135 / 152
第10章 ムンバイへの道(新7日目)
10ー3 殺意(新7日目)
しおりを挟む
「オイ、娘はどうした。便所にしては遅いぞ」
「とっくに戻しましたが」
「来てねえぞ!」
眼鏡の警官に通信デスクの警官が返す。
外来者も使える女性トイレは通信デスクすぐの扉から出て一度曲がった所にある。
「前で見張っていまして、それからここまで送ってドアを開けて入るように命じました。私はその後直接ロッカーに行きまして」
「どれくらい前だ」
「二時五十二分でした」
ドン! 奥のデスクの警部が机を叩いた。
「なぜ部屋内に申し送らなかった」
「も、申し訳ありませんっ!」
「探せ!」
直立した眼鏡の警官始め皆一斉に署内に散った。
「倉庫は俺たちが見た!」
「会議室だ!」
外が騒がしい。
プラサットと顔を見合わせて間もなく三人の警官が牢にやって来た。
「お前らと一緒にいた娘が逃げた。何か知らないか」
(!)
「知りません」
ロハンが答えプラサットも頷く。
「こっちに寄ったりしてねえだろうな」
「いいえ」
「どうだろうな。オイ! 娘はどこに行った!」
バシッ!
小太りの警官がプラサットの頬を張った。
バン、バン!
顔を押さえてよろめいた彼に確か奥のデスクにいた階級上の白髪交じりの警官ー警部だろうーが今度は往復ビンタを喰らわせ、大袈裟に足を上げると蹴り倒した。
後は三人でここぞと蹴りまくる。脇に尻にと入る靴先は見るだけで痛い。
(やべえよ)
「娘はどこだ!」
(……)
止めろ、とロハンは言えなかった。
年下のプラサットだけに暴力で向かったからには州知事閣下と自分の関係は確認されたのだろう。だが彼らの目は例の人を殺すことを厭わない、そして会議で女たちが見せたのと同様のものだった。
邪魔をしたら自分も巻き込まれる。
白髪交じりが落ちた制帽を取って被り直す。と丸くなって身をかばうプラサットの髪を引っぱって無理矢理立たせた。
「娘はどこへ逃げた」
「し、知りません」
プラサットは前後にふらつく。顔には血、頬は一様に腫れている。
「本当に知らないんです……目標にしていたのはムンバイ市内の……」
「市内のどこだ」
「国道から入った最初の大きな署で……名前は……忘れました」
「ふざけるな!」
小太りの警官が頬を殴ればびゅっと鼻から血が垂れる。
「○○署です」
気力を振り絞ってロハンは答えた。
「それ以外に約束した場所はありません。レイチェルは臆病でこんな夜中にひとりで逃げ出すような子じゃない。あいつが『狼』だったってことはお話しましたよね」
「詰まらないゲームのことはどうでもいい」
顔を近づけて白髪交じりが恫喝する。ぐっと耐えて、
「探す手がかりになるかと思ってですよ。あいつは『狼』のくせに他の男に頼って自分では何もしなかった。だから突発的に飛び出たとしてもひとりではそんな遠くにはいけないでしょう。そこらに隠れているのが関の山です」
土地勘のない町、すぐ林が広がる中に分け入って、
「事故にも遭いかねません。面倒かけて申し訳ありませんが探してやってください、オフィサー」
と頭を下げる。
普段警官は使う側で頭を下げるなど虫唾が走る。
だがこれで自分たちは逃亡をかくまう方ではなく警察の協力者の位置に変わるだろう。
「隠したらただじゃおかねえぞ」
捨て台詞を吐き三人は出て行った。
署に到着してすぐロハンとプラサットは留置場に入れられた。
始めは他の収容者と一緒の牢だったが、首輪について説明すると爆弾あたりと勘違いされたようでそこから一つあけた今の牢に移された。
精気なくしゃがみ込む汚らしい男たちの姿をロハンはよく覚えている。あのような連中と同じ所に入れられるなど理解出来ない。
知事閣下のところに連絡が付き次第解放され待遇が変わると思っていたがー
「プラサット、大丈夫か」
彼はゆるりと首を動かし、よりかかったままずるずると壁に沿って崩れ落ちた。
「うっ……ぐっ……」
転がって奥の隅に行くと戻し出す。
(うわっ)
ゆるゆる顔を上げるのを見ると血と痰を吐き出しただけで胃の中のものは吐いていないようだ。ほっとする。近寄って宥めてやりたいが血まみれの顔では、と思ううちに彼はTシャツの裾でざっと顔を拭った。
ひとまずはいいだろうか。
「ここを枕にしろ」
あぐらのひざを貸してやると、力なく顎を上げがくりとのけぞった。
「あまり頭を下げるな。鼻血が奥に詰まったら息出来なくなるぞ」
「鼻は今結構出したから大丈夫そうです」
それでも調整しなるだけ頭を平行に寝かせる。
「痛えか?」
コクンと頷く。
「……これで、ますます女の子にモテなくなりますね……」
「馬鹿! 男は中身だ。お前はいい男だぞ」
視線を彷徨わせるプラサットの頭を何度も撫でた。
「とっくに戻しましたが」
「来てねえぞ!」
眼鏡の警官に通信デスクの警官が返す。
外来者も使える女性トイレは通信デスクすぐの扉から出て一度曲がった所にある。
「前で見張っていまして、それからここまで送ってドアを開けて入るように命じました。私はその後直接ロッカーに行きまして」
「どれくらい前だ」
「二時五十二分でした」
ドン! 奥のデスクの警部が机を叩いた。
「なぜ部屋内に申し送らなかった」
「も、申し訳ありませんっ!」
「探せ!」
直立した眼鏡の警官始め皆一斉に署内に散った。
「倉庫は俺たちが見た!」
「会議室だ!」
外が騒がしい。
プラサットと顔を見合わせて間もなく三人の警官が牢にやって来た。
「お前らと一緒にいた娘が逃げた。何か知らないか」
(!)
