リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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11 終章:死と希望

11ー1 女神の采配

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 一年以上後。

 教育系NGO団体施設の中庭で学費授与式が行われていた。
 授与される学生が縫製工から自分たちの絨毯店子女に変わりアンビカは登壇した。NGO代表の横で目録を渡す手伝いをする。
「生物学を勉強するのね」
 声をかけられた少年はしまったという顔をした。
 先ほど彼は花壇の前で学生たちに植生と受粉についてとうとうと説明していた。後ろから見ていたアンビカのことも同じ学費授与生だと勘違いしたのだろう、
『君、この虫見える?』
 と指差して演説を続けたのをよく覚えている。
「さっきの話、面白かったよ。大学に行ったらもっと楽しくなるね」
 「若奥様」が笑顔のままなのにほっとしたのか元気に目録を手にしていった。
 もう一人の学生にはこう声をかけた。
「看護師さんになるのね。将来、あなたに助けられる人がたくさん出てくる」
 少女は頬を染めて上目遣いで目録を受け取った。


 例の賞金は店のためーいざという時の貯えや設備投資、子どもの教育費、義父母やその上の人々の老後資金など家のため、と三分することとした。
 辛い思いをしたのはアンビカなのだから自分のためにも使うよう義父に言われたが、思いつかない。服など残るものはいつまでも思い出しそうでためらわれた。
 ある日アンビカは思い付いた。
『お店の人たちに少しお礼がしたいんですが』
 帰って来た日の花文字は本当にうれしかった。
 若い女が行方知れずになって戻って来たことには思うところある人もいただろう。それでもあの手間のかかった明るい色彩の文字に帰還を受け入れられたことが実感出来たのだ。
 言い出して作ったのは職人の妻たちで、色や形などデザインには夫たちが協力したそうだ。いわばプロが絵を描いた訳で美しいのも納得だ。

 義父はすぐさま同意したが、アンビカが探して持って来た話には最初首をひねった。
 従業員子女への学費援助はNGOの持つシステムを使ったもので、NGOが三分の一・店が三分の一・従業員が三分の一ずつ積み立てて早く大きな金額を貯めることが出来る。こちらの持ちだしもそこまで高額にはならない。
 自己満足ではなく従業員が喜ばなければ意味がない、というのが義父のためらい顔の理由だったが、持ちかけてみると予想以上に大歓迎された。
 当初は三年積み立てを三人の予定だったが、今年受験する者が二人いるからと申し出があり一年を二人、三年ひとりで積み立てを開始した。お金の出所はアンビカの実家のようにほのめかした。

 この日はさまざまな会社・職場の従業員の子どもたちや勤めている本人が進学用の積み立て学費を受け取った。自分より三・四歳若い彼らの希望に満ちた笑顔がアンビカを幸せにした。


 その夜、夫は布団に入らずベッドに腰掛けてアンビカを待っていた。
「君も大学に行きたかったんじゃないのか」
 目を落とす。
 今日の授与式を後ろから見ていて思った。彼は早くに学校を辞め職人修業に専念したが、
「君は進学する教育を受けた人だろう?」

 夫には嘘は吐きたくない。だから否定はしなかった。
「私には、何かこれ! っていう勉強したいものがなかったの」
 思い巡らす。
「今日の子たちは違ったでしょう。ほら友達のニヴェジタ、あの子は動物が好きで好きでたまらなくて獣医学部に入ったの。大変だよって言われてた通り動物の生き死にと真っ正面から向き合う毎日で苦労はしてるみたいだけど、でも知識と技術を身に付けて畜産の人たちの役に立つんだって頑張ってる。別の人は建築に生活の全てを捧げてて、あそこですらメジャー持って測って歩いて図面を作った。大きなプロジェクトを無事終わらせることばかり考えてて使う人や住む人に寄り添った建物を設計出来ていたのかって心配してて、帰ったらもっと調べて見て回りたいって……ああいう時ってほんと人って目がきらきらするのね。また別の人は中学生の時に読んだお話に心を引かれて、日本に留学までしてこれから、やっとこれから研究を積み上げるんだって……十年二十年とかかる研究の今は基礎を固めているんだって……海に沈んだ皇帝スルタンの話を語ってくれた時はあれほど人が死んでたのに遠い昔の物語で涙が出そうになった。なのに殺された!!」
 自分もそれに票を投じ加担した。
「皆夢も希望も、勉強したいこともあったのに」
 声を震わせて指紋のことを説明したダルシカ、彼女と一緒に歩き回っていたレイチェル。タブレットや掃除機どころか自作の爆弾にも名前を付けた機械屋の「爆弾魔」
 豪華な邸宅の冷たい館内、コンクリート柱の開口のない建物の暗さー
 言葉にならない激情が渦のように巻き上がり、
「がああーーーーーっ!」
 ベッドに座ったまま叫んだ。


 居間に出て電気を点ける。夜も遅いのに台所から明かりがもれている、とドアを開け義母が顔を出した。
「興奮して大声を出しました。夫に強い言葉を放つのは良い妻ではありません。だから神様にお祈りして頭を冷やそうと思いました」
 うなだれる。
「行ってらっしゃい」

