リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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第10章 ムンバイへの道(新7日目)

10ー3 馭者(新7日目)

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 もし今、首輪の針で私が殺されたら……運転手を失った車は暴走する。
 歩いて来る酔っ払いらしい二人連れを避け、ラクシュミは慎重に右折した。
 彼らが「連中」の差し金だとも限らない。左側の赤っぽい車がそうだともー
 バックミラーで見ると、二人組はこちらの後を着いて角を曲がり早足と小走りの間くらいで追ってくる。
(!)
 次の角をわざとゆっくり左折する。
 しばらく走って様子を見るが今度はミラーには歩行者は映らなかった。
 彼らの目はまず運転席のラクシュミに、それからトーシタに止まった。夜中に女のドライバーと少女、ましな推測をするならちょっとからかってやろうくらいで追ったのだろうが、後部にマーダヴァンが乗っていることに気付き止めたのだろう。
(来てくれてよかった)
 後ろでうつらうつらと船を漕ぐマーダヴァンに素直に感謝する。

 車内はずっと静かだった。
 トーシタはヒンディー・英語とも不自由でマーダヴァンは余計なおしゃべりをするタイプではない。眠気ざまし程度に会話を振るだけだった。
 ラクシュミの方は眠気をほとんど感じていない。
 ムンバイに近づき街に入るに連れ緊張は増す。直接の攻撃か、首輪が捕捉されるか。

 マーダヴァンは先ほどまで起きていて、市街地に入り度々方向を変えるようになったラクシュミに理由を尋ねる。
『さっきの角には老人ホームがあった』
 突っ込んだら人命に関わる所は避ける。こちらは口に出さなかったが貧しい人々の家が集まる地域も遠回りする。
 自宅や、仕事で遅くなった時のために職場近くに同僚三人で借りているアパートメントのようなしっかりした建物なら車がぶつかっても壁が凹むくらいだ。だが貧相な住宅ならそのまま押し潰し寝ている住民を殺してしまう。

 スンダルが渡してくれた地図は、
『ラクシュミさんはそういう所に縁がなさそうなんで』
 ムンバイなら一晩中開いているバーやディスコもある。その手の店のフリーWi-Fiに引っかかるのもまずい、と避けた方がいい地域を落としてくれたものだ。およそ自分の認識している歓楽街と重なるが知らなかった場所もある。


『もし私だけが殺されたらすぐブレーキを踏んで、』
 足で示し、
『安全なところでふたりで降りて』
 眉を下げるマーダヴァンに構わず指示した。
 突出して「彼ら」に恨まれているだろう自分が真っ先に殺されてもおかしくない。
 右腕の痛みはまた増してきた。ほとんど力が入らず右手はハンドルに添えているだけだ。ふたりに気付かれないようにはふるまえているようだ。
(……)
 マーダヴァンがスンダルに下した叱責を思い出す。
 自分の仕事はPCが打てれば大丈夫だ。両手首から先が動けばいい。
(いや)
 今の部署は車で現場に行けなければ仕事にならない。腕が動かなくなったら異動だ。
 ムンバイ近郊には土地勘もあり、すぐ向こうに大きな病院があるのも知っている。早い治療は自分のためにはいいのかもしれない。だが首輪のこと、連中の政治的圧力を撥ね除けるには警察が一番だと判断する。
 それに、あれこれを全て生き延びて今ここに居るのは、この車の「馭者」としてふたりを安全に運ぶよう神に任じられたからだ。
 与えられた仕事は全うする。
 
 スンダルはチャットを復元・解読される危惧を伝えた。ラクシュミも同感だ。
 計画での目的地は国道沿いに北からムンバイ市内に入った最初の大きな署だが、ラクシュミはムンバイ警察本部へ変更した。
 首輪の処理、ロハンの名前を出しての政治的交渉には大きい所の方がよく、自分の持つコネもすぐ調べが付き利用出来ると踏んだ。

 問題は場所だ。
 ムンバイ警察本部は半島状に海へ突き出た南部にあり、取れるルートは海に近づくにつれて限られてくる。待ち伏せには最適だ。
 国道を少し手前で外れ東からムンバイに入ることにしたがここにも問題がある。
 市内へは三ヶ所の橋のどこかから入江を渡る。橋はこれまた見張りや襲撃がたやすい。
 「彼ら」は警察本部行きも考えには入れているかもしれないが、いくつかの候補のひとつでここだけを張ってはいないというのが希望だ。
 余り考えずラクシュミは本部に一番近い最南端のオールド・バシー橋を選択した。腕は刻々と棒のようになり言うことを聞かない。もつうちにと最短ルートを選んだ。


 橋に入る手前で車を止めた。
 マーダヴァンは首を傾けて寝ている。
「様子を見てくる」
 不安そうに見上げるトーシタに英語で言うと車から出た。
 一歩、二歩、三歩。
 片側三車線の広い道路。等間隔の高い外灯。
 対向車線を走る車のライト、後ろから追い越してゆくバイク。どこか遠くで派手にクラクションが鳴っている。
 足で踏む土の匂い、潮の香り。汗で髪が湿るのが不快だ。
 あたりを五感で探りラクシュミは神経を尖らせる。
 橋の上、十メートルほど進んだ。からかい混じりの口笛が通り過ぎる車から投げかけられる。
(ここまで身をさらした)
 張っていないのか?
 後ろから足音。
「どうしたんですか」
 マーダヴァンだ。
「女の人がこんな時間に車の外へ出るのは危険です」
 息を切らせている。
「いくらあなたがお強くてもー」
「そういう意味では強くない」
 人としては強くありたいと思うが。 
 待ち伏せの有無を確かめたかったと説明し、並んで車の方へ戻る。
 ざく、ざく。
 地を踏むふたりの足音が通り過ぎる車の音に混じる。
「武装した人たちを撃退したじゃないですか」
「ロハンがね。彼の腕は本物だった」
 少なくとも古武術に関してはロハンは真剣な修行を積んできた。
(私しか見ていなかったのか)
 若い女の子に見せつけて口説くネタにでもしたい男だろうに。
 髪をなでる風は都市特有の濁った匂いに変わっていた。この橋を渡ればムンバイだ。


「一気に行く。どこかにつかまって」
 危険な場所は速やかにすり抜けたい。
 マーダヴァンに言い、トーシタにはどう注意しようかと一瞬考えたところ、
「Fasten your seat belt!」
 マーダヴァンが声をかけシートベルトを締め始めた。ふっと笑ってトーシタも習う。いいだろう。
「これからスピードを出す」
 ゆっくり英語で言うと腕の痛みを測りつつラクシュミは一気にアクセルを踏んだ。



 商都ムンバイ。街路樹の並ぶ広い道路を車はかなりの速度で南下する。
「さっきの何? 『シートベルトをお締め下さい』」
 マーダヴァンは英語で指示するタイプではない。むしろ苦手な筈だ。映画か何かのネタかと問うと正にと頷いた。
「カンナダ映画初の全インド的ヒット作品のセリフです。『K.G.F』」
「ああ」
 知っている。凡インドだけなく海外興行でも稼いだと話題になった。
「確か二日目の夜……。建物を移っての二日目に歌っていた中にその映画の歌があったんじゃない」
 見てはいないがよく流れたので知っているというとふたりは歌い始めてしまった。マーダヴァンが歌うのがヒンディー語版、トーシタがおそらくオリジナルのカンナダ語歌詞だ。
(そういうつもりじゃなかったんだけど)
 隠しため息を吐く。
 突発的に歌と踊りが広がったあの時はアビマニュもクリスティーナも、ジョージもファルハも、ダルシカも生きていた。
(アビマニュはほどほどだったけど)
 ジョージは彼らしい丁寧なダンスで、対してクリスティーナとファルハはノリで踊りまくり、ダルシカはレイチェルと組みいかにもな仲良し女子高生ぶりだった。
(この子ートーシタも弾けたように踊っていた)

 失われた命。今守るべき命。

 ムンバイ警察本部は間もなくだろう。警戒のためには静かな方がいいのだがDekho Dekho Dheera Dheeraと華やかな車内に苦笑した。
「歌っててもいいけど周りは見ていて。怪しい存在に注意」
 悪いものでも飲み込んだ顔でマーダヴァンが頷く。
 腕はかなりの腫れと熱をはらみ、ラクシュミはとにかく到着を急いだ。


 門衛に誘拐されていたのを逃げてきたので保護を頼みたい、彼らから奪った車の中に銃器があるので押収を、そして首輪がインターネットに繋がると中からの針で薬殺の可能性があるので適切な場所で保護をと告げる。
 ラクシュミひとりが門衛から少し離れ、後ろの街路樹の脇に止めたコンパクトカーの前にトーシタとマーダヴァンが並ぶ。首輪をして現れた異様な三人に門衛は目を剥き、銃のくだりで顔色を変えた。
「私はラクシュミー」
 フルネームを名乗り、
「マハーラーシュトラ州政府、給水及び公衆衛生局給水部××セクション・マネージャー」
 いつもの職場での如く胸を張る。
「身分証は」
「ありません」
 失笑に、
「誘拐犯に所持品は全て奪われました。代わりに上司に連絡してもらえれば身分は確認出来ます。また去年の三月、△△町のプロジェクトでそちらの△△署の方と仕事をしています。ルトラ警部とクリシュナン警部補です。記録写真に私も写っていると存じます。不審と思われるなら確認していただけますか」
 一気に畳みかけた。
 彼が無線で話せば警官がわらわらと現れてまずは車に向かう。
「あとはダッシュボードの中です」
 銃器の押収に立ち会った後はしばらくそこで待つように言われた。

「……皆、役人は嫌いでしょう?」
 もの問いたげな目のマーダヴァンに返す。
 そこまで深い付き合いにならなそうな場では水道関係の会社員だといつも名乗っていた。今回もそれを騙って本当に良かった。好悪の感情が投票で生死に直結する。州政府の役人だと知られていたら票はもっと集まり生き延びられなかったかもしれない。
「賄賂巻き上げたりはしてないから、念の為」
 声を潜めるのは、見張りに残る警官が「そっちの人」だった場合怒りを買いかねないからだ。
 さて、これから彼らは自分たちをどう扱うか。それによってロハンや父といったカードの切り方が変わる。
「はい」
 マーダヴァンはいつもの穏やかな微笑みで頷いた。

(何だ)
 彼は思った。
(わたしだけじゃなかったんだ)


 午前三時五分。警察に記録された三人の到着時刻である。
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