出来ません』
チャンドリカは正義感が強いんだ、とボスは面白そうに言った。
『最大多数の最大幸福を求めるのかな』
『何が最大なのか私には曖昧に思えます。自分が立つこの場から判断することしか出来ません』
その答えに満足したとボスは採用を決め、チャンドリカをこの業務のオープニングスタッフへと招いた。
初めて人を殺したのはいつだっただろうか。
無教養な人間だからこそ雇った監視人たちの中に、「舞台」設営に関わった人夫たちに、中途半端に賢くふるまおうとして業務妨害する者が出た時だ。
後から聞けばボスやハリーたちは自分を心配したそうだが、何のことはない。
人は弱者から死んでいく。
子どもの頃、仲間と工夫して団地の水道の水漏れをなくす方法を思い付いた。結果、団地の水道代は減ったが、そこから水を取っていた別の住人たちが死んだ。
飢饉が発生し、熱波が到来した時死ぬのは金がなく、まともな家がない者たちだ。交通事故は良い車に乗れない者たちが犠牲になり、政治家の気まぐれで法が変われば気鋭のベンチャービジネスはあっという間に終わり、放り出された自分も弱者だった。
生き残るために必要なのは強くなること。
『リアル人狼ゲーム』のようにルールが定まったお行儀のいい実験室とは違う、本物の戦いが世界にはあふれている。連れて来られただけで弱者で、ここですら生き延びられないような奴は遠からず死ぬ。馬鹿な監視人たちと同じレベルだ。
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