 カーリー女神の絵の前で長く手を合わせてから居間に戻ると義母がチャイを煎れてくれていた。夫と並んで味わう。
「この子には言っておいたんだけどね。今日はアンビカさん色々思い出すかもしれないから気をつけてあげてねって」
「ごめん」
「謝るのはわたしにじゃないでしょ?」
 夫が頭を下げてきてアンビカは謝り返す。

「さっきの話だけど私ね、目標のある人って格好いいって思うの」
 チャイに温められた胸が夫へ切り出すことを可能にした。
「あなたはこの店を背負っていくにはどういう絨毯を作れるようになればいいのかって考えて、カシミールや他の所の店で修業してきたでしょ。だからあなたも格好いいと思ってる」
 夫は困ったように照れる。
「勉強したいことがある人のひとりが教えてくれたの。これからはネットで本格的な教育が受けられるようになる」
 今ですらイギリスにはネットの授業とSNSグループでのゼミで学び試験だけ現地で受ければ卒業出来る大学もある。今後この方向はますます発展するだろう。
「だから私も何か勉強したいことが出来たら考えるかもしれない。でもまずは家のことを覚えて、」
 取引先や同業者に役人と家へ来る人々の目的と立場、好みにあったおもてなしをしなくては商売にも影響を与える。次に、今後増えるだろう家族も含め、
「子どもを育てあげて、お義母さんとお義父さんにいっぱい楽してもらって、」
 両腕を大きく広げる。
「私たちの孫と一緒に勉強するくらいになるかも」
 笑顔で覗き込むと夫は済まなそうな顔で頷いた。

「お義母さん、これ少しミルク多めですよね。疲れている時には落ち着けるからってお話でした」
「今日はこれがいいかなって思ったのよ」
「私、ずっとこんな風に作ってた」
 一年以上経った今初めて気付いた。
「……意識してないのに牛乳多めで、お義母さんに教わった通りで出してた」
 ミルクの多いチャイを作り続けた日々のことを思いアンビカは目を閉じた。

 自分達の子どもには、今後女の子が生まれても息子にでも、望むなら大学でも大学院でも留学でも好きなだけ勉強させてあげたい。
 そのための原資は自分が命がけで奪い取ってある。
 夫の親戚関係で大学へ行った女の話は聞かない。アンビカが勇気と知恵を持って行動出来るかどうかはカーリー女神が見守っている。

ーーーーー
 翌日の夜、寝室でスマホをチェックする
 昨日のことがあって生き残った皆はどうしているかと考えた。
 女たちの間では連絡先を交換してある。警察の聴取で奪われた時は返してもらえないかと思ったが普通に戻された。
 午前中、メイドへ食事の下ごしらえの指示をした後にラクシュミにチャットを送った。最近どうしてるくらいのものだったが、

『何の用? 緊急?』

 と返って来ていた。

『違う。どうしているかと思っただけ』

 スマホチェックが遅くなったことを詫びる。

『タイミング悪かった?』
『思いきり。只今海外出張中』

 要件はまとめてメールで送ってくれと会話は終わった。

 結局アンビカはラクシュミにメールを送らなかった。
 これといって話したいことはなく、彼女が元気でやっているならそれでいい。きっと自分には想像出来ないほど多忙な毎日だろう。肩で風を切る、のではなく風の方が彼女に従うようなラクシュミの歩き姿を思い出した。
 あの場所に囚われていた時と逃げ出す途上で、信じられないほど思いやりを失ったことは今も棘として胸に刺さる。生きるか死ぬかの場に立った時自分はそれほど弱いのか。その悪い芽は今普通の生活をしている時も行為と言葉と心を操っているのではないか。
 悪しきカルマに取り付かれ絡め取られる自分の魂。
 暖かく迎えてくれた家族や友人への思いとうらはらにアンビカは自分自身に落胆していた。

『僕を村人のまま死なせてくれ』
『アンビカさんは大丈夫ですか』
『論理的に考えて』
『わたしはロハンが許せない』
 無言で火葬室へ向かった物語が大好きなひと。

 監視カメラと首輪の支配下でも技術と知恵で、言葉と論理で闘った仲間たち。
 脱出時にはライフルを持ったプロと対峙して私達を守ってくれたロハンとラクシュミ。
 生死の境にあっても人は立派に行動することが出来る。なのにー

 女神様、あなたの言う通りダルマに従った道を歩み自分を鍛えます。
 ですからどうか私のハートに棲まって悪しきものを追い出してください。

 その血塗られた鎌で。




(見事過ぎるタイミングね、アンビカ)
 ラクシュミは出張中の東京のビジネスホテルでテーブル上を睨んでいた。
 古めかしいポットには凹凸のある銀色の商標が貼ってある。

「macojin」

 立体感と大きさこそ違うが、それ以外色もデザインもあの火葬室内部に貼られていたものとそっくりだった。
 飛んで来た手がかりにラクシュミは腹の下で覚悟を決めた。

 納入経路を叩けば彼らにたどり着ける。
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