リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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第9章 生存への闘争(新6日目)

9ー5 踏みにじる(新6日目夜)

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 幸せだった頃の夢を見た。
 守られ、何もかも満たされていて、全てを手に入れている。

 おかしいと思った。自分は「現世的」には幸せなはずだ。ならばこの記憶は何だろう。とうとうアートマンの元に帰り着いたのか。

 その筈はない。まだまだ足りないところが多すぎる。
 ならば撃たれて死んで天界に来たのか。
 これはまずい。ラクシュミは焦った。
 天界は美しく豊かな世界でそれ故慢心し修業を怠り、カルパの後生まれ変わる際には転落する魂も多い。
 人間世界でも満足に修養出来なかった自分が天界など余程身を律さなければー

「アッカ! ラクシュミアッカ!」

 冷や汗をかくラクシュミに異郷の、だが妙に聞き慣れた単語が聞こえてくる。
 お姉さんという意味のタミル語だった筈だ。
 その言葉に続けて自分の名が呼ばれる。前にも同じことがあった気がするがー

「ラクシュミさん居ましたっ! ……アッカ!」

 目を開けるとすぐ前に男の顔がありぎょっとした。

「良かった! お怪我なさっているとのことですがお具合は如何ですか」

 イムラーンか。
 男、というほどでもない少年の容貌はタブレットからの小さな光ではわずかしか見えない。頷くことしか出来ないのは、
(そんな近くにいられたら起き上がれない。というより、)
「大きな声を立てない。奴らに見つかる」
 這うように低く。それから、
「スンダルに置いて行かれた……」

「もう大丈夫ですよ、声を出しても」
 寄ってきたマーダヴァンが言い、アンビカがさりげなくイムラーンをどけて支え起こす。
「っう……」
 姿勢を変えればまた腕が痛む。
「スンダルならそこにいるよ!」
「大丈夫ですか。三人目を攻撃するのに距離が必要で車を走らせました」
 バックミラーに男の影が見えたからと立ったままスンダルが言った。


 勿論嘘だ。
 男の影を認めたのはルーターを轢いた時ではなく、角を曲がり坂道にハンドルを切った時だった。
 多少迷いつつも下り道へ取り付いた時にはスンダルはすっかりひとりで逃げる気になっていた。その瞬間ミラーの中に影を見て、おそらくプロのこいつは追いつけない自分は追ってこない。だが痛めつけられた仲間二人を見たならー「連中」の指示がどうだろうとー建物内を制圧=出来る限り殺害するだろう。
 思った時、
(ちょっと寝覚めが悪いかな、程度だったんだけどね)
 タイミングを計るために坂を少し下り、その後戻った角で方向転換すると一気に加速した。角を曲がり切れる程度でと思ったが計算ミスで木を掠めスピードを落としたが遠く自分たちがいた建物近くに男を見つけた瞬間に強くアクセルを踏んだ。
 背を向けて逃げるアーマーの男を難なく跳ね、宙を飛んで壁にぶつかり倒れたところをもう一度しっかりと轢いた。モバイルルーターと同じように。
 降りてから男の死を確かめた。人を殺したのは初めてだが何とも思わなかった。
 あの家から自分を助け出してくれなかった世界の全てが敵だったから。

 また足手まといたちと合流してしまった訳だが、
(まあいいか。切りたくなればいつでも切れる)


 説明出来ず済みませんでしたとスンダルは頭を掻く。
 多少釈然としないー時間が合わないー気がするが車と運転手がここにいるならラクシュミとしては構わない。
 残りの作業員ふたりも仲間の後を追って逃げたようで今とりあえずこの場は安全だという。
「腕は骨折していなければいいのですが」
 かがもうとするマーダヴァンを手で制し自分が立ち上がる。
「そちらは何とかなりそうだけど、多分撃たれた」
 アンビカがぎょっとこちらを見る。
 ねじられただけにしては痛み方がおかしかった。ひりつきが走ってすぐ木にぶつかった時、当初木の幹でこすってで怪我をしたと思い込んでいたが、どうやらその時弾に当たったようだ。
「腕を見せていただいていいですか」
「それより移動が先!」
「先に車へ!」
 マーダヴァンの伺いにラクシュミとスンダルの声が重なった。


 番号の腕章を外し、皆が使っていたタブレットも地面に散らした上を轢いて軽トラックは進み出した。
 自分たちを縛っていた物を踏みにじって漆黒の夜道に下りていく。
 しばらくは皆無言だった。
 運転はスンダル、助手席にアンビカ。水やスナックや少しの布など、そして追っ手に攻撃された時にとスンダルがバイク一台ほかいくつかを乗せて狭くなった荷台にラクシュミとマーダヴァン、イムラーンが乗った。
 追撃された時の「道具」の使用方法はスンダルから聞いたが、やることが多くやはり本人がこちらに居た方が良さそうだ。

「撃たれたというよりかすったようです」
 マーダヴァンに診てもらい始めたのは、用心して三つ目の合流可能地点でやっと国道に上がり、揺れが酷くなくなってからだった。
 かすった程度で騒いだのかと思えば少々決まりが悪い。
「銃弾の勢いはかなりのものでしょうから、かすっただけでも大事ですよ」
 見透かしたように言う。
「……っっ……」
 消毒液がしみる。
 ライトで照らした腕の部分では袖が大きく血で汚れていた。気に入っていたがこのワンピースはもう駄目そうだ。
 荷台反対側の端ではイムラーンがライフルを構えて警戒している。
 武装警備員から奪ったライフル三丁に加え、レイチェルからの小銃とリボルバー、予備の弾丸と武器だけはそれなりに豊富だ。
 ロハンたち第一陣は彼が持ったライフルと、壁ボードを壊して入室したウルヴァシの部屋の箱からの小銃とリボルバーを持っていったという。(他の「人狼」、アルジュンとゴパルの部屋にも侵入したが箱は残っていても中は空だったとマーダヴァンが語った)

「スンダル! 落ち着いたら運転代われそう!」
 運転席へ向かって叫ぶ。
 丁寧に包帯を巻いてもらった腕は動くようになり、先ほど計った熱は三十七度台で少し寒気は感じるが元々平熱も高くたいした状態ではない。
 夜の国道は行き交う車もまばらでそれも不安を煽る。
 追っ手の襲撃を受けても通報してもらえる可能性はまずない。
「じゃあ、次の信号で!」
  出発前に武装警備員の携帯で現在地やマップを確認した。ムンバイまで三から五時間という爆弾魔、いやスンダルの情報は間違っていなかった。
 自分たちが布巾のやり取りで「彼ら」を欺いたのと同様に、向こうもわざと誤情報を覗かせているということはないのかーラクシュミの懸念だったが、情報を盗まれていたとも知らない単なる間抜けだったようだ。
 その程度の連中に命も含めて好き放題踏みにじられたと思えばまた怒りに襲われる。

 荷台は風も当たり、思ったより暑くなく心地良いドライブだ。順当に行けば朝が来る前にムンバイにたどり着ける。
 ただし、このまま無事に済むことはあり得ないとラクシュミは目を眇めた。

 
 
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