「知りません」
ロハンが答えプラサットも頷く。
「こっちに寄ったりしてねえだろうな」
「いいえ」
「どうだろうな。オイ! 娘はどこに行った!」
バシッ!
小太りの警官がプラサットの頬を張った。
バン、バン!
顔を押さえてよろめいた彼に確か奥のデスクにいた階級上の白髪交じりの警官ー警部だろうーが今度は往復ビンタを喰らわせ、大袈裟に足を上げると蹴り倒した。
後は三人でここぞと蹴りまくる。脇に尻にと入る靴先は見るだけで痛い。
(やべえよ)
「娘はどこだ!」
(……)
止めろ、とロハンは言えなかった。
年下のプラサットだけに暴力で向かったからには州知事閣下と自分の関係は確認されたのだろう。だが彼らの目は例の人を殺すことを厭わない、そして会議で女たちが見せたのと同様のものだった。
邪魔をしたら自分も巻き込まれる。
白髪交じりが落ちた制帽を取って被り直す。と丸くなって身をかばうプラサットの髪を引っぱって無理矢理立たせた。
「娘はどこへ逃げた」
「し、知りません」
プラサットは前後にふらつく。顔には血、頬は一様に腫れている。
「本当に知らないんです……目標にしていたのはムンバイ市内の……」
「市内のどこだ」
「国道から入った最初の大きな署で……名前は……忘れました」
「ふざけるな!」
小太りの警官が頬を殴ればびゅっと鼻から血が垂れる。
「○○署です」
気力を振り絞ってロハンは答えた。
「それ以外に約束した場所はありません。レイチェルは臆病でこんな夜中にひとりで逃げ出すような子じゃない。あいつが『狼』だったってことはお話しましたよね」
「詰まらないゲームのことはどうでもいい」
顔を近づけて白髪交じりが恫喝する。ぐっと耐えて、
「探す手がかりになるかと思ってですよ。あいつは『狼』のくせに他の男に頼って自分では何もしなかった。だから突発的に飛び出たとしてもひとりではそんな遠くにはいけないでしょう。そこらに隠れているのが関の山です」
土地勘のない町、すぐ林が広がる中に分け入って、
「事故にも遭いかねません。面倒かけて申し訳ありませんが探してやってください、オフィサー」
と頭を下げる。
普段警官は使う側で頭を下げるなど虫唾が走る。
だがこれで自分たちは逃亡をかくまう方ではなく警察の協力者の位置に変わるだろう。
「隠したらただじゃおかねえぞ」
捨て台詞を吐き三人は出て行った。
署に到着してすぐロハンとプラサットは留置場に入れられた。
始めは他の収容者と一緒の牢だったが、首輪について説明すると爆弾あたりと勘違いされたようでそこから一つあけた今の牢に移された。
精気なくしゃがみ込む汚らしい男たちの姿をロハンはよく覚えている。あのような連中と同じ所に入れられるなど理解出来ない。
知事閣下のところに連絡が付き次第解放され待遇が変わると思っていたがー
「プラサット、大丈夫か」
彼はゆるりと首を動かし、よりかかったままずるずると壁に沿って崩れ落ちた。
「うっ……ぐっ……」
転がって奥の隅に行くと戻し出す。
(うわっ)
ゆるゆる顔を上げるのを見ると血と痰を吐き出しただけで胃の中のものは吐いていないようだ。ほっとする。近寄って宥めてやりたいが血まみれの顔では、と思ううちに彼はTシャツの裾でざっと顔を拭った。
ひとまずはいいだろうか。
「ここを枕にしろ」
あぐらのひざを貸してやると、力なく顎を上げがくりとのけぞった。
「あまり頭を下げるな。鼻血が奥に詰まったら息出来なくなるぞ」
「鼻は今結構出したから大丈夫そうです」
それでも調整しなるだけ頭を平行に寝かせる。
「痛えか?」
コクンと頷く。
「……これで、ますます女の子にモテなくなりますね……」
「馬鹿! 男は中身だ。お前はいい男だぞ」
視線を彷徨わせるプラサットの頭を何度も撫でた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる